今度は弥一が慌てる番だった。 早苗に香水臭い上着を着ていることで冷たい目を向けられるのを避ける為に脱いだ上着だったが、脱いどいて正解だったと思った。 と、言うのもー かすみに他の女性の存在を気取られるのは避けたい、とそう思ったからだった。 たが、なぜそう思うのかは自分でもわからなかった。 きっと、早苗のような視線を彼女にも向けられるとなったら癪に障るからだろうと、そう思うことにした。 なので彼は頭をフル回転させると、「お酒のせいで身体が熱くなったんだ。だから脱いだ。」と、最もらしい意見を述べる。 かすみは「そうだったんですね。」と頷くと、「接待お疲れさまでした。いつものをご用意してありますので、どうぞダイニングにてお召し上がり下さい。」と言った。 弥一は唇を噛んで「うん。」と答えると、革靴からスリッパに履き替える。 そして、かすみが開けてくれたドアからリビングへと入っていった。 ドアノブに手を掛けたまま、弥一が通り抜ける様を伏し目がちに見ていたかすみだったが、ふと目線を上げた先で、弥一の首の襟元にべったりと付いた口紅の跡を見つけてしまう。 前に比べたら、彼の自分に対する態度はだいぶまろやかになった。 ただ、それはもちろん好意からではないことくらいわかっている。 彼なりにこの生活を少しでも過ごしやすくしようとの配慮からだろう。 そう思いながら、再びワイシャツの首の襟元に目をやる。 若い子が好むような、ツヤツヤとした可愛らしいピンク色の口紅の跡を、かすみはじっと眺める。 本来なら、このぐらいの年頃の女の子と付き合っているはずなのだ。 なのに、自分の私欲に付き合わせた結果、彼の輝かしい二年間を無駄にさせてしまった。 正直、かすみは弥一が居ないでいてくれたほうがありがたかった。その方が、自分の罪悪感から容易に目を逸らすことができたからだった。 けど、彼は帰ってきた。というか、連行されてきた。 その日から、彼は義務感からか毎日ちゃんと家に帰ってくるようになった。 かすみも、彼の迷惑にならない範囲で自分ができることをしようと思ったのだが、結局はご飯を作るというそれしか役に立てなかった。 かすみは何度目になるかわからない、声に出さない謝罪の言葉を、その背中に投げかけるのであった。 弥一がダ
Last Updated : 2026-04-29 Read more