Semua Bab 夫の偽装結婚を暴いた日: Bab 1 - Bab 10

10 Bab

第1話

市役所の戸籍課に異動して二日目。私は白石芽依(しらいし めい)。まだ新しい職場にも慣れないまま、同僚から引き継いだ案件を担当することになった。それは、婚姻届受理証明書の再発行を希望する若い女性――天城結月(あまぎ ゆづき)の手続きだった。書類を確認している私に、同僚が面白がるように言う。「この子ね、婚姻届受理証明書の再発行で来るの、もう九十九回目なのよ。データも全部残ってるから、すぐ終わるけど」思わず聞き返した。「九十九回もですか?」「若いのに年上のお金持ちと結婚したらしくてさ。夫婦喧嘩するたびに証明書を破っちゃうんだって。まあ、あれだけのわがまま受け止められるのは年上の旦那くらいでしょ」さらに同僚は声を潜めて続けた。「しかも相手、うちの汐見市で一番の資産家――明智家の人らしいわよ」私は思わず眉をひそめた。「明智家の人間なら、なおさら軽率な真似はしないはずじゃないですか。その旦那さん、本当に本人なんですか?」すると同僚は顔色を変え、慌てて私の口を押さえた。「お願い、それ以上言わないで。本物よ。明智家の当主――明智陽介(あけち ようすけ)、その人本人なんだから」その瞬間、頭の中が真っ白になった。気が抜けた拍子にスマホが手から滑り落ち、机の上に転がる。画面に映っていたのは、陽介に寄り添う私とのツーショット写真だった。それを見た結月が、突然表情を変え、私のスマホをつかみ取る。「あなた、誰?どうして私の夫との写真なんか持ってるの?」何か言おうとした。けれど喉の奥が詰まったみたいで、声にならなかった。今、彼女ははっきり言った。――私の夫、と。でもその写真に写っている男は、五年間、私が夫だと信じてきた人だった。明智家は、この街でも指折りの名家だ。明智家は血縁関係も家の事情も複雑で、下手に表に出せば大きな騒ぎになる家だった。だから私たちは、結婚していることを周囲には隠していた。公表しないのは私を守るためだと、陽介は言った。仕事柄、週刊誌に追われるような生活は嫌だろう、と。私は信じた。――五年間も、ずっと。まさか最後に――笑いものになっていたのが私のほうだったなんて。結月は怒りで顔を真っ赤にしている。「こういう女、私いくらでも見てきたわ。お金のある男を見る
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第2話

結月はしばらく部屋の中を探し回ったあと、手ぶらのまま戻ってきた。「おかしいな……書類、ここに置いたはずなんだけど」彼女はスマホを手に取り、「ちょっと夫に聞いてみるね」と言った。電話がつながると、そのままスピーカーに切り替える。「ねえ、書類どこに置いた?再発行の手続きに来たのに見つからなくて」受話器の向こうから、陽介の甘やかすような声が聞こえてきた。「また破ったのか?お前なあ、もう母親なんだから、いつまでも子どもみたいなことするなよ」結月は少し不満そうに言った。「で、どこに置いたの?」「俺が持ってる。今日は新しい家の手続きの書類と一緒に持って出たままだった。あとで帰ったら届ける」「じゃあ早く帰ってきて。家で待ってるから」「わかった。依央のミルクは買ったか?」「買ったよ。この前あなたがいいって言ってたやつ」「そうか。いい子にして待ってろ。すぐ帰る」通話を切ると、結月は嬉しそうに笑った。「もうすぐ帰ってくるって。少し待っててくれる?」そう言ったかと思うと、すぐにぱっと表情を明るくする。「せっかくだし、うちの子見て。もうほんとに可愛いの」返事をする間もなく、私はそのまま手を引かれた。ぼんやりした頭のまま連れて行かれ、子ども部屋に入ったところで、ようやく意識が追いつく。ベビーベッドの中では、色白でふっくらした赤ん坊が、すやすやと眠っていた。結月はベッドのそばにしゃがみ込み、愛おしそうにその寝顔をのぞき込む。「可愛いでしょ?夫も、この子は私に似てるって言うの」私はその場に立ったまま、全身の血が引いていくのを感じていた。――もう、子どもまでいる。私は陽介と結婚して五年になる。半年前、一度だけ子どもを授かった。けれど妊娠七か月のとき、急な処置が必要になり、その子は助からなかった。あのあと彼は、今は仕事を優先したいから、子どもはしばらく見送ろうと言った。私を気遣ってくれているのだと思っていた。深く考えたこともなかった。子どもが欲しくなかったわけじゃない。ただ――私との子どもを望まなかっただけだ。「お子さんのお名前は、何ていうんですか?」思わず、私はそう尋ねていた。結月はさっきよりも甘い笑みを浮かべた。「明智依央(あけち いお)。夫がつけたの。
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第3話

私はしばらく子ども部屋に立ち尽くしたまま、少しずつ頭が冷えていくのを感じていた。「前の奥さんのお位牌って、置いてないんですか?」結月はほんの少し口元をゆがめた。「そういうの、気になる?」それから、少し困ったように笑う。「私も前に聞いたことあるの。でも夫、そういう形に残すことにはあまりこだわらない人で。亡くなった人は心の中にいればそれで十分だって、家にお位牌を置いたりする必要はないって言ってた」私は目を伏せた。心の中にいれば、それで十分。まるで深く想っているみたいに聞こえる言葉だ。――じゃあ、七か月で亡くした私の子は、いったいどこにいるんだろう。強く握りしめていた拳をほどくと、掌には爪の跡がくっきり残っていた。「もう一つ、お聞きしてもいいですか?」「うん?」「あの……お二人はあんなにお金があるのに、どうしてこんな普通のマンションに住んでいらっしゃるんですか?」結月はふっと笑った。「私がそうしたかったの。うちの夫、何でも持ってる人だから……なんていうか、普通の暮らしとはちょっと縁がない人で」そう言って、少し照れたように肩をすくめる。「だから、こういう普通のマンションを買ってもらって、普通の人みたいな生活をしてみたかったの」そう言って彼女は、壁に飾られた小さなインテリアを指さした。「ほら、これも全部、私が選んだの。最初は夫もこういう雰囲気に慣れなかったみたいだけど、今はすっかり気に入ってる。ここがいちばん落ち着くんだって言うの」「この部屋、ご主人があなたに買ってくださったんですか?」「そう。買ってくれて、私のものにしてくれたの」彼女は少し声をひそめた。「ここだけの話、私だってまったく考えてないわけじゃないの。もし本当にいつか捨てられても、行くあてまでなくなるのは嫌だし。この部屋だけは、ずっと私のものにしていいって言ってくれたから」それを聞きながら、胸の奥がすうっと冷えていくのを感じた。二年前、陽介が私から権利書を持っていった理由が、ようやくわかった。この部屋は人に貸して、その家賃は私が受け取ればいい。そうすれば、彼に頼らなくても困らないだろう、と彼は言っていた。けれど。貸しに出したはずのこの部屋に住んでいたのは、もう一人の妻だった。「……本当に、恵まれていら
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第4話

ぼんやりしていた、そのときだった。揺りかごの中の依央が、急に泣き出した。結月は慌てて抱き上げると、背中をやさしく叩きながらあやし始めた。私は思わず身を乗り出し、その子の顔をのぞき込んだ。――その瞬間。全身の血の気が引いた。依央の右耳の後ろに、小さな突起があった。信じられない思いで、私は目を見開いた。半年前、妊娠七か月だった私の子も、健診のエコーで右耳の後ろに小さな突起があると言われていた。副耳ですね、と医師は言った。健康には問題なく、生まれてから簡単な手術で取れますよ、と。――そんな偶然、あるはずがない。「この子……何か月ですか?」気づけば、そう尋ねていた。「生後六か月。ついこの前、六か月になったばかり」結月はあやしながら、困ったように言った。「ただ体が弱くて、しょっちゅう熱を出しちゃうの。先生にも、早産だったから体が弱いんだろうって言われて」私の指先が震え出す。「早産……?」「そう。私、痛いのが怖くて、自分では産みたくないって夫に言ったの。そしたらかわいそうに思ってくれて、体外受精の準備をしてくれて、それで別の女の人に産んでもらったの」そう言って、結月は小さくため息をついた。「でも、その人が体が弱かったみたいで、七か月で産まれちゃって。生まれてから二か月も保育器に入ってて、本当に危なかったんだから」「その……産んだ人は?」結月は何でもないことのように言った。「お金を受け取って帰ったわ。ああいう人は関わらないほうがいいって夫が言ってたの。あとで面倒になると困るからって」私は彼女の腕の中の赤ん坊を見つめたまま、目の奥が熱くなるのを感じていた。そのとき、胸の奥でひとつの考えがゆっくり形を取る。――まさか。この子は、七か月で失ったはずの、私の子なのではないか。もし本当にそうだとしたら――陽介。私は、あなたを絶対に許さない。震えを押し殺しながら、私はどうにか声だけは静かに保った。「その人には……会ったことないんですか?」結月は眉を寄せて、少し考え込んだ。「さあ。私は会ってないわ。全部、夫に任せてたから」私の顔色がおかしいことに気づいたのか、彼女は心配そうにのぞき込んできた。「どうしたの?顔色、すごく悪いけど」私は首を横に振っ
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第5話

陽介の顔から、さっと血の気が引いた。怯えた目で、私を見ている。結月は依央を抱いたまま、私と陽介を戸惑ったように見比べた。「陽介、この人誰?前妻ってどういうこと?だってあなた、そんな話……」我に返った陽介は結月を背中にかばいながら、私を怒鳴りつけた。「何を言い出すんだ。勝手なこと言うな」思わず、笑いがこぼれた。自分でも止められないほどだった。「勝手なこと?陽介。私を死んだことにして、子どもまで奪っておいて――よくそんなこと言えるわね」結月は声を荒げた。「何言ってるのよ!この子は私の子よ!陽介!早くこの女を追い出して!」腕の中の依央を、必死に抱き寄せている。私は結月をまっすぐ見た。「あなたの子?自分で産んだことある? あの痛み、知ってる?」結月の顔はみるみる青ざめ、唇が小刻みに震えている。「わ、私は……体外受精で授かったの!あなたに何がわかるのよ!痛いのが怖くて何が悪いの!」陽介が前に出て、私の前に立ちふさがった。そのまま肩を押して、玄関の方へ追いやる。「今すぐ出ていけ。これ以上騒ぐなら、容赦しない」私はよろめき、ドア枠に手をついて踏みとどまった。胸の奥がずきりと痛んだ。それでも陽介を見据えたまま言う。「陽介、あの子の右耳の後ろに、小さな突起があるでしょう?」陽介の動きが止まった。結月もはっとして、思わず依央の耳を見た。「どうして……それを知ってるの?」私は結月には答えず、陽介だけを見た。「あれは副耳よ。遺伝するの。私の耳の後ろにも、同じものがある」右耳の髪をかき上げて、その痕を見せる。「エコーでも確認されてた。生まれたら手術で取れるって医者も言ってた。陽介――まだ知らないふりをするつもり?」陽介のこめかみにうっすら汗がにじみ、視線がわずかに揺れた。「何の話だかさっぱりわからないな。俺のことでも調べてきたのか?金目当てでここまで来たんだろう」けれど彼はすぐに表情を整え、いつもの顔に戻った。「芽依。望みは何だ。いくら払えば消える?」怒りで全身が震えた。私は彼の腕の中の依央を指さした。「その子は私の息子よ!いくら積まれても渡さない!陽介……よくも私の子を奪ったわね」私は依央を取り返そうと駆け寄った。けれど陽介に突き飛ばされ、背中
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第6話

「何ですって?」結月が真っ先に声を荒らげた。「ここは私の家よ!なんで私が出ていかなきゃいけないの!この恥知らず!人の夫を奪っておいて、今度は家まで取り上げる気?」彼女は私に掴みかかろうとした。陽介がとっさに彼女を引き止めた。声を抑えながら、彼は言った。「芽依、いい加減にしろ。たしかに名義はお前かもしれない。でも、そのあとのローンは全部俺が払ってる。裁判になったところで、お前が有利になるとは思えないぞ」私は冷たく笑った。「ちょうどいいわ。だったら法廷で決着をつけましょう。裁判官の前で、あなたが婚姻中に不倫して、そのうえ婚姻中でありながら別の女性と結婚していたこと、それから――私の子どもを奪ったことも、全部話してあげる。明智グループの株が、何日ストップ安になるか……想像してみる?」その言葉に、陽介と結月の表情が同時にこわばった。結月ははっとしたように陽介を見上げた。「ねえ……私たち、ちゃんと籍入ってるよね?」陽介は一瞬だけ視線をそらし、それでも言い切った。「もちろん入れてる」そう言って、なだめるように彼女の肩を軽く叩く。「こいつの言うことなんか信じるな。ただ金が欲しいだけなんだ。だからこんなこと言ってるだけだ」それでも結月は、まだ納得しきれない様子で彼を見つめていた。私は結月をまっすぐ見据え、ゆっくり口を開いた。「ねえ、婚姻届受理証明書を九十九回再発行したって言ってたわよね」彼女は戸惑ったようにうなずく。「ええ……」「毎回、戸籍課の窓口で手続きしたの?」「忙しいときは、人に頼んで取ってきてもらったけど」「人に頼んで?」私は小さく笑った。「婚姻届受理証明書って、本人確認が必要なのよ。委任状だけじゃ足りない場合もあるって、知らなかった?」結月の顔から、さっと血の気が引いた。「……どういう意味?」私はスマホを取り出し、同僚の佐々木瑠美(ささき るみ)に電話をかけてスピーカーモードに切り替えた。「瑠美?芽依だけど」「芽依?今日って休み取ってなかった?」「うん、ちょっと私用でね。ひとつ確認してほしいことがあるんだけど」「いいよ、なに?」「明智陽介さんの配偶者って、天城結月になってる?」電話の向こうが、一瞬しんと静まり返った。
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第7話

「通報すればいいわ」私は依央を抱いたまま、静かに言った。陽介が私を見た。「芽依……本気でここまでするつもりか?全部壊してまで、お前に何の意味がある」私は小さく笑った。「意味ですって?この子を私のところに取り戻せる。それだけで十分よ。陽介。あなたは私の人生を踏みにじったの。そのうえで、まだ私と交渉できると思ってるの?身の程を知りなさい」私はスマホを取り出し、110番にかけた。「もしもし、助けてください。監禁されています。子どもを取られています。住所は――」住所を告げた瞬間だった。陽介の顔色が一変し、スマホを奪おうと飛びかかってくる。私は身をひるがえして、それをかわした。「芽依!お前っ……!」私は静かに言った。「陽介。もう終わりよ」結月は床に座り込んだまま、肩を震わせて泣いていた。「嘘つき……みんな嘘つき……じゃあ……私の子は? 体外受精で授かった私の子は、どこなのよ……」私は彼女を見た。「いい加減、目を覚ましなさい。あなたが信じてた体外受精の話は、最初から全部嘘よ。陽介はただ、私のお腹にいた子を、あなたの子だと思わせる理由が欲しかっただけ。その子を育てる女が必要だった。そして選ばれたのが、あなた」結月の泣き声が止まった。私を見て、それから陽介を見る。「……違う……そんなはずない……だって陽介……亡くなった奥さんに似てるからだって……」その亡くなった奥さんというのが――死んだことにされた私だ。私は静かに言った。「ええ、陽介の言う通りよ。あなた、少しだけ私に似てるわ。とくに……愚かなところがね」警察官が来るのは早かった。陽介は自分の立場や弁護士の名前を持ち出して、その場を収めようとした。私が差し出した関係書類と、依央の耳の後ろにある決定的な遺伝の特徴を前にしては、彼の弁解は何一つ通らなかった。結月は、自分が明智夫人ではなかったことも、これまでずっと騙されていたことも――どうしても受け入れられないようだった。結月は私を指さし、警察官に向かって叫んだ。「この女よ!この女が陽介をたぶらかしたの!この女が私の子どもを奪おうとしてるの!早く連れていって!」警察官は落ち着いた声で言った。「落ち着いてください。子どもについてはDNA
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第8話

その後のことは、おおむね私の予想どおりに進んだ。DNA鑑定の結果は、すぐに出た。依央は間違いなく私の子であり、陽介との親子関係も認められた。一方で、結月とは血縁関係が一切ないことも明らかになった。これで、すべてがはっきりした。陽介はその後、正式に逮捕・起訴され、重婚に準ずる行為や監禁などの容疑で立件された。明智家はあらゆる手を尽くして彼を外に出そうとしたが、それも叶わなかった。私は戸籍課で働いている。法の知識がある以上、どう動けばいいかは最初から分かっていた。明智家の株価は坂を転げ落ちるように下がり、わずか数日のうちに時価総額は数千億円規模で吹き飛んだ。それまでの取引先は次々と手を引き、競合各社はここぞとばかりに動き出した。私は一度だけ、拘置所で陽介と面会した。面会室のガラス越しに現れた彼は、以前とはまるで別人のようにやつれていた。頬はこけ、目の奥には疲れが色濃く滲んでいる。「芽依……俺が悪かった」それが、彼の最初の言葉だった。私は静かに言った。「何が悪かったのか、本当に分かってるの?」「お前を騙したことも……依央を連れて行ったことも……全部だ。もっと早く本当のことを話していれば……こんなことにはならなかったかもしれない」私は小さく笑った。「本当のことって?もうとっくに私に飽きて、外で若くて綺麗な女を作っていたこと?それとも、跡取りが欲しいからって、私を子どもを産むための道具みたいに扱っていたこと?陽介。あなたは最初から間違えてなんかいない。ただ、自分にとって都合のいい選択をし続けてきただけよ」そして、静かに言った。「あなたの誤算は――私を甘く見たこと。死んだことにすれば、私は戻ってこないと思った?」彼は苦しそうに目を閉じた。「お前を死なせるつもりなんてなかった……あの手術には危険があるって、医者も言ってたんだ……俺はただ……子どもが欲しかった。それにお前は、あのあともう妊娠は難しいって……結月も……子どもを望んでた……」――だから彼は、私を死んだことにした。難産で亡くなったことにして、私の子どもを自分のものにし、別の女に与えたのだ。私は静かに言った。「だからあなたは、勝手に私の人生を終わらせたの?そのうえで何事もなかったみたいな顔
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第9話

私は陽介名義の財産を、すべて整理した。彼が持っていた不動産も、株も、投資信託も――戸籍上の妻である私には、それを分ける権利があった。そして、あの家を一から整え直した。私のものではない物は、何ひとつ残さず処分した。壁には、私と依央の写真を飾った。写真の中で、私は依央を抱きしめながら、心から笑っていた。依央も少しずつ大きくなり、私の顔を見るたび、嬉しそうに声をあげて笑うようになった。耳の後ろにあった小さな副耳も、手術できれいになくなった。この子は元気で、愛おしい――かけがえのない私の息子だ。職場の人たちも、私の身に起きたことをみんな知っている。瑠美は目を輝かせて言った。「芽依、ほんとすごいよ」私はただ、静かに笑った。私は、自分の人生を取り戻したかっただけの、どこにでもいる母親だ。戸籍課の仕事も辞めなかった。この仕事が好きだった。毎日窓口に立っていると、結婚する人もいれば、離婚する人もいる。たくさんの幸せと不幸を見てきたからこそ、女は最後には自分の足で立つしかないのだと、強く思うようになった。それから一年が過ぎた。陽介には数罪併合で、懲役十五年の判決が下った。判決の日、私は法廷には行かなかった。明智家はその後、破産し、清算された。彼の両親も一気に老け込み、豪邸を引き払ったあと、その行方は分からないと聞いている。私は依央と、穏やかな日々を過ごしていた。陽介から支払われた賠償金で、支援基金を立ち上げた。結婚の中で傷ついた母親や、不当に親権を奪われた母親たちを支えるための基金だ。私は自分の経験を彼女たちに伝えている。この経験が、同じように苦しんでいる誰かの支えになれば――そう願っている。その日、私は依央を連れて公園を歩いていた。もうひとりで歩けるようになった依央は、よちよちと鳩を追いかけて走り回っている。「ママ!ぽっぽ!」その声に、思わず笑みがこぼれた。そのとき、スマホが鳴った。表示されたのは知らない番号だった。私は通話に出た。「はい、もしもし」受話器の向こうから、年配の女性の声が聞こえてきた。「……芽依さん、でしょうか」私は少しだけ間を置いた。「はい、そうですが。どちら様でしょうか」「……陽介の母です」私は言葉を失った
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第10話

私は手紙を手に取った。陽介の字だった。そこには、大学に入ったばかりのころ、私をひと目見て好きになり、それから四年間、ずっと遠くから見ていたと書かれていた。卒業後、偶然を装って私に近づき、ようやく私を振り向かせたのだという。あのころの彼が、たしかに私を愛していたのは本当だったのだと思う。ただ、仕事が軌道に乗るにつれて、彼の周りの環境も変わり、少しずつ心も離れていったのだと思う。やがて彼は、平凡な私では物足りなくなっていったのだと思う。自分の仕事の役には立たない女だと、そう思うようになったのだろう。結月の存在は、そんな彼の虚栄心を満たすには十分だった。若くて、綺麗で、素直で――そのうえ、どこか私に似た面影まであった。そうして彼は、少しずつ後戻りできないところまで進んでいった。そして、私が妊娠した。迷いがまったくなかったわけではなく、一度は私のところへ戻ろうとしたこともあったらしい。けれど私があの手術を受けたあと、もう妊娠は難しいかもしれないと医師に告げられ、跡取りを残したいという思いが、それ以上のことを考えられなくさせたのだという。だから彼は、あの嘘を作り上げたのだ。手紙の最後には、こう綴られていた。「芽依。もし人生をやり直せるなら、今度こそ俺はお前の手を離さない。今になってやっとわかったんだ。俺は、一度だってお前のことを忘れたことはなかった。お前にも、依央にも、取り返しのつかないことをした。どうかこの先は、穏やかに生きてくれ。もう二度と……俺みたいな人間とは関わらないでいてくれ」私は静かに手紙を置いた。陽介の母はまだ泣いていた。「芽依さん……私たち、もう本当に何も残っていないの……本家の屋敷まで手放したのよ……お願い……あの子に会わせてもらえないかしら。ほんの一目でいいの。もうあなたたちの暮らしを邪魔したりしないから」年老いたその顔と、すがるような眼差しを見ているうちに、胸の奥が少しだけ揺れた。この人たちは、依央の祖父母だ。血のつながりまで消せるわけではない。そして、この子まで憎しみの中で育てたくはなかった。私はしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。「……わかりました」彼女は涙を流しながら、何度も頭を下げた。私は二人を依央のもとへ連れ
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