All Chapters of 黒き魔人のサルバシオン: Chapter 31 - Chapter 40

42 Chapters

一章 第八話「無知なる者の正義」

 エルキュールと少女が魔人との戦闘を開始したころ、一方のグレンはその肩にカイルを担ぎ、来た道を急いで引き返していた。 すんでのところで魔獣に襲われていたカイルを救出することに成功したグレンらだったが、運が悪いことに魔人までこの件に噛んでいたのだ。 一般的に魔人は魔獣に比べ知能が高く、その力も強大である。そんな危険極まりない存在との戦闘に、カイルを巻き込むわけには行かなかった。 故にグレンは一刻も早くカイルを連れこの森から離れる必要があった。 それには一秒たりとも無駄にはできない。カイルは一人でこの森に入ったようだったが、起伏のあるこの地形は子供の足で進むには時間がかかる。 ならば多少無理やりにでもカイルを担いでグレン一人の足でさっさと脱出してしまうのが得策ではある。 そうした判断の下、グレンはここまで一心不乱に駆けてきたのだが――「おい、はなせって、もう! いたいんだって、このツンツン頭!」「うるせぇ、ってかツンツンじゃねえ、グレンだ」 それまで沈黙を貫いていたグレンの口から遂に不平の声が上がる。 だがそれも無理からぬことであろう。他人の髪型に対する失礼な物言いもそうだが、先ほどからグレンの肩の上でカイルが暴れるのをやめないのだ。 加えてカイルが手足を動かすたび、グレンの腹やら頭やらにぶつかるものだから、今となってはその打たれた部分に鈍い痛みが走っていた。 こちらは助けに来た側だというのにあまりの仕打ちだった。グレンは打ち付けられた痛みと理不尽さから生じる苛立ちに顔を歪ませた。「ちっとは静かにしろよ。街に着いたらお望み通り放してやるからよ」「それじゃあダメなんだ! このままじゃジェナお姉ちゃんが――」「またそれかよ……ったく」 一向に抵抗を止めないカイルに嘆息する。どうやら魔術師の少女が危険に曝されている現状に我慢ならないようだった。 そういえばカイルはずっと魔術師の名前を口にしていたが、ここにきてようやくグレンはその理由に思い当たった。 クラーク夫妻の話では子供た
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一章 第九話「光と闇の交差 前編」

 カイル捜索のためにアルトニーの北に位置する森林に赴いたエルキュールは、魔獣の群れに囲まれる彼と話に聞いていた魔術師の少女と遭遇した。 共に駆け付けたグレンのおかげで魔獣を撃退することには成功したのだが、追い打ちをかけるように現れたのは三体の魔人。いずれも魔術師の少女に随行していた騎士の成れの果てだと思われる。 エルキュールにとっては二度目となる魔人との邂逅。あの時はオリジナルとなった人間のこともあって動揺してしまったが、今回は不覚を取るわけにはいかない。「アアァァァ!」 エルキュールの目の前、三体の魔人は威嚇するように雄叫びをあげた。どうやら先ほど受けた風魔法による怒りがまだ尾を引いているようだ。 相対しているだけでその力の強大さが伝わってくる。全力ならいざ知らず、魔人としての力を封印している今のエルキュールでは少々厳しい相手だろう。 だが、それは一人である場合でのこと。今のエルキュールにはグレンに代わる頼もしい協力者がいるのだ。「魔法の詠唱をするのなら、少し離れた方がいい。あれの攻撃は中々激しそうだからな」「分かった、気をつけてね!」 後方で構えていた少女に指示を飛ばす。魔術師である少女は魔法を主体とした戦法を得意とし、近接で戦うには向いてない。 しかしその反面、魔術師は魔法を操ることに関してはこの上ない才能を持っている。魔法の威力だけでいえば、恐らく今のエルキュールのものより何倍も強力だろう。 だがその強大な魔法を最大限に有効活用するには、詠唱を省略しない完全詠唱で魔法を放出する必要がある。 もちろんその間には無防備な時間が生じる。エルキュールが補助しなければ、少女は詠唱を終えることなく無残に殺されてしまうだろう。 加えて相手が魔人であるなら話はそれだけに留まらない。万が一にも少女が汚染されるようなことがあれば、リーベにとってこの上ない損害となるだろう。 魔術師になるほど優れた才を持っている人間が魔人と化せば、それによって誕生する魔人の力は絶大であろう。 何としてもそれだけは避けなくてはなるまい。「――エンハンス」
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一章 第十話「光と闇の交差 後編」

 エンハンスで強化されたエルキュールとジェナを見て気が高ぶったのか、それまでの冷静さを失った魔人どもは一斉に嘶いた。その叫びに呼応して、魔人を覆う魔素質と、胸に埋め込まれた深緑のコアが眩い輝きを放つ。 イブリス特有の魔素吸収の合図。その色合いから察するに、彼奴等の魔素の属性は風か草の二択であろう。複合属性である草属性の可能性は低いが、だとしても木々に囲まれた自然多いこの地では、吸収する魔素には困らないはずだ。 そうして先の小競り合いで消耗した力を充填した魔人は、三体同時にエルキュールら目がけて突っ込んだ。人間に比べて一回りも大きい体躯だがその俊敏さは決して鈍くはない。むしろ並の魔法士のそれを遥かに上回る動きで瞬く間に彼我の間にあった間合いを詰めた。「俺が右の二体を迎え撃つ。左の方は任せた」「うん……!」 エンハンスの効果によって対応する時間には余裕がある。二人は冷静に分担を定めると二手に別れて迫りくる魔人を待ち構える。 が、待ち構えるというが、魔人と直接ぶつかり合ってもリーチと火力でかなうはずもない。馬鹿正直に向かっても、先刻のエルキュールと同じ轍を踏むのは目に見えている。 特に人間であるジェナは、魔人に近づきすぎれば汚染されるリスクも被ることになる。よって、ここで採るべき方策とは自ずと数が絞られてくる。「――ダークレイピア」「――ストラール!」 中でも二人が選んだのは魔法による中距離戦。魔人の豪腕による攻撃を見切れる最低限の距離、上級魔法や特級魔法を詠唱する余裕はないものの、この距離ならば魔人の注意を引きつつ受け手に回りながら攻撃が可能だ。 エルキュールとジェナ。左右それぞれから放たれた黒の剣と白き光線が魔人の強靭な肉体を貫く。身体が損傷を受け苦しみに喘ぐが、魔物の持つ驚異的な再生力によって見る見るうちに傷が治癒していく。 案の定といったところだ。中級魔法程度の火力では魔人の肉体の一部を瞬間的に消し去ることしかできない。ましてや弱点のコアを狙ったわけでもないのだ。 勝負を決めるにはコアを破壊するほかないのだが、やはり敵は三体いるという事実が厄
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一章 第十一話「颶風のミルドレッド」

 迫りくる三体の魔人を間一髪のところで退けたエルキュールたちを狙ってきた、豪奢な薄緑のドレスに身を包んだ長身の女性。 その口から発せられた恐ろしい肩書に、エルキュールは内心焦りを感じていた。 アマルティア幹部。つまりはザラームと肩を並べるほどの力を持った魔人。ここ一帯で起こった異常事態を説明づけるにはこの上ないほどの分かりやすい人物ではあるが、そんな論理的な整合性に喜ぶほど余裕のある状況ではない。 魔獣の群れに、騎士が汚染されて生まれた魔人。戦闘の連続によってただでさえ消耗しているというのに、その上アマルティア幹部とも対峙することになろうとは。 強力な魔術師であるジェナは不意を突かれて倒れてしまった。この場に帰ってきていない以上、やはり気絶している可能性が高い。 何としてでも、エルキュールは一人でこの場を切り抜けなければならなかった。「アマルティア、か……まさかこんな所で遭遇するとは。先日の演説の通り、表立っての行動に移ったということか」 相対するミルドレッドは不意に攻撃した時とは打って変わって、今のところ動く素振りが見られない。ならば、こちらから下手に行動する必要はないだろう。当たり障りのない会話で時間を稼ぎ、自身の体力を回復し、あわよくばジェナの復活を待つ。 この窮地を脱するにはそれしか考えられなかった。「ひひひ……惚けちゃって、まあ……言ったでしょう? ザラームから聞いていると。魔人であるというのに、人間に与する変人ですって! 貴方とザラームが既に接触していることなど分かりきっていますのよ?」「……だとしたら、俺が今ここにいることに説明がつかないはずだ。俺はお前らの敵だ。自分たちに仇なすものを排除するのがお前らのやり方だろう?」 あくまで断定することを避け、皮肉を込めて返す。他のイブリスとは異なり、ミルドレッドもザラームと同じくある程度会話に応じてくれるようだ。 ならば、少しでもアマルティアに関する情報を手に入れられるように事を進めるべきだ。「あら、なんて悲しいことを……でも、貴方が何をしようとワタクシたちは止まらなくってよ。今はそれより恐れるべきものが――」 ミルドレッドの視線がややエルキュールから外れ、それまで浮かべていた笑みが消失する。が、その意図を測りかねるうちに再び同様の薄ら笑いに戻ってしまう。「――とにかく、貴方が彼
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一章 第十二話「黄昏時の小休止」

「……う、うーん……ん?」 か細い呻き声が耳を打つの感じ、それまで沈みゆく陽をぼうっと眺めていたエルキュールは視線を横へと滑らせる。 見やると、亜麻色の髪の少女が未だ霞む眼を擦りながら、辺りの様子を不思議そうに見回していた。 急に意識が飛んだのだからその反応も無理はないと、エルキュールは疲弊した精神に鞭を打って努めて明るく切り出した。「どこも痛くないか、ジェナ」「え……? ああ、エルキュールさん……うん、大丈夫みたい」「そうか、ならいいんだ」 ジェナには痛みを訴える様子はなかった。それに受け答えもしっかりしている様子だ。 ならば一刻も早くもここから脱出するべきだろうと、闇の空間転移魔法を詠唱しかけたエルキュールだったが、すぐにその動きが止まる。「ん……? どうかしたの?」「ああ、そうだな――」 当然ジェナからは疑問の声が上がる。対するエルキュールは一瞬どう切り出すか迷うようにまごつく。が、意を決したように息を吐き、対するジェナを見据えた。「言うのが遅れて申し訳ないが、まだ君に礼を言っていなかったなと……」「お礼……ってなんのお礼?」「いや、覚えていないのか? 俺が不意を衝かれたとき、身を挺して守ってくれただろう?」 やはり記憶に混濁が生じていたのだろうかと、若干心配になりながらも詳しく説明をするエルキュール。 その懸念に反し、ジェナは説明を聞くや「ああ」と納得したように声を漏らした。 それだけならまだしも、彼女は何かを思い付いたかのように、その丸っこい瞳をさらに丸くし、酷く慌てた様子でエルキュールに詰め寄ってきた。「そうだ、そうだよ! あの時、私はすぐに気を失っちゃったから分からないけど、あれって魔人だったよね!? エルキュールさんこそ、あれと一人で戦って大丈夫だったの!?」 少女の変わりように、エルキュール
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一章 第十三話「共通項」

「どこから話そうかなぁ……」 さくさくと土と葉を踏む音が鳴る。グレンと共にここへ来る際に付けた印によって、帰りの足取りは軽やかなものだった。  しかし、一方のジェナといえば、話したいことがあると言ったきりこの調子である。  それほど話しにくい内容であるのなら、無理に聞いても逆効果だろう。エルキュールは前を見据えながら、続く彼女の言葉を待つ。「よし、これなら……あのね、エルキュールさん。まず、私が六霊守護に関係する人間だってことは知っているよね? 私が口を滑らせちゃったことなんだけど……」 「ああ――」 やっとの思いで出た言葉、それはエルキュールが想定していた以上に、重い内容になるであろう空気を孕んでいた。  六霊守護。その肩書が彼女がこれからする身の上話に絡んでくるとなると、こちらも真剣に耳を傾けるべきだろう。「あまり詳しいことは言えないんだけど……六霊守護っていうのは古から伝わる六柱の大精霊――それが住まうとされる聖域を守る任を負う人々のことなんだ。大精霊様の数と同じ、六つの家系がそれを担当しているの」 言葉を選ぶ、慎重な説明。書籍や伝聞で知っていた話ではあるが、無用に口を挟みジェナの話の腰を折るようなことはしないと心に決める。「そんな大層な任を全うするには優れた魔術師である必要があってね。聖域には高濃度の魔素が充満しているから強力な魔獣を惹きつけやすいし、ヴェルトモンドで最も歴史ある宗教――その信仰対象の領地を守るってことだから。だから私も小さい時からずーっと、魔法の勉強と実践ばかりさせられていたんだ」 過去を振り返る遠い目。所々に皮肉を込めた口調。それでも、語るジェナの表情に暗いものは見られない。「最初の方は楽しかったんだ。順調に成長を実感できていたし、お父さんとお母さんに教えてもらうのも嬉しかった。難しい論理も、私が興味を持てるように工夫して説明してくれたし、何より魔法は楽しいものだって……いつも私に伝えてくれた」 「……そうか、それはいいご両親だな。楽しげな様子が目に浮かぶ」 「えへへ……うん」 エルキュールの相槌に、ジェナも誇らしそうにはにかんだ。
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一章 第十四話「新たな同士」

「分かりやすいように、君が話してくれたことと照らし合わせて話すとしようか」 これから話すことの全容を知っているのは、エルキュール自身を除けばもはやグレンくらいしかいないだろう。あまり自分のことは周囲に語らないように心掛けてきたので、いざ核心に迫る部分を自ら曝け出すとなると緊張が抑えられなかった。「まず、そうだな。君が言っていたという黒づくめの男だが……あれは恐らく俺のことだ」「ん? え……? えぇぇええー!!?」 ジェナの叫びが木々を突き抜けこだまする。確かに今のは突拍子もない発言だった。訂正し、順序だてて補足する。「その、俺は元々家族とヌールの方に住んでいたんだ。そこで魔獣を狩り、そこから採れた素材を家計の足しにしていた。君が聞いたのは恐らくそのことだろう」「あー、そっか。確かにそうかもしれないけど……って、え? ヌールに住んでいたってことは――」 過去形の表現。もしくはそうでなくてもエルキュールが言ったことがどういう意味を持つか、ジェナには容易に知れたかもしれない。「……あの事件の日。魔獣の大量発生の知らせを受け、念のために俺はある組織について調べてみることにしたんだ」「アマルティア、だね」「そう。結果としてヌール近辺の平原で彼らの痕跡を見つけたが、それは意味を為さなかった。陽動にまんまと嵌り、何とか追いついたころには、彼らが魔獣を操って街を攻撃し始めた後だった」 感情の色を乗せず、淡々と語る。本題でもないところなのでさっさと流したいという思惑からだったのだが、聞いているジェナの表情は悲痛に溢れていた。 とはいえ既に飲み込んだこと。要らぬ感傷を与えないように、言葉を矢継ぎ早に繰り出す。「動機は不明だが、アマルティアは人間を汚染する他にも、俺という存在を仲間に引き入れたかったようだった。そんな勝手な都合のために、不幸にも無関係だったヌールの街が巻き込まれた」「……まるであなたにも非があるみたいな言い方だね」 それは実際そうだろうと、言いかけた口を噤む。ジェナは責めているのではなく、暗にそれを否定しているからだろうというのが理解できたからだ。自身がどう捉えるかは勝手だが、その健気な思いは無下にはしたくなかった。「それはどうだろうな。けど俺は、俺の大切なものを傷つけたアマルティアを許せなかったし、無力な自分にも嫌気がさした。だから一人
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一章 第十五話「交わるとき」

 アルトニーの森を脱したエルキュールとジェナが騎士団詰所に帰還したのは、もうすっかり陽が落ちてしまった頃であった。 詰所に先に逃げ延びていたグレンとカイル、未だ帰ってこないジェナたちを心配するクラーク一家は、二人の無事に大いに喜んだ。 クラーク夫妻は腰を痛めるのではないかと心配するほどエルキュールらに頭を下げていたし、ずっと不安と緊張を抱えていただろうサラは大声で泣きだす始末。事件の渦中にいたカイルは自分のした行いを猛省し、そんな妹に申し訳なさそうに何度も謝っていた。 それぞれが思い思いに感情を爆発させる様に、エルキュールはもちろんのことジェナやグレンも若干押され気味だった。 それに追い打ちをかけるが如く、遠くから騒ぎを駆け付けた騎士連中までもがその人の渦の中になだれ込んできた。 一兵卒の過失によるこの事件に責任を感じていたアルトニー騎士たち。もちろん全員ではないがカーティス隊長を筆頭に数人が集い、事件解決に動いてくれたエルキュール、グレン、ジェナの三名に丁寧な陳謝と賞賛を送った。 ここまで事が大きくなるとは思っていなかったエルキュールは、正直いって多くの人間に囲まれるというこの状況から逃げ出したくあったのだが。 彼の弱気に目聡く気付いたジェナとグレンによってそれも阻まれ、むしろかえって二人からの揶揄いを受けることになったのだった。 詰所内はまるで祭りでも催されているのかという程の賑わいを見せていたのだが、やはり勢いというのは時が立てば落ち着くもので、次第にそのほとぼりも冷めていった。 先ほどエルキュールらにお礼を述べてきた騎士などは、この時間になってもなお仕事に追われているらしく、早々とそれぞれ持ち場に戻っていった。 この街が抱えている問題は依然としてあることを再認識させられるが、とにかくこれからの展望について語るのなら、今が絶好の機会だろう。 疲弊した精神を癒すべく、集団から離れていたところで暫しの休憩していたエルキュールは、場の空気が落ち着いていくのを感じながら決意した。 王都へ至る道にグレンのほかにジェナが加わった。まずはそのことを知らせようと赤髪の彼を探す。 こういう時、背の高さは素晴らしいものだなと思う。部屋の隅の方でカーティス隊長と話しているグレンの姿を容易に確認できた。「そういえば、グレンの家はあのブラッドフォードだったな
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一章 第十六話「善悪の境」

 会合の約束を取り付けたエルキュールは、すぐさまクラーク一家と歓談していたジェナも来るように誘った。 当の本人は快諾してくれたのだが、彼女に懐いているカイルとサラは難色を示し、説得するのに少し手間取ってしまった。 どういう訳か、特にカイルはジェナが離れることに殊更に抵抗しており、事の発端のエルキュールを見る目は、まるで親の仇を見るような眼つきであった。 話を聞く限りジェナとカイルたちとは共にヌールに行く約束を交わしたらしく、それが果たされぬまま別れることを惜しんでいるようだった。 ヌールの街は崩壊した。だから約束も無効となる。簡単だが残酷な論理は十にも満たない幼子には受け入れ難いようで、説得するのには苦労した。 彼らはしばらくしたら故郷であるガレアに帰るとのことで、結局のところ時を見てガレアに遊びに行くというジェナの提案で、なんとか子供たちも了承してくれたのだった。 カイルたちがここまで渋るのも偏にジェナの人徳からなのだろうが、こういう場合にはそれすら面倒を起こす種になってしまうのだと、エルキュールは難儀したのだった。 一悶着ありはしたが、カーティス隊長の案内の下、件の店までやって来た一行。木の香りが心安らげる居心地の良い内装の店だったが、この時勢からか閑古鳥が鳴いており、悲しいほどすんなりと奥の個室に案内された。 席に着くや否や各々が注文を取り始め、エルキュールも渋々それに倣った。魔人である彼は食事を採らないためだ。 動力源となる魔素はもちろん料理にも含まれているが、そこに含まれる魔素の属性はまちまちな上効率もすこぶる悪い。 家族と同じ時間を共有するために、口に入れた料理を魔素に分解するという技能を身につけこそしたが、家族以外の人間、しかも複数人で揃って食事をするのは彼にとって中々心理的負担が重い行為だといえよう。 詰まるところ、食事を採りながらの会合を認めたとはいえ、エルキュールはこの食事会に対して消極的であった。 結局、エルキュールはお腹がすいていないという理由で簡単なサラダとスープを注文するに留めた。 共に食事をしたことのあるグレンはともかく、ジェナやカーティス隊長には疑問に思われることを覚悟していたのだが、それも杞憂だったようだ。 カーティス隊長からは「私も年なのか最近は食が細くなってしまいましてねぇ」などと共感を受けた。ある
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一章 第十七話「閑静な夜会」

 カーティス隊長とエルキュールらとの会合はそれからつつがなく終わりを迎えた。と言ってもあの話題以降のエルキュールは全くと言っていいほど頭が働かず、その内容の記憶もどこか朧気であった。 最低限の情報として、カーティス隊長が王都の騎士へ橋渡しをしてくれ、迎えを手配してくれること。その間エルキュールたちはこのアルトニーに滞在しなければならないことは、念のためグレンとジェナに確認を取ったが。 会合を終えたカーティス隊長はすぐにでも騎士団本部と連絡をしたいとのことで、一足先に詰所へと戻っていった。 何の偶然か泊っている宿が同じであったジェナとは、各々の部屋で別れるまで帰りを共にした。そのジェナも、相部屋であるグレンも、揃ってエルキュールを心配してくれていたのを覚えているが、エルキュールにはどうにも上手く返せた自信がなかった。 まるで意識に靄がかかってしまったかのような酩酊感の中。時間が過ぎゆく感覚すらも忘れ、気付けばエルキュールは暗くなった室内でベッドに寝転がっていた。 隣のベッドにいるグレンの煩いいびきが、鈍麻したエルキュールの意識にさざ波を立たせてくれたのだろうか。 それとも夜に混じる闇の魔素に、魔人としての本能が刺激されたのか。 光に群がる虫のように、もしくは糸で操られる人形のように。エルキュールの身体は無意識のうちに、暗闇に閉ざされた街へ誘われていた。 アルトニーの夜風に交じって舞う闇の魔素、空気中に含まれるそれを、エルキュールはやけに敏感に感じ取っていた。振り返れば今日は随分と力を消耗した、その反動で身体を形作る魔素質が反応しているのだろうとエルキュールは思った。 疲弊した身体には夜の散歩が丁度良い。エルキュールのコアも魔素質も、闇属性の魔素を中心に形成されているので、意図して魔素を吸収をしなくても闇の魔素を浴びることができるのだ。 欠乏したものが満たされていく感覚は心地よく、人の世界に生きる魔人にとって何より貴重なものだ。身体だけでなく精神もまた安らいだように感じられ、エルキュールの足取りも徐々に軽くなる。「……あ」 そうして黒く染まる道を闊歩していた足がふと止まる。今朝――ひょっとすると昨日の朝かもしれない――通り過ぎたアルトニーの広場、そこにはかつてのヌールと同じく魔動鏡が鎮座していた。 もちろん広場なのだから魔動鏡があるのは当たり
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