《冷酷なCEOは身代わり妻の身体に溺れる〜整形した元カノを逃さない〜》全部章節:第 31 章 - 第 33 章

33 章節

特典短編:それでも恋と呼べるのだろうか?②

第二章:烙印の行方、あるいは泥濘の出口 冬の夜気は、冷たい刃となって結衣の喉元を撫でる。 大学の卒業を目前に控えた一月。結衣は凍える指先をコートのポケットに押し込み、逃げるように自宅の扉を開けた。卒業論文の最終確認と実習報告、そして「土日のバイト」という名目で冬馬の部屋に通い、その腕の中で身を削る日々。疲労はすでに限界を超えていたが、冬馬の部屋のシーツから移った、あの清潔でどこか他人行儀な石鹸の香りが、彼女を辛うじて正気の側に繋ぎ止めていた。 だが、玄関の重い扉を閉めた瞬間、その安らぎは無残に切り裂かれる。 鼻を突く生ごみの腐敗臭。安酒の饐(す)えた匂い。そして、澱んだ空気の中に混じる、父親の不吉な気配。「遅かったじゃねえか、結衣」 リビングの薄暗がり、へたったソファに沈み込んだ影が、低く濁った声を出した。 テーブルの上には、安酒の瓶が数本、骸のように転がっている。灰皿からは吸い殻が溢れ、床にはギャンブルの出走表が散乱していた。母親の姿はない。またどこかの男の家で、媚を売りながら金を無心しているのだろう。 結衣は心臓が早鐘を打つのを感じながらも、動悸を悟られないよう、努めて平然を装って靴を脱いだ。「……授業が長引いたの。明日は早いから、もう寝るね」「待てよ、こら。大事な話があるだろうが」 父親がのっそりと立ち上がった。その一歩一歩が床を軋ませ、結衣の防衛本能を鋭く刺激する。「今月の『上納金』、足りねえんだよ。パチンコも競馬もさっぱりだ。お前、キャバクラの時給上がったんじゃねえのか? 店長に掛け合えって言ったよな」「これ以上は無理だよ。学費も、生活費も、奨学金の返済だってあるんだから……」「大学だあ? そんなもん何の役に立つ。お前みたいな女は、体売って稼ぐのが一番効率がいいんだよ。あのババア(母親)だってまだ体で稼いでるだろ? いいから出せ。隠してんだろ」 結衣が階段へ逃げようとしたとき、背後から荒々しい足音が迫り、逃げ場を塞がれた。 次の瞬間、結衣の長い髪が、節くれ立った大きな手で力任せに掴み上げられる。「痛っ……! 離して!」「誰に口答えしてんだ、ええ? 誰のおかげで今まで生きてこられたと思ってんだ!」 無理やり振り向かされた衝撃で、コートのボタンが弾け飛んだ。襟元が大きく乱れ、隠していた肌が剥き出しになる。その時、父親の血
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特典短編:それでも恋と呼べるのだろうか?③

第三章:残光の檻、あるいは清廉な嘘 陽光が降り注ぐ昼下がりの児童養護施設は、子供たちの無邪気な笑い声と、埃の舞う穏やかな空気に満ちていた。 大学を卒業した結衣は、冬馬と同じこの施設に就職し、三年が経過していた。かつての地獄のような実家からは、冬馬の手によって物理的に切り離され、今は彼のアパートで同居生活を送っている。 結衣は廊下の窓から、園庭で子供たちとボールを追いかける冬馬の姿を眺めていた。「冬馬先生、こっち! パスして!」 子供たちの呼ぶ声に、冬馬が白い歯を見せて笑う。 その表情は、どこまでも明るく、健全で、慈愛に満ちていた。Tシャツの袖を捲り上げ、汗を拭いながら子供の頭を優しく撫でるその手は、夜に結衣の肌を這い、痣をなぞるあの手と同じものだとは到底信じられない。 昼間の彼は、誰もが信頼を寄せる「冬馬先生」だ。過去に荒れていた影など微塵も見せず、真っ直ぐに子供たちの未来を見つめている。 そんな彼の隣には、いつも決まって一人の女性がいた。「冬馬くん、休憩にしましょう。子供たちも喉が渇いているわ」 鈴を転がすような、清らかな声。施設で長く働く先輩の和葉だ。 彼女が差し出した麦茶のコップを、冬馬が親しげに受け取る。二人が視線を交わし、微笑み合うその光景は、まるで完成された絵画のように美しい。 結衣は窓枠を掴む指先に力を込めた。胸の奥が、冷たい針で刺されたように疼く。(冬馬くんがあんなふうに笑うのは、和葉さんの前だけだ……) 和葉は、結衣がどれほど願っても手に入らない「光」の象徴だった。冬馬が決して汚そうとせず、大切に、敬意を持って見つめ続ける聖域。 和葉を汚さないために、彼は夜、結衣を抱く。 結衣は彼が和葉に抱いている「清潔な恋心」の掃き溜めであり、彼の澱んだ本能を引き受けるための器なのだ。 その事実を再確認するたび、結衣の内面はどろどろとした自己嫌悪と、言葉にできない嫉妬に焼き尽くされそうになる。     ◇◇◇ 深夜。アパートの室内は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。 窓の外では冷たい雨が降り始め、ガラスを叩く規則的な音が、密室の孤独を強調している。 普段、二人は別々に眠る。冬馬はベッドで、結衣は床に敷いた布団で。それが、いつの間にか定着した彼らの距離感だった。 だが、冬馬が「それ」を求める夜だけは、結衣は彼の
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特典短編:それでも恋と呼べるのだろうか?④

◆第四章:夜明けの檻に、不器用な熱を灯して 三月の風は、春の予感というにはあまりに冷酷で、湿った重みを帯びていた。 児童養護施設「ひだまり園」の廊下には、夕暮れのオレンジ色が不吉な影を長く引きずっている。事務作業に追われていた結衣の手が、不意に止まった。 エントランスの自動ドアが開く音とともに、あの、肺の奥を直接汚されるような――饐(す)えたアルコールと、安煙草の、そして「諦め」を煮詰めたような悪臭が漂ってきたからだ。「結衣。……やっと、見つけたぞ。こんなところに隠れやがって」 低く、粘りつくような声。 結衣の心臓が、肋骨の裏側を鋭く叩いた。早鐘のような鼓動は、恐怖というよりは生理的な拒絶反応だった。振り返った先にいたのは、三年前、結衣が命からがら逃げ出した夜から、一度も記憶から消えてくれなかった地獄そのものだ。 父親の顔は、かつてよりもさらに土気色を帯び、目つきは濁りきっていた。その瞳に映っているのは「娘」ではない。自分を潤すための「現金」という名の記号だ。「お父さん……なんで、ここが」「なんでじゃねえよ。お前が逃げたせいで、家はめちゃくちゃだ。母親もどこかの男と消えやがった。……なあ、結衣。お前は俺の娘だろ。親を養うのは当然の義務だろうが」 父親が一歩、踏み出す。その汚れた靴が、子供たちが裸足で駆ける清潔な床を汚していく。 結衣は逃げなければならないと分かっていても、足が床に縫い付けられたように動かなかった。幼い頃から刷り込まれた「服従」の呪いが、血管を流れる血液を鉛に変えていく。「さあ、帰るぞ。こんな偽善者の集まり、お前には似合わねえ。お前の中には、俺と同じ、泥水の血が流れてんだからよ」 父親の、節くれ立った大きな手が結衣の手首を掴んだ。 指先から伝わる、不潔な体温。結衣は反射的に胃の奥がせり上がり、吐き気を覚えた。「離して……! お願い、やめて!」「痛えのはこっちの台詞だ! 親を捨てて逃げた罪を、一生かけて体で返せよ!」 乱暴に引き摺られ、結衣の華奢な身体がエントランスの冷たい床に倒れ込みそうになった。父親の濁った笑みと、自分を連れ戻そうとする暴力的な力。結衣は絶望に目を閉じようとした。 その時。「――その薄汚ねえ手を離せよ。殺すぞ、おっさん」 低く、温度を完全に剥ぎ取られた声が、背後から突き刺さった。 事務室の扉
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