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女性恐怖症の夫が男性の部下を妊娠させた!?

女性恐怖症の夫が男性の部下を妊娠させた!?

Par:  チチComplété
Langue: Japanese
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夫に手作りの料理を届けに行った時、彼はまだ手術の真っ最中だった。 市内でも有名な天才歯科医である彼には、重度の女性恐怖症がある。 彼のクリニックのスタッフは全員男性だ。以前、彼は私に出会えてよかった、でなければ一生結婚できなかっただろうと、ひどく喜んで言っていた。 だが今日、彼の専用休憩室にあるゴミ箱の底には、口紅がべっとりとついた丸まったティッシュが落ちていたのだ。 取り替えたばかりの新しいゴミ袋の中は空っぽで、その底に横たわる、鮮やかすぎる「スターダストピンク」の色だけが、酷く目に焼き付いた。 詳しく見ようとしたその時、突然ドアノブが回った。 夫がドアを開けて入ってくる。ツンとした消毒液の匂いを漂わせながら、ごく自然に私を抱きしめた。 「静香(しずか)は優しいな。わざわざ料理を届けてくれるなんて」 私は体をこわばらせたまま抱かれ、胃がひっくり返りそうになるのを堪えながら言った。 「会いたくなったから、様子を見に来たの」 クリニックを出て車に乗り込むと、私は私立探偵をしている親友にメッセージを送った。 【クリニックの監視カメラの映像、直近三ヶ月分のバックアップが全部欲しい】

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Chapitre 1

第1話

夫に手作りの料理を届けに行った時、彼はまだ手術の真っ最中だった。

市内でも有名な天才歯科医である彼には、重度の女性恐怖症がある。

彼のクリニックのスタッフは全員男性だ。以前、彼は私に出会えてよかった、でなければ一生結婚できなかっただろうと、ひどく喜んで言っていた。

だが今日、彼の専用休憩室にあるゴミ箱の底には、口紅がべっとりとついた丸まったティッシュが落ちていたのだ。

取り替えたばかりの新しいゴミ袋の中は空っぽで、その底に横たわる、鮮やかすぎる「スターダストピンク」の色だけが、酷く目に焼き付いた。

詳しく見ようとしたその時、突然ドアノブが回った。

夫がドアを開けて入ってくる。ツンとした消毒液の匂いを漂わせながら、ごく自然に私を抱きしめた。

「静香(しずか)は優しいな。わざわざ料理を届けてくれるなんて」

私は体をこわばらせたまま抱かれ、胃がひっくり返りそうになるのを堪えながら言った。

「会いたくなったから、様子を見に来たの」

クリニックを出て車に乗り込むと、私は私立探偵をしている親友にメッセージを送った。

【クリニックの監視カメラの映像、直近三ヶ月分のバックアップが全部欲しい】

……

高橋渉(たかはし わたる)の女性恐怖症は、業界でも有名だ。

どれほど重度かというと。

結婚したばかりの頃、家に五十代の清掃員を雇ったことがあった。

彼女がうっかり彼の袖に触れてしまった時、渉はその場で顔面蒼白になり、バスルームに飛び込んで皮が剥けるほど腕を洗い続けたのだ。

それ以来、彼の世界に私以外の女性が存在することはなかった。

彼の歯科クリニックは「クリアデンタルクリニック」といい、清らかな領域という意味が込められている。

共同経営者から受付や清掃スタッフに至るまで、見事に男ばかりだ。

私もそのことに安心感を覚え、密かな優越感すら抱いていた。

なにしろ、私は彼にとって唯一の例外なのだから。

しかし今、あの「スターダストピンク」の口紅がついたティッシュは、一本の棘のように私の目に深く突き刺さっていた。

ついさっき、まだクリニックにいた時、渉は私を抱きしめ、顎を私の首筋にすり寄せた。

「どうした?今日はなんだか大人しいね」

彼の声は優しく、疲れからくる甘えが少し混じっていた。

以前の私なら、愛おしく思って抱き返し、こめかみを揉んであげただろう。

だが今、私の鼻をくすぐるのは、消毒液の匂いのほかに、ごく微かな甘ったるい香りだった。

私は顔色一つ変えずに彼を押し除け、胃から込み上げる吐き気を無理やり抑え込んだ。

「疲れているみたいだったから、邪魔したくないと思って」

私はテーブルに歩み寄り、保温ジャーを開けてスープを器に注いだ。

「冷めないうちに飲んで。会社で会議があるから、もう行くわ」

渉は器を受け取り、甘やかすような目つきで私を見た。

「いつもありがとう。この忙しい時期が終わったら、島へリゾート旅行に行こう」

完璧と言える彼の顔を見つめながら、私は心の中で冷笑した。

リゾート旅行?

あなたの「名演技」でもお祝いしに行くの?

振り返ってバッグを手に取った瞬間、視界の隅に、休憩室のハンガーに掛かっている白衣が映った。

襟元に、極端に短い髪の毛が一本ついている。

栗色で、少しウェーブがかかっていた。

渉は黒のストレートヘアだし、私も黒髪のロングストレートだ。

このクリニックの男性医師やスタッフに、こんな栗色の髪の持ち主はいない。

私はマフラーを直すふりをして、指先でそっとその髪の毛を拾い上げ、手のひらに握りしめた。

「では、行くわね」

彼には見送りさせず、早歩きでクリニックを後にした。

そして私は車に乗り込み……思い出はそこまでだった。我に返ると、私は手のひらを開く。

その栗色の巻き髪は、陽の光の下でやけに目障りだった。

スマホが振動した。

親友の佐々木瑠衣(ささき るい)からのメッセージだ。

【監視カメラのシステムが暗号化されてて、解除に少し時間がかかりそう。

遅くても明日には送れると思う。でも、面白いことが分かったわ。

あんたの旦那の、あの男だけのクリニックに、先月新しいアシスタントが入ったらしいの。

名前は安藤悠(あんどう ゆう)。男性、二十二歳。

でも私が経歴と住民票を調べたら、この安藤悠、実は女だわ】

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第1話
夫に手作りの料理を届けに行った時、彼はまだ手術の真っ最中だった。市内でも有名な天才歯科医である彼には、重度の女性恐怖症がある。彼のクリニックのスタッフは全員男性だ。以前、彼は私に出会えてよかった、でなければ一生結婚できなかっただろうと、ひどく喜んで言っていた。だが今日、彼の専用休憩室にあるゴミ箱の底には、口紅がべっとりとついた丸まったティッシュが落ちていたのだ。取り替えたばかりの新しいゴミ袋の中は空っぽで、その底に横たわる、鮮やかすぎる「スターダストピンク」の色だけが、酷く目に焼き付いた。詳しく見ようとしたその時、突然ドアノブが回った。夫がドアを開けて入ってくる。ツンとした消毒液の匂いを漂わせながら、ごく自然に私を抱きしめた。「静香(しずか)は優しいな。わざわざ料理を届けてくれるなんて」私は体をこわばらせたまま抱かれ、胃がひっくり返りそうになるのを堪えながら言った。「会いたくなったから、様子を見に来たの」クリニックを出て車に乗り込むと、私は私立探偵をしている親友にメッセージを送った。【クリニックの監視カメラの映像、直近三ヶ月分のバックアップが全部欲しい】……高橋渉(たかはし わたる)の女性恐怖症は、業界でも有名だ。どれほど重度かというと。結婚したばかりの頃、家に五十代の清掃員を雇ったことがあった。彼女がうっかり彼の袖に触れてしまった時、渉はその場で顔面蒼白になり、バスルームに飛び込んで皮が剥けるほど腕を洗い続けたのだ。それ以来、彼の世界に私以外の女性が存在することはなかった。彼の歯科クリニックは「クリアデンタルクリニック」といい、清らかな領域という意味が込められている。共同経営者から受付や清掃スタッフに至るまで、見事に男ばかりだ。私もそのことに安心感を覚え、密かな優越感すら抱いていた。なにしろ、私は彼にとって唯一の例外なのだから。しかし今、あの「スターダストピンク」の口紅がついたティッシュは、一本の棘のように私の目に深く突き刺さっていた。ついさっき、まだクリニックにいた時、渉は私を抱きしめ、顎を私の首筋にすり寄せた。「どうした?今日はなんだか大人しいね」彼の声は優しく、疲れからくる甘えが少し混じっていた。以前の私なら、愛おしく思って抱き返し、こめかみを揉んであげた
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第2話
夜十時、渉がようやく帰宅した。彼は家に入ると、まず着ていた服をすべて脱ぎ捨て、洗濯カゴに放り込んだ。そしてバスルームへ行き、シャワーの音が三十分ほど鳴り響いた。出てきた時、彼はボディーソープの爽やかな香りを漂わせており、まるで全ての汚れを洗い流したかのようだった。「やっぱり家が一番くつろげるな」彼はベッドに潜り込み、手を伸ばして私を抱き寄せようとした。私は寝返りを打ち、彼に背を向けた。「今日はすごく疲れてるの。もう寝ましょ」渉の手は一瞬止まり、それから私の背中にそっと触れた。「どうした?仕事で何か嫌なことでもあった?」気遣うようなその口調には、一切のボロもなかった。私は目を閉じたが、頭の中はあの口紅のついたティッシュと栗色の巻き髪でいっぱいだった。「ううん、ただ少し頭が痛いだけ」渉は身を寄せ、私の耳たぶにキスをした。「じゃあ、マッサージしてあげるよ」彼の指は細長く力強い。メスを握る手であり、数え切れないほどの患者の歯茎に触れてきた手だ。そして、あの「安藤悠」を撫で回したかもしれない手でもある。私は全身を強張らせ、鳥肌が立った。「いいのよ、一晩寝れば治るから」ベッドの端へと少し移動し、彼との距離を取る。渉は私の拒絶を感じ取ったのか、手を引っ込めた。「わかった。じゃあ、おやすみ」一睡もできない夜だった。翌朝、私は目の下にクマを作ったまま起き上がった。渉はすでに朝食を作ってくれていた。全粒粉のパンに目玉焼き、そして一杯のホットミルク。完璧な夫だ。「もうクリニックへ行くよ。今日は難しいインプラントの手術があるんだ」彼はネクタイを締めながら私に言った。私はミルクを一口飲み、何気ないふりをして尋ねた。「そういえば、クリニックに新しいアシスタントが入ったらしいわね?名前は安藤悠だっけ?」ネクタイを締める渉の手が、ピタッと止まった。ほんの一秒のことだったが、私は見逃さなかった。彼は振り返り、困ったような笑顔を見せた。「ああ、そうね。卒業したばかりの若い男で、なかなか気が利くんだな。どうして突然そんなことを?」若い男?私はコップを置き、彼の目を真っ直ぐに見つめた。「何でもないわ。昨日スープを届けた時、見慣れない後ろ姿が見えたから」
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第3話
渉はカルテを置き、彼女の手を握った。「もうすぐ来るよ。よしなさい。あいつが帰ったら、さっきの続きをしよう」私は画面を食い入るように見つめた。オバサン?彼らの中では、私はすっかり「オバサン」扱いらしい。動画の中で、悠はポケットから口紅を取り出した。まさしくあの「スターダストピンク」だ。鏡に向かってそれを塗り、振り返って渉の唇にキスをした。その後、ティッシュで渉の唇の跡を拭き取り、そのままゴミ箱へポイと捨てた。「先輩の唇、すごく柔らかい」渉は笑って彼女の頬をつまんだ。「声が大きい。壁に耳ありだ。いい子にしていたら、来月の学会に連れて行ってあげるからね」私は動画を消した。胃の中がひっくり返るような不快感に襲われる。結局のところ、女性恐怖症なんてものは、私に一途であることを証明するための道具に過ぎなかったのだ。外で堂々と浮気するための都合のいい隠れ蓑だったというわけだ。……私はすぐに問い詰めることはしなかった。上場企業の財務部長として、私が最も得意とするのは「清算」だ。それが帳簿であれ、人の心であれ。瑠衣にお金を振り込み、さらに深く調査するよう頼んだ。悠の素性と、ここ数年の渉の資金の流れを全て洗い出してほしいと。離婚するからには、一文無しで追い出し、社会的に抹殺してやる。午後、私はタピオカミルクティーを二つ提げて、再び「クリアデンタルクリニック」へと足を運んだ。受付の鈴木が私を見て、愛想よく挨拶してきた。「奥さん、こんにちは!院長なら第二診察室にいますよ」私は笑顔で頷き、視線をぐるりと巡らせた。「新しいスタッフが入ったって聞いたから、皆さんに差し入れを持ってきたの」鈴木はミルクティーを受け取ると、奥の調剤室を指差した。「悠くんなら中で薬の準備をしてます。あいつ運がいいんですよ、入ってすぐ院長に気に入られて、直接指導してもらってるんです」私はハイヒールを鳴らしながら、調剤室へ向かった。ドアは少し開いており、中から小さな鼻歌が聞こえてきた。ドアを押し開けて中に入る。小柄な後ろ姿が、粉薬をいじっていた。男性用スクラブを着ているため、服がブカブカに見える。栗色のショートヘアで、少しウェーブがかかっている。「安藤さんですね?」私が
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第4話
「安藤さんは唇もほんのり赤くて綺麗だし、彼女へのプレゼントにどうですか?」悠は口紅を見た瞬間、その瞳が大きく見開かれた。彼女は無意識にドアの方へ視線を泳がせ、助けを求めているようだった。「奥さん、ご冗談を……私……彼女なんていませんから」「あら?では、彼氏は?」私はじりじりと詰め寄った。悠は壁際まで追い詰められ、額には冷や汗がにじんでいた。その時、ドアの外から渉の声がした。「静香?どうしてここへ?」その声には、わずかに隠しきれない焦りが混じっていた。私は振り返り、慌てて駆けつけてきた渉を見た。彼はマスクも外さないまま、私と悠の間を泳ぐように視線を走らせた。「どうしてって、私が来ちゃダメなの?」私は笑いながら、手に持った口紅をひらひらと振ってみせた。「ただ、この口紅が安藤さんにぴったりだと思って、プレゼントしようとしただけよ」渉の目がスッと暗く沈んだ。彼は歩み寄り、ごく自然な動作で私の肩を抱いて、私と悠の間を隔てた。「からかうのはやめなよ。悠は男なんだから、口紅なんかプレゼントしてどうするんだ?それに、彼はまだ仕事中なんだ」そう言うと、彼は悠の方を向き、冷たい声で言い放った。「さっさと仕事に戻れ。薬の調合ひとつもできない人間に、俺のアシスタントが務まるとでも思っているのか?」悠はまるで地獄で仏に会ったかのように、うなだれたまま足早に飛び出していった。「どうしたんだい?今日の君、なんか変だよ」渉は私を見て、少し眉をひそめた。「誰かに何か変なことでも吹き込まれたのか?」悠をかばう彼の姿を見て、私の中の怒りの炎はさらに激しく燃え上がった。「別に。ただ、あなたの新しいアシスタント、随分と特別だなって思っただけ」私は意図的に「特別」という言葉を強調した。渉の体がピクリとこわばり、直後に少し引きつった笑みを浮かべた。「今時の若者は、個性が強いからね。さあ、俺のオフィスで少し休んでいって」彼は私の手を引いて外へ歩き出したが、その手のひらは汗ばんでいた。彼は怯えている。自分の秘密が私にバレることを恐れているのだ。だが残念ね、もう手遅れよ。……それからの数日間、私はあえて動かなかった。家の中に隠しカメラを仕掛け、渉の車にはボイスレコーダーを
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第5話
「宿泊者はあいつと悠那の二人だけ。他のスタッフは誰も来てないわよ」画面に表示された名前を見て、私は鼻で笑った。「男だらけの飲み会が、二人きりの温泉旅行に早変わりってわけね。渉、ずいぶんと楽しそうじゃないの」私たちはこっそりとそのスイートルームの入り口まで近づいた。露天風呂付きのこの部屋は、庭が屋外にあり、竹垣で囲われているだけだ。プロである瑠衣にとって、撮影のベストアングルを見つけることなど造作もない。彼女は小型カメラを竹垣の隙間に差し込んだ。タブレットの画面に、すぐさま映像が映し出された。湯気が立ち込める露天風呂の中で、渉は縁に寄りかかって目を閉じ、くつろいでいる。悠那は極めて露出度の高いビキニを身にまとい、彼の膝の上にまたがっている。今回は胸を潰すこともなく、女としての曲線を露わにしている。「先輩、あのバカな女、本当に飲み会に行ってるって信じたの?」悠那は彼の肩をマッサージしながら、甘ったるい声で笑いながら聞いた。渉は目を開け、手のひらを彼女の腰に這わせる。「あいつか?ちょっと甘い言葉で誤魔化せば、すぐコロッと騙されるんだよ。あの女は、少し金があるだけで他は取り柄がないからな。一日中仏頂面で、冷たいやつだ。君みたいな色気なんて欠片もない」悠那はクスクスと笑い、身を乗り出して彼にキスをした。「じゃあ先輩、いつあの女と離婚するの?私、高橋夫人になるのが待ちきれないの」渉は彼女を強く抱き寄せ、しゃがれた声で言った。「もうすぐだ。あいつが持ってる株を手に入れるまで待ってくれ。そもそもあいつと結婚したのも、あいつの実家の資産が目当てだったからな。今やクリニックの名前も売れたし、あいつにはもう利用価値なんてないんだよ」画面を見つめながらその会話を聞いていた私の心から、最後の温もりさえもスッと冷え切った。初めから、これは徹底的に仕組まれた計算だったのだ。私が愛だと思っていたものは、彼が成り上がるためのただの踏み台に過ぎなかった。瑠衣は怒りで全身を震わせていた。「このクズ男!私が八つ裂きにしてやる!」私は彼女の手を押さえた。「落ち着いて、今踏み込んだところで、せいぜい浮気現場を押さえるだけよ。私はあいつを、二度と立ち直れないようにしてやりたいの
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第6話
その夜、私は家に帰らなかった。両親の住む実家へと戻ったのだ。父は有名な天才外科医で、すでに引退しているものの、医療界では今でも絶大な影響力を持っている。母は大手製薬グループの会長を務めており、実権を握る実業家だ。当初、私が渉と結婚すると言った時、二人は大反対だった。家柄も平凡なうえ、野心が透けて見える打算的な男だと見抜いていたからだ。愛に目が眩んでいた私は、どうしても彼じゃないとダメだと譲らなかった。彼のプライドを守るために、彼の実力で開業したクリニックだと世間に公言してさえいたのだ。実際には、あのクリニックの土地も、設備も、内装に至るまで、すべて我が家が出資したものだ。初期の患者たちでさえ、父が紹介した人々だった。今思えば、飼い犬に手を噛まれるような真似をしてしまったというわけだ。「お父さん、お母さん、私、離婚するわ」書斎に座り、私は全ての証拠を机の上に並べた。動画を見終わった父は、怒りのあまり湯呑みを叩き割った。「クズめ!よくもわしの娘をこんな目に遭わせてくれたな!」一方、母は冷静に帳簿に目を通し、鋭い視線を向けた。「財産の隠蔽、それに横領……静香、あなたはどうしたいの?」私は顔を上げ、毅然とした態度で答えた。「クリニックを取り戻して、あいつを一文無しで追い出す!それに、この業界から完全に追放してやるわ」母は満足げに頷いた。「さすが私の娘ね、思い切りやりなさい。何かあっても、お父さんとお母さんがちゃんと守ってあげるから」両親の支持を得て、私にはさらに自信がみなぎった。その後の数日間、私は会社の法務部へ頻繁に出入りするようになった。同時に、瑠衣からも良い知らせが舞い込んだ。悠那が妊娠したというのだ。彼女はSNSの裏アカウントに妊娠検査薬の写真をアップしたらしい。すぐに削除されたが、瑠衣がばっちりスクリーンショットを撮っていた。添えられた言葉は、【最高のプレゼント。私たちの未来が楽しみ】だった。どうやら、この二人は私を追い出すつもりのようだ。ちょうどいい、私が手を下す手間が省けるわ。月曜日、渉が突然、オンラインで学術ライブ配信をやると言い出した。クリニックの最新技術を宣伝するためと称し、業界の大物たちも視聴するよう招待しているという
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第7話
「な……なんだこれは!?早く消せ!」渉は裏方に向かって怒鳴り散らした。だがモニターの映像は消えるどころか、次の映像へと切り替わった。温泉ホテルの、露天風呂付きスイートルームだ。「そもそもあいつと結婚したのも、あいつの実家の資産が目当てだったからな。今やクリニックの名前も売れたし、あいつにはもう利用価値なんてないんだよ」この言葉が流れた瞬間、会場は騒然となった。配信のコメント欄も一瞬にして反転した。【うわっ、最低なクズ男!】【ヒモのくせに偉そう!恥を知れよ!】【女性恐怖症って嘘だったの?浮気するため?】渉は狂ったようにコントロールパネルへ飛びつき、電源を引き抜こうとした。だが、そこには私がすでに屈強なボディガードを配置していた。大柄な男二人に取り押さえられ、彼は身動き一つ取れなくなった。私はゆっくりと立ち上がり、全員の視線を浴びながらステージへと上がった。そしてマイクを手に取った。「渉、これがあなたの言う成功なの?妻の血肉を啜って、愛人を養うことが?」……渉は私を見ると、一瞬その目に恐怖の色を浮かべた。だがすぐに気を取り直し、逆に私を責め立てようとした。「静香、話を聞いてくれ!この動画はAI合成のやつだ!誰かが俺を陥れようとしてるんだ!どうしてこんな時に邪魔をするんだ?俺を破滅させたいのか!?」彼は、天にも届かんばかりの理不尽な仕打ちを受けたかのように、声をからして叫んだ。悠那も我に返り、ポロポロと涙を流し始めた。「奥さん、どうして先輩をそんな風に侮辱するんですか?私たちには何もないですよ!あれは、演劇の稽古をしていただけなんです!」演劇の稽古?よくもまあ、そんな言い訳を思いついたものだわ。私は冷笑し、手にしていた書類封筒を渉の顔に向かって叩きつけた。「演劇の稽古って、ベッドの上でやるものなの?それに、演劇の稽古で妊娠検査薬の結果が出るものなの?」書類封筒が弾け、中から写真や検査結果のコピーが床一面に散らばった。さらに、詳細な資金移動の記録もそこには含まれていた。招待されていた記者たちが押し寄せ、床に散らばった証拠に向けて一斉にフラッシュを焚いた。渉はあの帳簿の記録を見ると、膝から崩れ落ちてへたり込んだ。「なんだ……俺を調べた
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第8話
渉が連行された後、クリニック内はパニック状態に陥った。スタッフたちは自分たちまで巻き添えを食うのではないかと戦々恐々としていた。私はすぐさま全体会議を開いた。最大の出資者であり実質的なオーナーとして、私が直接クリニックの運営を引き継ぐことになった。「皆さん、高橋渉個人の犯罪行為は、当クリニックとは一切関係ありません。今日から、このクリニックは静安クリニックへと名前を変えます。全従業員の給与はこれまで通り支給し、残ってくれる方には来月から給与を十パーセント引き上げます。退職を希望する方には、労働基準法に則り適切な補償を行います」給与アップと聞いて、ざわついていた従業員たちは一瞬にして静まり返った。結局のところ、金に背を向ける者などいないのだ。それに、彼らもとっくに渉のあの偽善的な態度にはうんざりしていたのだ。特に彼の「女性恐怖症」のせいで理不尽な扱いを受けてきた男性スタッフたちはなおさらだ。「異議なし!全力で支持いたします!」誰かが先陣を切って声を上げると、瞬く間に割れんばかりの拍手が巻き起こった。私は電光石火の早さで渉の取り巻きたちを一掃し、真面目に働いていたベテラン医師たちを昇進させた。同時に、瑠衣を事務長として招き入れた。彼女が睨みを利かせていれば、誰も妙な真似はできないだろう。クリニックのゴタゴタを片付けた後、私は拘置所へと足を運んだ。弁護士によれば、渉が私に会わせろとずっと騒いでいるらしい。私が直接行かなければ、離婚届にサインしないとごねているのだ。アクリル板越しに、数日ぶりに見る渉の姿があった。髪を丸められ、囚人服を着た彼は、一回り以上も痩せこけていた。目の周りは窪み、無精髭が生えそろい、かつての「天才歯科医」の面影など微塵も残っていない。私を見るなり、彼は感情を爆発させてアクリル板にすがりついた。「静香!やっと来てくれたんだな!早く警察に言ってくれよ、あのお金は君が俺にくれたものだって!君が告訴を取り下げてくれれば、俺はここから出られるんだ!離婚するのはやめよう?これからは絶対に君を大切にするから!」尻尾を振って許しを乞うその惨めな姿に、私はただ吐き気しか覚えなかった。「渉、まだ寝ぼけてるの?」私は離婚届を取り出し、アクリル板に押し当て
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第9話
スマホが鳴った。瑠衣からだ。「静香、いい知らせよ、悠那が流産したわ。拘置所の中で他の収容者と喧嘩になって、突き飛ばされたらしいわ。まさに自業自得よね」私は淡々と返事をした。「そう、わかったわ」あの二人に対しては、もう何の感情も湧かなかった。彼らはゴミ箱に捨てられたティッシュの塊のようなもの。私の人生から、もう完全に排除された存在なのだ。……半年後、クリニックは法人化し、正式に病院として新たなスタートを切った。私の経営手腕により、病院はかつての活気を取り戻しただけでなく、規模も大幅に拡大した。私も、ただ手作りのスープを届けていた大人しい妻から、バリバリ働く社長へと生まれ変わっていた。ある日、私が社長室で財務諸表に目を通していると、受付から内線がかかってきた。「社長、高橋渉と名乗る男が入口で騒いでいます。社長の夫だと言って、面会を要求しているんですが……」渉?あいつは懲役三年を言い渡されたはずじゃなかったの?どうしてこんなに早く出てきたの?私は眉をひそめた。「警備員を呼んで追い払って……いや、待って。私が直接見に行くわ」かつて枕を共にした男が、今どれほど落ちぶれた姿になっているのか、見てみたかった。病院の入り口には野次馬の輪ができていた。渉はボロボロの服を着て、拡声器を手に大声を張り上げていた。「静香!お前は血も涙もない女だ!俺の財産を乗っ取りやがって、俺を刑務所送りにしやがって!地獄に落ちろ!」彼はやせ細って骨と皮だけになり、髪には白髪が混じり、まるで五十過ぎの老人のように見えた。通りがかりの人々は、狂人でも見るかのように彼を指差している。私が外へ出ると、警備員がすぐに道を開けてくれた。渉は私を見ると目を輝かせ、飛びかかって掴みかかろうとしたが、警備員に蹴り飛ばされて地面に倒れ込んだ。「静香!静香、俺を見てくれ!俺だよ、渉だ!俺が悪かった、許してくれないか?俺にはもう何もないんだ、君しかいないんだよ!」彼は地面を転げ回り、鼻水を垂らして号泣した。私は冷ややかな目で見下ろした。「渉、私たちはもう離婚したのよ今のあなたの姿、本当に吐き気がするわ」渉は呆然とした。私がここまで冷酷に突き放すとは予想もしていなかったよう
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第10話
鉄也は頭を掻き、実直そうに笑った。「社長をお守りするのは、俺の務めですから。それに……」彼は私をちらりと見て、耳の裏を少し赤くした。「あなたが傷つくのを、見たくなかったんです」その瞬間、まるで春の花が咲き誇るのが見えたような気がした。もしかすると、私の新しい人生は今、始まったばかりなのかもしれない。……鉄也の入院中、私は毎日栄養食を届けに通った。恩返しのためではなく、心から彼の世話をしたいと思ったからだ。私たちはたくさんのことを語り合った。彼は元警察官で、母親が病気になったためにやめて地元に戻ってきたらしい。真っ直ぐで実直だが、細やかな気遣いができる人だ。彼と一緒にいると、疑うことも警戒することも必要がない。退院の日、鉄也はどこか落ち着かない様子で私を見た。「社長、俺……辞職したいんです」私は胸が締め付けられた。「どうして?待遇に不満でも?」鉄也は首を横に振り、顔を真っ赤にした。「いえ、待遇は申し分ありません。でも……俺には別の思いがあるんです」「別の思いって?」彼は深呼吸をし、勇気を振り絞って私を見つめた。「あなたに、恋人として向き合いたいんです。今はただの警備員で、あなたには不釣り合いなのは分かっています。だから、もっと頑張りたいと思います。あなたに最高のものを与えられる男になって見せます。チャンスをくれませんか」私は呆然とした。直後、心の奥から温かいものが込み上げてきた。渉の偽善と裏切りを経験した私にとって、鉄也の誠実さはかけがえのないほど尊く感じられた。彼を見つめるうちに、目頭が熱くなった。「不釣り合いだなんて、誰が言ったの?黒木さん、私が大切に思うのは、あなたという人間そのものよ。でも、でも、私を落とすのは簡単じゃないわよ。こう見えて、結構手強いんだから」鉄也は目を輝かせ、照れくさそうに笑った。「難しいのは怖くありません。忍耐力だけはありますから」こうして、私たちの物語が始まった。ドラマチックな展開はなかったが、穏やかで確かな日々が続いた。彼は毎日朝食を届けてくれ、雨の日には会社まで迎えに来てくれた。私が落ち込んでいる時には、不器用な冗談を言って笑わせてくれた。半年後、鉄也は全財産を注ぎ込ん
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