All Chapters of 君に触れたい〜逃した未来は大きかった〜: Chapter 31 - Chapter 40

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31話

そんな三人の会話を盗み聞きしていた弥一は、ふと、自分は既に胃袋を掴まれた状態にあるのではないかと思った。 なんせ、かすみの作り出す料理は美味しいものばかりなのである。未だかつて、彼女が弥一に出した料理ではずれのものなどなかった。 正直今だって、弥一の口はかすみの作る料理を求めていた。 というのも、あの今朝の料理。あれは早苗が作ったものだということに、弥一は気付いていた。 昨日のことでどうやらかすみの機嫌を損ねてしまったか、あるいは気恥ずかしさや後ろめたさからか、まあ、理由は何にせよ、今朝の朝ごはんをかすみは作らなかったらしい。 朝も感じたことだが、早苗の料理は決して不味くはない。むしろ美味しいのだと思う。が、やはり弥一の口が求めるのはかすみの作る料理だった。 彼女の料理は高級料亭のような、豪華な食材がふんだんに使用されているわけでもなければ、繊細な味わいを楽しむそれとも違っていた。かといって、変に中毒になるような濃い味付けをしているわけではない。 あの味を表現する言葉があるとすれば、それは安心感と優越感だ。 かすみの料理を食べると、ほっと息を吐くことができる。家に帰ってきたんだな、そう思える。 そして、こんなに美味しい料理が主に自分のためだけに用意されたものだということに、何とも言えない優越感を感じる。 今だって、奥さんの料理に対してぼやく片山に、かすみの料理を食べている自分のことを自慢したくて堪らなかった。 うちのは何を作らせても美味しいけどな、と。 そして弥一は確信するのだった。 そんな自分はやはり、かすみの料理に胃袋を掴まされたのだな、とー 弥一と三雲を乗せた車は、御子柴御用達の高級寿司屋に到着した。 格式高い暖簾をくぐると、二人はカウンター席に案内される。 この寿司屋には個室などなく、カウンター席のみだったが、そもそもで高級すぎるが故に各界の著名人と呼ばれるような人々しか出入りできないため、プライバシーを気にする必要がないからであった。 そのため、弥一は席に着くと、大将に向かって、「コース料理とは別に、うにといくらとえんがわを二枚ずつ、彼に出して下さい。」と、言った。 それに対して大将が「かしこまりました。」と言うと、弥一は素早く隣にいる三雲の方を向いて、 「女性から誘われたとして
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32話

弥一は答えを急ぐあまり、そもそもでこれが自分の話ではないということを前提に話しをするのを忘れてしまっていた。 なので、今さらながらも、「いや、これは俺の友達の話しであって、俺のじゃないんだ。」と、苦し紛れにそう付け加える。 そこに大将が、「旬のカツオを使ったお造りになります。」と、差し出す。 弥一がそれを食べるのを見てから、三雲も箸を伸ばした。 旬とあって、何の生臭さもないカツオは、ただただ美味しかった。 先程の弥一の話しに戻るが、 もちろん三雲にはバレていた。しかし、三雲は物分かりがいい。 だから彼は、「なんだ、友達の話か。ごめん、早とちりした。てっきりお前の話かと思ったわ。」と、言ってあげる。 「そんなわけないだろっ。」と、弥一は顔を赤くする。 三雲は笑って、「だから、ごめんって。で?そのお友達は断ったことで女性側を傷つけたんじゃないかと、そう悩んでるのか?」 「まあ、そうだ…」 「ふーん。」と答える三雲に、「蒸し鮑のあん肝ソースがけになります。」と、大将が二人に差し出す。 二人はそれを黙って食べた。 鮑は柔らかく蒸し上げられ、濃厚なあん肝ソースとよく合っている。 うまい そう味わっていたのも束の間、弥一が三雲に問いかける。 「やっぱり、傷つけるものなのか?」 「え?あ、うーん、まあ…そりゃ、傷付くことには傷付くんじゃないか?やっぱり、それなりに勇気のいることだと思うし。」 「そう、か。」 やっぱり傷付けたのか。そう思った弥一の顔が曇る。 その後、次々と大将が握った寿司が出されていった。三雲はそれらが出されると同時に食べていったが、弥一はなかなか手を伸ばさなかった。 「食べないのか?」と、聞く三雲に、「食べていいよ。」と、弥一が答える。 弥一のその落ち込んだ様子に、察したらしい三雲は、おもむろに、 「自分のこととして考えてみたらどうだ?」と、言った。そして、弥一の分の寿司をありがたく頂戴する。 弥一は顔を上げると、 「自分のこととして?」と、尋ねる。 「そ。もし誘ったのが自分だったらって、そう考えてみる。勇気出して誘って、それを相手に断られたんだとしたら、まあ、その日の体調とか気分とかあるだろうけどさ、でも、やっぱり傷付く部分はあるんじゃない?」 そう言われ、弥
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33話

三雲は弥一の肩に触れると、優しく揺さぶった。 幸いにも、他の客はそれほど多くはない。それでも、三雲は早くこの場を離れることが懸命と思い、 「御子柴、大丈夫か?とりあえず店を出よう、な?」 と、声をかける。弥一はそれに応えるよにふらりと立ち上がると、会計をしようとスーツの内側の胸ポケットから財布を取り出した。 大将は慌てて、「御子柴さま、お代は結構です。お代をいただくことは私のプライドが許しません。」 「いや、払わせてください。」 「御子柴さま、どうか私の顔を立てると思って。」 そう言われ、弥一は渋々ながらも財布をしまうと、「ごちそうさまでした。」そう言って、ふらふらと戸口に向かって歩いて行った。 三雲も「ごちそうさまでした。それと、申し訳ありませんでした。」と頭を下げ、足早に弥一を追いかける。 三雲が店から出ると、数歩先のところで弥一が呆然とした様子で立ち尽くしていた。 「御子柴?」と、背後から三雲は声を掛ける。 弥一は地面の一点を見つめたまま、「三雲、どうしよう。俺はとんでもないことをしてしまった。思いもしてなかったんだ、断られることがこんなにも辛いだなんて。」 先程の話が自分のことなのだと打ち明けてしまっていることにも気づかずにそう話す弥一に、三雲は、 「御子柴、起きてしまったことはどうしようもない。ただ、俺たちは人間だ。人間である俺たちは誠心誠意、謝ることができる。」 そう言い、御子柴の肩に手を掛けた。 「もちろん、ただ言葉で謝るだけじゃダメだ。貢ぎ物がいる。」 「貢ぎ物?」 「そう。古くから、謝罪には言葉と共に詫びる物がセットだと言われている。言葉は自身で考えてもらうとして、物は大抵その人が最も欲しているものを渡すのがベストだ。ブランド好きな女ならブランドのカバンやアクセサリーといった具合にな。」 そう言われた弥一は、かすみの好きな物について考えてみた。 彼女の普段の服装から見るに、ブランド物に興味があるとは到底思えなかった。 「ブランド物が好きそうでなかった場合はどうするんだ?」 「いい質問だ。正直、ブランド好きな女のほうが男としてはわかりやすくてありがたい。そういった人にはとりあえず有名ブランドの何か高そうな物をあげとけばいいんだからな。けど、そうでなかった場合が厄介だ
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34話

弥一は運転手に礼を言って車から降りると、目の前のお店に目をやった。 エートル・カプティヴェ フランス語で虜になるという意味をもつその店の看板を目に、弥一の期待が膨らんだ。ここなら、かすみのお眼鏡に叶うケーキが手に入りそうだと、そう思った。 三雲の言葉通り、店の前には午後三時を過ぎたにも関わらず長蛇の列ができており、ガラス越しに見える店内も大変な賑わいを見せていることが見て取れた。 弥一は生まれてこのかた、行列になど並んだことがなかった。 彼は長期戦になること確実なその行列を前に、ふうと息を吐くと、「よしっ。」と言って気合いを入れ、最後尾と書かれたプラカードを持つ女性店員の前に行った。 そして、「ここに並ぶといいんですか?」と、その店員に声を掛ける。 何時間も外で立ちっぱなしだったこともあり、その店員は何とか気力だけで笑顔を保っているような状態だったが、ふいに視界に入り込んできた美青年に、その驚きと衝撃から、瞬時に彼女の疲れは吹っ飛ぶと、「はいっ!ここが、最後尾となっております。ここに、私の一つ前にお並びください!」と、頬を紅潮させながら、ハキハキと答えた。 弥一は笑顔を浮かべ「ありがとうございます。」と言うと、言われた通り、その店員の前に並んだ。 女性店員は、自分に向けられたその破壊力抜群の笑顔と、その身体からほのかに香るムスクの色気ある香りに、腰から砕けそうな感覚に襲われた。 未だかつて、これほどまでに顔面偏差値の高い人間に出会ったことがなかったのだから、こうなってしまうのも致し方ないように思われる。 彼女はプラカードの持ち手を地面に着くと、それを支えに何とか立つのだった。 弥一はそんな女性店員の様子に気づくことなく、自身の眼前に広がる長蛇の列に目をやった。やはりケーキとあって、並んでいるのは女性がほとんどだった。中には男性もいるが、彼らは女性の付き添いで来ているようで、弥一のように男性一人で並んでいる人はいなかった。 弥一は並んでいる間何をして時間を潰そうかと考えた、ちょうどその時だった。 弥一の目の前には二人組のマダムが並んでいた。その内の丸いシルエットのマダムが、隣の華奢なマダムに話しかける。 「全く、この行列ときたら嫌になっちゃうわよね。ここはいつも並ぶけど、今日はどうやらあのハンサムオーナーが
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35話

そう、ものすごい勢いで尋ねられたものだから、弥一はマダムに気圧される形で、「え、あ、はい?」と答えた。 弥一は疑問形で返したのだが、それを肯定と捉えたらしいマダムは、隣の華奢なマダムの肩を興奮したようにバンバンと叩くと、「ちょっと、本物のミコ様よ!やあだー、メディアで見るよりさらにイケメンじゃないの〜。私、イケメンな子に目がないから、初めてミコ様を見た時からあなたに心を奪われちゃって。やあだ、ミコ様に会えるって知ってたらもっとおしゃれしてきたのに〜。」 そのマダムのよく通る大きな声に、並んでいる他の客たちは何事かと振り返る。そして、最後尾に並ぶ、周りと比べ頭二つ分以上も飛び出たその美青年の姿を目にすると、女性陣は瞬時に色めき立った。 「ミコ様は今日どうしてここに?」そう聞かれ、弥一は引きつりながらも何とか笑顔を浮かべると、「ケーキを買いに。」と、手短に答えた。 むしろ、それ以外に何があるって言うんだ、と思ったがもちろん口にはしなかった。 マダムはいかにも大げさな声で、「まあまあまあ。ダメよお、御子柴グループの御曹司様が行列に並ぶだなんて〜。」 そう言うと、弥一の後ろでプラカードを地面に突き立てている女性店員に向かって、キッと厳しい視線を向けると、「全く最近の若い子ときたら、礼儀ってものがなってないわね。どうしてこんなにも偉い方を平気で並ばせたりするのよ!」と、相変わらずそのよく通る大きな声で叱責したのだった。 大勢がいる人の中で叱責された女性店員は、瞬時にその顔を青ざめさせると、「申し訳ありません。」と言って頭を下げる。 マダムはまるで、「ミコ様の代わりに言って差し上げましたよ。」と言わんばかりの表情を浮かべると、弥一からお褒めの言葉でも頂戴しようと、彼の顔を見つめた。 だが、弥一はそんなマダムに一切構うことなく、女性店員の方を見ると、「やめてください。僕が好きでここに並んだんです。あなたが謝るようなことは何もありません。」そう言ってその頭を上げさせようとするが、期待を裏切られたマダムがそれを阻む。 「いけませんよ、ミコ様?こういった人はちゃんと教えてあげないと、どんどんと付け上がるんですから!」 そう弥一に諭すように言うと、萎縮している女性店員に詰め寄っていき、「いい?この方は日本で知らない人がいない御子柴グループの御曹
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36話

弥一は腰に回された手にゾッとし、上目遣いに見つめられたことの嫌悪感から、その身体を硬直させた。 弥一がそんな状態なのを良いことに、マダムは腰に回した手をさらに下にするりとずらす。そして、弥一がそのことに警戒する寸前で、くっとその手に力を入れると、弥一を前へと押し出した。 唐突な出来事に、弥一はされるがまま、つんのめるようにして、一歩前に足を踏み出してしまう。 この一連の様子を見ていた人々(女性たち)は、あわよくば自分もこのイケメンに触れたい、とそう思った。 そして、皆口々に「どうぞ、どうぞ。」と、あくまでさりげなさを装って、弥一の肩や背中や腰、はたまた性悪マダムがしたように、高い位置で魅力的に実るそのお尻にまで触れながら、弥一を列の前へ前へと押しやった。 弥一は自身の前を除く三方向から絶えず触られては押し出されていたが、その数と勢いに一人で対処できるわけもなく、あれよあれよと言う前に前に押しやられ、遂には色とりどりのケーキが美しく並べられていたショーケースの前まで押し出されてしまった。 そして、勢いがついていた弥一は、思わずショーケースに両手をついてしまう。 店の中にいた全員が突如割り込んできた非常識男にムッとした視線を向けたが、その人物の容姿が非凡であることが分かると、たちまち目の色を変えた。 当の本人である弥一は、その端正な顔に気まずい表情を浮かべていたが、やがて、おずおずと顔を上げた先で、茶髪のボブウルフと呼ばれる髪型をした男と目が合った。 男はその長い前髪をセンター分けにし、片方を耳にかけるようにしていたのだが、その姿は男の容姿と相まって、イケメンと称される弥一の目から見ても何ともセクシーで魅力的だった。 他の客たちは、イケメンとイケメンが見つめ合う様に、思わず携帯電話のカメラを向けたが、店内は撮影禁止であることを思い出し、泣く泣く携帯電話を持つ手を下げるのだった。 弥一は、はっとしたように瞬きを一つすると、慌ててショーケースから手を離し、「騒がしくしてしまいすみません。」 そう言って、目線を下げて謝った後、許してもらえるだろうかと、ちらりと目の前の男に目をやった。 と、相手の冷え切った視線に、弥一は瞬時に怯む。 彼が怒るのも当たり前だ。本意ではないといえ、弥一がしたことは場違いにもほどがあったからだ
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37話

色男から真っ直ぐな目で見つめられた弥一は、 「あ、はい。ありがとうございます。」と言って、頭を軽く下げたのだが、その瞬間なぜだか周りから拍手が湧き起こった。 渦中の二人はこの状況を飲み込めず、しばらくぽかんとした表情で周りの人々に目を向けていた。と、ショーケースの奥のスタッフルームから、ストレートロングの黒髪を後ろの高い位置で一つに結び、前髪をパッツンにした若い女性が姿を現した。 女性は店内をサッと見渡すと、色男に向かって厳しい目を向け、 「遊んでんじゃないわよ。」と、一喝した。 「どこをどう見たらこれが遊んでるように見えるの?」と聞き返す色男に、「だからあんたを店に立たせるの嫌なのよ。全然捌けてないじゃない。」そう言って一通り文句を言うと、 「もういい、そこどいて!」と言って、色男を脇に追いやった。 そしてすかさず接客スマイルを浮かべると、「お待ちのお客様、商品お決まりでしたらご注文伺わせていただきます。」と、弥一の後ろの客に向かって声を掛ける。 色男と共に所在をなくした弥一も空気を読んで脇にどけた。 そんなパッツン女の接客スキルはすさまじく、みるみる間に行列は小さくなっていき、あっという間に最後の客となった。最後の客とは、あのマダムたちである。 弥一は寄れるだけ端に寄ると、さらに、何がなんでもマダムたちとは目を合わさないよう努めた。 と、その弥一の視界に、プラカードを力なく持った女性店員の姿が目に入る。 あれほど人前で叱責されておりながらも、彼女はその場から逃げることなく、仕事だからと耐えて、マダムたちの傍でプラカードを手に立ち続けていたのだ。 偉いな 弥一はそう思った。 だが、女性店員の顔色を窺うに、かなり無理をしているようでいたたまれなかった。 そんな女性店員をさっぱり意に介す様子もなく、取り分け太っちょのマダムは「やっと私たちの番だわ〜。」と、声高らかに店内へと入ってきた。 「いらっしゃいませ。」と、パッツン女は頭を下げる。 太っちょマダムは、そんなパッツンを見てから、奥に控える色男へと目をやると、「あらあ、もしかしてオーナー兼パティシエの加島さんじゃありませんか?」と、わざとらしく声を上げる。 奥でマスコットのように大人しく立っていた色男、加島と呼ばれたその人物は、にこりと微笑
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38話

弥一の姿を捉えたパッツン女だったが、だから何?、とでもいうように加島を見つめる。 「いや、まだお客様がいらっしゃるじゃないか。」 と、痺れを切らしたように加島は言った。 「いい、真琴?あたしはね、どんだけお金持ちでイケメンだろうが、行列に割って入るような礼儀がなってない人はお客様だとは思わないの。」 そう言って、弥一に冷めた視線を向ける。 「御子柴様は自分でそうしたわけじゃないだろう?聞いてなかったのか?」 「大の大人の男が本気出したら、女の力ごときで押し出されるわけないでしょ?あわよくば行列に並ばずに済むかも、とかそんな邪な思いがなきゃこんなことにはならないわよ!でしょう?」そう、弥一に問いかける。 「何でそんな意地悪なことを言うんだ!愛蘭、お前は御子柴様という人物を何らわかってない!彼がそんな邪なことを考えるわけないじゃないか!天下の御子柴グループの御曹司なんだぞ?そんじょそこらの一般市民と同等に考えられては困る!」と、なぜか加島がムキになって答えた。 「いい加減にしてちょうだい!」と、甲高い声が響き渡る。 パッツン女こと、愛蘭(あいら)は、いかにもダルそうに声がした方に目をやると、「あら、まだいらしたんですか。」と言った。 太っちょマダムは、怒りにわなわなとその身体を震わせると、「あなたこそ礼儀がなってないじゃないの!私はお客様なのよっ!なのに、よくも舐めた態度を取ってくれたわねっ!謝罪しなさいよ、謝罪っ!」そう言って目の前のショーケースをバンバンと叩く。 太っちょマダムは鼻息を荒くして、愛蘭からの謝罪の言葉を待った。が、愛蘭は彼女を冷たい目で一瞥すると、「こちらがら頼んでもいないのに勝手に最後尾に並ぶ人を最前列まで割り込ませ、そうしなかったウチの従業員を大勢の人の前で叱責、それでも飽きたらず、店に足を踏み入れてからも神様気取りでやりたい放題に騒ぎ立てる。」そう言いながら、愛蘭は一歩一歩、太っちょマダムへと距離を詰めていった。 愛蘭のその気迫に、太っちょマダムは一瞬目を泳がせたが、それでも毅然とした態度を取り戻すと、「あなたのとこの無知な従業員が役に立たないから、私が直々に手を貸してあげたんじゃないの!むしろ感謝してほしいくらいだわ。」そう言い張る彼女の顔の前に、とうとう愛蘭の顔が到着する。 彼女の身長は優
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39話

「勝手にやってなさいよ、暇人どもが。」 そう愛蘭が吐き捨てたが最後、嵐が過ぎ去った後の静けさのように、三人はしばらく互いに黙っていたが、ふいに愛蘭は顔を顰めて加島に振り返ると、 「あんたが接客する日って、何でこういつもいつも面倒臭いことばっかり起きるわけ⁉︎」 それに対し加島は、飄々とした態度で「偏見〜。」と言って笑った。 「絶対偏見じゃない!全ては事実よ、事実!」 そう言って喚きちらす愛蘭に、「はいはい。」と、加島がなだめる。 そんな二人に、「あの。」と、言って、弥一が声をかける。 愛蘭は弥一を見ると、「あんたもまだいたわけ?」と、迷惑そうな顔をする。 「すみません。でも、僕はどうしてもここのケーキを売って欲しくて。」 「嫌よ。」と、愛蘭は一掃する。 「私、軟弱者って嫌いなの!横柄な態度の奴も嫌い!気取った金持ちも大嫌い!」 「自分の意思ではないとはいえ、割り込んだことで、皆さんにご迷惑をおかけしてしまったことは申し訳ありませんでした。あの店員さんにも。」 「何よ?」 「庇ってあげられなかった。近くにいたのに…」 「ほら、そういうところが軟弱者!」 「仰る通りです。申し訳ありません。」 素直に詫びる弥一に、愛蘭の調子が狂う。 もう一言何か言ってやろうと口を開いた愛蘭を遮るように、「はい、そこまで。」と、加島がパンと一つ手を叩く。 「愛蘭、俺とあのマダムたちに苛立ったからって、御子柴様にまで八つ当たりしないで。」 「八つ当たりじゃない!」 「いーや、八つ当たりです。色んな意味で八つ当たり、でしょ?」そう言って、加島は愛蘭の目を覗き込む。 それからその耳元に口を近づけると、「それは俺の役目だから。取らないで?」と囁き、愛蘭から少し顔を離してウインクした。 愛蘭は、オエっ、といった顔をして見せたが、加島は気にも留めず、 「御子柴様、本日は当店にいらしていただき誠にありがとうございます。先程うちの円城寺から説明のあった通り、ここのケーキは人気パティシエである僕が作ったものではありませんがー」そう言った時、加島の膝裏を、愛蘭が蹴り上げる。 「痛っ。もう、何で蹴るのさ?申し訳ありません、御子柴様。この円城寺って女はとんだ暴れ馬でして、唯一こいつを手懐けられる人が一人いたんですけど
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40話

今日はどうやら、衝撃を受け続ける日らしい。 弥一はがくりとうな垂れた。 目の前で急に相手の首が折れたことにびっくりした愛蘭は、「何よ、急に!怖いんですけど!」 弥一は少し顔を上げると、「すみません。」と謝った。 「あんたメンタル大丈夫なの?」 「え?ああ、はい。たぶん…ただ、目から鱗で。」 「何が?」 「いや、何が好きかなんて本人に聞けよ、ってのが。」 「そんなことで?」 嘘でしょ、という目で愛蘭は弥一を見つめる。そして思った。 こいつ絶対童貞だろう、と。 「最初の頃は俺のほうが彼女を避けてたんです。けど、最近は彼女のほうが俺を避けてて。」 そう言う弥一を、加島は鼻で笑った。 そんな加島を愛蘭は睨みつける。 「だから、思いつきもしなかったんです。直接本人に聞くなんてこと。そうか、ただ聞けばよかったのか。」 そう言って、弥一は再びうな垂れた。 そんな弥一を見かねたのか、加島が話しかける。 「御子柴様、善は急げと言います。なので、これからすぐ帰って、その相手の女性の方に何が好きかを早速聞いてみるというのはいかがでしょう?」 そう笑顔で提案する。そんな加島を、悪魔だなこいつ、という目で、愛蘭は見つめた。 「今から、ですか?」 「はい。で、そんな話しをする時に最適なのが、私どもの作るケーキだと思うんです。」 よくわからないという表情の弥一に、加島は、 「御子柴様、想像してみてください。今日これからケーキ片手にご自宅に戻られます。そして、その相手の女性が玄関で出迎えてー」 「彼女が出迎えてくれることはほぼありません。今日も恐らく出迎えてはくれないと思います。」と、話しの途中で弥一が割り込む。 愛蘭は笑ってしまった。 この子、面白いな 加島は心の中で、この先もねーよ、と毒付くと、 「失礼しました。えっと、では、とりあえず御子柴様とその相手の女性の方がー」 「妻です。彼女は戸籍上、僕の妻です。」またしても弥一が割り込んでくる。 愛蘭は腹筋が崩壊しそうだった。 加島は何とか怒りを抑えながら、「御子柴様と御子柴様の奥様、ですかね?」 奥様というところで加島は弥一の顔を見たのだが、弥一はそれに対して、なぜか彼自身もその言葉を噛み締めているのかのように、合ってます
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