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All Chapters of 冷たい唇に紅と熱: Chapter 41 - Chapter 43

43 Chapters

41話

 サクを見送った後、トキは座布団を枕にして寝ていた。ここ最近、過労と不安でほとんど眠れず、限界が近かった。「店は橋を渡ってすぐのところにあるんだ、問題ないだろ」 サク達がよく行く店は、トキの家から歩いて5分もしない場所にあった。それに辻斬りは激減している。眠気と感覚の狂いが、トキを安心して眠らせ、サクを見送らせた。 横になると睡魔は一気に訪れ、トキはあっという間に深く眠ってしまった。 乱暴に戸を叩く音と叫び声で目が覚める。性格な時間こそ分からないが、外はもう真っ暗だ。「んだよ、人が気持ちよく寝てるってのに」「トキ、はやく開けろ!」 聞き覚えのある声ではあるが、寝起きの頭では誰なのか思い出せない。目をこすりながら戸を開けると、魚売りの三吉がいた。 三吉は快活な若者で、トキの賭け仲間でもある。お調子者の三吉が、珍しく重々しい顔をしていた。その顔で、死人が出たと悟る。「トキ、死人が出た……」 三吉は外に出るように促すかのように、トキが出やすいように体をずらす。下駄を引っ掛けて外に出ると、荷車が置いてある。荷車には、ござで包まれた遺体が積んであった。膨らみなどからして、小柄な人物か子供だろう。「こんな時間に運び込まれるなんてな。辻斬りか? というか、こいつの身内は?」「それは……。俺からは言えん!」 三吉はつらそうに顔をしかめ、走り出してしまった。「あ、おい! 待てよ!」 トキが呼び止めても、彼は止まることも戻ることもなく、闇夜に紛れて消えてしまった。「荷車も置いて行っちまうとはな……。一緒に運んでほしかったが、仕方ない……」 少し闇に慣れた目で、改めてござを見る。15前後の子供か、小柄な女性と見た。「ござの膨らみからして、男ではなさそうだな……。よいせ、っと」 遺体を抱えると、ござ越しでも濡れているのが分かる。濡れ具合からして、堀から引き上げてすぐ、
last updateLast Updated : 2026-05-12
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42話

「はぁ……。弱音ばかり吐いてちゃ、お前に笑われちまうな……。仕事、しなきゃ……。まずは着物、脱がせるぞ……」 着物を脱がせると、襦袢も赤く染まっていた。真っ白な襦袢に、付着した血液は、着物よりもはっきり見えて痛々しい。 「襦袢まで、こんな真っ赤になっちまって……」  襦袢を脱がし、再びサクの頬に触れる。先程は冷たいと思っていたが、まだ微かにあたたかい。 「微かに、あったかい……。少し前まで、お前は生きてたんだな……。今綺麗にしてやるから、待っててくれ」 壁にかけてあった水桶を手に取り、水を汲みに行く。ついでに棚にしまってある新品の手ぬぐいを1枚取って、桶に入れた。 死者も人間。他人が使った手ぬぐいを使われるのは嫌だろう。ひとりひとり新しい手ぬぐいを使うのが、トキのこだわりだ。 「はぁ、この水桶も手ぬぐいも、お前のために用意したモンじゃなかったんだがな……。血や土がついたままじゃ嫌だろ? 今、拭いてやるからな」  丁寧にサクの体を拭いていく。ひと拭きするたびにサクの体温を奪っているようで、胸が苦しい。サクの胸元には、トキがつけた所有印がまだある。トキは痕にそっと触れる。 「俺がつけた痕、まだ残ってる……。死んでもお前は俺のモンだし、俺もお前のモンだ。だから、安らかに眠ってくれ」 サクの手を取り、拭いていく。彼女の手は、生気がぬけたせいか、頼りなく、華奢に見える。 「か弱い手……。この手で美しい刺繍をしたり、美味い飯を作ったり、俺に愛を与えたりしてくれてたんだな……」  次に足を拭いていく。小柄なサクの足は、トキから見たら小さく愛らしい。 「俺よりも小さい足……。この足で、俺の家に毎日のように来てくれた……」  そして、愛しい顔を丁寧に拭いていく。ころころと表情を変えるサクの顔が、脳裏に浮かんでは消えていく。 「顔にも、土が……。百面相するお前の顔は、見てて飽きなかったし、お前の笑顔には何度も救われてきた。俺も、お前を救えてただろうか?」  腹の傷に触れると、指先にサクの血液がつく。こうして鮮やかな血液がつくのは、少し前まで彼女が生きていた証だ。食人をするつもりはないが、彼女の血液を
last updateLast Updated : 2026-05-12
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43話

「最後に、化粧を施そうか。今度は絶対、綺麗にするからな」  トキは新品のおしろいを選び、水で解いていく。彼女には、真新しい化粧品を使ってほしかった。おしろいを解きながら思い出すのは、サクにせがまれて化粧をしてやった時のこと。あの時は、我ながら呆れ返るほどにひどい出来だった。「まずはおしろいだ」  はけでおしろいを丁寧にぬっていく。慣れた感覚がサクの死を実感させてきてつらいが、泣いてばかりでは、彼女を美しくしてやれない。 「前より出来てる……。今度は均一に塗れてるから、安心してくれ」 次に粉おしろいを生え際にはたきこむ。 「おしろいはこれくらいでいいか」  頬紅を塗り、目元も紅で彩っていくと、死人とは思えないほど血色が良く見える。 「最後に、紅を塗るからな」  婚礼のために買った紅を。指先につける。いつもは筆でやるが、そっとなぞるように塗った。 「あぁ、綺麗だ……。生きてるお前に施したかった……。あの後、自分の顔で練習してたんだよ。白無垢を着たお前に、化粧をしてやりたくて。サク、前に言ってただろ? 化粧をしてくれる恋人は素敵って。結構上達してきたんだ」 練習用に化粧品を買い、時間を見つけては練習していたのを思い返しながら、サクの髪を優しく撫でる。 「けど、もう叶わなくなっちまったな……。俺はなんとか上手くやってくから、心配しすぎて残ったりするなよ? お前が来る前は、ひとりで全部やってたんだ。だから、お前は安らかに眠れ」 サクが極楽浄土で安らかに過ごせることを祈りながら、彼女の冷たい唇に、自分の唇を重ねた。      
last updateLast Updated : 2026-05-13
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