電話越しに、耳元で彼氏の早川海翔(はやかわ かいと)がまたしても調子のいい約束を並べ立てている。私、雪代汐音(ゆきしろ しおね)は何も言い返さなかった。指先でインスタの投稿をスクロールしながら、海翔のこちらを小馬鹿にしたような声に静かに耳を傾ける。「汐音、お前は今時、優秀な人材を採用するのがどれだけ大変か分かってないだろ。桜空みたいな海外帰りのエリートなんてそうそういないんだ。会社の発展には、彼女みたいな人材の力が不可欠なんだよ。お前だってよく、『もっと柔軟な手段を使って人材を引き留めるべきだ』ってアドバイスしてくれてただろう?俺は桜空とただの婚約式をやっただけだ。実際に籍を入れたわけでも、親戚や友人を呼んで披露宴をやったわけでもない。あくまで人材を引き留めるためのパフォーマンスなんだから、お前がそんなにムキになって怒るようなことじゃないだろ。それに、俺は会社の社長であると同時に、桜空の大学の先輩でもあるんだ。公私ともに彼女の頼みを無下にできるわけない。彼女は帰国したばかりで分からないことだらけなんだから、手を貸してやるのは当然の義務だ。いつも物分かりのいいお前なら、俺の苦心も理解してくれるよな?」それを聞いて、私は思わず乾いた笑いを漏らした。優秀な人材を引き留めるために「婚約」なんて手段を使う会社が、一体どこの世界にあるというのか。こんなものは、彼が白石桜空(しらいし さくら)を特別扱いするための口実に過ぎない。私がその魂胆に気づいていないとでも本気で思っているのだろうか。私はただ「人材登用の条件を少し緩和してみては」とアドバイスしただけなのに、彼はそれを自分の都合のいいようにこじつけ、桜空と婚約したことを「会社のため」だとすり替えている。桜空に対する彼のその並々ならぬ気遣いには、まったく恐れ入る。普段から桜空をあからさまにひいきし、ミスをしても一切咎めず、数え切れないほどの特別待遇を与えている。彼女が意図的に数億円規模の案件の調印式をすっぽかした時でさえ、何のお咎めもなかったばかりか、あろうことか昇進して給料まで上がった。一方、私が何度も工場へ足を運び、アルコールアレルギーが出るまで接待につき合ってようやく勝ち取ったその数億円の契約は、彼の「社員として当然の仕事だろ」という心無い一言で私の努力はゼロにさ
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