All Chapters of 中絶サインで愛は冷めた。結婚式は夫への復讐劇!: Chapter 1 - Chapter 10

21 Chapters

第1話

北条由理恵(ほうじょう ゆりえ)が病院で中絶手術の同意書にサインをしてくれる人を探していた時、中村潤(なかむら じゅん)は生理痛に苦しむ彼女の遠藤渚(えんどう なぎさ)をなだめている最中だった。いつも高慢な中村グループの御曹司が、片手に温かい飲み物、もう片手にはブランドバッグを提げ、プライドも何もかも捨て渚に尽くしている。由理恵は何人かに連絡したが誰も空いておらず、だからといって両親に頼むこともできないため、仕方なく潤に声をかけた。「悪いけど、ちょっとだけ手を止めて、先にサインしてくれない?」潤は苛立ちを隠そうともせず、眉をひそめた。「俺がいま忙しいの、見てわからないか?」「ほんの一瞬で終わるから」と由理恵は食い下がる。「どうあっても、私はあなたの婚約者なんだから、サインくらいしてくれてもいいでしょ?それに、こんなことが外に知れたら、あなたのご両親だっていい顔はしないはずじゃない?」潤は手を止め、振り返って由理恵を睨んだ。「どういう意味だ?俺を脅してるのか?」由理恵は媚びるように微笑んで紙とペンを差し出し、サインが必要な場所を手のひらで示す。「ここにお願い」「結局思い通りにさせようってか」と鼻で笑いながら、潤は荒くサインをした。ペンを放り投げると、頬を膨らませてみせる渚に向き直り、愛おしそうに頬を撫でる。「ほら、拗ねるなよ。やきもち焼くことないだろ。由理恵なんて形だけの存在だ。結婚しようがしまいが、お前を大事にするのは変わらないんだから」温かい飲み物を渚に飲ませ、ブランド物のバッグを手渡しながら囁く。「まずは先生に見てもらおう。体調はどうだ?痛いとこはないか?生理痛といっても、痛みが続くようであれば、心配だからな。診察が終わったら買い物に行こう。何でも欲しいものを買ってやるから、な?」「その言葉、忘れないでよ?時間がないなんて言ったら、許さないんだから」渚が涙を拭いて笑う。潤も優しい笑みを浮かべながら「約束は守るよ」と言った。人目もはばからないその甘ったるい距離感に、見ているだけで胸焼けしそうになる。目も鼻も、どこかにひびが入ったみたいにツンと痛み、何かが込み上げてくる。由理恵は唇をきつく噛みしめ、涙がこぼれないよう必死にこらえた。中絶手術の同意書をぎゅっと握り締め、産婦人科の手術室へと戻ろうと背を向ける。
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第2話

まだ若く体力もあったおかげか、術後も思っていたほどの不調はなかった。しかし、さすがにそのまま家へ帰るのはなんとなく気が引けたので、ホテルで1週間ほど、のんびり過ごした。その後の診察では、順調な回復が確認され、将来への影響もないと言われた。ようやく一安心できたので、せっかくだから、美味しいものでも食べに行こうと決めた。手術からまだそんなに経っていないから、刺激のあるものや味の濃いものは避けないといけないので、自然派食品のお店を選んだ。席に座って注文しようとスマホを出した時、耳元で鈴を転がすような可愛らしい女性の声が響いた。「北条さん、今は混雑してて、空いている席がないの。もし差し支えなければ、ご一緒させてもらっても?」由理恵はメニューを見る手を止め、視線を上げる。そこには淡いピンク色の服を着た、可愛らしい渚と、その背後で彼女を愛おしそうに見つめる潤の姿があった。目が合い、潤が口角を上げた。「由理恵、奥へ詰めてくれ」当たり前のように言われ、由理恵はふっと笑ってしまった。「私は一人でゆっくり食事をする権利もないの?」「一人がいいのか?」潤は呆れたように由理恵を見下ろし、低い声で言った。「じゃあ、別の席を探すか、店を変えるんだな。そういえば鍋を食べに行きたいって言ってたよな?俺が奢ってやるから、鍋でも食いにいってこい」断る余地も与えず、潤は冷たくそう言ってきた。由理恵のスマホを握る手に、ぐっと力が込められる。由理恵はどこまでも自分本位な潤をまっすぐに見据えた。前に潤へラインで送った、市内で評判の人気鍋料理屋のことを、この男はちゃんと見ていたのだ。ただ、返信しなかっただけのこと。返信したら、しつこく「一緒に行こう」って誘われるとでも思ったのだろうか?だったらどうして、この男は自分のことをこんなふうに扱っているくせに、席をさも当然の如く譲ってもらえると思っているのだろう?あまりの理不尽さだったので、由理恵は座ったまま動かず、「今日は気分がすぐれないから、優しい味が食べたいの」と言った。断られるとは思っていなかったのか、潤は眉を寄せ、露骨に不機嫌になった。渚がすぐに彼の腕に抱きつき、甘え声を上げる。「潤、怒らないで。北条さんはあなたの婚約者でしょ?」潤をなだめたあと、彼女はくるっと由理恵のほうを見て、少し困ったように
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第3話

結婚の贈り物にしては、かなり違和感を覚える。まるで「合わない相手とはすぐに別れたっていい」と言われているような……充は一体何を考えて、これを自分に?しかし、本人に電話をして直接尋ねる勇気はなかった。複雑な気分のまま部屋に戻り、靴箱ごとクローゼットの奥深くにしまい込む。クローゼットを閉めようとしたとき、棚の真ん中に置かれた大きな抱き枕が目に入った。それは、潤が以前付き合っていた女性のために買ったものの「おまけ」だったが、大人になった彼からもらった初めての贈り物だった。由理恵はそれを宝物のように大切にし、汚れるのも嫌で使うこともせず、ただ棚に置いては眺めていた。抱きしめてキスをしたことだってある。しかし、このおまけの抱き枕こそが、知らぬ間に由理恵の価値を下げ、愛される資格のない、軽んじられて当然の女に仕立て上げていたのだ。自嘲気味に笑った由理恵は、その抱き枕を床に投げ捨てた。さらに、潤に関連するものをすべて探し出す。マフラーや帽子といった小さなものから、宝石やブランドバッグなどの高価なものまで、手当たり次第に集めた。二つの大きな箱から溢れるほどになった。これは長い年月をかけ、由理恵が潤を愛した日々であり、嵐のような青春そのものだった。箱にガムテープで封をすると、隣の収納部屋へ片付けた。すべてが終わる日に返却する決意をして、由理恵は2日間、穏やかに休息をとった。朝、目覚まし時計の音で目を覚ます。【今日はウェディングドレスの試着。結婚式まであと20日】という通知を見て、眉をひそめた。何か理由をつけて断ろうか、あるいは延期してもらおうかと悩んでいると、突然ドアが開いた。完璧なスーツ姿の潤が、笑みを浮かべ、落ち着いた様子で入ってきた。「なんだ?そんな目で俺を見て」潤の声は穏やかで、数日前のことなどなかったかのようだった。由理恵は布団を引き上げ、寝起きの顔を隠す。「まだ顔も洗ってないのに」「別に今までだって何度も見てるだろ?」潤は大股でベッドに近づくと、声を潜めた。「それに、服を着ていない姿だって、知っているしな」ついに、本性を現す気になったのか?由理恵は不意を突かれ、固まった。「それって、いつの話?」潤の深い瞳には、からかいの笑みが浮かんでいる。「もちろん子供の頃の話さ。昔はずっとうちに入り浸っていたし、おねしょを
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第4話

その言葉は突然だった。二人の世界に入っていた潤と渚も、そして気配を消していたスタッフも、一斉に由理恵へ視線を向けた。由理恵は周囲の驚きや憐れみの視線を無視し、少し暗い顔で潤を見つめる。「ねえ、あなたはいつも、遠藤さんは他の女性とは違うって言っていたよね?でも、具体的に何がそんなに違うのか、私を捨ててまで、なんで遠藤さんを選ぶのかは教えてくれなかった」由理恵が事実を指摘すれば、潤が不快に思い、怒るだろうと思っていた。しかし、返ってきたのは渚の涙だった。「ごめんなさい、北条さん。全部私のせいだよね。私がここに来たのも、勝手にウェディングドレスを着たのも、本当にごめんなさい。今すぐ脱いで返すから、許して」渚はそう言いながら、手探りでウェディングドレスのファスナーに手をかけた。しかし、渚は小柄だ。裾の長いウェディングドレスは少し無理があったようで、ファスナーを無理やり引っ張った勢いでバランスを崩し、転んでしまった。ビリッと布が裂ける音がする。渚はその音を聞くと、さらに激しく泣き出した。「ごめんなさい。壊すつもりなんてなかった。でも、私があまりに不器用だったから……弁償する。たとえ全財産を失っても、必ず同じものを用意するから……」結婚式まであと20日しかない。3ヶ月かけて丁寧に作られたドレスがこのタイミングで破けてしまったのだ。果たして渚がお金で解決できるというのか?たとえ、倍以上の値段を払ったとしても、同じクオリティのものがすぐ用意できるわけがない。同じものが手に入らないのなら、他のドレスをあてがわれたところで意味がない。どんなに高価でも、一番着たかったものでなければ、20年間待ちわびたこの結婚式は台無しだ。不意に、由理恵はすべてを馬鹿馬鹿しく感じた。潤が「特別だ」と言い張る女が、所詮はこの程度のレベルだったとは……由理恵は拳を固く握り締め、隣の潤を見上げる。「あなたは、どうしてくれるの?」潤の目が少し陰り、由理恵を冷ややかな目で一度見ると、そのまま通り過ぎて渚の方へ歩いていった。「泣くなよ、渚。大したことじゃないんだから、誰も責めたりしないよ」力強い腕で渚を抱き寄せ、潤は優しく渚をなだめる。しばらくしてようやく渚が落ち着くと、潤は由理恵の方を向き、小切手を一枚書いた。「このドレスが億単位で、お前のへそ
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第5話

潤の冷たさに慣れていたはずの由理恵だが、その時ばかりは赤の他人かのように感じた。「いい加減にしろって?潤。私たち、こんなに長い付き合いでしょ?愛してくれないのはもういい。でも、信じてくれることすらしてくれないの?」泣き腫らした瞳は、疲弊しきっていて哀れだった。潤の黒い瞳がかすかに動く。「信じてないわけじゃない。ただ、お前のやることは……正直、理解できないし、うんざりするんだよ」捨てた女が自分を追って空港までやってきたのだ。愛されているのだという絶対の自信が潤にはあったのだろう。由理恵は自嘲気味に笑い、潤の勝手な思い込みを否定する。「あなたも遠藤さんと同じような考えなのかしら?まあ、確かにあなたと同じタイミングでここに着いたけれど、追いかけてきたんじゃなくて、バカンスに行くだけだから」そう言って、カバンから航空券とパスポートを取り出した。手に握って振ってみせる。「ドレスショップで恥をかかされて、気が滅入ったから少し逃げ出したかったの。普通の反応でしょ?」自分の残酷さにやっと気付いたのか、潤の表情がわずかに曇る。潤の気配が変わったのを感じ取ると、渚の華奢な体は震え、顔を真っ青にした。「ごめんなさい、北条さん。深い意味はなかったの。ただ潤が心配で……それに、私がいたら北条さんに迷惑がかかると思ったから……」潤の胸にかすかに浮かんだ揺らぎは、すぐに消えた。残っていたわずかな情もなくなり、彼は渚を抱き寄せ、かばうように腕の中に収める。「もういいだろ。渚だって謝ったんだ。由理恵も、そのへんでやめとけよ。いつまでも細かいことで騒ぐな」彼らの仲睦まじい姿は、自分を正当な婚約者ではなく、二人を邪魔する悪役かのように見せた。なんて皮肉なのだろう。でも、もう何も言うことはない。潤の心に自分はいないのだから、もう何を言っても無駄だ。由理恵は一言も答えず、背を向けて搭乗口へ歩き出す。搭乗アナウンスが流れたので、由理恵は最低限の荷物だけを持ち、一番初めに飛行機へと乗り込んだ。誰からも邪魔されず、誰のことも気にしないでいい2週間が始まった。ある日、ビーチで日光浴をしていると、杏から電話がかかってきた。「あと2日で、あなたの25歳の誕生日でしょう?それに、独身最後の誕生日でもあるわね。潤くんも一緒に帰ってお祝いするって言ってたけど
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第6話

由理恵はその場でしばらくぼーっとしていたが、振り返り家に戻ることにした。杏から「潤くんはどうしたの?」と聞かれたが無視して、シャワーを浴び夕食を済ませる。落ち着いてからようやく、潤から押し付けられた青い箱を開けてみた。中身はダイヤモンドのブレスレットだったが、特別高価なものではなかった。由理恵はふっと鼻で笑うと、ブレスレットを箱に適当に放り込み、クローゼットの奥へと押し込んだ。一日中部屋に籠もって過ごし、朝を迎えると由理恵の誕生日になっていた。北条家は朝早くから、慌ただしかった。屋敷内や庭に飾られた誕生日の装飾から、料理やデザートの一つひとつ、ケーキの細かなあしらい、そしてドレスに散りばめられた小さなラインストーンに至るまで。そのすべてが、丁寧に考え抜かれて用意されたものだった。あまりの盛大さに、由理恵は何度も杏に「潤と連絡はとったの?彼は来るの?」と聞きそうになった。潤の芝居はうまいから、両親は今も彼に期待を寄せている。なら、見てもらえばいい。潤が本当に「理想の婿」なのかどうか、ちゃんとその目で確かめてもらえばいい。すべてをはっきりさせたうえで……そうすれば、数日後の結婚式で彼女が決断を下すときも、両親だってきっと、今よりは受け入れてくれるはずだから。しかし、時間は無情にも過ぎ去り、あっという間に午後5時を回った。その時、潤から一通のメールが届いた。【暇か?少し会って話したい】少し疑いを抱いたが、由理恵は送られてきた住所へ急いだ。ドアを開けると、テーブルの中央に、豪勢で繊細なピンクの誕生日ケーキが置かれていた。ケーキの周りには大勢が輪になり、バースデーソングを歌っている。しかし、ロウソクの明かりの中で、潤の凛々しい顔と、渚の幸せそうな笑顔が揺らめいているのが見えた。由理恵の心に、冷たい刃物が突き刺さったように、深い絶望が広がった。潤のことは、まだ許せた。だがそこに集まっているのは、自分が招待した客たちで……近所の人、仕事上の付き合いのある人、友人までと様々だった。しかし、なぜ彼らがこんなにも献身的に、渚のためにバースデーソングを歌っているのだ?自分が来たことには、誰も気づいていない。いや、気づいていても興味がないのか?だが、自分はロボットではない。こんなことになって、傷つかない
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第7話

揺れるグラスの中の酒は、流産したあの日に流した血よりも毒々しく、目に刺さる。由理恵は自嘲気味に笑った。「もし私が、謝らないし、お酒も飲まないって言ったら?」「死ぬわけじゃないんだから、飲め」潤の瞳は鋭く、とても冷たい。「被害者ぶるなよ、由理恵。婚約を決める前から、俺がどんな人間かくらい分かってただろ。全部分かったうえで受け入れたくせに、今さら後悔するなんて都合が良すぎる。世の中、そんなふうな自分勝手は通らない。お前の親みたいに、無条件で甘やかしてくれるやつなんて、他にいないんだよ」そう、ずっと分かっていた。潤が自分を愛していないことも、そして、人としての欠片も持ち合わせていないことも。「もし最初から、あなたがやったことに責任すら持てない最低な人間だって分かってたなら、こんな最悪の結婚に賭けるような真似、絶対にしなかった」今まで、由理恵がこんな口調で自分に言い返したことがあっただろうか?てっきり怯えて地面に膝をつき、必死に泣きついて「捨てないで」と懇願するものだと思っていたのに。これまで散々、自分が浮気を繰り返してきても、何も言わずに受け入れていた由理恵だった。潤は訝しげに眉をひそめる。「はっきり言え。誰が責任すら持てない人間だって?自分の過ちを認めないどころか、人の指摘をするのか?」由理恵は潤を冷たく見つめた。「そんなに焦らないでよ。2日後の結婚式当日になれば、本当に無責任なのが誰だかはっきりするから」潤はどこか違和感を覚えたが、何がとははっきり分からなかった。まさか、大人しかった由理恵が反抗し始めたというのか?これこそが潤が求めていたものだった。刺激を好み、由理恵との単調な関係に退屈していた潤。しかし、由理恵の氷のような目に、言いようのない焦りを感じた。「出ていけ!」潤は激昂し、ワイングラスを地面に叩きつけた。「お前も、俺の前から消えろ!」隣で、潤のことを上目遣いで見ていた渚も、由理恵と共に追い出される。「潤……」渚は涙目になった。由理恵は言われるがまま、静かにその場を後にした。外へ出た後、由理恵はすぐさま杏に電話をかけ、誕生日の飾り付けを全て片付けるよう伝えた。杏は困惑する。「え?もうすぐ誕生日パーティーが始まるこの時間に?」「私の言う通りにして。すぐに片付けてほしいの」由理恵の
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第8話

式場からエレベーターまで、わずか数メートルの距離を歩くだけなのに、潤にはまるで1世紀もの時間が経ったかのように感じられた。やっと乗り込んだエレベーターの鏡に、高価なスーツに身を包んだ、情けない表情の自分が映る。潤は恐怖と寒気に襲われ、あの小箱を開けたあと、自分はいったいどうすればいいのかと頭を抱えた。由理恵の元へ戻るべきなのか?たとえ戻ったところで、元の関係へ戻る未来なんてあるのだろうか?幼い頃からずっと自分の後ろをついてきて、「将来はあなたのお嫁さんになる」と言い続けたあの少女が、実はとっくの昔に自分との結婚を諦めていた。1ヶ月も前から計画的に胎児をおろし、自分から去ろうとしていたなんて……そのことを考えるだけで、潤の胸はまるで何かに強く締め上げられるように、引きちぎれんばかりに痛んだ。エレベーターがやっと最上階のスイートに到着する。エレベーターのドアが開くやいなや、潤は飛び出すようにして部屋へ駆け込み、カードキーで解錠した。すると、ドアを開けた真正面の一番目立つ場所に例の赤い小箱が置かれていた。これを渡された時、潤は「由理恵からの愛のしるし」だと信じ込んでいた。最高の場所に置いて、大切にしているとアピールすれば、由理恵も喜ぶだろう。いずれ一緒に開けて、夫婦の仲を深めよう――そう考えていたのに。しかし今、この眩しいほどの赤色が目に突き刺さり、潤は言葉にできない、不思議な恐怖を感じていた。まるで中身が何なのか分かっていて、開けるのが怖いと本能が警告しているようだった。箱にかけられたリボンに手をかけたが、引っ張る勇気がない。潤の手は震え、いつまでも開けられずにいた。箱の前で呆然としている潤に、「一体どういうことなの?由理恵ちゃんはどこへ行ったのよ?ねえ、潤、なんとか言いなさいよ!」後から追ってきた両親の中村美和(なかむら みわ)と中村蓮(なかむら れん)が叫ぶ。何が起きたのかは分からなかったが、この小箱が今日の結婚式に関わる最重要アイテムだと察した美和は、何も聞かずに突き進むと、力任せにリボンを引きちぎった。リボンがほどけ、赤い蓋が勝手に開くと、中から一枚の紙がひらりと落ちた。それは、命の形が確認できる、エコー写真だった。ケースの横にはメッセージカードが1枚。【満足してくれた?潤】「なんてことなの!」美和
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第9話

疑いが現実になり、潤は険しい顔つきで言った。「たとえ俺がお前を傷つけるようなことをしたとしても、直接言えばよかったじゃないか?長年の付き合いだろ?言葉にしてくれたら、俺だってちゃんと聞いたのに」伝えていた。しかし、潤が聞いてくれた事などあっただろうか?もう話し合う必要なんてない。由理恵はすぐに視線を逸らし、充の方を向いた。目配せを受けた充が袖を捲り上げ、高揚した様子で答えた。「ああ、任せろ」「何をしようっていうんだ?」潤は恐怖を浮かべて一歩後ずさった。だが無駄だった。由理恵が潤を叩きのめすと決めていた以上、逃げ道などない。何度逃げようとしても充の拳は容赦なく潤を捉え、まるで雨のような攻撃が顔や体に叩き込まれた。潤は激痛と怒りに顔を歪め、吠えた。「由理恵、一体どういうつもりだ?俺たちは婚約者だろう。お前、体だって……」「ぐっ!」とどめの一撃が顔面に突き刺さり、潤は地面に倒れ込んで息を呑んだ。「そこで今までの自分の悪行をゆっくり反省していれば?」由理恵は冷たく言い捨て、颯爽とその場を通り過ぎた。二人はそのまま足早にエレベーターへと向かった。エレベーターを待ちながらも、充は心配そうに由理恵を覗き込んだ。「由理恵、もし俺がやりすぎたのなら、中村のために病院にでも電話していいからな。俺は気にしないよ」充の瞳は、吸い込まれるように真っ黒だった。視線を合わせると、そのまま意識まで奪われてしまいそうになる。由理恵は必死で意識を逸らし、床にうずくまって怒りに震える潤を振り返った。「もし少しでも心が揺れるところがあれば、最初からこんなに無情なことはしていないから」充は柔らかな笑みを浮かべ、ドアを手で支えながら、上品で優しい眼差しを由理恵に向ける。「どうぞ、お姫様」由理恵は小さく微笑むと、もう後ろを振り返ることもなくエレベーターに乗り込んだ。二人の背中を見送った後、潤は壁にもたれかかるように座り込み、10分以上かけてようやく立ち上がる気力を取り戻した。足を引きずりながら、ふらふらとエレベーターへと向かう。式場が今頃混乱しているのは目に見えていた。わざわざ顔を出して恥を晒す必要はない。静かな場所へ行きたかった。今こんな姿で歩けばメディアの格好の的だ。落ち着ける場所は、由理恵と選んだ新居くらいのものだった。地
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第10話

段ボールを開けると、一番上にあったのは、帰国した日に由理恵へプレゼントしたダイヤモンドのブレスレットだった。しかし、それは無造作に団子状に丸められていた。潤ははっと思い出した。渚の誕生日の際、由理恵がずっと渚の指先を凝視していたことを。由理恵は何もかもに気づいていたのだ。相手が自分だったからこそ、良くも悪くも宝物として大切に保管してくれていたにすぎない。潤は俯き、段ボールの中にある全てのものを見つめた。そこそこ値の張るジュエリーやブランドバッグ。でも、それよりも安価なぬいぐるみ、本、リップ、ヘアピンの方がずっと多かった。どれもこれも、ちぐはぐで統一感がない。潤がなんでもかんでも買って、由理恵に与えていたわけではない。付き合ってきた女たちの趣味がバラバラで、相手に合わせて適当に選んだプレゼントを、由理恵にもそのまま流していただけなのだから。潤は気づいてしまった。自分はこの長年の間、由理恵に誠意など見せていなかった。由理恵のことだけを想って選んだプレゼントは、一度もなかったのだ。それでも由理恵は、あの頃の約束を守り続け、自分を追い、待ち続けていてくれた。自分が関係を認めず、責任から逃げ出すまでは……由理恵の反撃は、子供を堕ろし、結婚式を壊し、自分との関係をすべて断ち切るということだった。パシッ、と鈍い音が鳴るほど強く、自分の顔を叩いた。潤は立ち上がり、由理恵を探しに行くことにした。今は心から謝罪がしたい。自分のしてきたことがいかに酷かったことか、ようやく分かったと伝えたい。流れた子供のことは問い詰めない、改心したからこそ、もう一度チャンスがほしいと乞うつもりだった。今度は絶対に、由理恵の気持ちを軽んじたりはしない。由理恵の望む形で、これからの二人を大事にしていく。由理恵は、あれほどまで自分を愛してくれていたのだから。あんな安っぽい小物すら、大切に保管するぐらいに。そんな自分の必死な誠意を見せれば、由理恵だってきっと動かされるはず。絶対にそれに違いない。10年近く様々な女性と関係を持ってきた潤にとって、これが初めて、本気で無視される辛さを知った瞬間だった。彼は車を飛ばし、家で身だしなみを整え、充に殴られてできた青あざをできる限り隠して、北条家へと向かった。しかし、玄関先で止めら
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