Mag-log in人からは〝神にも等しい〟と呼ばれながらも、神ならざる種族・神耶族(イルン)。 個性が強すぎるがために同族同士で馴れ合えず、繊細な心は孤独に埋め尽くされる。 そんなイルンにとって契約を結んだ契金翼(エヴンハール)は、友人であり、恋人であり、家族であり、己の魂の一部となりえる者。 人ならざる者と、人である者。 契約をすることで、人は人を超越し、人ならざる者はその孤独を埋める。 不老長命の種族〝イルン〟と彼らを取り巻く物語。 その物語は章ごとに中心人物が変わる構成で書かれています。
view moreファルサーは、ようやくその場所へ辿り着いた。
まともな登山道も無い山は、全体は剥き出しの岩ばかりだったが、その道なき道を登り切ると急に草地が広がっていた。
そしてその向こうには、町で教えられた通りの岩壁が 二十代になったばかりのファルサーは、色の濃い金髪と同じように色の濃いロイヤルブルーの瞳をしていて、大柄で筋骨逞しい、見るからに
彼は、麓の湖の真ん中にある島に行かねばならなかった。
しかし、湖には船着き場の残骸のような場所があるだけで、小舟すら浮かんでいない。 もっともそれは、当然のことだと思った。 湖の島には強大なドラゴンが棲み着いていて、町の者は誰も近寄らないからだ。 だが、自分はどうしてもあの島へ行かねばならない。 どうしたものかと湖岸で思案をしていたら、その姿を不審に思ったらしい老爺に声を掛けられた。 詳細を語らずに、ただ「島に渡りたい」と言ったファルサーを、老爺がどう思ったのかは判らない。 ただ、それならばこの周辺で一番標高のある山に登れと言われた。 曰く、そこには〝隠者のビショップ〟と呼ばれる非常に風変わりな、山の精霊の加護を受けた長命の者が住んでいると言う。 そして島に行くには、"あの方〟に頼む他に方法は無いと教えてくれたのだ。 そんな変わり者が、しかも洞窟に暮らしていると聞かされていたから、てっきり穴ぐらのような所に、此処を教えてくれた老爺以上に顔中ヒゲだらけの、老獪の者でも住んでいるのだろうとファルサーは想像していた。「誰かいるかい?」
開けた扉の向こうには、広くて明るく清潔な部屋があった。
精々松明に照らされた程度の暗い住処を想像していたファルサーは、すっかり面食らってしまう。 思わず振り返って扉の外を見て、内側を見て、また外を見て、それを何度か繰り返し、驚きをそのまま声に出して感嘆する。「信じられないな!」
しかし何度繰り返しても、鉄枠で縁取られた扉を挟んで、中と外とがまるで別世界だった。
入り口の扉は、確かに洞窟の奥にあるにはあまりにも異質な佇まいではあったが、扉だけを見れば、貴族とまでは言わないが、金回りの良い家の玄関扉といえる。 だがその部屋は、正に貴族の館のような広さと美しさだ。 床は薔薇色の大理石が平らかに敷き詰められて、塵ひとつ落ちておらずピカピカだったし、四方の壁も染みひとつない真っ白な石材で作られている。 壁面には等間隔で半円形をしたすりガラスが取り付けられていて、内側から光を放っていた。『見聞きしたことは、絶対に他言無用ぞ!』「もちろんだ。この一件が終わったあとは、聞いた事情を他の誰かに話したりしないと誓う」 片手を上げて宣誓するマハトに、クロスも同意を示して同じポーズで頷いた。「とりあえず訊ねたいんだが、先刻の二人の言い争いに出てきた、イルンというのはなんなんだ?」「マハさん、ヒトならざる者の寵愛を得ることが出来たら、不老不死の秘術が手に入る……みたいなおとぎ話って、聞いたコトない?」「俺は修道院で育ったから、おとぎ話のような空想混じりの話は、殆ど聞かされたことが無いんだが。ではこの水晶がタクトで、不老不死の秘術を授けてくれる器物なのか?」『誰が器物かっ、この石頭のサウルスめがっ! そも、イルンとその他のものを、ヴァリアントなどという言葉で十把一絡にするでないわ!』 マハトは、全く意味が解らないといった顔で、首を傾げている。「ええっと……。おとぎ話を引き合いに出したのは、知ってたら解りやすいと思ったから……なんだけど。タクトはヴァリアントじゃなくて、イルンって種族で、今はそんなまんまるの水晶みたくなってるけど、本来はヒトガタをしているはずなんだ」「いや、待ってくれ。それじゃあまるで、この世界にリオン以外のヒトガタの種族が存在しているみたいじゃないか?」「みたいじゃなくて、してるんだよ」「いや……、いやいやいや、待ってくれ」 マハトは頭を振った。「俺は今まで生きてきて、そんな話は聞いたことも無いんだが」「そうだろうね」「落ち着き払って、肯定してるが……俺を騙そうとしているのか?」「まさか、違うよ。まぁ、リオンの常識では、ヒトガタ……つまり二足歩行をするイキモノは、リオンの他はガルドナイズしたモンスター以外に存在しない……みたくなってるけど、実際にリオン以外のヒトガタをした種族は存在するんだよ」「おとぎ話ではなく、実在していると……? だが、タクトは先刻一緒くたにするなと言っていたが、他にもいるのか?」「もちろん」 修道院育ちであれば、特にこの話は信じがたいだろう。 さっぱり意味が解らないといった感じで、マハトは首を傾げている。「なぜ俺は、他種族の存在を知らないんだ? 確かにいまだ若輩だとは思うが、それにしたって……」「他の種族はリオン……いや、フォルクは自分たちを
「アルバーラ? 知り合いか?」『このサウルスは、アルバーラを知らんのか!』「一体、誰だ?」『蒸しまんじゅうのようななりをした稀代の毒婦! 悪魔の如きセイドラーじゃ。儂とジェラートを、ずっと付け狙っておってな』「ジェラートというのがあの子供の名前なんだな」『ああ忌々しいっ! あんな詐欺師のような毒まんじゅうに追い回されなければ、こんなヘタレとサウルスに、我らの仮名を教える必要もなかったに!』「けにんぐ、とは、なんだ?」 マハトの問いに、クロスは突然〝そのこと〟に気付いて、ハッとした。 タクトの言った単語に感じた違和感と、そこに捕らえられている賊。 その引っ掛かりを、マハトが口にした疑問がきっかけとなって、全て解き明かされたような気分だ。「通名みたいな、もんだよ!」 クロスは、マハトにかなり適当な説明をした。 ケニングとは、決して変えることが出来ない真名の代わりに使う、表向きの名称であり、ケニングを名乗っていると言った時点で、自分はコニングを持つと、暗に示唆してしまっているということになる。 そして、コニングとは、祝福にも呪いにもなるために、その名を打ち明けるのはもちろん、持っていることを気軽に誰にも話して良いものではない。 とはいえ、タクトの場合は種族的な特徴故に、さほど気にもしてないのだろう。『なんじゃ、このサウルスはケニングも知らぬのか?』 と、サラッとその話を続けようとする。 クロスは狼狽えた。 元のタクトは強者で、コニング持ちであることをひけらかしたところで、通常ならばなんの問題もないのであろうが。 今のタクトは〝非常事態〟に陥っていて、容易く他者から害される危険が常に付きまとっている状況と言える。 そこでこんな危機感のない発言をするのは、あまりに軽率と考えたからだ。「そんなことはどうでもいいよっ! とにかくその賊から、ジェラートの行く先を聞き出さないと!」 一方で、マハトはクロスが話をはぐらかそうとしていることに気づき、その態度を訝しみはしたが、自分もそんな些末な話題よりもそちらの方が気になる話でもあった。「確かに、子供が攫われたなんて穏やかじゃないし、俺も救出に手を貸すのはやぶさかではないと思うが。しかし状況次第では、手伝いたくても手伝えないぞ」『なぜじゃ? なにが気に
『これっ、ジェラートはどうしたのじゃ!?』 部屋に入ってきたマハトが、大きな黒いマントのような物を着た、背の高い人物を床に降ろしているところに、タクトが急いた調子で訊ねる。 が、マハトにはタクトの声は聞こえない。「マハさん、あの子は?」「羽ばたきと足音が聞こえたので、追える足音を追ったんだが。子供は一緒じゃなかった」『追う相手が間違っておるではないかっ! 役に立たない残念サウルス野郎め!』「いや、暗闇で飛んでる敵は追えないでしょ。片割れだけでも、捕まえられるのはすごいって」「クロスさん、タクトと言う人は、まだこの部屋に居るのか?」「うん。居るよ」「いろいろ聞きたいことがあるんだが、タクトは俺の質問に答えてくれるだろうか?」『おいヘタレ、そこなサウルスに短剣を渡すのじゃ!』「え、コレ?」『そうじゃ、早く渡せ!』 クロスは少年がソファに置いた短剣を手に取ると、マハトに差し出した。「なんか良くワカンナイけど、タクトさんが、コレをマハさんに持って貰えって」「俺に?」 訳が解らないながらも、マハトはクロスから短剣を受け取る。『どうじゃ聞こえるか! この残念サウルス!』「うわ、急に頭の中に声がしてきた……。クロスさん、タクトという人は本当に少女なのか? 声音があまり少女らしくないんだが?」『ヘタレと話しておるヒマなぞ、ないわっ! 無神経で残念なサウルス如きに、わざわざこうして話しかけてやっておるのじゃ。儂の声を聞けい!』「そんなに大声を出すな。うるさいばかりで、何を言ってるのかわからんぞ」 マハトの苦情に、タクトは『てっ!』と舌打ちのような音を返す。『本来なら、貴様らのような無知蒙昧の輩なぞと関わりになりたくないが。今は状況が切迫しておる。致し方ない。ブツブツ言っておらずに、儂に手を貸せっ!』「とても人に頼みことをしている者の態度とは思えない……」「マハさん、言いたいコトは解るケド、小さい子が攫われたんだし……。それにマハさんには視えてないだろうけど…………」 クロスはその先のセリフは、タクトに聞こえないようにマハトの耳にコソッと告げた。『コソコソ話すなと言っておるだろうが!』「なんだ、タクトは困って泣いてるのか……」『このヘタレ! ホラを吹くでないわ!』 タクトはクロスの尻のあたりを蹴っ飛ばすような仕草をした
「大丈夫か、クロスさん?」「ごめん、突然怒鳴られて驚いちゃって…………」「怒鳴ってきたのか? なんと言ってる?」「ああ、えーと……。俺達だけで会話は禁止……みたいな?」 再び叱られることを恐れて、クロスは更に声を潜ませ、口早に説明をしつつ、マハトにこれ以上の会話を辞めるように目で訴える。「タクトの言ってるコトのほーが勝手だし。マハトにはタクトの声が聞こえないんだ、話が進まないからしばらく黙ってろよ」『小僧は黙っておれっ! 儂がマンナズの儀を施すまで、ケルヴィンガーの言い付けは絶対じゃと、最初に言うたであろうがっ! このなんでも忘れるカボチャ頭め!』「だからちゃんと従ってるじゃんか! でもタクトが俺に〝免許皆伝〟をしないのは、俺が子供だからじゃないだろっ!」『だからマンナズの義を免許皆伝などと、適当な言葉に置き換えるでないっ! 貴様の方こそ黙っておれっ!』 タクトと少年の会話に出てきた単語が、引っかかる。 だが、何に引っかかりを覚えたのか、クロスが考える前に、不意に不穏な気配が迫ってくる感覚が一同を包んだ。 ハッとして身構えた時には、既に窓が破られて、灯してあったランプが壊され、室内の明かりは消えた。「こんばんわ~! ボクの大事なスイートキャンディーちゃ~ん、お迎えに来てあげたよ~!」 扉が乱暴に開かれ、奇襲の不穏さからは想像もつかぬ、明るく突き抜けた声が室内に響く。「うわあっ! タクトォ!」 ようやくランプの明かりに目が慣れた頃合いだったために、視覚は奪われ、物音だけが頼りだった。 その中に、少年の悲痛な叫びが響く。 だがそれも一瞬のことで、その声は直ぐにも遠のいた。 マハトは咄嗟に、声の去るほうを追って窓の外に飛び出して行く。 一方で、その急激な状況の変化に戸惑ったクロスは、ランプが消えたあとに起きた一連の事象を、その目で全て見ていた。 なぜ暗闇の屋内の様子を見ることが出来たのか? を考えるより先に、咄嗟に動いたマハトと、ただ呆然と眺めていることしか出来ない自分との落差に、クロスは気を取られてしまった。『ヘタレっ! 明かりを灯せい!』「あ! あああっ、えっと、えとえと……」『このたわけめ! ランプは壊れて、使い物にならん! 貴様の手元で明かりを灯せと言うておる!』「ああ! はいぃぃ!」