佑紀子は執事が持ってきたランチボックスを開け、特製のサンドイッチを慎一に差し出した。「少しでもいいから食べて。体を壊してしまったら、元も子もないわ」慎一は頷き、佑紀子に付き添われながら少しだけ食事を取った。佑紀子は何か考え込むように伏し目がちになり、尋ねた。「純佳さん、本当に子供を堕ろしてしまったの?」慎一はサンドイッチを置き、沈痛な面持ちで静かに頷いた。佑紀子の瞳の奥には、一瞬だけ忌々しい後悔の色がよぎった。純佳が妊娠していると知っていれば、階段から突き落とされたように装う狂言など、わざわざ演じなかったのに。いくら段数が少なく、うまく受け身をとったとはいえ、一歩間違えれば命に関わる危険な賭けだったのだから。むしろ、彼女が子供を産むのを待ち、それを引き取って悠々と育てた方がよほど手っ取り早かった。一時の痛快さで終わらせるよりも、真綿で首を絞めるようにじわじわと苦しめ続けるほうが、よほど佑紀子の性に合っていた。純佳専用に誂えられた早川家の掟のごとく、影のようにまとわりつき、生きた心地を奪い去ってやる。慎一の憔悴しきった顔を見つめ、まだ入院中の桃香のことを思い出し、咄嗟に悪知恵を働かせた。ひどく不安そうな顔を作り、言葉を濁しながらすがるように言う。「慎一……純佳さんが離婚裁判を起こすなら、桃香は奪われてしまうんじゃないかしら。そしたら私、一生桃香のお母さんにはなれないのね」そう言いながら、佑紀子は目尻から一粒の涙をこぼした。赤く潤んだその可憐で弱々しい姿は、慎一の深い瞳に真っ直ぐに映り込んだ。手を伸ばして佑紀子の手を固く握りしめ、優しく慰めた。「心配しなくていい。たとえ純佳が離婚訴訟を起こそうとも、この東都市で早川家を敵に回してまで、あいつの代理人を引き受ける命知らずな弁護士など存在しない。桃香は、お前への二十七歳の誕生日プレゼントだ。これは誰にも変えられない事実だ」たとえ桃香の実の母親であろうと、慎一の決定を覆すことなどできはしない。元々、この時期を見計らって純佳に離婚を切り出すつもりだったが、まさか先を越され、しかも裁判所にまで持ち込まれるとは。あの気弱な純佳が、ここまで決断力のある行動に出るとは思ってもみなかった。慎一はそう思いながら、普段の気弱で自分の言いなりになっていた純佳の姿
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