Todos los capítulos de バ先のダウナー男子に、気付けば毎日溶かされています。: Capítulo 101 - Capítulo 110

115 Capítulos

第91話 母さんへのカミングアウト

佐伯の視線が、俺の手に落ちる。「佐伯が来てくれたから……橋本くんも、高橋も、なんとか無事だった。それだけで、十分だよ」 少し間を置いて、続けた。「……だから、自分で自分を殴るみたいに、責め続けるのは、もうやめて」 その瞬間、佐伯の表情が、ほんの一瞬だけ崩れた。 息を詰めたみたいに、目を伏せる。 それから、掴まれた袖の上に、そっと自分の手を重ねた。 その直後、控えめなノックの音がして、母さんが病室に戻ってきた。 佐伯は、床頭台の上に置かれた治療と退院計画の紙へ、そっと視線を落とす。「……叔母さん、退院準備の件って、もう南緒さんには――」 母さんは小さく頷いた。「ええ。さっきまで、ちょうどその話をしていて……」 そのやり取りの間、佐伯は俺の方を見なかった。 代わりに、静かに近づいて、俺の膝の上に小さな花束を置く。 淡い色合いの花。 派手ではないけれど、病室の白にやさしく映える。「……」 お見舞い、なんだろう。 けれど花瓶には、すでに昨日の花が活けてある。 ありがたさと同時に、申し訳なさが胸に溜まっていく。 言葉にしようか迷っているうちに、佐伯が母さんの方をまっすぐに見た。 背筋は自然に伸び、逃げも飾りもない。「俺が」 一拍置いて、はっきりと。「南緒さんの、身の回りの世話をするのは……ダメですか?」 空気が、少しだけ張り詰めた。 母さんが戸惑ったように視線を彷徨わせる。「佐伯くんのことは、もちろん信用しているけど……あなたも、まだ大学生でしょう? 息子の友達に、そこまでさせるなんて、申し訳なくて出来ないわ」 その言葉が終わる前に、佐伯は深く、静かに頭を下げた。「……すみません」 勢いのある動作ではない。 けれど、迷いのない、覚悟を伴った動きだった。 俺も母さんも言葉を失い、その姿から目を逸らせない。 頭を下げたまま、佐伯は続ける。「俺と南緒さんは、ただのバイト先の友人関係じゃありません」 そこでようやく、顔を上げた。「……恋人同士です。俺は南緒さんを、心の底から好きで、側に居たいんです。心配で……今は、片時も離れたくないんです」 その声は驚くほど静かだった。 けれど、逃げ場を一切残さない、真っ直ぐな言葉だった。「お願いします。南緒さんの看病を、俺にさせてください」 佐
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第92話 ふたりの家

無事に退院して、そのまま俺は佐伯の部屋に身を寄せることになった。 母さんと何度か話し合って決めたことで、俺の部屋はベッドも小さくて動線も悪いし、日中は佐伯が大学に通うことを考えると、何かあった時すぐに対応できる方がいい――そういう、現実的で優しい判断だった。 玄関を開けた瞬間、ほんの少しだけ懐かしい匂いがして、同時に胸の奥がふわっと温かくなる。 何度も来ていたはずなのに、「これからここで過ごす」という意識が加わるだけで、見える景色が変わるのが不思議だった。 部屋に案内されて、すぐに佐伯がしてくれたことに気づく。 ベッドの位置が変わっていて、動かなくても手が届く範囲に、水、薬、リモコン、スマホの充電器。 椅子の位置も、立ち上がらなくていいように微妙に寄せられている。 ……全部、俺のためだ。 考えるまでもなく伝わってきて、喉の奥が少しだけ熱くなる。 期間限定とはいえ、ちょっとした同棲みたいで。 体はまだ万全じゃないのに、心だけが先に浮き立ってしまって、隠しきれない嬉しさがじわじわと滲んだ。 だって、これから二週間。毎日、佐伯の隣にいられる。「飯は俺が作るからやんなくていい。掃除もするな。とにかく動くな。ここにある物以外で欲しいのがあったら、いつでもいいから俺を呼ぶこと。分かった?」 畳みかけるような指示は、口調こそ淡々としているのに、全部が心配から来ているのが分かる。 まるで主治医の先生みたいで、思わず小さく笑ってしまった。「はーい……」 返事をしながら顔を上げると、佐伯がベッドの横に腰を下ろす。 その瞬間、ふっと細く長い息を吐いた。 張り詰めていたものが、ようやく少しだけ緩んだみたいに。 でも、その瞳はまだ曇っていた。 後悔と、不安と、悲しさが、静かに居座っているのが分かってしまって――俺は自然と手を伸ばして、その手を握った。「……佐伯、色々してくれてありがとう」 その一言が、合図だったみたいだった。 佐伯は何も言わずに、俺の肩に顔を埋める。 体重がそっと預けられて、吐息が首元にかかる。 そして、押し殺すみたいな小さな声で、ぽつりと零した。「今はこんなことしか出来ないから」 弱音なんて、普段ほとんど見せない人なのに。 それだけで、どれほど追い詰められていたのかが伝わってきて、胸がぎゅ
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第93話 寄り添う心

夜は、同じベッドに並んで、キスを一回だけ。 横向きになると眩暈がするから、腕枕はしばらくお預けだった。 それだけが少し寂しかったけれど、不思議と「孤独」を感じることは一度もなかった。 佐伯が、いつもそばに居てくれたから。 でも眠った後、俺は、あの日と同じ夢を繰り返し見ることがあった。 掴まれる感触。怒鳴り声。 床に倒れた時の、身体が追いつかない衝撃。 断片的なのに、目が覚めた瞬間、心臓が喉まで跳ね上がって、息ができなくなる。「南緒」「――っ、やめて、離して! 触んないで!」「南緒、大丈夫だから。俺のこと見て、目ぇ合わせて」「こっち来ないで……っ」 どんなに疲れていても、真夜中でも、佐伯は必ず目を覚ました。 状況を聞こうとはしない。理由も探らない。 ただ、背中に手を置いて、一定のリズムで撫でてくれる。「夢だから。……ここは、俺の家だよ。今は、俺と南緒しか居ない。誰も入れない。だから大丈夫、安心して」 そう言いながら、何度も、何度も。 俺の呼吸が整うまで、離れずに抱きしめてくれた。 日によっては、お粥すら喉を通らない日もあった。 急に眩暈がして、ベッドから降りただけでしゃがみ込んでしまうこともある。 時間をかけて作ってくれたものを、一時間も経たずに吐いてしまった日もあった。 それでも佐伯は、嫌な顔ひとつしなかった。「……薬だけ、取ってくるから待ってて」 そう言って、額に手を当てて熱を確かめて、 俺の身体を最優先にしてくれた。 ――けど。 日中、ひとりで居るとインターフォンの音だけで、 どうしようもなくパニックを起こした日もあった。『ただいま、保険の営業でこちらのマンションを周らせて頂いているのですが――』 ベッドからそっと降りて、パネルのスピーカー越しに聞こえてきた低い男性の声が、店での出来事を甦らせた。 鍵を壊されて、ドアが開いたらどうしよう。 無理やり、押し入ってくるかもしれない。 距離を詰められて、腕を掴まれて、また――。 気づいたら、スマホを握りしめていた。 画面を開く手が震えて、文字を打つのにも時間がかかる。 《すみと》 《誰かきてこわい》 《はやく帰ってきて》 それだけ送るのに、何度も打ち直した。 午後の講義を全部休んで、佐伯は帰ってきてくれた。
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第94話 大好きなバ先

この時間帯は本来休みのはずなのに、高橋くんと橋本くんがわざわざ店に顔を出してくれていて。 女子バイトの子たちも、花束を抱えて「おかえり小瀧くん!」と口々に言ってくれる。 その空気があまりにもあたたかくて、胸が詰まりそうになった。 ひと通り挨拶を終えると、俺と佐伯は店長と本部のお偉いさんに呼ばれて、奥の個室へと通された。「……小瀧くん。本当に、いいんだね?」 慎重な声色。俺は一度、深く息を吸ってから頷いた。「はい。その……確かに怖い思いはしましたけど。俺の対応の仕方も、今思えばもっとやりようがあったのかなって考えることもあって」 言葉を選びながら、ゆっくり続ける。「それに、このお店に嫌な噂が流れるのも嫌で。俺は……前みたいに、みんなで楽しく働きたいんです。できるだけ、日常に早く戻りたい」 言い切った瞬間、少しだけ心臓が強く脈打った。 隣を見ると、佐伯はまだ納得しきれない表情をしていた。 それでも口を挟まず、俺の意思を尊重してくれているのが分かる。 店としての対応や今後の方針を改めて話し合い、結果的に被害届は取り下げることになった。 但し――加害者の二人は、今回の件だけではなく、これまでの余罪を追及され、今も勾留されていると説明された。 外から見て狙いを定め、閉店後に店員の親切心に漬け込み、脅して暴力を振るい、防犯カメラを破壊して逃げる……というのを繰り返していたらしい、店長が、こぼしていた。 治療や入院にかかった分の費用は加害者に請求され、さらに店側からもお見舞金が支払われて――正直、十分すぎるほどの補償だった。 個室を出る時、少しだけ肩の力が抜けた。 橋本くんも、表向きは元気そうにしていたけれど。 あの出来事のあと、ひどく自分を責めて、短い期間とはいえ眠れなくなり、バイト中に突然泣き出してしまうこともあったと、人づてに聞いた。 でも、今も隣にちゃんと高橋がいる。 何も言わなくても、その距離感や視線のやり取りを見れば、支え合っているのが分かった。 だから、俺も佐伯も、あえて何も言わなかった。「……じゃあ、無理のない範囲で、今日からお願いね。重いものは佐伯くんにお願いして。それから――」 店長の言葉を遮るように、佐伯が静かに立ち上がった。「すみません、店長。俺から、ひとつお願いがあるんですけど」 手にし
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第95話 いつもの日常

いつも通りのバイトの後、俺は佐伯の家に泊まって、普段通りの“俺たち”を過ごした。 一緒にシャワーを浴びて、お互いの体温に触れながらちょっとだけ、ふざけ合って。 濡れた指先が腕や背中を滑るとくすぐったくて、つい笑ってしまう。 その流れで軽く触り合って、キスして、湯気でのぼせそうになったところでシャワーを止めた。 バスルームを出ると、佐伯のブカブカの部屋着を借りて、袖を何回折っても余るのがちょっと好きで。 寒いからその夜は小さめの鍋を一緒に作った。白菜が甘くて、湯気が白く立ちのぼって、窓ガラスがうっすら曇っていた。「今日の客、マジで雪崩だったな……腱鞘炎になるかと思った」「本当それ。レジ並んでるの見て、絶望したもん」 季節限定のビール缶を開けて乾杯して、そんな愚痴と笑い話をして。 食べ終わったら一緒に食器を洗って、ソファに座ってダラッとくつろいで。 気づけば佐伯が俺の手首を静かに掴んで、何も言わずベッドに連れていく。 そのまま、いつもよりほんの少しだけ甘めのエッチをした。「……南緒」「ん……?」「愛してる」「……うん、俺も……っ」 佐伯が『愛してる』なんて言うのは、付き合ってから初めてで。 機嫌がいいのか、気持ちが昂ぶっているのかなって思った。 キスの回数も、抱きしめられる時間も、いつもより長かった気がする。 それ以外は、本当に何もかも、いつも通り。 でも、翌朝起きた時。「いつもと違う」ことが起きた。*** 歯ブラシを咥えながら寝癖のままリビングに出ていくと、ソファに座ってスマホを片手に弄っていた佐伯が、じっと俺を見つめてきた。「ん、おはよー」「……はよ」 そのまま視線を投げ続け、じっと見つめる佐伯に俺は首を傾げた。「え、何? なんか変?」「……別に」 いや、何だよ。気になるから言えよ。 シャコシャコ、と歯ブラシを動かしながら俺が怪訝な顔をして見つめると、佐伯は立ち上がって言った。「今日、IKEA行くから」「は?」 一気に目が覚めた。 じゃあ、ってなに? どういう脈絡? IKEA? 突然、なんで? 思考にハテナが百個くらい浮かべていると、佐伯は眉を寄せた。「なに、嫌なの?」「IKEAでしょ? べつに良いけど……」 別に嫌じゃないし、家具とか雑貨見るのは好き。 歯ブラシを咥
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第96話 家具やさんデート

店内に入ると、IKEA独特の少しひんやりした空気。 天井のむき出しのダクトが白い照明を反射していて、順路の青い矢印に沿って進むたび、でっかいショールームが次々に現れる。 “北欧の人々はこんな優雅な暮らししてんのかよ”って思うようなディスプレイが並び、小物や観葉植物まで、きっちり計算されたように置かれていた。「うわー、こういうインテリア好きかも」「……ごちゃついててあんま好きじゃない」「俺はこういう部屋にしたいの!」「じゃあ最低、2LDKは無いとダメじゃん」 ……は? 俺が今住んでる家を、こういう風にしたいって言っただけじゃん。二部屋いらねーし。 マジで何の話してんのコイツは、と思いつつ、次の部屋に置かれたクッションに気を取られた。 そのまま二人でショールームをゆっくり歩いていたけれど、寝具コーナーに差し掛かった瞬間、空気が少し変わった。 急に佐伯の目つきが、ただのデートテンションから“本気の選定モード”にスイッチしたのがわかる。 今までの家具は適当に流し見してたのに、ベッドフレームの前だけはピタッと足を止め、値札とサイズ表を交互にガン見。耐久性も、素材も、スウェーデン語の説明書きをチェックしている。日本語のもあるのに。 あまりにも真剣だから、言わずにはいられなかった。「ねぇ、こっちに日本語の欄あるよ」「別にどっちも読めるからどうでもいい。先に目に入った方を見てるだけ」 ああ、そうですか。心の中で返事をして、尚もその場から動かない佐伯。 よほどこの黒のベッドフレームが気に入ったんだろうか。「ベッド買い換えるの?」 佐伯はちょっと間を置いて、奥に並ぶサイズの展示を見ながら答えた。「……まぁ、俺は今のままでもいいけど。どうせなら買い替えた方が良いだろ」 いや、お前のインテリアじゃん。別に俺関係ないんだけど。 不思議に思いつつも、その値段を見て俺は驚愕した。安いとは言えない。「ていうかさ、ベッドならIKEAじゃなくても売ってるじゃん? お値段以上のとことか、東京インテリアンとか……vnicoとかさ」 言うと、佐伯は展示されてるマットレスを軽く押して弾力を確かめながら答えた。「俺の身長だと、取り扱ってるサイズが限られるから。だから海外のブランドでいい」 うわ……出た……何気に高身長アピール。 けど、まぁ事実なん
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第97話 左手の薬指

結局、IKEAで佐伯は「やっぱ保留」と言ってベッドを買わず、代わりに俺がキャンドルやら小さな雑貨やらを手当たり次第カゴに放り込んだ。 お会計しようとしたら、佐伯が全部カード決済でスマートに支払いを済ませた。 そういう所は、潔いくらい男らしくて好き。 駐車場に戻って車に乗り込むと、程よい疲れと満足感が同時に押し寄せてきて、シートに腰を落とした途端、身体がふわっと沈む。 佐伯が運転席で何か話していた気もするけれど、気づけばまぶたが勝手に落ちて、俺は助手席でそのまま寝落ちしてしまった。「……南緒、着いたぞ」 肩を軽く揺すられて目を開けた時には、もう夕方の光が薄橙色に染まっていて、外はすっかり一日の終わりの空気になっていた。 ぼんやりしている間に佐伯の部屋まで連れてこられていて、靴を脱ぐと、そのまま買ってきた袋を床にドサッと広げた。 カラフルな小物や雑貨をテーブルに並べてはひとつひとつ確かめる。 自分の家に帰ったら、全部飾るのを想像して口元が緩んだ。 その中から、俺が特に気に入っていた甘い香りのキャンドルをひとつ手に取る。「これ、今つけてみていい?」 顔だけ向けて聞くと、佐伯はすぐに「いいけど」と頷いた。 火を灯した瞬間、小さな炎が揺れて、ほのかな甘い香りがゆっくり空気に溶けていく。 上着をハンガーにかけて戻ってきた佐伯が、ベッドに腰を下ろした。 それを見た瞬間、俺はその脚にまたがって、真正面から佐伯の顔を見つめた。 佐伯は驚きもせず、慣れた手つきで俺の腰をそっと支える。 目が合うと、それだけで喉が少し鳴りそうになって、俺は軽く唇を寄せた。「……ん、」 ちゅ、と控えめな音を立ててキスすると、佐伯がほんの少し時間をかけるように、深くはないけど、丁寧な雰囲気のあるキスを返してくれる。 そのやり取りが、なんかたまらなく嬉しくて。「なに? めっちゃ機嫌いいじゃん」 ちょっと笑ったような声でそう言われて、俺はつい空気が抜けるみたいに微笑んでしまった。「だって今日楽しかった。久しぶりにデートっぽかったし」 そう言いながら、額にキス、頬にキス。 ひとつひとつ、気持ちがこぼれちゃうみたいに触れていく。 IKEAでああやって、どれがいいかなって並んで迷って。 くだらない話をして、、まだ先のはずの生活を、当たり前み
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第98話 俺と結婚して

艶のある、シンプルで大人っぽいデザイン。 指の形に自然に沿うよう、わずかにくびれていて、余計な装飾は何ひとつない。 キャンドルの灯りを受けて、静かで優しい光を返している。 息を呑んだまま、俺は動けなくなった。 その向こうで佐伯がほんの少し照れたように、でも安心した顔で、微笑んでいた。「……ほんと、どこまで鈍いんだよ」「えっ、でも、待って。……待ってよ、頭が追い付かないっ……」 指輪を見つめたまま固まっている俺に、佐伯はため息混じりに言った。「昨日の夜、寝てる間に嵌めた。朝にはもう気づいてると思ってたし、少なくとも昼までには何か言うと思ってた」 ちらっと俺の左手を見る。「なのに珍しくノーリアクションだから、正直ちょっと不安にはなってたけど……でもまさか、本当に気づいてないとは思わなかった」「え、じゃあ俺……」 言葉にするのが怖くて、喉が詰まる。「一日中、それ付けたまま過ごしてた。歯磨いて、着替えて、車で俺の隣に座って、普通に喋って、笑って」 淡々と言われるほど、実感が押し寄せてくる。 ――てことは。昨夜のピロートークがやたら甘かったのも。 やけに機嫌がよかったのも。全部、この指輪のせいだったの? 胸がぎゅっと締めつけられて、思わず口元を押さえる。指は小刻みに震えていた。「……じゃあさ」 絞り出すみたいに聞く。「IKEA行ったのも……?」 佐伯は一瞬だけ目を伏せてから、観念したように言った。「逆に聞くけど。今日は何のためにIKEAに行ったと思ってた?」「え、えっと……普通に、デート……?」 答えて、すぐに額を小突かれた。「ほんとバカ。同棲の下見以外に、何があるんだよ。マジで二歳児じゃん……」 その一言で、頭の中のピースが一気に噛み合った。 だって、綺麗すぎるし。似合いすぎるし。 ペアリングもアクセサリーも好まない佐伯が、何でもない日に、こんな指輪を用意する理由はひとつしかない。「……ねえ、佐伯」 声が震えて、ちゃんと出ているかも分からない。「ちゃんと……言葉で、伝えてほしいんだけど」 寝ている間に、指輪を嵌められた。 それが何を意味するのか、分からないわけじゃない。 でも、だからって――俺の返事だけを、先に求めないでほしかった。 その一言の先に、同棲の未来も、結婚の約束も、全部まとめて置い
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第99話 永遠に君のもの

もう止められない。ぽろぽろ、ぽろぽろ、零れ落ちる。「……ねぇ、本当に……お、俺でいいの……? うるさいし、バカだし……っ。お釣りの計算できないし、カップラーメンもレンジで温めちゃうし……」「いいよ。そういうの、俺の人生と無縁すぎて、逆に面白いし」「寝相も悪いし……妬きやすいし……料理もまだ下手だよ? ほ、ほんとに俺でいいの……?」「全部知ってる。……俺は、南緒の作る飯好きだよ。朝も昼も夜も、全部お前が作ってくれる毎日がいい」 佐伯は少しだけ眉を下げて、優しく言った。「……返事、聞かせて」 そんなの、決まってる。 俺は泣きながら、佐伯の両頬を包んで、そっとキスをした。 「好き……大好き。何より大事って思ってる……ずっと澄人の側に居させて欲しいよ……っ」 嬉しすぎて、どうしようもなくて。 俺の中には抱えきれないくらいの、幸せの涙だった。「……ほら、やっぱり泣いた。だから黙って嵌めたのに」「……うぅ、だって……っ」「あぁ、熱烈なプロポーズのが良いんだっけ? 一回だけしか言わないから、ちゃんと聴いとけよ」 え、と目を丸くする俺の頬に触れると、佐伯は軽く顔を傾け、口づけて言った。 「Je veux être à toi pour toujours.」 佐伯のフランス語を聞いたのは、本当に久しぶりだった。 相変わらず一文字も意味の分からない俺と――言ってから、今まで見たことないくらい赤面してる佐伯。 相当恥ずかしい言葉らしい、というのは一目瞭然で、なんなら片手で口元を抑えて崩れそうになっている。 ――初めて見た、こんなに恥ずかしがってるの。 ちょっと笑いそうになりながら、「なんて言ったの?」と聞き返す。 佐伯は「一回しか言わないって言っただろ」と誤魔化そうとして、しつこく答えを求める俺の口をキスで塞ぐと、あっという間にベッドに組み敷いた。 絡められた手と手。その指先がふっと緩んで、左手の薬指に嵌められた指輪を、佐伯がなぞるように撫でる。大切なものを確かめるみたいに、何度も、なんども。 キャンドルの甘い香り。カーテンの隙間から覗く、遠くの星明かり。 でも、それよりもずっと甘くて、胸の奥できらきら光るものがあった。 言葉にしなくても分かる約束。 触れ合うたびに確かめ合う愛。 そのすべてに包まれながら、俺は佐
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第100話 【佐伯視点】指輪を買った日

十二月の銀座は、街そのものがクリスマスを祝福しているようだった。 通り沿いの街路樹は、葉を落とした代わりに無数のイルミネーションで光を纏っている。 日が落ち切る前から灯り始めたそれらは、ビルのガラスやショーウィンドウに反射して、歩道を歩く人々を光で縁取っていた。 大学で五限の講義を終え、今日はバイトもない。 小瀧は遅番だと言っていたから、会う予定もなかった。意図的にそうしたわけじゃないけれど、今日は一人で動く必要があった。 人の流れに逆らいながら、足は自然と目的地へ向かう。 見えてきたのは、カルティエのロゴ。 リニューアルしたばかりだという建物は、白を基調とした外観で、クリスマスに向けた控えめな装飾が施されていた。 ここに来る理由は、明確だった。 曖昧にしていい工程じゃないし、先延ばしにする意味もない。 店内に足を踏み入れた途端、外のざわめきも、車の音も遮断され、空気は澄んだものに変わった。 店内の空間設計は無駄がなく、時間の流れすら別物のように感じられた。「いらっしゃいませ」 柔らかい声に、俺は一度だけ頷く。余計な言葉は要らない。「婚約指輪を探しています」 それだけ言えば十分だった。 店員の表情が一瞬で切り替わるのを、冷静に観察する。 案内されたのは、店内の最奥。ガラスケースの前で、店員は慣れた手つきで指輪を並べていく。 どれも美しいデザインだと思ったし、どれを選んでも正解に見える。だからこそ、選ぶ理由が重要だった。「こちらはカルティエの定番、ソリテールです。一粒ダイヤはラウンド・ブリリアントカットを施しており、最も存在感のあるコレクションです」 その説明の通り、目を見張るほどのダイヤは確かに美しい輝きを放っていた。ケースの中でも一際鮮烈で、視線を集める。ただ、それは俺にとっては露骨なデザインに感じられた。 日常に溶け込むというより、ダイヤの大きさが「特別」を主張しすぎている。 俺は小さく首を振った。「もう少し、柔らかい印象のものはありますか。シンプルなもので、気品や調和をイメージさせるような」 店員は一瞬だけ考え、別のケースを開けた。「でしたら……こちらは本来、結婚指輪なのですが。いかがでしょうか、バレリーナと申します」 オフホワイトのベルベット素材で出来たトレーに置かれたその指輪を見た
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