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All Chapters of 冷たい唇に紅と熱: Chapter 31 - Chapter 40

43 Chapters

31話

 激しさを増す律動に、限界が近づいてきた。今にも果ててしまいそうな快楽は、時に恐怖を伴う。サクは必死にトキにしがみついた。「あうぅ♡ トキさん、私、もう……」「はぁ、俺も、もう果てちまいそうだ……」「あ、あ、あ、ああっ♡ もう、だめぇ♡」 更に激しくなる律動に目の前がチカチカしてくる。それでもトキの顔は鮮明に見えた。「はぁ、限界だ……! 一緒に、一緒に……!」 今まで感じたことのない快楽に、声にならない声が出てしまう。絶頂で痙攣した膣肉の感覚も、中に出される熱い迸りも、はっきりと感じてしまう。「あぁ、熱い……♡」 力尽きたように、トキはサクの上に崩れ落ちる。重く苦しいが、それさえも愛おしく、彼を抱きしめる腕に力を入れた。「はぁ、はぁ……。あぁ、心も体も満たされた……。というか、骨の髄までお前に染まっちまったな。そんな気がする。お前は?」「んっ、はぁ……。ふふ、私も、骨の髄までトキさんに染まっちゃった」「そうか。それじゃ、同じ色だな」「同じ……」 嬉しくて彼の言葉を繰り返すと、触れるだけの口づけをされる。「一旦抜くぞ」 トキはやんわりとサクの手を解くと、上体を起こして陰茎を抜く。「んぅ……♡」 甘い声がサクの口から零れ、愛液と精液が混ざりあったものが蜜壺から溢れてくる。 サクの隣に横になり、小柄な体を抱きしめる。「少し休んだら、また抱いていいか?まだ抱き足りない……」「えぇ、もちろん」 サクの快諾が嬉しくて、抱きしめる腕に力を込める。「ちょっと、苦しい」「あぁ、すまん」 腕を少し緩めると、サクが彼の背中に腕を回す。彼女の繊細な指先が引っかき傷に触れると、自分はサクのものなのだという自覚とある種の被虐心のようなものが、トキの中で膨れ上がる。「それじゃ、朝まで愛し合うとするか」「そんなに?」「嫌か?」「嫌じゃ、ないけど……」「なら、決まりだな」 強引に決めて口づけを落とすと、サクは困ったように笑う。「そういや、お前と恋仲になってから、体力がついた気がするな」「体力? どういうこと?」「時々、お前を朝まで抱いてるからだろうな。前より疲れなくなった」 気恥ずかしさに顔が赤くなり、トキの肩を軽く叩く。「もう、馬鹿!」「あはは、なんだかんだ言って、恥ずかしがりなところは変わってないな」「そんなに言うなら、
last updateLast Updated : 2026-05-09
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32話

 本当に朝まで抱き合ったふたりが起きたのは、翌日の昼過ぎ。虫籠窓を開けて外の空気を入れ、伸びをする。「あーあ、もったいねぇ時間の使い方」「まぁいいじゃない」 ふたりはぬるくなった昼食を食べる。この宿は客がそれぞれの時間を楽しめるようにと、食事は外にある箱に入れるのだ。箱の中には仕切りがあり、最大4人分の食事が置けるようになっており、宿の主人が食事を入れてから、箱の横にある小さな鐘を鳴らして知らせるのだ。 今日の昼食は蕎麦と天ぷら。蕎麦は伸びてしまったが、天ぷらは冷めてもさくさくしていた。「今からでも、散歩したいところだが、動けるか?」 サクは自分の体に意識を向ける。少し腰が痛むが、そこまでではない。「大丈夫」「じゃ、少し休んだら団子でも食いに行こう」「そうね。せっかく来たんだし、色々見て回りたい」「決まりだな」 食事を終えたふたりは食器を主人の元に運び、朝食を食べられなかった謝罪と、夕飯は外で食べてくることを伝え、宿を離れた。小川のせせらぎを聞きながら、川沿いの道を歩く。美しい景色の中にトキとふたりでいられるのは幸せではあるが、他に人がいないのは不思議だ。「ねぇ、他の宿泊客っていないの?」「ん? あぁ、知ってる人もそんなにいないし、宿屋の主人が気を回して、客が被らないようにしてるんだよ」「え? でもここ、部屋がそれぞれ独立してるというか、別の建物じゃない」 1棟は主人のものだとして、残りの2棟は客室だろう。それなのにひと組しか客を取らないのはもったいないし、赤字にならないのか心配になる。「あぁ、そうだよ。だから昔は、同時に3組の客を取ってたんだ。だけど、流血沙汰があってな」「流血沙汰?」「お侍さんと農民が同日に泊まってな。農民はみすぼらしい見た目だが、子供が商売で成功してるんだ。だから子供が親孝行で宿をとったんだが、お侍さんは農民と一緒にいるのが嫌だったみたいでね。『農民と同じ湯に入れるか!』って怒って、刀を振り回したんだ」「酷い……」「幸い、別で泊まってた他のお侍さんが止めてくれたお陰で、ちょっとした切り傷程度で済んだんだ。それ以来、一組しか泊まらせないようになったんだ」「そんなことが……。なんでトキさんは、そんなに詳しいの?」「その止めたお侍さんが、俺の師匠だからだよ」「師匠? 師匠って、お侍様だったの?」 トキ
last updateLast Updated : 2026-05-09
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33話

十数年前、豆腐屋の息子だったトキは、よく豆腐売りを手伝っていた。毎日棒手振りを担いで、町中を歩き回っていた。「豆腐、豆腐だよー! あ、姉ちゃん! 豆腐買ってっておくれよ」「トキちゃんに言われちゃ、仕方ないねぇ」 馴染の中年女性は、にこにこしながら豆腐を買ってくれる。彼女はトキのお隣さんで、昔からよくトキを可愛がってくれていた。「まいど! 豆腐、豆腐だよー! おっちゃん、豆腐買ってっておくれよ」「おう、トキ坊か。ちょうど湯豆腐が食べたいと思っていたんだ」「まいど! また買っておくれよ」 初老の男性に豆腐を売ると、大きな荷物を抱えた老婆がいた。「ばあちゃん、すごい荷物だな」「おぉ、トキかい。今日は豆腐は買わないよ」「いいんだ、そんなこと。それより、そんな荷物持ってたら危ないから、家まで運んでってやるよ」「年寄扱いするんじゃないよ」「女には優しくするもんだって、親に言われてるんだ。それに、毎日水と豆腐が詰まった棒手振り持って歩いてるんだ、それくらいへっちゃらさ」「そういうことなら、頼んだよ」 トキは棒手振りに老婆の荷物を縛り付け、彼女の家まで運んでいった。途中、豆腐を売って欲しいと言う者もあったが、「荷物運んでるところだから、後で」と断った。 気難しい老婆もトキの愛想と人の好さに感化され、結局豆腐を買い、駄賃まで渡す。 トキは愛らしい顔をしている上に、愛想がいい少年だったため、町人のほとんどがトキを知っていたし、可愛がっていた。中にはわざわざトキのためにちょっとした菓子を用意しておく者までいた。 そんな愛らしいトキの両親も人当たりと気立てがよく、豆腐屋一家は町人達からの信頼と人気があった。 ある夏のこと。トキは夏風邪を引いて寝込んでいた。両親はいつもより少ない数の豆腐を作ってすべて売ると、トキのために薬や野菜を買いに出かけていた。 だが、どれほど時間が経っても、両親は一向に帰ってこない。心配ではあるが、トキ自身は夏風邪でだるくて動く気になれないし、入れ違いになったら怒られる。「トキちゃん、大変だよ! あんたのお父さんとお母さんが!」 隣のおばちゃんが知らせに来たのは、陽が傾きかけた頃。ただ事ではないおばちゃんの雰囲気に、体調不良だということを忘れ、飛び起きる。おばちゃんに手を引かれて歩いた先は、川沿い。多くの野次馬がおり、トキを
last updateLast Updated : 2026-05-09
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34話

 藤次の家につくと、トキはおばちゃんとふたりで居間に待たされ、両親と藤次は、奥の部屋に消えていった。お茶とまんじゅうを出されたが、食欲など湧くはずもなく、手を付けられない。「トキちゃん、お食べ。食べて少しでも元気にならないと」「いらない」 トキが体調を崩していることを思い出したおばちゃんは、トキにまんじゅうを食べさせようとするが、彼は突っぱね、ずっと泣いていた。「待たせたね。お父さんとお母さんに会ってあげてほしい」 しばらくすると藤次が奥の部屋から出てきて、トキを抱き上げた。部屋に入ると、両親は白装束を着て横たわっている。あれだけひどい傷やあざがあったというのに、見当たらない。腫れていたはずの顔も、すっかり元通りで、ただ寝ているように見える。「父ちゃん、母ちゃん。起きてよ」 今にも動きそうな両親をゆすり、固まる。布越しに体温が感じられない。生き返ったと勘違いしたトキはひどく落ち込んだが、同時に藤次を尊敬した。 あの悲惨な遺体を、ここまで生者に近づけることができたのだから。 ふたりの葬儀は盛大に行われた。ふたりに助けられたという人達が、資金を出し合い、立派な葬式にしたのだ。葬儀が終わると、トキを引き取りたいという者が何人か現れた。町人の誰もがこの家族を愛していたのだから、当然だ。中には下級と言えど、武家の者もいた。だが、トキはそれらをすべて断り、藤次の元へ転がり込んだ。 トキの心の傷を癒やしたのは、慰めの言葉や好条件の養子になる話ではなく、生者と見間違うほどに修復された両親の姿だったからだ。自分も藤次のように遺体を修復し、遺族の心の傷を癒やしたい。そう強く願い、何度も頭を下げ、藤次に住み込みで弟子入りしたのだ。 もちろん、最初から遺体に触れさせてもらえるということはなく、木で彫った顔の模型に化粧を施す練習から始まり、裁縫を学んだ。遺体の傷を縫う練習の一環だ。 化粧と裁縫を覚えると、亡くなった野良の犬や猫を見つけて拾ってきて、傷の縫合や、血の落とし方などを学んだ。「死者に感情移入するな。感情移入しても、死者は戻らないし、自分が疲れるだけだ」 藤次は口を酸っぱくしてトキにそう言い聞かせていた。 「まぁ、それでも感情移入しちまうんだけどな」 そう言ってトキは寂しそうに笑う。死化粧師をするには、トキは優しすぎる。だから遺体が運ばれた日は情緒不
last updateLast Updated : 2026-05-09
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35話

 花畑での散策を楽しんだ後、ふたりは村に来た。小さな村は、畑がたくさんあってのどかな雰囲気だ。「こっちに主人の奥さんがやってる茶屋があるんだよ」 村に入ってすぐのところにある茶屋に入ると、恰幅の良い中年女性が嬉しそうに出迎えてくれた。「トキさんが来たって主人から聞いたのに、なかなか顔を見せないから寂しかったよ」「そいつはすまないね」「そちらのお嬢さんは、いい人かい?」 女性の視線がサクに向けられる。「そうです」と自分で言うのも恥ずかしくて、ぺこりと頭を下げた。「婚約者のサクだ」 トキはサクの肩を抱きながら紹介する。婚約者という言葉に、気恥ずかしさと幸福が込み上げ、サクの顔が赤くなる。「まぁ、可愛らしいお嬢さんだこと。にしても、あのトキさんが結婚とはねぇ」 芝居がかった手振りで目頭を押さえる女性に、トキはうんざりしたようにため息をつく。「いいから、座らせてくれないかい?」「あぁ、すまないね。さ、どうぞ。お嬢さん、私のことは女将さんと呼んでおくれ」「はい、女将さん」 女将はふたりを席に案内する。休憩に来たのか、農夫らしき男性ふたりが、奥の席でお茶を飲みながら世間話をしている。軽く店内を見回すが、こじんまりした店内には、他に客はいない。「お茶と団子をふたり分」「はいよ」 女将さんは調理場に引っ込んでいく。「明るくて優しい人ね」 サクが調理場を見ながら言うと、トキは苦笑する。「おしゃべりなのが玉に瑕だがね」 トキの言葉に、奥にいた他の客がうなずいた。「はい、お待ちどおさま」 女将はふたりの前にお茶と団子を置いた。一皿に2本の団子が並んでいる。「わぁ、美味しそう」「味の保証はするよ」「いただきます」 ひと口かじると、上品な甘さが口いっぱいに広がる。お茶を飲むと、団子の甘さとお茶の苦さが互いを引き立て合っている。「美味しい」「そりゃよかった。懐かしいねぇ。トキさんはよく、藤次様に連れられて、ここに来てたもんだ」 女将は過去に思いをはせるように、目を細める。トキを見ると、彼も懐かしむように目を閉じていた。「藤次様?」「俺の師匠の名前。ま、様をつけて呼ばれるのは嫌ってたけど」「そうなの?」「藤次様は、武家の産まれであることを気にしていたからね。けど、私らが藤次様って呼ぶのは、お武家様だからじゃない」「え?」「
last updateLast Updated : 2026-05-09
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36話

「トキさんの師匠って、すごく慕われていたのね」「あぁ、この村は見捨てられてたから、余計にそうなんだろうな」 トキは陰鬱そうに顔をしかめる。彼は何度もこの村に来ている。何か思い出しているのだろう。「見捨てられた?」「さっき、女将さんが言ったように、この村は輩が居座っていた。だから村人達がどうにかしてほしいって頼みに、奉行所に行ったんだ。けど、向こうは返事をするだけで、何もしない。しびれを切らして抗議したら、『小さな村ごときに、いちいち構ってられるか』って追い返されたんだよ」「酷い……」 これはサクの考えだが、奉行所というものは、弱い民を守るために存在しているはずだ。助けを求めてきた民を見捨てるのなら、奉行所の意味などないように思えた。「あぁ、本当に酷い話だ。けど、分からなくもない」「どうして?」 トキが奉行所の味方をするような発言をしたため、つい強い口調になってしまう。「管轄内って言っても、この村は遠いしね。それに、当時野盗問題を抱えていたのは、この村だけじゃなかった。人手不足で忙しいのに、遠くにある小さな村のことまで回らなかったんだろう」「だからって……!」「あぁ、許されることじゃない。師匠も怒ってたよ。だから、この村に肩入れして、頻繁に来てたんだろうな」「そうだったの……」「はは、師匠の話をすると、暗い話ばかりだな。さて、団子も食ったことだし、歩くか」 トキは明るく言うと、団子をかじった。 団子を食べ終えると、ふたりは茶屋を出て村の中を歩き回る。農民が多く、トキに気づいた者は、畑仕事を中断し、話しかけに来る。中にはトキに自分の畑で採れた野菜を持たせようとする者もいたが、トキは丁重に断っていた。「すごい人気ね」「師匠の恩恵だよ。俺はこの村のためにしたことなんて、大してない。せいぜい、茶屋と蕎麦屋に金を落とす程度だ」 トキは謙遜するが、サクにはそうは思えない。トキも輩を退治するのに一役買ったのだろうが、本人はそういったことを言いたがらないのは分かっている。 ふたりは夕飯に蕎麦を食べ、宿に戻ると、昨晩とは違う秘湯に入った。 トキいわく、この宿には3つの秘湯がある。だから元々は3棟で客を取り、主人は離れたところにある小さな家に女将さんと住んでいたそうだ。だが、例の事件が起きてからは一組しか泊まらせることができなくなったため、1棟
last updateLast Updated : 2026-05-09
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37話

 秘湯から出て部屋に戻ると、トキが布団の上でくつろいでいた。どうやら先に出て、布団を敷いてくれたようだ。「お、あがったかい」「えぇ。布団ありがとう」「先に出たからな。そんなところにいないで、こっちに来いよ」 トキの正面に座ろうとかがむと、手を引かれる。「きゃっ!?」 トキに背を向け、彼の上に座る形となる。トキはそのままサクを抱きしめる。「なぁ、サク」「どうしたの?「また寝過ごしたらもったいないから、今日は1回だけにしておこう」 サクは一瞬、言葉を詰まらせた。まさかトキがそんなことを考えていたとは、思いもしなかった。トキと触れ合う時間は好きだが、今日は歩き回っていたから、すぐに寝るつもりでいた。だが、甘えるように求められては、断れない。「そうね、流石に体力持たない」「顔を見ると歯止めが効かなくなりそうだから、このまましよう」「え? このままって、後ろから?」「そうだ。たまにはいいだろ」 トキはサクを後ろから抱きしめたまま、彼女の耳を喰む。抱きしめられる安心感と快楽が同居して、妙な感覚だ。彼の腕がサクを拘束しているようで、背徳的な興奮を覚える。「んっ、あぁ……♡」「顔が見えなくて、声だけってのも、そそるな……」 トキの手はサクの浴衣を乱し、乳首をつまみながら蜜壺の入口を撫でる。蜜壺へ伸びた指は、時折感度の良い赤真珠に触れた。「あぅ、んっ♡ はぁ……。トキ、さん……」「そんな甘い声で呼ばれたら、もっとしたくなるだろ」 指が蜜壺に入れられ、感じやすい場所を重点的に責められる。乳首と耳も同時に責められ、すぐにでも果ててしまいそうなほどに気持ちいい。「あ、あ、ああぁっ♡ だめっ、もう……♡」「果てろ」「っ♡」 いつもよりも低く、艷やかな声で命令され、声にならない声を出しながら絶頂を迎える。肩で息をしながら、ぼんやり花瓶の花を見る。それは昨日摘んで飾ったものだ。「サク、今度は俺を満足させてくれ」 トキは自分の膝からサクを下ろすと、四つん這いにさせる。動物のような格好で、大事な部分を無防備にさらけ出してしまうのが恥ずかしい。 「きゃふっ!?」 予告もなしに指を入れられ、甲高い声で鳴く。先程まで飲み込んでいたこともあって、サクの蜜壺はすんなり指を受け入れ、離したくないと言わんばかりに指を締め付けた。「ん、あぁぁっ♡ トキさ
last updateLast Updated : 2026-05-10
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38話

 最終日の朝、ふたりは朝食を終えると、村にある茶屋に向かった。澄み切った空気に包まれた村は、皆働き者で、もう畑仕事をしていた。「邪魔するよ」「おや、トキさんとお嬢さん。朝からどうしたんだい?」「私達、今日帰るので、挨拶をしに来ました」「なんだい、もう行っちまうのかい? まだいればいいのに」 サクがぺこりと頭を下げると、女将は残念そうな顔をし、トキは苦笑する。「そうしたいがね、俺もサクも多忙なんだよ。それに、あの宿は居心地がいいぶん、高い」「うちの人は安くするって言ってるのに、きっちり払うからだろう」「そんな気遣いされちゃ、他の客に申し訳ないんでね。それより、団子を包んでおくれ。ふたり分な」「はいよ。待ってな、ちょうど出来立てなんだ」 女将は団子を取りに、調理場へ行く。彼女はすぐに戻ってきて、包をひとつずつ手渡してくれた。「はい、お待ちどおさま。おまけしといたから、仲良くお食べ」「悪いねぇ」「ありがとうございます」 トキは団子の代金を払うと、懐に財布と団子をしまった。サクも大事に懐に団子をしまう。旅行を許可してくれた父への土産にするつもりだ。「それじゃ、またそのうち顔を出すよ」「今度は子供も一緒につれておいで」「馬鹿、気が早い」 子供という言葉に、サクの頬が熱くなる。もちろんいつかは欲しいが、そういった話はまだしたことがない。「気を付けて帰るんだよ」「女将さんも、体に気をつけなよ。すぐ無茶するんだから」「お世話になりました」 ふたりは村を出ると、町がある方へ歩く。途中、人力車を捕まえると、駄弁りながら帰路を辿る。「あの宿、どうだった?」「景色も料理もすごくよかった。でも、1番はトキさんのことを知れたことかな」「なんだよ、それ」「だってトキさん、過去を話したがらないから、聞いたらまずいと思って」「聞かれなかったから話さなかっただけだ」「じゃあ、話してって言えば話してくれる?」「気が向いたらな」「じゃあ、今度聞かせて」「あぁ、分かったよ。その代わり、お前のことも聞かせろよ?」「えぇ、もちろん」 ずっと触れられなかった彼の過去に触れられるのが嬉しい。自分のことを話すのは恥ずかしいが、それ以上に知ってもらえる喜びがある。 話すのに夢中になっていると、人力車が停まった。「あれ、ここって」 そこはサクの家で
last updateLast Updated : 2026-05-10
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39話

「お疲れ様、トキさん」「あぁ、ありがとさん。サクも疲れただろう」 ちゃぶ台をはさみ、向かい合いながらお茶を飲む。最近サクは自宅に帰ることなく、トキの家に入り浸っている。残念ながら、入り浸っている理由は婚礼の準備ではない。 ふたりが旅行から帰ってきて1週間経つ頃、この町に辻斬りが横行し、死傷者が急増している。生存者達から犯人の特徴を聞くが、人物像はばらばら。どうやら辻斬りをしている者はひとりだけではないらしく、犯人を捕まえても、次の犠牲者が出てしまう。 現時点では3人捕まって事件の数は減ってきているが、それでもまだ、毎日のように死者が出る。 死者が多くてはトキの負担が心身共に大きいからと、父が泊まり込むように言ったのだ。 お言葉に甘え、トキを支えるためにしばらく彼の家に泊まっているが、想像を絶するほど凄惨な現場に、サクも参っていた。1番忙しい頃は、1日に10人以上の遺体が運ばれてきた。今も落ち着いてきたとはいえ、毎日3,4人は運ばれてくる。 トキもサクも疲労困憊で、夜伽どころではない。夜伽はトキにとって精神安定剤のようなものではあるが、夜になるとそんな気にならないほど参っていた。 肌を重ねられない代わりに抱き合って眠っているが、それでも限界は近いだろう。「トキさん……」 少しでも癒やしたくて、サクからトキに口づけをする。トキは一瞬目を丸くし、力なく笑った。「あぁ、すまないな。お前も疲れてるのに」「私は、刺繍をするだけだから」「何言ってるんだ。刺繍だって疲れるだろ。あれだけ集中してるんだから。気を遣わせてすまない」「謝らないで。お互いに気を遣って支え合う。夫婦ってそういうものでしょ?」「サク、お前は本当にいい女だよ」 トキはサクを優しく押し倒すと、触れるだけの口づけをし、彼女の胸に顔を埋める。「甘えさせてくれ」「えぇ、いくらでもどうぞ」 トキの髪を撫でながら、今日はもう誰も運ばれてこないことと、トキの心の傷が少しでも癒えることを祈った。「ねぇ、トキさ
last updateLast Updated : 2026-05-11
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40話

 2ヶ月も経つと、辻斬りが更に数人捕まり、事件も落ち着いてきた。とはいえ、まだひとりかふたりはいるらしく、時々事件が起きる。 それでも仕事量がぐっと減ったため、トキの情緒も安定してきた。 婚礼の準備は相変わらずほとんど進んでいない。やっとできた余裕を、気持ちの回復に使いたかった。 昼過ぎ、サクは作業場で裁縫道具を広げている。ここ最近仕事が立て込んでいたため、糸の消費も激しい。針も2,3本ほど折れてしまったし、今使っているものも使いづらくなってきたから、予備に何本か買いたいところだ。「改めて見ると、仕立て屋の裁縫道具は圧巻だな……。ところで、道具一式広げて、何してるんだ?」「確認してるの。少なくなってきた糸もいくつかあるし、針も使いづらくなってきたから、買い替えようと思って」「あぁ、最近仕事が多くて、手入れする時間もあんまりなかったよな」「糸とか買ってくる」「糸を買うなら、少しだけどこれを使え」 トキは懐から財布を出すと、いくらかお金を出してサクに握らせた。糸を2,3軸ほど買って少しお釣りが出る金額だった。「そんな、受け取れないよ」「うちで働いて消費してるんだ、俺が出すのが筋ってモンだろ。足りない分は帰ってから請求してくれ」 ここまで気遣ってるのに断るのは失礼だと思い、受け取ることにした。それにトキは頑固なところがあって、一度渡したものは決して受け取らない性格だった。「ありがとう」「ん。陽が落ちるのもはやくなってきたし、ほとんど捕まったとはいえ、まだ辻斬りもいるから気をつけろ。暗くなったら、誰かの家に泊めてもらえ。このご時世だ。誰も嫌な顔はしないだろうよ」「えぇ、そうする」「最近寝れてないから、俺は寝て待ってる。用心するんだぞ」 トキはあくびをしながら言う。情緒が安定してきたとはいえ、まだ眠れない日があるらしく、夜に彼が外に出ていくのを、サクは知っていた。「はい、行ってきます。ゆっくり休んで」 サクは座布団で枕を作るトキに声を掛けると、家を出た。「トキさんってば、心配性なんだ
last updateLast Updated : 2026-05-11
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