風浦市の春は、しっとりと暖かく、ほのかに漂う花の香りと街の活気が混じり合っていた。梓は、市の南側にあるマンションにワンルームを借りていた。部屋は広くないけれど、清潔で明るかった。南向きの小さなベランダもあって、午後になると部屋の半分まで光が差し込んでくる。彼女は拓也に立て替えてもらったお金の一部で3ヶ月分の家賃を払い、簡単な生活必需品を買いそろえた。背中の傷はまだ治っておらず、長時間座ったり立ったりするのはつらかった。だからほとんどの時間を部屋で過ごし、本を読んだり、資料をまとめたり、拓也と電話やメールで離婚裁判の細かい打ち合わせをしたりしていた。拓也の仕事は早く、梓がネットの掲示板から保存したスクリーンショットや録画データなど、すでに最初の証拠資料をまとめてくれていた。診断書をもらうには本人が出向く必要があったので、彼女は風浦市にある信頼できる専門機関の検査を1週間後に予約した。毎日夕方になると、梓はマンションから降りて、近所をゆっくりと散歩した。傷が治る過程で感じるかゆみや、時おり走る鋭い痛みが過去を思い出させた。でもそれ以上に、彼女は足の裏に感じる地面の硬さや、見知らぬ街の自由な空気を味わっていた。勇太の束縛から逃れて、嘘と裏切りと窮屈に満ちたあの「家」を離れて数日が経った。最初の頃の戸惑いが薄れると、ずっと忘れていた自分自身の生命力が、ゆっくりと蘇ってくるのを感じていた。その日の午後は、とても日差しが気持ちよかった。梓は少し足を延ばして、近くの商店街をぶらつくことにした。商店街はとてもにぎやかで、たくさんのお店が並び、人通りが絶えなかった。梓はゆっくりと歩きながら、ショーウィンドウに並べられた色とりどりの商品を眺めた。一軒の本屋の前を通りかかったとき、彼女は足を止めた。ショーウィンドウには最新の旅行雑誌や写真集が数冊飾られており、その表紙は雲嶺市の雪山と湖だった。梓はそれを数秒ぼんやりと見つめていたが、やがて背を向けた。一度見た景色だから、もう未練はない。さらに先に進むと、デザインアトリエがあった。透明なガラス張りの壁の向こうに、大きな作業台がいくつか見えた。その上には図面や模型の材料、パソコンなどが散らばっている。若者が何人か集まって何かを話し合っていて、表情は真剣そのものだっ
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