All Chapters of バ先のダウナー男子に、気付けば毎日溶かされています。: Chapter 81 - Chapter 90

104 Chapters

第81話 守ってあげたい

 佐伯は俺の方を向かないまま。 淡々と、事実だけを並べるように、続きを打ち明けた。「そのあと親父の仕事の都合で日本に来たけど、高校の時点で父親とはほぼ絶縁してる。……あのマンションで一人暮らし始めたのも、高校入ってすぐ。二十歳まで生活費だけ振り込まれて、一切喋ってない。今、どこに居るかも知らない」 これまで断片的に見えていた佐伯の影が、はっきりとした輪郭を持って思い出された。   “俺、こういうの作って貰ったこと ない”   “誕生日、祝ってもらったことない 一度も”   “ごめん もっと安心させて”   “俺のこと放って、どっか行ったりしないでね” ぽろぽろと零れるように聞いてきた言葉の数々が、頭の中を巡る。 頭は悪いくせに、そういうことだけは忘れない。忘れられなかった。 俺の想像なんて、軽く踏み越えるほどのつらさを、佐伯はずっと抱えてきたのだ。 どんな慰めを選んでも、俺の乏しい語彙じゃ薄っぺらくなってしまいそうで。 そもそも、慰めも、同情も、今は違う気がした。 だから俺は、余計なことは言わなかった。ただ強く抱きしめる。 逃がさないように、確かめるように。 その髪を、何度も、何度も、後ろからゆっくりと撫で続けた。 しばらくの沈黙のあと、佐伯はふっと緩めるみたいに息を吐いて。 そのまま、独り言のように、言葉を零した。「俺のせいだから」 あまりにも静かで、あまりにも即断的な言い方だった。「え?」「母さんが死んだのは、育児ノイローゼが原因だって親父が言ってた。……だから、母さんが自殺したのは、俺のせいだって思ってる。ずっと」 感情を削ぎ落とした声だった。 自分を責める言葉なのに、そこには怒りも悲しみもなくて。 ただ『そう決まっている事実』だと信じ切っている響きだけがあった。「そんな、」 否定の言葉は喉の奥で絡まって、うまく形にならない。「南緒の家族を見て、羨ましいって思った。お前がその性格に育った理由も納得した。帰ってきた時にあかりが灯ってるみたいに、明るくて、安心できる家だなって」 佐伯は、最後まで俺の方を見なかった。 顔を向けないまま話すのは、きっと俺の反応を見るのが怖いから。 拒絶される未来を、先に想像してしまっているからだ。「……もうこれ以上は、南緒に隠してることは無い。これで全部。今まで言わなかっ
last updateLast Updated : 2026-05-20
Read more

第82話 俺の傍に居て

佐伯は、感情のないまま育ったわけじゃない。 ただ、「出さないで」生きるしかなかっただけだ。 出せない環境に、ずっと閉じ込められていただけだ。「……南緒、」 呼ばれた声は、どこか不安げで、縋るみたいだった。 佐伯は俺の服の裾をそっと捲り上げる。 乱暴さは一切なく、確かめるような指先の動きのまま、胸元からお腹へと静かに唇を寄せてきた。 その仕草に、欲情よりも切実さが滲んでいるのが分かる。 ただ肌に触れて、そこに俺かがいることを実感したい――そんな風に見えた。 温度が移るたび、呼吸が重なり、心臓の音が近づく。 これはセックスじゃない、と自然に理解できた。 佐伯は、安心を探しているだけだ。「ん、澄人……」 思わず声が漏れそうになって、口元を手の甲で押さえる。 佐伯は、唇を寄せ、匂いを確かめるみたいに小さく息を吸い、時折、乳首にそっと舌を這わせた。 その動きは拙くて、切なくて、本当に小さな子どもが甘えているみたいだった。 でも、不思議と嫌だとは思わなかった。 それで佐伯の胸の奥が、少しでも満たされるなら――この身体で、今はそれに応えたいと思った。「南緒、好き。……離したくない。ずっと離れないで、俺の側に居て」 耳元で囁かれた言葉は、いつもの強さや切迫感とは違っていた。 相手を確かめるために繰り返す、幼い約束の言葉みたいで。 甘く攻めたてる感じはなく、親に「だいすき」と言って、ちゃんと受け止めてもらえるかを待っているように思えた。 俺は答えの代わりに、佐伯の髪をそっと撫でる。 指の腹で、ゆっくり、何度も。 ここにいる、と伝えるみたいに。 そのうち佐伯は、すっかり安心しきった顔で、俺の胸に頬を寄せたまま眠ってしまった。 俺は起こさないように、そっと布団を掛け直す。 布団の中で抱きしめ直して、冷たい爪先に俺の足を絡めた。 それだけで十分に幸せで、もう何もいらなかった。 佐伯が、こうして側に居てくれるなら。*** 翌朝。俺たちは玄関先で母さんたちに見送られ、車に乗り込んだ。「佐伯くん、これ……少しだけど、車代。ガソリン代にしてちょうだい」 母さんはそう言って、小さな封筒を差し出した。「でも」 一度は断ろうとする佐伯の言葉を、母さんは穏やかに、けれど有無を言わせない調子で遮る。「私た
last updateLast Updated : 2026-05-21
Read more

第83話 まさかのプロポーズ

運ばれてきたラーメンを写真に収め、「SAまで来たよ」と母さんにラインを送る。 すぐに返ってきたスタンプを確認してから、スマホを伏せ、満を持して箸を取った――その、まさに一口目の直前だった。「南緒」「うん?」 隣でコーヒーを飲んでいた佐伯が、静かに俺を見る。 いつもと違う、真面目な顔だった。「パスポート、作っておけよ」「……なんで?」「妻になるんじゃないの?」 あまりにも平然と投げ込まれた爆弾に、思考が一瞬でフリーズする。 湯気を上げるラーメンを前に、俺は間抜けな顔のまま固まった。「……え、なに?」「“いつかしてくれますよねー?”って言ったじゃん。この前、バ先で」 一拍遅れて、意味が繋がる。 “お前を妻にした覚えも、婚姻届を受理した記憶も皆無なんだけど” “――でも、いつかしてくれるんですよねぇ~?” 繋がった瞬間、耳の奥がかっと熱くなった。「な、なに言ってんの急に!」 声を潜めて抗議しても、佐伯はまるで気にした様子がない。 視線を前に戻し、飲み干したカップの容器をゴミ箱に捨てる。 その動作は、驚くほどいつも通りで淡々としていた。「南緒は観光ビザで渡航して、フランスで結婚して。現地で配偶者ビザに切り替えるのが一番有りだと思う」「いや、待て待て待て! 急すぎるって!日本語以外喋れないから! 海外とか無理だって!」 俺のパニックなど意に介さず、佐伯は小さく息を吐くと、何でもないことのように言った。「俺が海外赴任すれば年収1200万くらいになるし。そしたら南緒は一生働かなくていい。十年も住めば、よちよち歩きの奴らと同じくらいには喋れるようになるだろ」「はぁ!? てか、なに!? お前どこに就職するつもりなの!?」「JETRO(ジェトロ)。日本貿易振興機構」「め、めっちゃエリートしか行けないとこじゃん! なんで絶対就職できる前提なの!? そもそも!」「え? 俺が入れないわけねーじゃん」 ……ああ、はいはい、そうですか。 いや、でも。 いくら俺がバカでも、大学卒業・即結婚・海外移住コースは、さすがに心の準備が追いつかない。「お、俺の将来の夢とか、聞かないわけ?!」「え、あんの? 俺と結婚する以外に」「あるに決まってるじゃん!」「なら一回社畜になれば。仕事に疲れたら、俺が嫁にもらってあげる」「
last updateLast Updated : 2026-05-21
Read more

【番外編】モブ腐男子からみた佐伯×小瀧①

 どもです。 ワイ将の名前は、モブ田モブ太朗。 日本で一番有名な東帝大学工学部に通う、ゴリゴリに理系の三年生。 そして「年齢=彼女いない歴」を、この先も半永久的にインクリメントし続ける予定の、生粋・純度百パーセントの腐男子だ。 元々オタク気質ではあった。 アニメ、漫画、ゲーム、一通りは嗜んできた自負もある。 だが中学時代、「BがLする世界」の存在を知ってしまったのが運の尽きだった。 あの日から俺は、もう戻れない沼を全力で平泳ぎし、気付けば底へと沈んでいた。 旧Twitterでは日々BLを愛する同志たちと繋がり、商業・同人を問わず摂取を続ける毎日。 属性の好みは驚くほど偏っていて、 「クールな執着系美形ドS攻め」と「可愛い美青年系の無自覚健気受け」。 この二点が揃った瞬間、俺の理性は仕事を放棄する。 自宅の本棚は保存用・布教用・読む用で完全三分割。 薄い本と商業BL漫画に物理的に圧迫され、アクスタに囲まれ、痛バ制作のために缶バッジを無限回収する日々。ここまで来ると、もはや趣味ではなくライフスタイルだ。 そんな俺の平和な二次元中心生活に変化をもたらしたのは、まさかの三次元での出来事だった。*** きっかけは、山田という大学の友人の紹介で始めたアイス屋のバイトだった。 飲食経験は一応ある。だがワイ将、アイス屋は完全に初挑戦。 それより何より、この職場には一つ、統計的に明らかに偏りのある特徴があった。 働いている人間、全員が全員、平均値より明確に「上」の顔面スペックを有しているという点だ。 男女問わず、美男美女。例外なし。分布の歪みがひどい。 まあ、視覚情報が購買意欲に直結する商売なのだから、合理的判断ではある。 顔面偏差値の高い人間を前線に置けば、売り上げが伸びる。至極真っ当な最適解だ。 一方で、正々堂々モブ人生を歩んできた俺はというと、面接前日に山田から指導を受けた。 「髪はセットしろ」「眼鏡はやめてコンタクトで来い」。 採用確率が上がるらしい。人間社会は、思った以上に外見パラメータ依存型である。 「繁忙期のレジ要員だけでもいいから」と頼まれ、時給の良さに釣られて応募したはずが、気づけばトントン拍子で採用となり、短期契約は長期雇用へと書き換えられていた。 人間社会は常に不確定要素で満
last updateLast Updated : 2026-05-22
Read more

【番外編】モブ腐男子からみた佐伯×小瀧②

「今の動き、無駄が多すぎ。その一往復で何人待たせたか、数えてから動いて」 佐伯は結構、というか無茶苦茶、自分の考えをはっきり物を言うタイプで、波風が立つとかそういう概念を軽く超えて台風レベルで突っ込んでくる。 でもそれは、効率を重視し「その後の仕事がいかに楽になるか」を徹底的に計算しているだけで、合理的行動の一形態だ。 ある程度、佐伯が思う効率化された状態になれば一気に手を抜いて、気怠そうに時間をやり過ごすことも分かった。要するに、佐伯は滞りの悪い問題点を改善して、いかに力を抜いて金を稼ぐかを考え、それを実行する天才だった。 そんな佐伯とシフトが被ることが増えてから、俺は“あること”に気づいた。 アルバイト仲間の「小瀧南緒」が、佐伯を常に目で追っているのだ。 (うわー……すっげぇ見てる。佐伯が後ろ向いてるとき、ほぼ見てるのでは……?) 佐伯と同じシフトだと、小瀧はやたらと視線を固定しているのに、本人に話しかけられると即ケンカが始まるのも、見ていて違和感を覚えた。「お前、いい加減にしろよ。パンダの左右の目玉くらい対称にデコれないの? 生後6ヶ月から入れる保育園からやり直せよ」「それは慌てて作って失敗しただけ! お客さんにはちゃんと可愛いの渡してるし! なんで俺の失敗だけほじくるの!? 人でなし! バカ!」「お前以外の奴にも、失敗は指摘してる」「いつ?聞いた事ないし。何時何分何秒?地球が何周周った時?」 言い合いの99.8%は下らない内容。 小瀧の方なんて、悪口を覚えたての小学一年生みたいだ。「UTCで言うと11時47分03秒。地球が約40,075kmのうち23km進んだ時」「はぁ⁉︎ 全然意味分かんない、何それ!」 だが、ここから小瀧の性格特性と佐伯の反応パターンを観察すれば、心理的互換性を測定できる。 小瀧は天然で抜けているが、佐伯も過剰に反応気味。 しかも言葉の鋭利さは他のアルバイトに向けるそれよりも鋭い。暗闇で刃物を全力で振り回してるみたいな感じだ。 そのくせ小瀧は、佐伯に「これ取って」「あれ手伝って」と甘える部分もあって、意地悪された後でも自分からその近くに寄っている。 (これ、もしかして……もしかしなくても……?) 俺のBLレーダーが「ピピピピピ※過剰反応」状態に突入。 距離と苗字呼びの組み合わ
last updateLast Updated : 2026-05-22
Read more

【番外編】モブ腐男子からみた佐伯×小瀧③

地獄の繁忙期を生き延び、全国店舗売り上げ速報が出る、年に一度の運命の日。 バックヤードから聞こえたのは、人類が喜びを最大出力で表現した時のみ発する奇声だった。「うぉっしゃあああ!今年も一位だ! みんな、熱海だ! 慰安旅行に行くぞぉおおお!!!」 店長と副店長が昼間のバックヤードでガチ抱擁。その情緒は、体育祭優勝クラス並みだ。 それをぽかんと眺める小瀧と、休憩中の佐伯。 俺もレジ金の両替中だったが、その盛り上がりぶりに思わず突っ込んでしまった。「い、慰安旅行とはなんですか……?」「今年は優勝した店舗の従業員全員が、熱海に一泊二日で泊まれるんだよ!」 店長のテンションは天元突破。(※いや、ラップではないのだが) 副店長は、佐伯の髪を後ろからワッシャワッシャと撫でながら「佐伯くんのおかげだよ〜!」と笑っている。 しかし、当の本人は「やめてもらっていいっすか」と軽く一蹴していた。 はい、ここで一つ。佐伯の弁当箱に注目して欲しい。 小瀧と全く同じ弁当箱。中身も完全一致。 ごましおご飯に鮭としば漬け、小さめのコロッケとナポリタン、ブロッコリー。 デザートなのか苺まできっちり収められている。 ガチで気合いを入れた愛妻弁当にしか見えない。完全に黒。というか、同棲確定ラインだ。 佐伯も小瀧も、何食わぬ顔で箸を持ったまま食べ続ける。 佐伯が隠さないのは、小瀧の料理を純粋に食べたいからなのか? 俺が横目で観察していると、店長が肩に手を置いて言った。「佐伯くん、現地で好きなもの奢ってあげる。正社員の俺らは、報奨金入るし」 売り上げ好調の理由は、佐伯のシフト管理・新人教育・客捌き、すべて彼一人に依存しているからだ。 社会人の尊厳はどこ行ったんだ。 佐伯は箸を置き、怠そうに呟いた。「面倒くさいんで、行きたくないです。欠席でお願いします。土産も要りませんので、お気遣いなく」 即答。だが全員参加が実施の条件だと即却下される。「……旅行の代わりに、俺一人で店で働いてる方がマシです。クソイベ行っても逆に疲れるし、何にも『慰安』にならないんで」 慰安旅行をクソイベと断言する佐伯。解釈一致。 だがテーブル向かいで小瀧がチラチラ佐伯を見ている。 なんなら、思い切りその顔に書いてある。 “佐伯と行きたかったなぁ……”と。
last updateLast Updated : 2026-05-23
Read more

【番外編】モブ腐男子からみた佐伯×小瀧④

慰安旅行当日。 集合場所の駅前には、すでに貸切の小型バスが停まっていた。 「来た順に、好きな席に座ってね」 店長のゆるい号令で、メンバーがぽつぽつと乗り込んでいく。 空いている席が少なくなってきた頃、最後に現れたのが佐伯と小瀧だった。 いつもより、二人ともちょっとお洒落な服装だ。 佐伯はいつものパーカースタイルではなく、黒のチェスターコートにボトルネックの白いセーターを合わせていた。ボトムスは黒いスラックスで、まるでブランドのモデルがそのまま出て来たようにしか見えない。 一方の小瀧も、いつものラフな雰囲気とは違っていた。 こげ茶のダブルコートに、白のハイネックニット、黒のパンツ。色味を抑えた組み合わせなのに、全体がやたらと整って見えるのは、本人の雰囲気のせいだろう。 そして何気なく斜めがけしているショルダーバッグ。 俺でも一瞬で分かる、あの王冠モチーフのロゴ。何度も見たことがあるし、オタク界隈でも「持ってるだけで思想が伝わる」と言われがちな、ヴィヴィアン・ウエストウッドだ。 服装自体は主張していないのに、バッグだけが静かに存在感を放っている。 ああ、これもしかして、佐伯からのプレゼントだったりするの……?なんて考察が進むばかりだ。 そして小瀧、お前「俺の服ですよ」って顔してるけど、思いっきりそのニット佐伯のじゃない……? 俺、いつぞやのシフトの帰り、更衣室で佐伯がそれを着てるの見た事ある気がするんですけど……。 二人は特に相談するでもなく、ナチュラルに狭い通路を抜けて、一番後ろの席に並んで腰を下ろす。 ……うん、もうこの時点で“そういう距離感”なんだよな。 直後、モブ美たちから無言の圧が飛んできた。 目で「行け」と言っている。 はいはい、承知しましたよ、観測担当モブですものね。 俺は移動し、通路を挟んだ反対側の席に座り直した。 すると、小瀧がこちらに気づいて、ぱっと表情を明るくして微笑んだ。 「モブ太朗くんじゃん、おはよ。楽しみだね!」 朝からマイナスイオンのシャワー、ありがとうございます。 その笑顔だけでHPが回復する。 ……ただし、その奥。窓際で般若みてぇな顔して佐伯が俺を睨んでいる。普通にチビりそう。 「ホァッ……うん、タノシミダネェ……」 苦笑いしつつ片
last updateLast Updated : 2026-05-24
Read more

【番外編】モブ腐男子からみた佐伯×小瀧⑤

「バレたらどうしよう」って顔してるけどな、小瀧。 もう全部、俺にはバレてます。 俺は視線を前に戻しながら、心の中で静かに叫んだ。 ――移動中からこれは、強すぎる。まだ熱海着いてないんですけど!!? 序盤から供給過多で鼻息が荒くなる俺が落ち着く頃には、もう旅館に到着していた。 つまりは時間の割愛である。ご愛嬌という事にしていただきたい。 *** まず最初に、各自の荷物を部屋へ運ぶ流れになった。「部屋割りは、俺の方でテキトーにやっといたから。ルームキーは無くさないように気をつけてね」 店長がぺらぺらの手書きメモを掲げる。 それをみんなで覗き込みながら、自然と視線が走った。 女子は全員まとめて一部屋。 店長と副店長。 橋本と高橋。 山田と川岸。 そして――「……えっ、俺と佐伯と小瀧……?」 思わず声に出した瞬間、佐伯が、はちゃめちゃに不穏な表情になった。 うん、そうですよね。 どう考えても俺、邪魔ですよね。 すみません。生きててごめんなさい。「リニューアル工事中で、それ以上二人部屋が取れなかったらしくてさ。三人部屋だけど、大丈夫だよね?」 店長は悪びれもせずそう言うが、空気は明らかに大丈夫じゃない。「あ、俺は全然いいですよ。モブ太朗くん、部屋でいっぱい喋ろ」「アッ、アッ、ウン、楽しみィ……」 嬉しそうに言う小瀧。 ……なあ、小瀧。そう思ってるの、多分お前だけだぞ。 ほら、後ろ見て。佐伯、今なら視線だけで人を殺せる感じだから。 一方で、少し離れたところではモブ美たちが小さくガッツポーズをしていた。 観察にはもってこいのチャンスだもんな。 でも、やめて。俺のメンタルが先に死ぬ。 佐伯の突き刺さるような視線を背中に感じながら、俺たちは部屋へと向かった。 ルームキーを差し込み、ドアを開くなり、小瀧は窓の方へ駆け寄る。「わー、景色めっちゃ綺麗。写真撮んなきゃ」 完全に浮かれている。ずっとニコニコしっぱなしだ。 しかし、俺はまず真っ先に確認すべき最重要事項に取りかかった。 ――寝床だ。 その形態によって、俺がこの夜を無事に生き延びられるかどうかが決まる。 どうやらそれは佐伯も同じだったらしく、ほぼ同時に部屋の中を覗き込んでいた。 用意されていたのは和室。敷布団スタイルだっ
last updateLast Updated : 2026-05-24
Read more

【番外編】モブ腐男子からみた佐伯×小瀧⑥

夕食会では当然のようにアルコールが投入され、「今回のフェア売り上げ全国一位を祝おう!」という、テンプレだけど断れない流れが発生した。 浴衣に着替えた一同が宴会場に集結する。 普段は原色ポップなアイス屋制服に包まれていたメンバーが、急に和装。 情報量の落差がすごい。 全体的にそわそわしていて、視線が定まらず、恥ずかしげな笑顔を浮かべ合っている。 ――はい、これが「慣れない格好をした美男美女の集団」です。 そんな中、会場の一番奥。 まるで初期配置から決まっていたかのように、白っぽい浴衣の小瀧と、黒っぽい浴衣の佐伯が並んで座っている。 ……はいはいはい。 もう分かりました。目の保養案件ですね。 ド冬にもかかわらず、こんな高カロリーなビジュアルを提供していただき、誠にありがとうございます。 一応ここには、高橋と橋本という「公式に付き合ってます♡」系のBLカプも存在している。 店長・副店長・SV公認、もはや職場公認CP。 ただ、俺はどうしても、ああいう小悪魔全開・可愛いに全振りした受けが得意じゃない。 ごめん橋本。お前らは端っこの方で勝手に乳繰り合っててくれ。俺の視界に入らないで。 宴会が始まり、懐石料理が次々と運ばれる。 ビール、日本酒も追加され、場のテンションは指数関数的に上昇。 ――この時点で、BがLする予感しかしない。 そして、その予感は裏切られなかった。 佐伯が、ほんのわずかに体を傾け、小瀧の耳元に顔を寄せる。 声は低く、周囲にはほとんど聞こえない音量。「今日は特別許すけど、飲みすぎるなよ」 ――は???? 今の聞いた??? 「許す」??? いきなり彼氏ムーヴかましてくるな。 ということは何だ? 普段は許してないってこと? つまり、小瀧は酒でやらかす前科持ち……? 俺はさりげなく小瀧を観察対象に設定した。 結果は――悲しいくらいに、的中する。 温泉の時間も考慮して宴会がお開きになった直後、小瀧の無双フェーズが開幕した。「あはは!えっ、本当に? 熱海って『熱海県』じゃないの? やっばぁ、俺ずっと静岡と熱海って別の場所だと思ってた〜〜!」 テンションは最高潮。一人で大爆笑。 その横で佐伯は、仏頂面のままスマホを操作している。 もうこのレベルの発言も
last updateLast Updated : 2026-05-25
Read more

【番外編】モブ腐男子からみた佐伯×小瀧⑦

「へー、そうなんだ。誰にもらったの?」「ひみつ」 そこは即答だった。 アルコールに浸されても、守るべき情報は守るタイプらしい。 だが、その指輪。 小瀧の右手薬指で、遠慮なく主張している。 小粒だが、はっきり分かるダイヤが一粒。 安物のファッションリングじゃない。どう見ても。「……どこのブランドなの?」「あー……なんだっけ。フランス語で……“ぎゃはちー”みたいなやつ。忘れちゃった」 フランス語。 ぎゃはちー。 ――え。 それ、Cartier。 カルティエじゃん。 脳内で警報が鳴るより早く、俺の指はスマホを操作していた。 ブランド公式ページへ直行。 似たデザインを即座に特定し、価格を確認した瞬間―― ……五十万。 五 十 万。 別の意味で意識が遠のいた。 佐伯、お前アルバイトだよな? このバイト一本だよな? 実家が太いとか、そういうパラメータ、今まで一切見せてなかったよな? 理解が追いつかないまま、俺は反射的に画面をスクショし、《指輪特定したったww》の文字と共にグループラインへ投下した。 その直後、佐伯が戻ってきた。「ああ、悪い。俺が居ない間に、ゲロったりしてなかった?」「あー……いや。大丈夫だったよ。さっきと同じ感じ」 佐伯は小瀧に「飲め」とほぼ命令口調でペットボトルの水を渡すと、俺にも飲み物を差し出してくる。 前より若干心の距離が縮まったんだろうか、とちょっと驚いていると、小瀧はナチュラルに佐伯の首筋に腕を絡めて「てかさ、さっき気付いたんだけど、あったかい海って温泉のことじゃない⁉︎」と言いながら、またヘラヘラ笑い出した。 「……モブ太郎、大浴場入ってくれば? 俺、こいつうるせーから先に寝かしとくわ」「え、でも佐伯、温泉入らなくていいの?」「俺、潔癖症だから。大浴場とか絶対無理。小瀧は自己責任。潰れたコイツが悪いだろ」 ……はい、完全理解。 俺はその先の言葉を、喉の奥で静かに飲み込んだ。 佐伯の視線の奥にある感情は、すでに解析済みだ。 ――早く、二人きりになりたい。 これ以上この場に居座るのは、空気を読まないモブの悪手でしかない。 俺は何も言わず、存在感を限界まで希薄化させ、そのまま部屋を後にした。 廊下に出た瞬間、肺の奥に溜め込んでいた息を一気に吐き出す。
last updateLast Updated : 2026-06-01
Read more
PREV
1
...
67891011
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status