高校生になると、父が再び海外赴任になり、俺はマンションでの一人暮らしを始めた。同時にアルバイトも始めた。 毎月、生活費としてほぼ七桁の金が振り込まれていたが――それでも早く自立したくて、駅近で時給が高く、売り上げ次第で自分にもマージンが入るアイス店を選んだ。 働き続けるうちに時給は勝手に上がり、バイトリーダーの話も避けられなくなった。面倒だったが、手当がつくなら受けてもいい。結局はそれだけの判断だった。 どこまでも合理的に、自分の得だけを拾い続けて生きていた。 胸が高鳴るような楽しみも、明日を迎えたくなる理由もない。 もちろん、“生きたいと思える根拠”なんてものも、最初から持っていなかった。 気づけば、学生生活の只中で、周囲は笑って泣いて恋をして、自由を謳歌しているのに、俺だけは常に、遠くの席から眺める側にいた。 金の問題も、人間関係の摩耗も、すべて事前の計算で排除できた。 評価や肩書き、整った未来だけが自動的に積み上がっていく。 俺はただ、一段高い場所から“人間の人生”という現象を観察しているだけだった。 俺が欲していたのは、成功でも幸福でもない。 「一刻も早く、この人生から離脱すること」だけだった。 ただ、生きる工程をどれだけ削れるかを計算し続ける毎日。 摩耗しないように、音を立てないように、感情を抑えて生きて、そして終わる。 それが――二十歳になった“佐伯澄人”という人間の、出来上がった最終形だった。 壊れる理由なんて、どこにもないはずだった。 隙も、余白も、期待もない。 完璧に組み上げた、無風で、無感動で、無傷のはずの人生設計。 ――それなのに。 予兆もなければ、警告もなかった。 気づいたときには、俺の内側で積み上げてきたすべてを、ぐしゃぐしゃに、原型ごと持ち去っていった人間がいた。 それが、小瀧南緒だった。 『あ……えっと、小瀧です。宜しくお願いします』 少し緊張しながらも、明るい声でそう言って頭を下げた。 その仕草だけで、明るさと素直さ、そして、疑うことも警戒することも知らずに生きてきた人間特有の無防備さが滲んでいた。 ――ああ、なるほど。こいつは、人生で大した苦労をしていない。 人から当然のように愛され、守られ、笑ってきた。 それが一目で分かる。 俺の人生とは正反対
最終更新日 : 2026-05-09 続きを読む