店を閉めたあとだった。 時計の針は、もう日付が変わる少し前を指している。 鏡子は最後のグラスを片付けると、小さく息を吐いた。 今日も終わった。 そう思った、その時。 入口のベルが鳴る。 閉店後のはずなのに。 鏡子は顔を上げた。 そして——固まる。 扉の向こうに立っていたのは、一人の男だった。 黒いコート。 歳を重ねても失われない威圧感。 静かなのに、空気を支配してしまう存在感。 九條司。 何十年も会わなかった男。 それなのに、一目で分かった。「……帰って」 鏡子は静かに言った。 司は動かない。 ただ、こちらを見ている。「久しぶりだな」 低い声。 昔と変わらない。 胸の奥が痛んだ。「帰ってと言ったの」「嫌だ」 即答だった。 鏡子は思わず目を閉じる。 昔からこうだった。 この男は。 人の話を聞かない。「今さら何の用?」 司はゆっくり店内へ入ってくる。 足音だけが静かに響く。「会いたかった」 その言葉に。 鏡子は笑った。 乾いた笑いだった。「三十年以上遅いわ」 司は何も言わない。 ただ、苦しそうに眉を寄せる。 その顔を見たくなくて、鏡子は視線を逸らした。「なぜ黙って消えた」 司の声が落ちる。 鏡子の手が止まった。「……今さら聞くの?」「今だから聞く」 静かな声。 でも、その奥に積み重なった年月が見える。 鏡子は苦笑した。「あなたがヤクザだったからよ」 沈黙。「あなたの世界は危険だった」「それでも」「違うの」 鏡子は遮った。 声が少し震える。「私は怖かったんじゃない」 司が顔を上げる。 鏡子はゆっくり彼を見る。「あなたを失うのが怖かったの」 店内が静まり返る。 時計の音だけが響く。「毎日、電話が鳴るたびに怯えた」「……」「今日死んだと聞かされるんじゃないかって」 司の拳がゆっくり握られる。 鏡子は続けた。「だから逃げた」 その言葉を口にするのに、三十年以上かかった。「あなたを愛していたから」 司は何も言えなかった。 ただ、立ち尽くしている。 鏡子は笑う。 泣きそうな笑顔だった。「これで満足?」「……満足なものか」 掠れた声。 司はゆっくり近づく。「だったらなぜ」 鏡子の胸が苦しくなる。「なぜ、他の男の子を産んだ
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