夫に手作りの料理を届けに行った時、彼はまだ手術の真っ最中だった。市内でも有名な天才歯科医である彼には、重度の女性恐怖症がある。彼のクリニックのスタッフは全員男性だ。以前、彼は私に出会えてよかった、でなければ一生結婚できなかっただろうと、ひどく喜んで言っていた。だが今日、彼の専用休憩室にあるゴミ箱の底には、口紅がべっとりとついた丸まったティッシュが落ちていたのだ。取り替えたばかりの新しいゴミ袋の中は空っぽで、その底に横たわる、鮮やかすぎる「スターダストピンク」の色だけが、酷く目に焼き付いた。詳しく見ようとしたその時、突然ドアノブが回った。夫がドアを開けて入ってくる。ツンとした消毒液の匂いを漂わせながら、ごく自然に私を抱きしめた。「静香(しずか)は優しいな。わざわざ料理を届けてくれるなんて」私は体をこわばらせたまま抱かれ、胃がひっくり返りそうになるのを堪えながら言った。「会いたくなったから、様子を見に来たの」クリニックを出て車に乗り込むと、私は私立探偵をしている親友にメッセージを送った。【クリニックの監視カメラの映像、直近三ヶ月分のバックアップが全部欲しい】……高橋渉(たかはし わたる)の女性恐怖症は、業界でも有名だ。どれほど重度かというと。結婚したばかりの頃、家に五十代の清掃員を雇ったことがあった。彼女がうっかり彼の袖に触れてしまった時、渉はその場で顔面蒼白になり、バスルームに飛び込んで皮が剥けるほど腕を洗い続けたのだ。それ以来、彼の世界に私以外の女性が存在することはなかった。彼の歯科クリニックは「クリアデンタルクリニック」といい、清らかな領域という意味が込められている。共同経営者から受付や清掃スタッフに至るまで、見事に男ばかりだ。私もそのことに安心感を覚え、密かな優越感すら抱いていた。なにしろ、私は彼にとって唯一の例外なのだから。しかし今、あの「スターダストピンク」の口紅がついたティッシュは、一本の棘のように私の目に深く突き刺さっていた。ついさっき、まだクリニックにいた時、渉は私を抱きしめ、顎を私の首筋にすり寄せた。「どうした?今日はなんだか大人しいね」彼の声は優しく、疲れからくる甘えが少し混じっていた。以前の私なら、愛おしく思って抱き返し、こめかみを揉んであげた
続きを読む