第二章:烙印の行方、あるいは泥濘の出口 冬の夜気は、冷たい刃となって結衣の喉元を撫でる。 大学の卒業を目前に控えた一月。結衣は凍える指先をコートのポケットに押し込み、逃げるように自宅の扉を開けた。卒業論文の最終確認と実習報告、そして「土日のバイト」という名目で冬馬の部屋に通い、その腕の中で身を削る日々。疲労はすでに限界を超えていたが、冬馬の部屋のシーツから移った、あの清潔でどこか他人行儀な石鹸の香りが、彼女を辛うじて正気の側に繋ぎ止めていた。 だが、玄関の重い扉を閉めた瞬間、その安らぎは無残に切り裂かれる。 鼻を突く生ごみの腐敗臭。安酒の饐(す)えた匂い。そして、澱んだ空気の中に混じる、父親の不吉な気配。「遅かったじゃねえか、結衣」 リビングの薄暗がり、へたったソファに沈み込んだ影が、低く濁った声を出した。 テーブルの上には、安酒の瓶が数本、骸のように転がっている。灰皿からは吸い殻が溢れ、床にはギャンブルの出走表が散乱していた。母親の姿はない。またどこかの男の家で、媚を売りながら金を無心しているのだろう。 結衣は心臓が早鐘を打つのを感じながらも、動悸を悟られないよう、努めて平然を装って靴を脱いだ。「……授業が長引いたの。明日は早いから、もう寝るね」「待てよ、こら。大事な話があるだろうが」 父親がのっそりと立ち上がった。その一歩一歩が床を軋ませ、結衣の防衛本能を鋭く刺激する。「今月の『上納金』、足りねえんだよ。パチンコも競馬もさっぱりだ。お前、キャバクラの時給上がったんじゃねえのか? 店長に掛け合えって言ったよな」「これ以上は無理だよ。学費も、生活費も、奨学金の返済だってあるんだから……」「大学だあ? そんなもん何の役に立つ。お前みたいな女は、体売って稼ぐのが一番効率がいいんだよ。あのババア(母親)だってまだ体で稼いでるだろ? いいから出せ。隠してんだろ」 結衣が階段へ逃げようとしたとき、背後から荒々しい足音が迫り、逃げ場を塞がれた。 次の瞬間、結衣の長い髪が、節くれ立った大きな手で力任せに掴み上げられる。「痛っ……! 離して!」「誰に口答えしてんだ、ええ? 誰のおかげで今まで生きてこられたと思ってんだ!」 無理やり振り向かされた衝撃で、コートのボタンが弾け飛んだ。襟元が大きく乱れ、隠していた肌が剥き出しになる。その時、父親の血
閱讀更多