Share

第7話

Author: 天河しずく
「通報すればいいわ」

私は依央を抱いたまま、静かに言った。

陽介が私を見た。

「芽依……本気でここまでするつもりか?全部壊してまで、お前に何の意味がある」

私は小さく笑った。

「意味ですって?この子を私のところに取り戻せる。それだけで十分よ。

陽介。あなたは私の人生を踏みにじったの。そのうえで、まだ私と交渉できると思ってるの?

身の程を知りなさい」

私はスマホを取り出し、110番にかけた。

「もしもし、助けてください。監禁されています。子どもを取られています。住所は――」

住所を告げた瞬間だった。

陽介の顔色が一変し、スマホを奪おうと飛びかかってくる。

私は身をひるがえして、それをかわした。

「芽依!お前っ……!」

私は静かに言った。

「陽介。もう終わりよ」

結月は床に座り込んだまま、肩を震わせて泣いていた。

「嘘つき……みんな嘘つき……

じゃあ……私の子は? 体外受精で授かった私の子は、どこなのよ……」

私は彼女を見た。

「いい加減、目を覚ましなさい。

あなたが信じてた体外受精の話は、最初から全部嘘よ。

陽介はただ、私のお腹にいた子を、あな
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 夫の偽装結婚を暴いた日   第10話

    私は手紙を手に取った。陽介の字だった。そこには、大学に入ったばかりのころ、私をひと目見て好きになり、それから四年間、ずっと遠くから見ていたと書かれていた。卒業後、偶然を装って私に近づき、ようやく私を振り向かせたのだという。あのころの彼が、たしかに私を愛していたのは本当だったのだと思う。ただ、仕事が軌道に乗るにつれて、彼の周りの環境も変わり、少しずつ心も離れていったのだと思う。やがて彼は、平凡な私では物足りなくなっていったのだと思う。自分の仕事の役には立たない女だと、そう思うようになったのだろう。結月の存在は、そんな彼の虚栄心を満たすには十分だった。若くて、綺麗で、素直で――そのうえ、どこか私に似た面影まであった。そうして彼は、少しずつ後戻りできないところまで進んでいった。そして、私が妊娠した。迷いがまったくなかったわけではなく、一度は私のところへ戻ろうとしたこともあったらしい。けれど私があの手術を受けたあと、もう妊娠は難しいかもしれないと医師に告げられ、跡取りを残したいという思いが、それ以上のことを考えられなくさせたのだという。だから彼は、あの嘘を作り上げたのだ。手紙の最後には、こう綴られていた。「芽依。もし人生をやり直せるなら、今度こそ俺はお前の手を離さない。今になってやっとわかったんだ。俺は、一度だってお前のことを忘れたことはなかった。お前にも、依央にも、取り返しのつかないことをした。どうかこの先は、穏やかに生きてくれ。もう二度と……俺みたいな人間とは関わらないでいてくれ」私は静かに手紙を置いた。陽介の母はまだ泣いていた。「芽依さん……私たち、もう本当に何も残っていないの……本家の屋敷まで手放したのよ……お願い……あの子に会わせてもらえないかしら。ほんの一目でいいの。もうあなたたちの暮らしを邪魔したりしないから」年老いたその顔と、すがるような眼差しを見ているうちに、胸の奥が少しだけ揺れた。この人たちは、依央の祖父母だ。血のつながりまで消せるわけではない。そして、この子まで憎しみの中で育てたくはなかった。私はしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。「……わかりました」彼女は涙を流しながら、何度も頭を下げた。私は二人を依央のもとへ連れ

  • 夫の偽装結婚を暴いた日   第9話

    私は陽介名義の財産を、すべて整理した。彼が持っていた不動産も、株も、投資信託も――戸籍上の妻である私には、それを分ける権利があった。そして、あの家を一から整え直した。私のものではない物は、何ひとつ残さず処分した。壁には、私と依央の写真を飾った。写真の中で、私は依央を抱きしめながら、心から笑っていた。依央も少しずつ大きくなり、私の顔を見るたび、嬉しそうに声をあげて笑うようになった。耳の後ろにあった小さな副耳も、手術できれいになくなった。この子は元気で、愛おしい――かけがえのない私の息子だ。職場の人たちも、私の身に起きたことをみんな知っている。瑠美は目を輝かせて言った。「芽依、ほんとすごいよ」私はただ、静かに笑った。私は、自分の人生を取り戻したかっただけの、どこにでもいる母親だ。戸籍課の仕事も辞めなかった。この仕事が好きだった。毎日窓口に立っていると、結婚する人もいれば、離婚する人もいる。たくさんの幸せと不幸を見てきたからこそ、女は最後には自分の足で立つしかないのだと、強く思うようになった。それから一年が過ぎた。陽介には数罪併合で、懲役十五年の判決が下った。判決の日、私は法廷には行かなかった。明智家はその後、破産し、清算された。彼の両親も一気に老け込み、豪邸を引き払ったあと、その行方は分からないと聞いている。私は依央と、穏やかな日々を過ごしていた。陽介から支払われた賠償金で、支援基金を立ち上げた。結婚の中で傷ついた母親や、不当に親権を奪われた母親たちを支えるための基金だ。私は自分の経験を彼女たちに伝えている。この経験が、同じように苦しんでいる誰かの支えになれば――そう願っている。その日、私は依央を連れて公園を歩いていた。もうひとりで歩けるようになった依央は、よちよちと鳩を追いかけて走り回っている。「ママ!ぽっぽ!」その声に、思わず笑みがこぼれた。そのとき、スマホが鳴った。表示されたのは知らない番号だった。私は通話に出た。「はい、もしもし」受話器の向こうから、年配の女性の声が聞こえてきた。「……芽依さん、でしょうか」私は少しだけ間を置いた。「はい、そうですが。どちら様でしょうか」「……陽介の母です」私は言葉を失った

  • 夫の偽装結婚を暴いた日   第8話

    その後のことは、おおむね私の予想どおりに進んだ。DNA鑑定の結果は、すぐに出た。依央は間違いなく私の子であり、陽介との親子関係も認められた。一方で、結月とは血縁関係が一切ないことも明らかになった。これで、すべてがはっきりした。陽介はその後、正式に逮捕・起訴され、重婚に準ずる行為や監禁などの容疑で立件された。明智家はあらゆる手を尽くして彼を外に出そうとしたが、それも叶わなかった。私は戸籍課で働いている。法の知識がある以上、どう動けばいいかは最初から分かっていた。明智家の株価は坂を転げ落ちるように下がり、わずか数日のうちに時価総額は数千億円規模で吹き飛んだ。それまでの取引先は次々と手を引き、競合各社はここぞとばかりに動き出した。私は一度だけ、拘置所で陽介と面会した。面会室のガラス越しに現れた彼は、以前とはまるで別人のようにやつれていた。頬はこけ、目の奥には疲れが色濃く滲んでいる。「芽依……俺が悪かった」それが、彼の最初の言葉だった。私は静かに言った。「何が悪かったのか、本当に分かってるの?」「お前を騙したことも……依央を連れて行ったことも……全部だ。もっと早く本当のことを話していれば……こんなことにはならなかったかもしれない」私は小さく笑った。「本当のことって?もうとっくに私に飽きて、外で若くて綺麗な女を作っていたこと?それとも、跡取りが欲しいからって、私を子どもを産むための道具みたいに扱っていたこと?陽介。あなたは最初から間違えてなんかいない。ただ、自分にとって都合のいい選択をし続けてきただけよ」そして、静かに言った。「あなたの誤算は――私を甘く見たこと。死んだことにすれば、私は戻ってこないと思った?」彼は苦しそうに目を閉じた。「お前を死なせるつもりなんてなかった……あの手術には危険があるって、医者も言ってたんだ……俺はただ……子どもが欲しかった。それにお前は、あのあともう妊娠は難しいって……結月も……子どもを望んでた……」――だから彼は、私を死んだことにした。難産で亡くなったことにして、私の子どもを自分のものにし、別の女に与えたのだ。私は静かに言った。「だからあなたは、勝手に私の人生を終わらせたの?そのうえで何事もなかったみたいな顔

  • 夫の偽装結婚を暴いた日   第7話

    「通報すればいいわ」私は依央を抱いたまま、静かに言った。陽介が私を見た。「芽依……本気でここまでするつもりか?全部壊してまで、お前に何の意味がある」私は小さく笑った。「意味ですって?この子を私のところに取り戻せる。それだけで十分よ。陽介。あなたは私の人生を踏みにじったの。そのうえで、まだ私と交渉できると思ってるの?身の程を知りなさい」私はスマホを取り出し、110番にかけた。「もしもし、助けてください。監禁されています。子どもを取られています。住所は――」住所を告げた瞬間だった。陽介の顔色が一変し、スマホを奪おうと飛びかかってくる。私は身をひるがえして、それをかわした。「芽依!お前っ……!」私は静かに言った。「陽介。もう終わりよ」結月は床に座り込んだまま、肩を震わせて泣いていた。「嘘つき……みんな嘘つき……じゃあ……私の子は? 体外受精で授かった私の子は、どこなのよ……」私は彼女を見た。「いい加減、目を覚ましなさい。あなたが信じてた体外受精の話は、最初から全部嘘よ。陽介はただ、私のお腹にいた子を、あなたの子だと思わせる理由が欲しかっただけ。その子を育てる女が必要だった。そして選ばれたのが、あなた」結月の泣き声が止まった。私を見て、それから陽介を見る。「……違う……そんなはずない……だって陽介……亡くなった奥さんに似てるからだって……」その亡くなった奥さんというのが――死んだことにされた私だ。私は静かに言った。「ええ、陽介の言う通りよ。あなた、少しだけ私に似てるわ。とくに……愚かなところがね」警察官が来るのは早かった。陽介は自分の立場や弁護士の名前を持ち出して、その場を収めようとした。私が差し出した関係書類と、依央の耳の後ろにある決定的な遺伝の特徴を前にしては、彼の弁解は何一つ通らなかった。結月は、自分が明智夫人ではなかったことも、これまでずっと騙されていたことも――どうしても受け入れられないようだった。結月は私を指さし、警察官に向かって叫んだ。「この女よ!この女が陽介をたぶらかしたの!この女が私の子どもを奪おうとしてるの!早く連れていって!」警察官は落ち着いた声で言った。「落ち着いてください。子どもについてはDNA

  • 夫の偽装結婚を暴いた日   第6話

    「何ですって?」結月が真っ先に声を荒らげた。「ここは私の家よ!なんで私が出ていかなきゃいけないの!この恥知らず!人の夫を奪っておいて、今度は家まで取り上げる気?」彼女は私に掴みかかろうとした。陽介がとっさに彼女を引き止めた。声を抑えながら、彼は言った。「芽依、いい加減にしろ。たしかに名義はお前かもしれない。でも、そのあとのローンは全部俺が払ってる。裁判になったところで、お前が有利になるとは思えないぞ」私は冷たく笑った。「ちょうどいいわ。だったら法廷で決着をつけましょう。裁判官の前で、あなたが婚姻中に不倫して、そのうえ婚姻中でありながら別の女性と結婚していたこと、それから――私の子どもを奪ったことも、全部話してあげる。明智グループの株が、何日ストップ安になるか……想像してみる?」その言葉に、陽介と結月の表情が同時にこわばった。結月ははっとしたように陽介を見上げた。「ねえ……私たち、ちゃんと籍入ってるよね?」陽介は一瞬だけ視線をそらし、それでも言い切った。「もちろん入れてる」そう言って、なだめるように彼女の肩を軽く叩く。「こいつの言うことなんか信じるな。ただ金が欲しいだけなんだ。だからこんなこと言ってるだけだ」それでも結月は、まだ納得しきれない様子で彼を見つめていた。私は結月をまっすぐ見据え、ゆっくり口を開いた。「ねえ、婚姻届受理証明書を九十九回再発行したって言ってたわよね」彼女は戸惑ったようにうなずく。「ええ……」「毎回、戸籍課の窓口で手続きしたの?」「忙しいときは、人に頼んで取ってきてもらったけど」「人に頼んで?」私は小さく笑った。「婚姻届受理証明書って、本人確認が必要なのよ。委任状だけじゃ足りない場合もあるって、知らなかった?」結月の顔から、さっと血の気が引いた。「……どういう意味?」私はスマホを取り出し、同僚の佐々木瑠美(ささき るみ)に電話をかけてスピーカーモードに切り替えた。「瑠美?芽依だけど」「芽依?今日って休み取ってなかった?」「うん、ちょっと私用でね。ひとつ確認してほしいことがあるんだけど」「いいよ、なに?」「明智陽介さんの配偶者って、天城結月になってる?」電話の向こうが、一瞬しんと静まり返った。

  • 夫の偽装結婚を暴いた日   第5話

    陽介の顔から、さっと血の気が引いた。怯えた目で、私を見ている。結月は依央を抱いたまま、私と陽介を戸惑ったように見比べた。「陽介、この人誰?前妻ってどういうこと?だってあなた、そんな話……」我に返った陽介は結月を背中にかばいながら、私を怒鳴りつけた。「何を言い出すんだ。勝手なこと言うな」思わず、笑いがこぼれた。自分でも止められないほどだった。「勝手なこと?陽介。私を死んだことにして、子どもまで奪っておいて――よくそんなこと言えるわね」結月は声を荒げた。「何言ってるのよ!この子は私の子よ!陽介!早くこの女を追い出して!」腕の中の依央を、必死に抱き寄せている。私は結月をまっすぐ見た。「あなたの子?自分で産んだことある? あの痛み、知ってる?」結月の顔はみるみる青ざめ、唇が小刻みに震えている。「わ、私は……体外受精で授かったの!あなたに何がわかるのよ!痛いのが怖くて何が悪いの!」陽介が前に出て、私の前に立ちふさがった。そのまま肩を押して、玄関の方へ追いやる。「今すぐ出ていけ。これ以上騒ぐなら、容赦しない」私はよろめき、ドア枠に手をついて踏みとどまった。胸の奥がずきりと痛んだ。それでも陽介を見据えたまま言う。「陽介、あの子の右耳の後ろに、小さな突起があるでしょう?」陽介の動きが止まった。結月もはっとして、思わず依央の耳を見た。「どうして……それを知ってるの?」私は結月には答えず、陽介だけを見た。「あれは副耳よ。遺伝するの。私の耳の後ろにも、同じものがある」右耳の髪をかき上げて、その痕を見せる。「エコーでも確認されてた。生まれたら手術で取れるって医者も言ってた。陽介――まだ知らないふりをするつもり?」陽介のこめかみにうっすら汗がにじみ、視線がわずかに揺れた。「何の話だかさっぱりわからないな。俺のことでも調べてきたのか?金目当てでここまで来たんだろう」けれど彼はすぐに表情を整え、いつもの顔に戻った。「芽依。望みは何だ。いくら払えば消える?」怒りで全身が震えた。私は彼の腕の中の依央を指さした。「その子は私の息子よ!いくら積まれても渡さない!陽介……よくも私の子を奪ったわね」私は依央を取り返そうと駆け寄った。けれど陽介に突き飛ばされ、背中

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status