穏やかな昼下がり。城下町にはゆったりとした時間が流れる。それは死化粧師のトキも同じで、彼の自宅兼職場も、和やかな空気が漂っていた。「暇ってのは、いいねぇ。何もしてない時間が、1番落ち着く……」 ぽつりと呟き、あくびをひとつする。外から聞こえるのは鳥のさえずりと、風で揺れる木々の音。そして商人達の声。「トキさん、良かったらどうぞ」 恋人のサクが、ちゃぶ台に湯呑みをふたつ並べてくれる。彼女は仕立て屋のひとり娘だ。サクの母親が病死した際、トキが母親に死化粧を施した。 遺された者が泣いていたら、死者はあの世にいけないという考えのトキは、サクに寄り添い、慰め続けた。何度も会っているうちに惹かれ合い、今に至る。 サクは実家の仕立て屋がそう忙しくない日にトキの元に訪れ、家事や仕事を手伝ってくれる。といっても、サクに遺体を触らせることはないが。 彼女は無地の白装束で旅立たせるのは忍びないというトキの考えを理解し、白装束に故人の好きなものを刺繍してくれる。 修行中だからと、刺繍の代金を受け取ろうとしないところを除けば、サクは理想的な女性だ。「お茶を淹れてくれたのか、ありがとう」 猫舌のトキは、何度もお茶に息を吹きかけ、冷ましていく。ひと口飲むと、頬が緩む。「ふぅ……。ほっとする味だ……」 強く逞しい男が持て囃されているが、サクはそういった力強い男性よりも、トキのゆるやかな笑みと雰囲気が好きだ。死化粧師の彼がこうして和やかに過ごしているのは、平和の象徴のような気がする。何より、見ていて癒やされるのだ。「平和ね。ずっとこうだったらいいのに」 遺体が運ばれた日のトキは、遺族やその友人の前ではしっかりしているが、いつもつらそうにしている。だから、こんな日がずっと続いてほしい。そう思って、言葉にすると、トキは目を丸くする。「バカ!平和とか暇とか口走るな。そういうこと言うとな……」 勢いよく戸が開かれ、トキの言葉が遮られてしまう。そちらを見ると、中年男性が焦った様子で入ってくる。大工の男だ。口は聞いたことないが、仕事をしたり、仲間と呑みに行っているのを、何度か見かけたことがある。「おい、トキはいるか?」 いきなりのことに驚いて、気づくのに遅れたが、彼は何故か全身びしょ濡れだった。サクはちょうど近くにあった手ぬぐいを、大工に渡す。「すまねぇな、嬢ちゃん」
Huling Na-update : 2026-04-29 Magbasa pa