秘書はおそるおそる舟の顔色をうかがった。「社長……三輪さんが少し前に、法務部の人員を全員、解雇しました」その言葉を聞いた舟は、自分の耳を疑った。「全員解雇だと?それをなぜ、誰も俺に報告しない?いや、報告がないのはまだいいとして――副社長は?人事部は?それをそのまま認めたのか?」秘書はますます何も言えず、ただ深く頭を下げるしかなかった。心のなかでは、もちろん不満もある――会社の人間が糸緒の好き放題を許しているのは、結局のところ、舟の「特別扱い」があるからにほかならない。長年、雨宮家の妻だった南枝でさえ、糸緒には押さえ込まれていたのだ。この状況で、誰が彼女に逆らえるというのか。舟はこめかみに浮かんだ青筋を押さえ、低く言った。「糸緒を呼べ」その言葉が終わる前に――ドアがノックされた。それと同時に、糸緒の甘ったるい声が響く。「舟、お仕事で疲れてるでしょ?少し一緒に休もうと思って」秘書は気まずそうに舟を見やる。けど、その顔色は――さらに黒く沈んでいた。最近の二人は、蜜月そのものだった。糸緒がこう言えば、舟もそのまま聞き流すことが多かった。でも、今は明らかに、そんな空気じゃない。舟はペンを強く握りしめ、冷たく言い放った。「入れ」糸緒が入ってくると、すぐに彼のただならぬ顔色に気づき、一瞬、動きを止める。けど、すぐに取り繕って言った。「黒沢さんのことで怒ってるんでしょう?でも彼女だって、妹さんを庇いたい気持ちは分かるけど、法律を無視するのはよくないわ。舟、あとで私がちゃんと説得するから。きっと分かってくれるはずよ」その「寛大な態度」は、舟の怒りを鎮めるどころか、さらに燃え上がらせた。ついに彼は手元の書類を掴み――そのまま、糸緒の顔へと叩きつける。糸緒はバランスを崩して倒れ込み、机の角に頭を強くぶつけた。額が、すぐに赤く腫れ上がる。彼女は反射的に涙を浮かべ、舟を見上げた。けど――その黒い瞳には、一切の感情がなかった。思わず、背筋が凍る。「舟……どうしたの……?」弱々しい声でそう問いかける。舟は、怒りを通り越して笑いそうになった。「どうした、だと?よくそんなことが言えるな。会社の法務部を全員クビにしたのは、お前だろ。誰がそんな権限を与えたん
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