私はその問いに声を返すことなく、店内へと足を踏み入れた。あえて迷う素振りも見せず、一着のドレスを手に取る。深いネイビーのシルク。落ち着いているのに、光の角度によっては艶やかに表情を変える。初めて入る店だが、どれも目を引くものばかりで、質の良さが一目でわかった。「聞いているのか?! どうして家で掃除をしていない」私の態度に苛立ったような声が背後から落ちる。だが、私は手を止めることなく、そのままドレスを見ていた。「こんなところで、何をしているんだ」これ以上は店にも迷惑だろう。私はハンガーにかかったドレスの裾を軽く整えながら、二人のほうへと向き直る。「服を買いに来ただけよ」それだけを告げて、ようやく視線を上げる。「何か悪い?」恒一さんの眉がわずかに寄る。その反応を見てから、私はもう一着、今度はより華やかなドレスを手に取った。淡い色合いのそれは、この場でも目を引く一着で、普段の自分なら手に取ることすらなかったものだ。「……そんなものを、どこに着ていくつもりだ」呆れと苛立ちが混じった声に、私は軽く肩をすくめる。「別に、あなたに関係ある? 欲しいと思ったから、買うだけよ」「関係あるだろ!」恒一さんがそう言ったあと、美咲がそっと口を開いた。「お姉さま……」遠慮がちな声と、今にも泣きそうな表情に、心の中で私はため息をつく。「こんな高いお洋服……大丈夫なんですか?」心配するような口調だが、言いたいことは分かる。「恒一さんのお金、ですよね……?」小さく言葉を続ける。「私、そういうの……あまりよくないと思ってしまって……ごめんなさい」申し訳なさそうなその言葉に、周囲のスタッフの視線までもが、わずかにこちらへ寄るのを感じた。この人たちはどう思っているのだろう。女が二人に男が一人。寄り添っている男女が、一人の女性に金を使うなと言っている。「お姉さま」と呼んだのだから、二人が姉妹だということは分かるはずだ。ならば、妻は美咲だと判断するだろう。妹の夫の金を使う姉――そんなところか。ため息をつきたいのを抑えながら、私は最初に手に取ったネイビーのドレスを再び持ち上げる。「これを」そうスタッフに声をかけた。「いい加減にしろ!」恒一さんの声が、今度ははっきりと怒りを帯びる。「自分の立場が分かっているのか」その視線は真っ直ぐに私へ向けら
Zuletzt aktualisiert : 2026-04-17 Mehr lesen