All Chapters of イルン幻想譚: Chapter 1 - Chapter 5

5 Chapters

Episode 1 剣闘士の男・1:隠者の洞窟

 ファルサーは、ようやくその場所へ辿り着いた。 まともな登山道も無い山は、全体は剥き出しの岩ばかりだったが、その道なき道を登り切ると急に草地が広がっていた。 そしてその向こうには、町で教えられた通りの岩壁が聳えている。 登ってきた岩場を振り返って見ると、遥か眼下には町から四方に伸びるリボンのような街道と、青い湖が一望出来た。 大きく深呼吸してから隆起した岩壁の傍に歩み寄り、今度は重なった岩襞を根気よく探る。 するとこれもまた町で教えられてきた、洞窟への入り口を見つけることが出来た。 洞窟はなだらかに下降していて、奥のほうまで外の光が差し込んでいる。 これならば、松明を用意せずともかなり先まで進めそうだ。 二十代になったばかりのファルサーは、色の濃い金髪と同じように色の濃いロイヤルブルーの瞳をしていて、大柄で筋骨逞しい、見るからに戦士と解る男だ。 容貌は精悍で覇気に溢れているが、身に付けているのは安価な革鎧と革ベルトで、腰に下げているグラディウスも含めて全体に質素である。 なんの恐れも持たず、迷いもなく、ファルサーは洞窟へと踏み込んだ。 先で真っ暗になったら明かりを用意しようと考えながら進んだのだが、洞窟の長さは外の明かりが届かなくなる手前で終わっていて、そこにはその場に全く不釣り合いな扉があった。 鉄枠が岩壁にしっかりと嵌っていて、木製の扉の中央には重そうなドアノッカーが付いており、鉄枠の少し上のところに〝Lunatemis〟と文字が刻まれている。 そして、ノッカーの丸い手すりには〝ご用件の方は中へ〟と書かれた木製の札が下げてある。 その違和感だらけの状況に顔をしかめたものの、ファルサーは洞窟に入った時と同じように、怯まず扉の取っ手に手を掛けた。 彼は、麓の湖の真ん中にある島に行かねばならなかった。 しかし、湖には船着き場の残骸のような場所があるだけで、小舟すら浮かんでいない。 もっともそれは、当然のことだと思った。 湖の島には強大なドラゴンが棲み着いていて、町の者は誰も近寄らないからだ。 だが、自分はどうしてもあの島へ行かねばならない。 どうしたものかと湖岸で思案をしていたら、その姿を不審に思ったらしい老爺に声を掛けられた。 詳細を語らずに、ただ「島に渡りたい」と言ったファルサー
last updateLast Updated : 2026-03-22
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2:ルナテミスの主人【1】

 壁面にあるランプが室内を柔らかな光で満たしているのだが、内側で炎を燃やしているにしてはチラつきが無い。 そもそもあんな小さなランプの灯りが、どうやってこんなに明るい炎を燃やすことができるのだろうと不思議になって、ファルサーが壁に歩み寄った時だった。「私に何か用か?」 それは、男性にしては甲高く、女性にしては低音の、聞いたことの無い声だった。 しかも今の今まで、背後に全くなんの気配も無かったために、ファルサーは驚いて慌てて振り返ったのだった。 フェディンたる者、どんな時にも背後の警戒を怠ってはならない…と教えられていたファルサーは、相手の気配に全く気付いていなかったことに狼狽えていた。 だが声の主を見た途端、そんな動揺など吹っ飛んでしまう。 ファルサーの想像していたような〝ヒゲだらけの老人〟は、そこにはおらず、小柄で童顔な人物が立っている。 しかもその人物は、上から下まで真っ白だった。 上司の監督官や同僚の中には、全能の神を信仰する者もいて、彼等が語る〝神の使い〟なる者がもし目の前に顕現したら、こんな姿かもしれない…と思うほどに。 やや子供っぽい顔をしていると感じたが、良く見ればそれほど幼くもない。 整った美貌をしているが、なんとも冷たい印象の無愛想な顔でこちらを見ている。 髪色も肌色もアルビノのように白いが、アルビノならば特徴的な赤いはずの瞳が、薄氷のような淡いブルーで、むしろ瞳までも色素が抜けてしまっているのでは無いかと思われた。 背丈は一般的な女性ぐらいしかないが、女性と思うには決め手が無く、スタンドカラーの服を着ているので、喉元も見えない。 髪型はベリーショートで、女性と言えば髪を伸ばすものと思っているファルサーの感覚からしたら奇妙だったし、そもそもスラックスを履く女性なんて、今まで見たことも無い。「用件は?」 冷酷さすら感じる、件の透けた薄氷のような淡いブルーの瞳に、決して好意的とは言いかねる感情を乗せて睨みつけられ、ファルサーはハッとなった。「…湖の真ん中にある島に渡してもらいたいんだが…」「何のために?」「ドラゴン討伐だ」 ファルサーの答えに、それまで殆どなんの表情もなかった相手の顔に、微かながら呆れたような感情が浮かぶ。「物好きだな」「僕がしたくて、する訳じゃない。王命だ」「どちらにしろ物好きだ」 相
last updateLast Updated : 2026-03-22
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2:ルナテミスの主人【2】

 ファルサーが黙って相手を見つめていると、眉根を眉間に寄せて不機嫌な顔になった。「物を頼みに来たのなら、相応の態度を取ったらどうだね?」 冷たい声音と突き放すような態度に引っかかりを感じたが、こちらのほうが〝お願い〟をしている立場である。 ファルサーは渋々と、相手が示した椅子に座った。「湖の島に、渡してもらいたい」「報酬は?」「そちらの希望を聞こう」 相手はファルサーの問いにすぐには答えず、テーブルの上に置いてある直径が五センチぐらいの透き通ったまん丸い水晶を手に取った。 数秒、それを見つめた後に、視線をファルサーの顔に戻してくる。「支払いをするのは、君か? 王か?」「それがなにか、関係が?」「大いに有るな。そもそも、君に何が支払える?」「金貨を持っている」「それは君の旅費だろう? 大事にしておきたまえ。それに私は、金に興味は無いのでな」 わざわざ水晶球などを手に取った上に、ファルサーと水晶球を交互に見やるような態度から、てっきり相手がその水晶球で、何か占いじみたことでも始めるのかと思った。 だがヒトをくったような態度でファルサーに応対する様子からは、占いなどするつもりはさらさらなさそうだ。 旅芸人のマジックと同じように、から手の甲にコロコロと水晶球を転がしたり、ファルサーの目の前で手首を返す度に水晶球の数が増えたり減ったりしている様子から、水晶球をもて遊んでいるだけだと気付いた。「だが、まぁ、いいだろう」 最後に大きく手首を回し、相手は一つに戻った水晶球をテーブルの上の、元々置かれていた場所に戻した。「君に要求する対価は、二件の労働奉仕だ」「労働奉仕…?」「文字は読めるかね?」「えっ、ああ、一応読める」「よろしい。では、あちらの扉の向こうに廊下がある…」 相手は部屋の北側にある扉を、指で示した。「一番奥まで行くと〝倉庫〟と書かれた扉があるので、その部屋に入ってくれたまえ。入って直ぐのところにリストが置いてある。その内容通りの物を、集めてきて欲しい。君がどれほどの能力を持っているのか判らんので、期限は切らずにおこう。どうせ暇を持て余しているしな。リストの物を全部集め終わったら、次の用事を頼もう。二つの仕事が完了したら、君を島に渡す。頑張りたまえ」「それだけ?」「君は頑健なようだ
last updateLast Updated : 2026-03-22
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2:ルナテミスの主人【3】

 倉庫に向かう廊下もまた普通の廊下然としており、並んでいる扉にはいちいちプレートが付いている。 それぞれのプレートには奇妙な名称が付いていたが、他人の家の中をいちいち覗くのもどうかと思ったので、ファルサーは廊下を進んで、それらの扉の前は素通りした。 廊下の一番奥に、アークの言った通りの扉があった。 どうやらここが目的のストックらしい。 だが扉を開けると、そこにはまたしても、ファルサーの想像を裏切る光景が広がっていた。 天井は遥かに高く、向こうの壁はよく見えないほど遠い、広大な部屋だったからだ。 そこに理路整然と等間隔に、天井まで届く石で作られた棚がビッシリと並んでいる。 それぞれの棚は高さや広さが異なるが、全てにプレートが貼られていて、その名称に見合った物が収められているらしい。 しばらく呆然とストックの中を見て回ったが、やがて我に返ったファルサーは、アークの言っていたリストのことを思い出した。 入り口に戻って見ると、扉の脇に木製の棚とボードが設えられていて、その傍に大きな肩掛け袋や背負い籠などが置いてある。 ボードを手に取って見ると、そこには〝薪〟のようなファルサーにも分かる名称の他に〝緋蓬〟や〝露羊歯〟と言った、見たことも聞いたことも無い名称がいっぱいに並んでいる。 ファルサーは、アークは自分を島に渡してくれる気など毛頭無いのではないかと思った。 意味も判らない単語の羅列を眺めて、どうしてリストの物を集めることなど出来ようか? アークが手の中で弄んでいた水晶球のことなど思い返すと、自分はからかわれているとしか思えない。 しかし金銭に興味は無いとハッキリ言われてしまっているし、そもそもアークが言う通り自分の手持ちの金は此処までの旅費として渡された路銀で、しかもさほども残っていない。 最初にこの路銀を渡された時、ファルサーには金銭感覚が無かったので良く解っていなかったが、旅に出て直ぐ、その金が往路の分しか無いのではないかと感じた程度だ。 アークはこの金は受け取らないと言っていたし、そうなると要求された労働力以外に提供できるものはなにも無い。 しばらくリストを眺めてから、仕方がないので頭を下げて、アークにこのリストが何を指示しているのか訊ねようかと考えた。 だが、アークのあの高慢で人を喰ったような態度
last updateLast Updated : 2026-03-22
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3:天頂の湯殿

 日が暮れかけた頃に、集めた植物を持って戻ると、テーブルの傍にアークが立っていた。「労働は、捗ってるようだな」「なにか用でも?」「日が暮れたら、作業は終わりにしたまえ」「なぜですか? この辺りにモンスターはいないようですし、松明の用意もあります」「だが、夜は餌を求めて四足の獣が出る。集団行動を取っているので、屈強なフェディンでも危険だ。ストックの手前に風呂がある。汗を流してくるといい」 態度は高圧的だが、どうやら気を遣われているらしい。「では、そうさせてもらいます」 そう答えて、ファルサーは廊下に出た。 これまでファルサーが使ってきた〝風呂〟は公衆浴場であり、個人宅に風呂があるのなんて、余程の金持ちか権力者の邸宅のみだ。 とはいえ自分の知る〝常識〟から、なにもかもが逸脱しているこのの邸宅なら、風呂があってもおかしくないのかもしれない。 それに、最初にストックに向かった時からずっと、ルナテミスの中にアーク以外の誰かの姿を見たことが無い。 これほどの広さを維持するには、かなりの数の奴隷や使用人を使っているのが普通だと思うのだが。 しかしこんな山の上の岩窟の中に、こんな邸宅を造り上げてしまうような相手には、自分の考える普通など通用しないとも思う。 そんなことを考えながら〝ストックの手前〟にある扉を開けた。 中に入ると、足元に玄関ホールのような段差が付けられていて、入り口脇の棚には〝シューズボックス〟というプレートが付いていた。 つまり、脱衣所に入る前に履物を脱ぐようになっているらしいと理解したファルサーは、そこでサンダルを脱いだ。 どうやら自分の知る風呂とは、随分と様式が違うらしい。 段差を上がった部屋もまた広々としていたが、ストックの広さと回廊のような廊下を見てしまった後では、もうあまり驚かなかった。 壁際にはストックと同じような石造りの棚があり、そこに木の皮で作ったカゴが置いてあった。 広い室内には木製の椅子もあり、石の棚には柔らかなタオルがきちんと重ねて置かれている。 自分の知る様式とは違う風呂だと解ったので、ファルサーはまず室内を見て回った。 入ってきた扉とは別に、もう一つ扉があったので、それを開くと、モウッと湿って温かい湯気が全身を包み込んでくる。 だが床のどこを見ても浴室用の履物が無い。 そこで少し困ってしまっ
last updateLast Updated : 2026-03-22
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