All Chapters of 黒き魔人のサルバシオン: Chapter 11 - Chapter 20

31 Chapters

序章 第十話「大蛇魔獣シュガール」

 ローブに身を包んだ男を逃してしまった苛立ちをぶつけるように、エルキュールは正面に構える大蛇魔獣――シュガールを睨みつける。 その鋭い視線に触発されたのか、緋色と黒色の鱗と紫の魔素質に彩られた体を大きく伸ばし、シュガールは大きく口を開けて威嚇した。 伸びた体はこの広い部屋の半分を占領し、開かれた口腔は人間を容易く丸呑みできるくらいに大きく見える。 正直言って、今まで戦ってきた魔獣が赤子に見えるほどの威圧感だった。 男の扱いからしても、そこらの魔獣と比べてもかなりの力を持っているのは明白である。 しかし、数の不利からかシュガールは慎重に二人の出方を窺い、攻めてくる様子は見られない。「へっ、魔獣にしちゃあ知恵が回るみてえだが……無駄だぜ!」 対して二人には悠長にしている暇などなかった。決着を早めるために積極的に攻める必要がある。 もちろんグレンもそのことを理解しており、銃大剣を振りかぶり果敢にシュガールに飛び込んだ。「ガアッ!」 脳天を砕く勢いで振るわれた炎の剣に、シュガールはあろうことかそのまま頭突きで抵抗した。 その頭部は相当な強度を持っているようで、振るわれた剣とぶつかり合って膠着し火花を散らした。 グレンの一撃は相手に効果的なダメージは与えられなかったが、全く問題はなかった。 ――その両者の横を抜け、大蛇の後ろに回り込む黒い影があったから。「――エンハンス」 シュガールの体の強度では普通に攻撃しても意味はないだろう、エルキュールは火属性魔法を武器に付与してその巨大な尾を切り落とそうと、ハルバードを薙いだ。 その斬撃は狙い通りにシュガールの尾に命中したが、傷は浅くたちまち回復されてしまう。やはり、魔獣に致命傷を与えるにはコアを狙うほかないないようだ。 エルキュールは急いでコアの位置を探そうとするが、大蛇の外面にはそれらしきものは確認できない。「シャアァァ!」「――っ」 傷をつけられたシュガールは怒り狂い、まるで地団駄を踏む子供のように暴れて尻尾でエルキュールに攻撃を繰り出した。地面を這うような急襲を空中に跳んで回避する。 そうして後ろの敵を振り払った大蛇は、立て続けに膠着状態にあった正面の相手を頭で押しやった。「ちっ、イカれたパワーだな……」 シュガールの急な反撃をなんとか受け流したグレンだったが、その姿勢は崩れてし
last updateLast Updated : 2026-04-02
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序章 第十一話「何ものにも代えがたかった日常」

 ――時は少し遡り、鑑定屋にて。 ヌールの外れにある鑑定屋では、店主のアランが帳簿に筆を走らせる音が微かに響いていた。「よぉーし、今日はこんなもんかね」 事務作業が一段落し、客がいなくなった店内でアランは大きく伸びをした。窓の外を見れば、空が赤く染まっている。もう店じまいの時間であった。「来週には納品の手続きをしないとな……」 主として、魔法士などから渡される魔獣の素材を鑑定するのが鑑定屋の仕事だが、それを買い取って別の業者と取引するというのもアランは生業としていた。 あの迷惑なマクダウェル家の男も欲していたが、魔獣の素材は希少性が高く、貴族たちが如何にも好みそうな調度品や装飾品に加工されることが多い。 魔獣が強大になった昨今においても、その需要は高まりつつある。「……ちっ、世界が魔物に怯えているというのに、いい気な奴らだぜ」 朝にも感じた貴族への不快感を噛み殺し、アランは勢いよく立ち上がる。 そのまま恒例の店内の点検の作業に入る。カウンター、奥の倉庫と続き、各棚も念入りにチェックする。 魔獣の素材を少量ながら取り入れたアラン特製の雑貨は、開店前と大差ない数がそのまま棚に鎮座していた。思わずアランの口から溜息が出る。「こっちは全然売れてねえし……ったく、今日はいい事ねえな」 髪を乱暴に掻きながら点検を終えたアランは、店内に備えつけられた魔動照明のスイッチを切る。 今日はセレの月・三日――休日であるにもかかわらず、客の訪れはあまりよくはなかった。鑑定屋という職業がもともと世知辛いものであるのもあるが、明日からニースで行われる大市も関係しているのだろう。 雑貨自体に問題があるとは考えず、尤もらしい理由を捻出したアランは、帰宅の用意を整え屋外に出る。施錠がしっかりなされたことを確認し、ようやく帰路についた。「いや、よくよく考えれば悪いことばっかじゃなかったか」 春の温かな陽気が残る黄昏時のヌールを歩きながら、アランは独りごちる。 脳裏に浮かぶのは、今朝来店したエルキュールとその家族であるラングレー家の二人のことだ。 娘であるアヤとは初対面であったが、リゼットはたまに来店してくれるいい客であったし、エルキュールに関しては、定期的に魔獣の素材を持ち寄ってくれるお得意様であった。 その両者に繋がりがあると分かった時も心底驚いたが、いつも
last updateLast Updated : 2026-04-04
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序章 第十二話「世界に挑む者たち」

 シュガールに辛くも勝利したエルキュールとグレンは、闇魔法で捻じ曲げられた空間を抜け、遺跡内部から外へと空間移動した。「うおっとっと……ここは昼間兎魔獣を狩った辺りか?」 ゲートで空間を跳躍した先は、暫し前に魔獣を探していた平原であった。 エルキュールにとっては慣れたものだが、魔法での移動に慣れていないグレンはたたらを踏んだ。「ああ、流石にここまでが限界だが」 そう返すエルキュールの表情は硬い。それもそのはず、彼とその家族の安寧の地、ヌールの街が危機に瀕しているのだ。 もう二度と住処を焼かれるなどあってはならないが―― 遠くの方で何かが重く響いた。振動が地面を介して二人の足元に伝わる。 振動の源を探すために辺りを見回すと、煌々と赤く光っているのが見える。 ヌールの街の方向である。その事実を認識するや否や、エルキュールは駆けだしていた。「急がないと……!」「って、オレを置いてくなっての!」 かつてないほどの焦燥がエルキュールを支配する。これほど強く自身の感情に敏感になったのは、八年前のあの日以来だろうか。 奇しくも、その時と状況が酷似しているものだから本当に忌々しい。「……煙も上っていやがるな。これもアマルティアの連中の仕業か」「――――」 エルキュールの隣を走るグレンが眉を歪める。エルキュールの方は持て余す激情を抑えるように息を吐いた。 走る速度を速め、徐々に視界の中で大きくなりつつある門を目指す。 門の付近にまで近づくと、街の様子が嫌というほど目に入る。 立派な石造りの門は表面に亀裂が生じており、部分的に崩壊してしまっている箇所もある。そこから延びている道路には、引っ掻かれた跡と何やら赤黒いものがこびりついていた。 その痕跡の全てが、ここであった惨状を静かに物語っていた。「惨いことしやがって……って、あいつはまさか……!?」 不快感に堪えていたエルキュールの傍で、グレンは何かを発見したのか小走りでその方へ向かった。 エルキュールもすぐにそのあとを追ってみると、ちょうど街の中と外を繋ぐ門のアーチ部分の真下、内壁にもたれかかる人影がいた。「……ダメ、みてえだな」「っ、そうか……」 その人物は、今朝エルキュールたちが外に出るときに立ち会った駐留騎士であった。 着用している鎧を貫通し、腹部には魔獣の攻撃によるものだと
last updateLast Updated : 2026-04-05
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序章 第十三話「再会」

 エルキュールが飛び出していった後のヌール広場にて。「君ねえ……勝手な判断はやめてくれないか。どうして勝手に彼を行かせたんだ、今は他に優先するべきことが――」 急展開を前にそれまで呆然としていた騎士が、グレンを窘めようとする。 当然のことだ。 ここにいる市民の数は二十。ここに置いていくわけにもいかないので、他の市民を探しに行くのなら当然彼らの安全を確保するのが前提となる。 対して戦える人員はグレンを入れて四人。本当ならエルキュールにも協力を仰ぐべき状況なのだ。「ああ。市民を守る――騎士に課せられた使命の一つ、だろ?」「だったらどうして……」 食い下がる騎士に、グレンは頭を掻いた。詳しく説明をしたいところだったが、時間はない。 諦めたように息をつき、グレンは懐から何かを取り出し、騎士の連中の目の前に示した。「そ、それは……その家紋はまさか……!?」 グレンが取り出したのは首飾りであった。金色の細い鎖に深紅の楕円形の宝石。恐らくは火の魔鉱石を精錬したものだろう。 それだけでも凡庸な首飾りではないことが窺えるが、その首飾りの価値はそれだけに止まらない。 宝石の中央には剣を象ったような紋章のようなものが刻まれており、それこそが騎士の吃驚をもたらした原因であった。「これに免じて、ここはオレの指示に従ってくれないか?」「……ええ、理解しました。これは心強いです、まさか貴方が彼の有名な――」「いいって、オレ自体はそう大層なモンじゃねえ」 騎士たちの高揚を抑え、グレンはその目に真剣な色を宿した。「とりあえず、そうだな……街の外に住民を逃がす班と、街中の逃げ遅れてる住民を探す班に分かれるぞ。っと、お前は……」「私はソーマと言います。こちらはヘルツとティック」 今までグレンと会話していた騎士――ソーマが手短に紹介する。金髪で小柄な騎士がヘルツ、整えられた髭が目立つ騎士はティックというようだ。 グレンは自らの名前を名乗ると、続けてこう説明した。「よし、ソーマとヘルツはこのまま住民を連れて街の外へ。門を出たら、念のため上空に応援要請用の信号弾を放て。まあ、あのザラームとかいう野郎の演説のせいで無用かも知れねえが……」「ええ、承知しました」「了解であります」 グレンの指示にソーマとヘルツはそれぞれ首肯した。「ティックはオレと街の捜索だ。…
last updateLast Updated : 2026-04-06
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序章 第十四話「同胞」 

 相対する魔人の顔は、この三年のヌールでの生活で見慣れたものであった。 鑑定屋の店主、アラン――今朝の鑑定屋での出来事は、まだ記憶に新しかった。 ところが、今目の前にいるアランの顔をした魔人は、人間のアランとは全く異なる姿形である。 エルキュールはもう一度彼の姿をその眼に焼き付ける。 相変わらず、人間よりも一際大きい身体には至るところに赤い魔素質の痣が広がっており、胸元の深紅のコアが魔人の纏う布の切れ端の隙間から覗かせている。 紛うことなき魔人なのだが、その相貌にはアランの面影がくっきり見て取れる。 それが意味することはもはや一つしかないのだが、エルキュールはそれを直視することができないでいた。「へーえ、名前を聞く前に魔人になっちゃったから分からなかったけど、このお兄さんはアランって言うんだね。……ふふっ、呼びやすくていい名前ね」 必死にその事実から意識を背けていたエルキュールに、フロンは無邪気な言葉を以て真実を突きつける。 もはや逃げることは叶わない。あの魔人はアランが汚染されたことで生まれたのだろう。 魔物の持つ汚染能力。言葉では知っていたエルキュールだったが、その残酷さを身をもって体感させられる。「ウオオォォ!!」 もはやアランとは呼べない、赤き光を纏う魔人はフロンの命を果たすべく、呆然としていたエルキュールに向かって飛びかかった。「ぐっ……!」 完全に油断していたエルキュールは、迫り来る丸太のような太い腕によって道脇の家屋の塀に叩きつけられた。衝撃で塀の一部が音を立てて崩壊する。「うぐ……アランさん、意識がないのか……?」 悠々と歩いてくる魔人を見て、塀にもたれかかるエルキュールは呻く。 願うようなその声は魔人に届くことはなかったようだ、その歩みは少しも止まる気配がない。「あれれ、おかしいなあ。魔人の攻撃を喰らって平気でいるなんて……」 後ろから見ていたフロンは小首を傾げる。 確かにエルキュールが普通の人間だったならば、あの攻撃で致命傷を受けていたかもしれない。 しかし、エルキュールもまた魔人という純粋な魔素を糧として生きるもの。その耐久力は並々ならぬものだ。 魔素質に含まれる魔素が尽きるか、コアに損傷を受けない限り身体は再生され、その生命は半永久的に続くといわれている。 アマルティアに属するフロンは、そういっ
last updateLast Updated : 2026-04-09
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序章 第十五話「傷を抉る刃」 

 結界に守られたヌール伯邸前――エルキュールと対峙しているアマルティアの三人は、纏っていた白の装束を脱ぎ去り、ついにその本性を晒した。 三者三様の色ではあるが、その肌に刻まれている魔素質の痣も胸元に煌めくコアの光も、等しくエルキュールの心に突き刺さった。「魔人……」 無意識のうちに声が零れる。アマルティアに魔人が属しているという噂は本当の事だったようだ。 そして、これを以てして今日だけで四体もの魔人と遭遇したことになる。その衝撃により、エルキュールは思わず地面に尻をついてしまう。「何をそんなに驚いている? 言っただろう、貴様と同じだと。だからこそ貴様のことを念入りに調査し、迎えに来たというわけだ」「迎え……? 何を言っている……!?」 エルキュールのことを調査していたから、その名前も知っていたということらしい。そのことに関しては辛うじて理解できたが、ザラームはまた訳の分からぬことを言い出した。 怒涛のように浴びせられる情報にエルキュールの思考は崩れ去り、鸚鵡返しに尋ねることしかできない。「つ、つまり……貴方をアーウェたちの仲間に引き入れること……そ、それが今回の目的」 ザラームの代わりにたどたどしい口調で答えるアーウェ。その声は細く、視線はあちこちに飛んでいる。 明らかに彼女たちの方が有利であるにもかかわらず、エルキュールを前にして何故か少し怯えているようだった。 どこか頼り気ないアーウェの補足にザラームは鷹揚に頷く。「――そういうことだ。遺跡ではあの赤髪の男が邪魔だったんでな、こうして改めて場を整えたというわけだ」「仲間、だと……? 何を馬鹿なことを言っている、俺がお前たちに与するとでも思っているのか?」 アマルティアの連中の目的を聞いたエルキュールは心底困惑した。エルキュールに会いに来て勧誘する、ただそれだけのためにここまで来たというのか。 否、そんなはずはないと、エルキュールはザラームを睨みつける。「冗談のつもりなのか? 第一、世界への反逆のためにこの街を襲ったと、お前が自分で言っていただろう!?」 エルキュールが思い出していたのは、あの魔動鏡での演説のことだ。あの時と今とでは、ザラームの発言の内容は異なっている。「もちろん、それが最終的な目標であることに相違ない。ただ、それだけの大事を為すには相応の資源が必要になってく
last updateLast Updated : 2026-04-13
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序章 第十六話「不気味な静寂」

 エルキュールがアマルティアと対峙していた一方、ヌール広場にて騎士の協力を得たグレンは、崩壊した街に逃げ遅れた市民の捜索をしていた。 あれからしばらく経ったが経過としては順調で、幾人かの市民を救助することが出来ている。 そして、今この瞬間にも――「危ねえ――!」 目の前でまさに倒壊しようとしている家屋の下、転んで足元を挫いたと思しき女性とそれを心配そうに見つめる少年がいるのをグレンは発見した。 その光景を目撃するや否や、グレンは考えるよりも早く親子に降りかかっていた瓦礫に向けて、銃大剣に備わる銃砲から火球を放出する。 火球の威力により、瓦礫は親子に直撃する前に塵と化した。そのことを確認したグレンはひとまず胸を撫で下ろし、彼らの無事を確認する。「大丈夫か? 怪我とかしてねえか?」 グレンに声を掛けられたところで、ようやく窮地を脱したことに気づいた二人の緊張が緩む。 少年の方は堪えていたものが弾けたのか、女性に抱きつき胸に顔を寄せて咽び泣いていた。女性は泣き出してしまった少年の背中を優しく撫でて宥める。どうやら二人は親子であるようだった。「ええ、おかげさまで何ともありません。……本当になんとお礼を言ったらいいか」「礼はいい。当然のことをしただけだっての。――おい、ティック!」 女性に気安く返したグレンは、整えられた髭が特徴的な騎士――ティックに声をかける。彼は後ろから幾人かの騎士を引き連れグレンを追いかけてきていた。 ティックのほかの騎士たちは、ここに至る途中で合流したヌールの駐留騎士たちだ。「グレンさん、速いっす。――っと、これは」 あまりのグレンの速さについていけずにぼやいたティックだったが、彼の傍らにいる親子の存在に気づき、その表情を引き締める。「ああ……大した怪我はないみてえだが、母親の方は少し脚が悪いようだ。誰かに介助を頼めるか」「そうっすね……じゃあ君たちに頼んでもいいっすかね?」 グレンからの要請を受け、ティックは彼の後ろに控えていた騎士の二人に声をかけた。その騎士は快く了承し、親子を安全な場所に連れて行こうとする。「本当に、ありがとうございました……!」「う……ぐすっ、ありがとうお兄ちゃん!」 親子は去り際にもう一度グレンに謝辞を送り、騎士に連れられ街の外へと向かっていった。「ふう……これで十人か。ティック、
last updateLast Updated : 2026-04-14
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序章 第十七話「一進一退」

 警戒を保ち、ヌール伯邸へと足を踏み入れたグレンとティック。 その内部は照明が落とされており薄暗い。このままでは探索の効率が悪い。そのことを速やかに察知したティックは、素早く光魔法を放出した。「――照らせ、ライト。よし、これで明るくなったっすね……といっても、流石に魔法を使いすぎたのかいつもより光が弱いっすけどね」 ティックの手元に集まった光の魔素が玄関を仄かに照らした。 しかし、彼の言う通り球体の光量は平均よりも低い。北ヌール平原の遺跡にて、エルキュールが放出したライトはこれよりも輝きが強かった。「確かに、魔獣との戦闘もあったからなあ……」 住民を助ける一環として、グレンたちは魔獣との戦闘もこなしてきた。そろそろティックの集中力も切れ始めているのかもしれない。 彼のそんな様子を目の当たりにして、ふとグレンの脳裏にあることが浮かんだ。 ヌール広場で別れて行動しているエルキュールのことである。 彼もこの街に至るまでに相当な数の魔法を使っていたはずだ。無茶はするなとは言ったものの、やはり少し心配であった。「まあ、あいつならうまくやるか……」 逸れた思考を意識の外に押しやる。 未だ玄関に突っ立っていたグレンは、ようやく内部の捜索を開始しようとしたが、突如として奥の方で扉が開く音が聞こえたことによってその動きは遮られた。「き、君たちは……!?」 その扉の音に二人が反応したのと同時に、何者かの声が発せられた。 声の主は男性のようだが、ライトで照らされているとはいえ薄暗い室内では声の主の相貌を確認することはできなかった。 得体の知れない人物の登場に身を固くするグレンとは対照に、その声を聞いたティックは安堵したように相好を崩した。「その声は……隊長っすね!?」 それから歓声を上げると、ティックはその人物の下に駆け寄った。「おお、ティックか!? 無事であったか!」 隊長、と呼ばれた男はティックの姿を認めると、豪快な笑みを以て彼に応対する。 その様子から隊長の男が味方であると判じたグレンは、ティックに続いて彼に近づいた。「――と、そちらの赤髪の彼は?」 自分に近づいてきたもう一人の影に、男は怪訝そうな表情を浮かべた。 彼にしてみれば、見ず知らずの人間が自分の部下と行動を共にしているという奇妙な状況である。その当然の反応を前に、グレンは手
last updateLast Updated : 2026-04-20
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序章 第十八話「独白①~エルキュール~」

『この世界にお前らバケモノが生きる場所なんざねえんだよ!!』 ――これは誰の言葉だっただろうか? あの頃のことは朧気ながらにしか覚えていないらしく、生憎とこの言葉の主の顔は思い出せない。 記憶が蘇るたびに心を抉られてきたというのに、不思議な感覚だな。 思えば、これが始まりだったか。 この世界に俺の居場所など存在しない。その事件を経てからというもの、心の片隅ではずっとそう思っていたんだ。 それでもこの世界で何とか生きてこれたのは、間違いなく母さんとアヤのおかげだろう。 当時、半ば廃人だった俺に教学を、道徳を、愛情を与えてくれた。この世界で生きる術を教えてくれた。 この恩は、きっと生涯忘れない。 母さんもそうだが、まだ小さかったアヤに苦労を掛けさせてしまったことは、謝罪しないといけないな。 ヌールに至るまで家もなく、魔物の脅威に怯えながら各地を転々としたことは、臆病な性格だったアヤにはさぞかし辛かっただろう。 ――そう、辛かったはずだ。辛かったはずなのに、俺が謝るたび「いつかお兄ちゃんを守れるくらい、強くなるから」と言って、笑いかけてくれたことは忘れられない。 その言葉通り、本当に強くなったのだから、本当に凄いと思う。 名の知れた魔法学校に入学したこと、臆病な性格を直すために人と話す練習をしてきたこと、数えだしたらきりがない。 もし、それらのことに俺の存在が関わっていたとしたら、少しは共に過ごした甲斐があったのだろうか。――いや、流石に厚かましすぎるな。  俺もそんな君たちに認められるために、共にいることを許されるために、必死だったな。 その中でも、魔人としての力を抑えることは容易ではなかった。 イブリスは外界にある魔素を吸収することで自らの糧とし、その際にコアが発光するのが特徴だ。 もちろんリーベである人間の世界で表立って魔素の吸収はできない。基本は人目のつかない夜に、場合によっては何日も行えないときもあっ
last updateLast Updated : 2026-04-21
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序章 第十九話「失意の中 前編」

 家から出て、とりあえずはこの街を出ようと考えていたエルキュールだったが、街が存外静かなことに気づきその足を止めた。 先ほどまでは辺りに魔獣が闊歩し炎に包まれていたというのに、今となっては魔獣の姿は忽然と消え、燃え盛っていた炎の勢いも弱まっていた。 それでも、ここまで倒壊した家屋が多いと復旧に時間はかかるだろう。すぐに以前のような生活に戻ることは見込めない。「……変に冷静な自分が嫌になるな」 どこか他人事のように荒れ果てた街を分析していたエルキュールだったが、不意にその眉を歪めた。 彼も当事者であることに変わりはないはずなのだが、その態度は不思議なほど落ち着いたものであった。 そんな光景に慣れてしまうくらい、長い時が流れたというのもあるだろう。 しかし、そんな量的な問題では到底片付けられないものが、エルキュールの心に重く沈んでいた。 アマルティアとの邂逅、それに伴う自己認識の変容。 世界と自分との間の壁が一際厚くなったような感覚をエルキュールは感じていた。「とりあえずの脅威は去ったのか……?」 せめて生存者が無事に避難できたのかだけは、この街を発つ前に確認しておくべきだろう。 この地に災害を招いた遠因として、それくらいは行って然るべきだ。「郊外に出てみれば何か分かるかもしれないな」 もう、あらかたの救助は済んでいるはずだ。そう判断し、エルキュールは歩みを進める。 ――目指すはアルトニー方面。ニースの方には足が向くはずもなかった。  ヌールには街の外に出る三つの門がある。 一つは、今朝アヤとリゼットを見送ったニースへと続く東門。 一つは、グレンと共に魔獣を狩りに言った際に通った北門。 そして、最後がアルトニー方面に造られた西門。こちらを通るのはおよそ三年ぶり、初めてヌールの街に来た時以来になる。 北ヌール平原に魔獣を狩りに行くとき以外は、この街から外に
last updateLast Updated : 2026-04-22
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