All Chapters of 二度目の人生、裏切りヒモ男の援助をやめた: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

竜也は260億円の賠償請求書を見て、険しい表情で眉を寄せた。警察は困り果てた様子で竜也を見ている。260億どころか260万でも、一般人にとっては返済が難しい金額だ。これほどの賠償額、竜也に払えるはずがない。「谷口さん、他に何か言いたいことはありますか?」竜也は動じる様子もなく、冷静に切り出した。「玲奈は?玲奈に会わせろ」誰もが呆れて竜也を見た。ここまで事態が深刻になっても、まだ現実を見ようとしない。竜也は自分が何でも許されると信じ込んでいるようで、罪状をすんなりと認めた。おかげで警察も手間が省けて助かったようだ。竜也を昔から知る美月は、苦笑しながら説明した。「社長からは、骨董品を損壊した件は法的に処理し、相応の賠償を求めるよう指示されております。社長は多忙ゆえ、お会いすることはないでしょう」弁護士の質問はさらに直球で、いつ支払うのかと迫った。先ほどまで余裕の態度を見せていた竜也の顔に怒りが走り、賠償請求書を掴み上げると、その場でビリビリに引き裂いた。その場にいた全員が、呆気に取られて竜也を見つめる。それでも竜也は高飛車な態度を崩さない。「これは俺と玲奈の個人的な問題だ。金を払わせたいなら、玲奈自身が来い!君たちのような下っ端が俺に指図するな!」巻き込まれた美月の顔色が、一層悪くなった。弁護士は冷静に指先で眼鏡を軽く直した。「谷口さん、もういい加減にしてください。私たちは全て中島社長から委任されたんです」警察からも、ふざけるなと厳しい忠告が入る。竜也は首を振り、「分かってないな」という顔で言った。「玲奈は俺のためなら命さえ惜しまないんだ。たかだか260億で俺に賠償なんか求めるはずがない。俺のためにあいつがどれだけ尽くしてきたか、君たちは知らないんだ。欲しいと言えば、何でも用意してくれたんだから。俺と玲奈の絆は、そんな浅いものじゃない。付き合いも長いから分かるんだ。今だって、俺を振り向かせるための演技をしているだけ。賠償なんて、俺を呼び戻すための口実さ!完璧な演技だと思っていても、俺には全部お見通しだ」そう言って、竜也は周囲を冷ややかな目で見渡した。「さあ言え。いくら貰ってこんな芝居に加担した?」自信満々に言い放った。彼は自信満々に言い放った。玲奈は竜
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第12話

竜也は急に美月の方を向き、期待に満ちた目で言った。「玲奈はこの明細を見て、嫉妬していたか?」美月は言葉を失い、冷ややかな視線を向けた。一体この男の脳内はどうなっているのだろうか。この期に及んで、関心は玲奈が焼きもちを焼いたかどうかという点だけなのだ。美月は呆れ返って天を仰ぎ、無視を決め込んだ。弁護士も頭の悪い人を見る目で竜也を見つめており、警察たちですら、もはや更生不能だと察していた。美月が冷ややかに言い放つ。「社長は特に何もありません。ただ一つ、一刻も早く賠償金を支払ってほしいとだけ言っております」事態が取り返しのつかない状況になり、篠もたまらず竜也を叱責した。「竜也、もう狂った真似はやめて!玲奈さんは今回は本気なの。すぐに謝って。そうすればまだ挽回できるかもしれないでしょ」しかし時はすでに遅かった。竜也の非協力的な態度は、すでに弁護士の堪忍袋の緒を切らせていた。弁護士は警察からの許可を得て法的手段を強行した。追い詰められた竜也は渋々借用書にサインし、260億円もの負債を分割払いにすることに同意させられた。サインを終えた後、竜也は茫然自失とした状態で篠に連れられて行った。警察署を出た途端、竜也のスマホが鳴った。それは、病院からの連絡だった。「谷口さん。現在、病床が大変混み合っておりまして、お待ちの患者様も多い状況です。大変心苦しいのですが、お支払いの確認が取れない場合には、お母様には一時的に廊下のベッドへ移っていただく可能性がございます」金を払えない竜也は、渋々病院へと向かった。母親の容体は悪く、高額な特効薬の費用も出せず、最終的に竜也は母親を自宅へと引き取らざるを得なかった。しかしここ数年、何不自由ない生活を送ってきた竜也にとって、病人の世話をする日々など耐えられるはずもない。急激な生活の変化に、かつての困窮しきっていた頃を思い出したのか、竜也は今、恐怖に震えていた。贅沢な暮らしの味を知ってしまった以上、もう二度と貧しい生活には戻りたくなかったからだ。そんな中、篠もまた自分の安定した将来のため、耳元で執拗に囁き続けた。「竜也、少しだけプライドを捨てて、玲奈さんに謝ってよ!竜也が誠心誠意謝れば、あんなにあなたを愛してた玲奈さんなんだもの、きっと許してくれるわ。許してもらえばあな
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第13話

ふと、10年前の記憶が脳裏をよぎった。そういえば当時も竜也は今と同じように、あんな惨めったらしい顔をして私の前に跪き、母親を助けてほしいと縋り付いてきたものだ。「中村社長にとってはこの程度の金額、食事一回分にもならないでしょう?でも俺にとっては、これで母の命が救えるんです」そして今、竜也はあの頃と寸分違わぬ言葉で私を困らせようとしていた。「玲奈、お前にとっては数百億なんてはした金だろう。お願いだ、もう追及しないでくれ。毎日取り立てに追われて、母も入院して薬代が必要なんだ。生活だって成り立たないし、高額な医療費も到底払えない。このままじゃ本当に頭がおかしくなりそうだ。お願いだ、生きる希望をくれ!」私は冷ややかな目で竜也を見下ろした。「壊した時には、自分が払えないかもって考えなかったの?」竜也は目を真っ赤にさせ、声を詰まらせて訴えた。「ごめん、玲奈。俺が悪かった。もうお前と張り合うようなことはしない。今回だけは許してくれ」竜也はそう言って、私の袖を掴もうと手を伸ばしてきた。私は一歩後ろに下がり、その手を避けた。「触らないで。これでも私、家庭がある身なの。お金が必要なら借金でもすればいいでしょ。私たちはもう終わったの。今は、ただの赤の他人なんだから、助ける義理なんてないわ。だいたい、私の物を壊しておいて賠償するのは当然よ。情に訴える脅しなんて通じないわ」竜也の瞳に寂しげな色が浮かんだその時、隣人から彼に電話がかかってきた。電話がつながるなり、隣人の取り乱した声が聞こえてきた。「谷口さん、お母さんが容体急変したわ。危ない状況だから、今すぐ病院に来てください!」竜也はスマホを握り締め、目を潤ませて私を見た。「玲奈、俺が結婚から逃げ出したから、お前は仕方なく葛城さんと結婚したんだろ?二人のことは気にしない。政略結婚だし、お前だって本意じゃないはずだ。俺ならまだお前を受け入れられる。表に出ない関係でいい、愛人でも構わない。だから母を救ってくれ……」聞いていて吐き気がした私は、警備員に合図を送って竜也を追い出した。「勘違いしないで。私と直樹は心から愛し合ってるの。それに、そんな見返りなんていらないわ。あなたに触られるのもお断りよ、汚らわしい」引きずられていきながらも、竜也は食い下がっ
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第14話

その日の夜、スマホを見ていたら、私に対する批判がネットのトレンドランキングに入っていた。急上昇のタグが目に飛び込み、続けて私の名前が躍る。指先が冷たくなるのを感じながら、私はその再生数の多い動画をタップした。画面の中では、竜也が黒い喪服をまとい、目を真っ赤に腫らし、鼻水を垂らしながら必死に被害者を装っていた。「玲奈とは10年の付き合いでした。でも相手はなかなか結婚してくれなくて、夜遊びばかり……遊び回っていた玲奈を、愛するがゆえに許してきました。何の見返りもなく玲奈に尽くし、ただの恋人以上の存在として何も求めなかったのに……信じていればいつか玲奈は変わってくれる、結婚してくれると信じていました。それなのに、他の男と結婚するなんて!大企業の御曹司と婚約した途端、俺はもう釣り合わないって……ただの遊びで、用済みになったからゴミのように捨てられたんです……」画面を食い入るように見つめながら、私は怒りで頭が爆発しそうだった。すべて嘘だ。竜也は平然と嘘を言っている。動画は続き、竜也はか細い声で私を追い詰めていく。「玲奈は浮気だけでなく、別れる際に、母の入院費を容赦なく打ち切ったんです。こっちが土下座して哀願しても、助けてはくれなかったんです。結局、母は治療も受けられずに病死してしまいました!母を殺したのは、玲奈です!」この投稿はネット上でまたたく間に拡散され、何十万というコメントで炎上していた。開かなくても分かる。コメント欄がどれほど醜い中傷で溢れかえっているかは。【このクズ女!死んでしまえ!】【金さえあれば何をしてもいいのかよ?】【谷口さんが可哀想だわ。10年も尽くしたのに、水の泡になったのよ!】【殺人犯!冷酷な血も涙もない悪魔め!】【噂によればそのクズ女と結婚したのは葛城グループの長男らしいよ。あの人も同じ穴のムジナね、略奪婚なんてありえないわ!】……中傷は勢いを増すばかりで、ついに仕事にも影響が出始めていた。ほどなくして美月から電話が入る。声が震えていた。「社長、大変です!会社のサイトや店舗に攻撃を受けています。株価も大暴落しています!それに……葛城グループの方も配信のコメント欄が誹謗中傷で埋め尽くされています。『このクズ夫妻が関わったものは買わない』と。皆、使えば肌が爛れるなんてデ
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第15話

竜也から脅迫のメッセージが届いたとき、ちょうど直樹が温かいミルクを持って部屋に入ってきた。その光景を目の当たりにして、いつもは温厚な直樹も、瞳には怒りの色が浮かんでいた。「あいつも本当に恥知らずだな。玲奈、怖がらなくていい。すぐに弁護士に連絡して、デマの拡散で訴えてやる!」私はふと思いつくことがあり、慌てて直樹の手を制止した。目を細め、私は静かに言った。「直樹、もう少し待って」「まだ待つのか?奴はひどいことを言っている。君が心変わりして捨てただとか、冷酷非道だとか。君がそんな人間じゃないことは……」「分かってる」私は直樹を遮ると、手渡されたミルクを一口飲んだ。「でも、よく言うでしょ。高い所から落ちる方が、ダメージは大きいのよ。今はまだ証拠が足りないの。もう少し竜也に調子に乗らせておいて、十分な証拠が集まったところで、二度と這い上がれないように一気に息の根を止める」直樹が不思議そうな顔をする中、私は渋々といった様子で竜也の条件を呑み、明日直接会って金と引き換えに投稿を消す約束をした。相手はすぐに返信してきた。【最初からそうしていればよかったんだ。じゃあ、明日】私はその画面を見つめ、温度のない笑みを浮かべた。翌日、私たちは以前よく通ったカフェに少し早めに着き、窓際の隅の席を選んだ。ほどなくして竜也が現れた。仕立ての良いスーツをまとい、あごを上げて、ひどく気取った様子だった。向かいに座るなり、竜也は手元にある銀行カードに目をやり、露骨に急かすような視線を向けた。「金は持ってきたんだろうな?」私は答えず、じっと竜也を見つめた。「竜也、今日このお金を渡したら、あなたはネットにあるあの根も葉もない噂を、きれいに削除すると約束してくれるわね?」私は特に「根も葉もない噂」という言葉に力を込めた。「当然だ」と竜也はあっさり答えた。それどころか、自分を被害者のように装いさえした。「玲奈、お前が俺を追い詰めたんだ。だから、こんな極端なやり方をとるしかなかったのは……」私は何も言わず、ただ冷ややかな目で竜也を見つめた。なかなかカードを差し出さない私にしびれを切らしたのか、竜也は手を伸ばして強引にカードを奪い取ろうとした。だが、その指先がカードに触れる直前、私は猛スピードでそれを引き戻した。驚く竜
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第16話

「こ、これは……」竜也の瞳が揺らぎ、顔が青ざめた。「ここに来る前からライブ配信してたわ。今のあなたの言葉、ネットの皆さんが聞いてるから」「玲奈、俺をハメたな!?」私はもう竜也を無視して、画面に向かって息を吸い込み、堂々と言った。「ご覧の通り、ネットで拡散されている投稿は竜也による私への悪質な嫌がらせです。私たちはすでに別れていますが、原因は私が竜也を捨てたからではありません。真実は、付き合っている間も彼は私を何度も捨てたのです。竜也は『初恋の人』である陣内さんを選び、二人は明白な関係なのに『ただの友人』と嘘をついていました。私が竜也に傷つけられ、死にたいと思うほど追い詰められた時ですら、彼はそれを芝居だと笑っていたのです。それに、竜也のお母さんの面倒も全部私が見ていました。でも息子である彼自身は何もしないで親孝行も人任せ、別れて私が援助を止めたら、その死を私の責任にしました。なんて、身勝手なんでしょうか?」言葉が終わるのと同時に、コメント欄が激しい勢いで埋め尽くされた。【やばい、逆転した!】【人のせいにするなんてね。谷口こそ、二股かけるクズじゃん!】【恥知らずな人ね。捨てられて当然だわ!報いを受けるべきだよ!】【自分のお母さんくらい自分で面倒見ろよ。道徳心がないのか?吐き気がする!】【中島さん、批判してすみませんでした。謝ります】……コメント欄の声が、刃物のように竜也の心に突き刺さる。私の策略に驚いたのか、竜也の顔は引きつっていた。「玲奈、配信を止めろ!分かったか!」竜也は激昂してスマホを奪おうとしたが、私は身を翻して軽やかに避けた。反動で地面に倒れ込んだ竜也の鼻からは、赤い血が流れていた。ぼろぼろになった姿で必死に顔を拭い、なおもわめこうとした瞬間――警察たちが、厳しい顔で竜也に歩み寄った。偶然にも、以前竜也を連行した時と同じ二人だった。「なぜ警察が……」と、竜也は言葉を失った。私は腕を組んで冷たく笑った。「通報したのは私よ。ネットでの悪質な嫌がらせ、それから強請についても訴えるわ。スマホのライブ記録が証拠だもの」私はすべての証拠を警察に手渡した。……決定的な証拠の前で反論の余地もなく、竜也は再び連行されていった。今回の罪状で1カ月の拘留、さ
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第17話

竜也は絶句した。「そんなはずがない」暗証番号を間違えるなんてありえないことだ。竜也はきっと押し間違いをしたのだろうと自分に言い聞かせ、何度もやり直したが、すべて失敗に終わった。「どういうことだ?」額に冷や汗を滲ませながら、竜也は呟いた。いぶかしげに思っていると、扉が内側から開いた。バスローブ姿の若い女性が顔を出し、警戒した様子で竜也を品定めするように言った。「どちら様?どうしてうちのドアを開けようとしてるんですか?」竜也は半歩引き、愛想笑いを浮かべた。「すみません。陣内篠という人を探していて……ここは彼女の家ではないのですか?」「陣内さん?」女性は眉をひそめた。「その人なら1ヶ月前にこの部屋を売って、引っ越しましたよ」その言葉が、まるで金槌で頭を叩かれたかのような衝撃を与えた。「引っ越したって?どこへですか?」女性は肩をすくめた。「さあね。他に用がないなら帰ってください。迷惑なんですけど?」そう言うと、女性は無愛想に扉を閉めた。竜也は篠が引っ越したという衝撃から立ち直れないままでいると、スマホが鳴った。取り立てからのメールだった。【あと3日だ。金が用意できなければどうなるか分かっているな!】震える手でその通知を消し、無理やり冷静になろうとした。ただの偶然かもしれない。篠は急用で急いで引っ越しただけだろう。篠はあんなに優しい人だ。自分を捨ててどこかへ行くなんて……竜也は懸命に自分を慰めた。気を取り直して、今月の借金を返済するために、まずは働かなければならないと腹を括った。なにしろ取り立て屋は、今月中に返せなければ指を一本詰めさせると言ったのだから。働くことは簡単だと思っていたが、その後の求職活動は竜也を絶望の淵に突き落とした。玲奈の後ろ盾で簡単に得られていたはずの仕事のチャンスが、ことごとく閉ざされていたからだ。提出した履歴書は返事も来ず、面接官たちは皆、丁寧だが距離のある態度で断ってくる。「谷口さん、大変残念ながら弊社の求める基準とは少し異なるようです」「すみません。当社の企業文化とはそぐわないようですね」断られるたび、竜也は玲奈がどれほど自分を守ってくれていたか、玲奈なしの自分が何者でもないことを痛感した。絶望して、竜也は場末の繁華街のバーへ流れ
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第18話

個室のドアは完全に閉まってはおらず、わずかな隙間から中の様子がはっきりと見えた。そこには、ベルベットのソファにだらしなく体を預け、スモーキーなメイクでタバコを指先にはさんだ篠がいた。以前の清純で大人しい姿とは似ても似つかない、不良そのものの様子だった。篠は楽しそうに、周りにいる友人たちと何やら話し込んでいる。篠の姿を見た竜也は、これこそが自分の救いだと思い込み、興奮してドアノブに手をかけた。しかし次の瞬間、中から聞こえてきた会話の内容に、竜也は凍りついた。「篠、それにしてもさ。谷口さんって以前は篠にあんなに尽くしてたじゃない?今の彼、どん底みたいだけど、もうポイしちゃうの?」赤いドレスを着た女性が、冷やかし半分に問いかけた。篠は鼻で笑うと、タバコの煙をゆっくりと吐き出した。顔は血色よく生き生きとしており、竜也の前で見せていた弱々しい姿はどこにもなかった。篠はまるでどうでもいい古い道具について話すように、投げやりに言った。「当然でしょ。竜也なんて私にとってはただの『ATM』なんだから。もう玲奈にも見捨てられて何の価値もないし、お金も取れない。足手まといをいつまで持ってるって言うの?それにしても、竜也が間抜けすぎるのよ。前々から玲奈さんにしがみつきなさいって言っておいたのに、妙にプライドばかり高くて。今のこの惨めな結果は、彼自身のせいよね!」ATM?足手まとい?その言葉が、熱した針のように竜也の胸を容赦なく刺した。「ま、そうよね」もう一人の女性が、へつらうように相槌を打つ。「っていうかさ、谷口さんって本当にバカだよね。あんなに長い間、篠に騙されてたなんて。思い返せば、篠がわざと咳をするだけで、すぐに心配してさ。何を言われても信じちゃうし。篠が実はめちゃくちゃ丈夫で、影じゃこうやって派手に飲み明かしてタバコも吸ってるなんて、夢にも思わないでしょ。あははは!」個室の中に笑い声が響き渡った。篠はそのへつらいを心地よさそうに享受し、得意げに眉を上げてコップの酒をあおった。赤ドレスの女が何かを思い出したのか、声をひそめた。「ねえ……篠。この前、病院で……やばい病気って診断されたんじゃなかったっけ?もし谷口さんに知られたら、自分も感染させられたって……頭が狂うほど怒るんじゃない?」その言葉を聞いた瞬間、
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第19話

竜也が飛び込んでくると、楽しげだった笑い声がぴたりと止んだ。全員が驚いて振り返り、入口に立つ竜也を凝視した。「なんでここにいるの?」篠の顔から笑みが消え失せた。怒りに満ちた竜也を見て、全てを聞かれたのだと悟ると、もう隠す気も失せたようだ。慌てたのはほんの一瞬で、鼻で笑うと、その瞳にはあからさまな嘲りが浮かんでいた。「全部聞こえちゃった?」竜也は篠を睨みつけ、みるみるうちに目を真っ赤にした。「篠、お前はなんて恩知らずな女なんだ!俺がこんな状況になったのは、半分はお前のせいだ!そもそも、発熱していたお前を看病するために、婚約披露宴を投げ出したんじゃないか?そのせいで玲奈の機嫌を損ねて、完全に見捨てられたんだぞ!もしお前に足を引っ張られていなかったら、俺は今も順風満帆だった。邸宅に住み、高級車を乗り回し、他人が何世代かかっても稼げないような暮らしを送っていたはずなんだ!こんな状態じゃなくて……」竜也は身に着けたバーの制服を強く引っ張り、屈辱に震える声で泣き出した。「ここで愛想笑いを振りまいて、年増の女たちに触られて、言いなりになって生きるなんてな!こんなにみじめな俺を見て、お前は昔の恩を思って助けようともしないどころか、友達と裏で笑いものにするのか!お前は……あんな病気まで俺に移したんだぞ!」竜也は怒りに体を震わせた。「お前には心ってものがないのか!どうしてそんなことができたんだ!?お前のせいで、俺はこんなゴミみたいな生活をしてるんだ!」一息ついてから、竜也は続けた。「とにかく、精神的苦痛の代償として借金の半分を返せ。じゃないと、ただじゃおかないぞ!もう失うものなんて何もないんだから、同意してくれるまで毎日付きまとってやるからな!」篠は鼻で笑うと、一歩踏み出し、冷たい目で見下ろした。「竜也、自分が間抜けだったのを人のせいにするの?勝手についてきたのはそっちでしょ。私が婚約破棄しろなんて言ったかしら?自分で人生を台無しにして、それを私のせいにするなんて、馬鹿じゃない?助けてほしい?私があなたに何の恩があるの?バーの裏方で愛想売りしてるゴミみたいな人間に、交渉する資格なんてあるわけないでしょ?もう一言でも口答えしたら、皆にその病気のこと、ばらしてあげる。二度と客も取れないような乞食にし
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第20話

意識が遠のく中、竜也は長い夢を見ていた。夢の中で、玲奈が飛び降りたあの日が繰り返されていた。竜也は幽体離脱したような感覚で宙に浮き、ただ目の前で、玲奈が高層ビルから飛び降りるのを見守ることしかできなかった。「やめろ――」空の上から叫ぼうとしても声は出ず、止める術もない。ただ糸の切れた凧のように落下し、赤い塊へと変わる玲奈を呆然と眺めていた。夢の中の竜也は恐ろしげに顔を引きつらせ、ぶつぶつとつぶやいていた。「俺のせいだ……俺が玲奈を追い詰めたんだ……」竜也は本能的に、あの惨状から遠ざかろうと必死で後ずさりをした。この恐ろしい現実と関係ないと思いたかったのだ。その時、篠が現れた。篠は震える竜也の肩を抱き寄せ、こう囁いた。「竜也、玲奈さんに騙されちゃダメだよ。彼女が本当に死ぬわけないじゃない?ただの演技よ。あなたを怖がらせようとしてるだけ。あの血も偽物。転がってる体も精巧な人形よ」その甘い言葉は魔力のように竜也の心に染み入り、彼は自分を正当化するための言い訳を見つけた。そうかもしれない。高所恐怖症の玲奈が、観覧車でさえ怖がっていたあの玲奈が、そんな簡単に飛び降りるわけがないと自分に言い聞かせた。そう思い込み、冷たくなった指で玲奈の顔についた血を拭った。「バカな奴だ!俺の気を引くために命を捨てるふりまでするなんて」しかし、後からやってきた弁護士が差し出した重々しい遺書が、まるで鉄槌となって竜也を打ちのめした。死亡報告書に記された冷徹な文字が、かすかな望みをも打ち砕いた。竜也はやっと理解した。玲奈は演技ではなく、本当に亡くなったのだと。押し寄せるような罪悪感が、一瞬にして彼を飲み込んだ。玲奈の遺産を両親の慎吾と恵に返そうとした。しかし、篠がそれを制止し、何度も甘い言葉で洗脳してきた。「竜也、その金はあなたの正当な権利よ。玲奈さんがどうやってあなたからお金を搾り取ったか忘れたの?玲奈さんが邪魔しなければ、私たちはとっくの昔に結ばれていたわ。これは彼女からの償い、受け取っていいのよ!」償い?そうか、これは償いなのだ。竜也はわらにもすがる思いで、その理由にしがみついた。金を受け取った後、竜也は入籍したばかりの篠を連れ、玲奈の墓にお参りにきた。罪悪感を少しでも和らげるために、竜也は
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