今日は二十八歳の誕生日。私・高梨美咲(たかなし みさき)と柏木恒一(かしわぎ こういち)は、付き合って六年になる。そして彼は、ようやくこの特別な日に、私へプロポーズしてくれるはずだった。「キスして、キスして!」華やかで上品なイブニングドレスに身を包み、会場の扉の前まで来た私は、中から響いてくる囃し立てる声に足を止めた。主役の私がまだ来ていないのに、いったい誰と誰がキスをするというの?そう思いながら扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、恒一が小林優月(こばやし ゆづき)を抱き寄せ、深く唇を重ねている姿だった。優月の指にはめられたダイヤの指輪が、灯りを受けて目に痛いほどの輝きを放っている。それは、恒一が私に贈ると約束していた婚約指輪だった。私が現れたことで、さっきまで熱気に満ちていた場の空気は、一瞬で冷えきった。恒一は平然とした顔で優月から身を離し、私のもとへ歩み寄ってきた。「先生の奥様が不治の病なんだ。最期を迎える前に、優月の花嫁姿を見たいと望んでいるようで、優月に頼まれたんだ。先生の奥様の願いをかなえてほしいって。全部、芝居だよ。演技に決まってるだろ」私は彼を見つめたまま、問い返した。「唇まで重ねておいて、それも芝居だっていうの?」恒一は背後にちらりと目をやり、悪びれもせず言った。「先生の奥様が見ているんだ。なら、ちゃんと本物らしく見せないといけないだろ。いい子で帰って待っていてくれ。三か月あれば十分だ」そのとき、周囲からひそひそと声が上がるのが聞こえた。「この女、なんでこんなに気合い入れて来てるの?知らない人が見たら、まるで自分が柏木教授の恋人みたいじゃない」「ほんとよ。こういう女に限って出しゃばるのよね。自分の立場もわきまえないで」「柏木教授と小林さんこそ、お似合いの二人じゃない。片や小林教授の一番弟子、片や実の娘なんだから」「そうそう。小林教授は彼をずいぶん可愛がっていたそうよ。生前も、ずっと力になっていたって聞いたわ」恩に報いるにしても、恒一のやり方はずいぶん行き過ぎている。結婚まで引き受けるなんて。彼にとって、小林家はやはり特別な存在なのだろう。「そう。三か月じゃ足りないわね。いっそ、一生仲良くしていればいいじゃない」唇の端をわずかに吊り上げ、私はそのまま背を向けた。
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