Short
愛の終着駅と私の決断

愛の終着駅と私の決断

作家:  キュートキャット完了
言語: Japanese
goodnovel4goodnovel
12チャプター
30ビュー
読む
本棚に追加

共有:  

報告
あらすじ
カタログ
コードをスキャンしてアプリで読む

概要

逆転

ドロドロ展開

ひいき/自己中

オフィスラブ

社長である彼氏、早川海翔(はやかわ かいと)は、私が自ら数億円の大型契約を帰国したばかりの彼の後輩、白石桜空(しらいし さくら)に譲ったと知った時、自分から私への99回にも及ぶ「別れる」という脅しがようやく効いたのだと勘違いした。 彼は有頂天になり、私、雪代汐音(ゆきしろ しおね)に婚約を申し込んできた。 ところが、それを知った桜空は激しく嫉妬し、契約の調印式を無断欠勤しただけでなく、会社を辞めるとまで騒ぎ立てた。 日頃から彼女を溺愛している海翔はすっかり慌てふためき、なんとその場で彼女を昇進させた。さらには出張を口実に私との約束をすっぽかし、あろうことか別の街で桜空と非常に豪華な婚約式を挙げた。 後になって、彼は悪びれる様子もなくこう言い放った。 「ただの形式的な婚約式だろう。本当に結婚するわけじゃないんだから、そんなにムキになるなよ。 桜空は海外帰りのエリートだぞ。俺がこうするのも会社の人材確保のためであり、ひいては俺たちの将来のためでもある。俺の未来の妻であるお前なら、理解してくれるよな?」 私はスマートフォンをきつく握りしめた。画面には、桜空がインスタにアップしたばかりの画像が開かれたままで、そこには二人が身につけたペアリングがはっきりと写し出されていた。 私は反論することなく、ただ黙って頷いた。 それを見た彼は喜色満面となり、私がようやく彼の苦心に気づいてくれたのだと思い込み、「出張から戻ったら、お前にはもっと盛大な婚約式を挙げてやるからな」と上機嫌で約束してきた。 しかし彼は知らない。私がすでに退職願を出していることを。 彼が桜空と婚約式を挙げることに同意したその瞬間から、私にもうこの男は必要なくなったのだ。

もっと見る

第1話

第1話

電話越しに、耳元で彼氏の早川海翔(はやかわ かいと)がまたしても調子のいい約束を並べ立てている。私、雪代汐音(ゆきしろ しおね)は何も言い返さなかった。

指先でインスタの投稿をスクロールしながら、海翔のこちらを小馬鹿にしたような声に静かに耳を傾ける。

「汐音、お前は今時、優秀な人材を採用するのがどれだけ大変か分かってないだろ。桜空みたいな海外帰りのエリートなんてそうそういないんだ。

会社の発展には、彼女みたいな人材の力が不可欠なんだよ。お前だってよく、『もっと柔軟な手段を使って人材を引き留めるべきだ』ってアドバイスしてくれてただろう?

俺は桜空とただの婚約式をやっただけだ。実際に籍を入れたわけでも、親戚や友人を呼んで披露宴をやったわけでもない。あくまで人材を引き留めるためのパフォーマンスなんだから、お前がそんなにムキになって怒るようなことじゃないだろ。

それに、俺は会社の社長であると同時に、桜空の大学の先輩でもあるんだ。公私ともに彼女の頼みを無下にできるわけない。

彼女は帰国したばかりで分からないことだらけなんだから、手を貸してやるのは当然の義務だ。いつも物分かりのいいお前なら、俺の苦心も理解してくれるよな?」

それを聞いて、私は思わず乾いた笑いを漏らした。

優秀な人材を引き留めるために「婚約」なんて手段を使う会社が、一体どこの世界にあるというのか。

こんなものは、彼が白石桜空(しらいし さくら)を特別扱いするための口実に過ぎない。

私がその魂胆に気づいていないとでも本気で思っているのだろうか。

私はただ「人材登用の条件を少し緩和してみては」とアドバイスしただけなのに、彼はそれを自分の都合のいいようにこじつけ、桜空と婚約したことを「会社のため」だとすり替えている。

桜空に対する彼のその並々ならぬ気遣いには、まったく恐れ入る。

普段から桜空をあからさまにひいきし、ミスをしても一切咎めず、数え切れないほどの特別待遇を与えている。

彼女が意図的に数億円規模の案件の調印式をすっぽかした時でさえ、何のお咎めもなかったばかりか、あろうことか昇進して給料まで上がった。

一方、私が何度も工場へ足を運び、アルコールアレルギーが出るまで接待につき合ってようやく勝ち取ったその数億円の契約は、彼の「社員として当然の仕事だろ」という心無い一言で私の努力はゼロにされ、そっくりそのまま桜空の手柄にすり替えられようとした。

私がそれを拒否すると、彼はまた「別れるぞ」と脅し文句を口にした。

たった三日の間に、彼は「別れる」という言葉を盾にして私を99回も脅してきた。

私がとうとう折れて妥協すると、彼は珍しく自分から私に婚約を提案してきた。

それなのに、いざ婚約の当日になると、桜空のために出張をでっち上げて私をすっぽかし、【出張だ。また後で】という短いメッセージだけで私を適当にあしらおうとした。

だがその直後、私のもとに送られてきたのは、彼と桜空が別の街で開催した豪華な婚約式の写真だった。
もっと見る
次へ
ダウンロード

最新チャプター

続きを読む
コメントはありません
12 チャプター
第1話
電話越しに、耳元で彼氏の早川海翔(はやかわ かいと)がまたしても調子のいい約束を並べ立てている。私、雪代汐音(ゆきしろ しおね)は何も言い返さなかった。指先でインスタの投稿をスクロールしながら、海翔のこちらを小馬鹿にしたような声に静かに耳を傾ける。「汐音、お前は今時、優秀な人材を採用するのがどれだけ大変か分かってないだろ。桜空みたいな海外帰りのエリートなんてそうそういないんだ。会社の発展には、彼女みたいな人材の力が不可欠なんだよ。お前だってよく、『もっと柔軟な手段を使って人材を引き留めるべきだ』ってアドバイスしてくれてただろう?俺は桜空とただの婚約式をやっただけだ。実際に籍を入れたわけでも、親戚や友人を呼んで披露宴をやったわけでもない。あくまで人材を引き留めるためのパフォーマンスなんだから、お前がそんなにムキになって怒るようなことじゃないだろ。それに、俺は会社の社長であると同時に、桜空の大学の先輩でもあるんだ。公私ともに彼女の頼みを無下にできるわけない。彼女は帰国したばかりで分からないことだらけなんだから、手を貸してやるのは当然の義務だ。いつも物分かりのいいお前なら、俺の苦心も理解してくれるよな?」それを聞いて、私は思わず乾いた笑いを漏らした。優秀な人材を引き留めるために「婚約」なんて手段を使う会社が、一体どこの世界にあるというのか。こんなものは、彼が白石桜空(しらいし さくら)を特別扱いするための口実に過ぎない。私がその魂胆に気づいていないとでも本気で思っているのだろうか。私はただ「人材登用の条件を少し緩和してみては」とアドバイスしただけなのに、彼はそれを自分の都合のいいようにこじつけ、桜空と婚約したことを「会社のため」だとすり替えている。桜空に対する彼のその並々ならぬ気遣いには、まったく恐れ入る。普段から桜空をあからさまにひいきし、ミスをしても一切咎めず、数え切れないほどの特別待遇を与えている。彼女が意図的に数億円規模の案件の調印式をすっぽかした時でさえ、何のお咎めもなかったばかりか、あろうことか昇進して給料まで上がった。一方、私が何度も工場へ足を運び、アルコールアレルギーが出るまで接待につき合ってようやく勝ち取ったその数億円の契約は、彼の「社員として当然の仕事だろ」という心無い一言で私の努力はゼロにさ
続きを読む
第2話
私はまるで馬鹿みたいにホテルで待ちぼうけを食らっていた。みすぼらしいほど狭苦しい会場を自嘲気味に見渡し、周囲から浴びせられる冷ややかな嘲笑をただ耳にしていた。確かに、彼のあの「涙ぐましいほどの配慮」とやらには感謝すべきなのかもしれない。もっとも、それが私に向けられたものではないというだけの話だが。電話の向こうで私が笑ったのを聞いて、海翔はこの件がこれで水に流されたとでも勘違いしたらしい。満足げな声で、もう一度こう繰り返した。「今回は絶対に約束を守るから。出張から戻ったら、お前にはもっと盛大な婚約式を挙げてやる。そしたら一緒に籍を入れよう、な?」その言葉を聞いた瞬間、スマホの画面をスクロールしていた私の指がピタリと止まった。続けて、海翔は少し間を置いてからこう切り出した。「そうだ、桜空が落としたあの案件、お前が引き継いでカバーしてやってくれ」私は思わず自嘲の笑みをこぼした。なるほど、桜空の尻拭いをさせるために、わざわざ籍を入れるなんて甘い餌をぶら下げたわけだ。交際して九年。その間、私は何度も籍を入れたいと口にしてきたが、彼はことごとく拒絶してきた。最初は「まだ若くて遊びたい時期だから、結婚という枠に縛られたくない」と言われ、私はそれを信じた。その後は「今は事業に専念すべきだ。人生の青春は三十年しかないんだから」と言い訳され、私はまたしても信じた。さらに時が経ち、彼が事業で成功を収める一方、私の周りの友人たちは次々と結婚し子供を産んでいった。さすがの私も、もう十分に待ったと思った。そこで、苦労して勝ち取ったあの大型契約をきっかけに、勇気を振り絞って再び結婚を切り出してみたのだが……彼はまたしても私を拒絶した。その理由がこれだ。「俺は今の二人の距離感にすっかり慣れきってるんだ。急に夫婦なんて肩書きに変わったら、戸惑うかもしれない。このままでいようよ。どうせ俺の心の中でお前を愛してることに変わりはないんだから」これが原因で私たちは大喧嘩になり、彼は腹を立てて家を飛び出していった。翌日、私が折れて謝罪のメッセージを送ろうとした矢先、桜空から二人でキャンプに行っている動画が送られてきた。それ以来、私は二度と彼に結婚の話を持ち出さなくなった。私が口を開く前に、電話の向こうから桜空の甘えるような声が聞こ
続きを読む
第3話
【弱い者いじめしかできない卑怯者。文句があるなら堂々と出てきなよ、もっと自信持ちな!そう、あんたのこと言ってんだからね!@雪代汐音】この書き込みを皮切りに、桜空に媚びを売りたい取り巻きたちが、秒で便乗してリプライをぶら下げてきた。【その通り!いつも自分は社長の彼女だの、未来の妻だのって吹聴してたのに、どうして今はだんまりなわけ?ただの腰抜けでしょ。こんなに大勢に本性がバレちゃって、もう顔を出せるわけないじゃん。今頃どこかでこそこそ覗き見してるんじゃないの?あのスペックで白石さんみたいな若い子と張り合おうなんて、よくやるよね。笑わせてくれるわ……】見覚えのあるアカウント名を目にして、私は思わず息を呑んだ。私を叩いている連中は、あろうことか私のチームのメンバーたちだったのだ。私は日頃から、彼女たちに決して悪く接してはいなかったはずだ。プロジェクトでも寛容に振る舞い、誰かがミスをしてもマニュアル通りに厳重な処分を下したりせず、裏でこっそりフォローして修正を手伝ってあげていた。それなのに、桜空がその場で昇進したのを見た途端、彼女たちはあっさりと手のひらを返してあちら側に寝返った。我先にと桜空に媚びへつらい、私に牙を剥いてきた。コメントの数は今この瞬間も増え続けているが、私は凪いだ心でそのやり取りを最後まで見届けた。以前の私なら、彼らとレスバトルを繰り広げ、白黒はっきりさせようとしたかもしれない。しかし、似たようなことを何度も経験するうちに、いちいち反論するのすら馬鹿らしいと思えるようになっていた。それに、こんな状況は今回が初めてではない。もし本当に彼らと対立したところで、最後に罰を受けるのが私であることくらい、火を見るよりも明らかだった。以前、同僚たちとプロジェクトの進行で意見が対立した際、私が自分の意見を述べただけなのに、桜空は「先輩風を吹かせて同僚にパワハラしている」と言いがかりをつけ、海翔のところまで乗り込んで騒ぎ立てたことがあった。その時、海翔は私の言い分も聞かずに、いきなり半月分の減給処分を下し、さらには一ヶ月間会社のトイレ掃除を命じてきた。そのことを思い出し、私は静かにインスタの画面を閉じた。彼らの妄言を無視して、そのまま会社へと足を踏み入れた。中に入ると、すぐさま同僚たちからの冷ややかな視
続きを読む
第4話
最後まで話を聞いて、ようやく相手の正体に思い至った。電話の主は、以前プロジェクトでご一緒したことのある大手企業――本社をA市に構える大企業の副社長だった。そのプロジェクトが終わって以来、彼は何度も私にヘッドハンティングの声をかけてくれていたが、私はすべて丁重に断ってきた。以前は海翔の事情を重んじていたからだ。彼が一人で会社を支える苦労を思うと、見捨てることなんてできなかった。社内でも彼への風当たりは強かったため、私が抜ければ彼の立場がさらに危うくなるのは目に見えていた。だからこそ、私はその誘いを幾度となく断り続けてきた。だが、海翔は私のそんな献身をこれっぽっちも大切にしなかった。それどころか当たり前だと言わんばかりに、事あるごとに私を貶め、皆の前で「お前は能力がない」と罵倒すらした。本当に私に能力がないのなら、会社が今日のような規模に成長するはずがない。取引先がこぞってうちと契約したがる理由がどこにあるというのか。結局のところ、彼は私の存在をただ都合よく軽んじていただけなのだ。だからもう、私は二度とあの男を信じない。私が沈黙していると、電話の向こうの副社長がもう一度尋ねてきた。思考を現実に戻した私は穏やかな声で答えた。「はい。喜んでお受けいたします」その後、少しばかり業務の話を交わし、入社日を取り決めてから通話を終えると、私はタクシーを拾って家へと向かった。ドアを開けるなり、私は二階へ直行して荷造りを始めた。この家を出るためだ。別れると決めたからには、未練がましくグズグズするつもりはない。荷造りはあっという間に終わった。ボロボロになった数着の服と、擦り切れて色褪せたズボンを見下ろし、私はようやく自分がこの数年間、どれほど惨めな生活を送っていたかを思い知らされた。あの頃、彼にまともな家を与えてあげたくて、私は全財産をはたいてこの家をリフォームした。そのせいで三ヶ月もの間、毎日ひたすら安いパンをかじって飢えをしのいだ。内装を彼好みに一新しただけでなく、仕事帰りの彼が少しでも安らげるようにと、わざわざ二ヶ月かけて色彩心理学まで学び、家具を特注しさえした。仕事から帰宅し、見違えるようになった家を目にした時の、彼の瞳に浮かんだあの輝きを今でも覚えている。彼はこう約束してくれた。「俺は一
続きを読む
第5話
これが海翔の言っていた「出張」の正体だった。私は乾いた笑いを漏らした。あのサプライズを口に出さなくて本当に良かった。危うく、私はすべてを失うところだったのだ。タクシーを降りると、私は真っ直ぐその部屋の階へ向かい、鍵を取り出してドアを開けようとした。だが、いくら鍵を回してもピクリとも動かない。無理に力を込めた瞬間、カチリと嫌な音がして、鍵が半分に折れてしまった。鍵穴に詰まった折れた鍵を見つめ、私はすぐに鍵屋に電話をかけた。鍵屋の作業員はドアを開けると、ふと部屋の中を覗き込み、露骨に眉をひそめた。私をじっと見つめ、何か言いたげに口ごもったが、やがて怪訝そうな顔でこう尋ねてきた。「お客さん、ここ本当にあなたの家ですか?」私が頷くと、彼はため息混じりに言い残した。「若いんだから、普段からもう少し衛生面には気をつけたほうがいいですよ」そして、意味深な視線をもう一度私に投げかけて去っていった。私は何のことか分からず首を傾げたが、足を踏み入れた途端、その「意味深な視線」の理由を嫌というほど思い知らされた。部屋中が生活ゴミと脱ぎ散らかされた服で溢れかえっていた。私がこだわってオーダーメイドしたダイニングテーブルには、食べ終わった弁当の容器が散乱している。近づいて見ると、中にはびっしりとカビが生え、数匹のコバエが飛び回っていた。強烈な悪臭が、容赦なく鼻腔を突き刺してくる。そして極めつけは、壁に堂々と飾られたツーショット写真。そこに写っているのは、紛れもなく海翔と桜空の幸せそうな笑顔だった。私は拳を強く握りしめ、海翔に電話をかけようとした。しかし、向こうから先手を取るように着信が入った。「汐音、お前、新居に行ったのか?」私は何も答えず、腹の底から湧き上がる怒りを押し殺して、氷のような声で「ええ」とだけ返した。海翔は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに悪びれもせずにこう言い放った。「行ったんなら、もう隠す必要もないな。あの新居は、少し前から桜空に貸してるんだ。お前も知ってるだろ?彼女は帰国したばかりで右も左も分からないし、住む場所にも困ってたからさ。それに、どうせ空き家にしておくと家が傷むからな。彼女に住んでもらって風を通しておいてもらったほうが、後々俺たちが住むときにも都合がいいだろ。あ、そうだ。ちょうどいい、お
続きを読む
第6話
「これから結婚すれば何かと金がかかるんだぞ。ましてやお前、子供が欲しいって言ってただろ?お前が将来の計画を立てないなら、俺が俺たちの子供のために考えてやるしかないじゃないか」「全部将来のためだ」と、彼は言い切った。だが、私はもう彼の詭弁を聞く気にはなれなかった。いくらもっともらしい御託を並べようと、結局はすべて桜空のためなのだ。おそらく、彼が自ら桜空を会社へと迎え入れたあの時から、彼女は彼にとって特別な存在だったのだろう。あるいは――彼の心は、最初から傾いていたのだ。ただ、その向けられる先が、一度として私ではなかった。そう思い至り、私は冷徹な声で告げた。「海翔、私たち、別れよう」その言葉を口にした瞬間、まるで憑き物が落ちたかのように、心がすっと軽くなった。電話の向こうが、一瞬にして静まり返った。しばらくの沈黙の後、怒りを押し殺したような海翔の声が再び響いた。「汐音、またそうやって意地を張るのか!今ちゃんと説明したばかりだろ!たかが新居のことで別れるだと?俺たち付き合って九年だぞ。お前の青春にずっと寄り添ってやったのに、挙句の果てに別れるって言うのか!お前には血も涙もないのかよ!待ってろ、今すぐ戻る。俺の目の前でちゃんともう一度言ってみろ!」そう言い捨てると、海翔は一方的に電話を叩き切った。傍らでそのやり取りを聞いていた桜空は、海翔が顔を真っ赤にして怒っているのを見て、すぐに目を潤ませて自分を責めるように言った。「こんなことで二人が喧嘩になるって分かってたら、道端で寝ることになっても絶対住まなかったのに……帰ったら私が土下座して謝るよ。先輩と別れないでってお願いする。全部、私が悪いんだから……」その言葉を聞いた海翔は、胸を締め付けられるような面持ちで彼女の涙を拭い、優しく慰めた。「お前のせいじゃない。謝る必要なんてないよ。汐音が本気で別れるわけない。どうせただの当てつけさ。後で適当に甘い言葉でもかけて機嫌を取れば、すぐに大人しくなる。お前、あの家がすごく気に入ったって言ってただろ?彼女に名義変更させて、お前のものにしてやるよ」それを聞いた桜空の瞳が、一瞬パッと輝いた。しかし、すぐにわざとらしくためらってみせる。「でも、いいの?だって、先輩たちの新居なんでしょ?」海翔は首
続きを読む
第7話
飛行機を降りるなり、海翔は休む間もなく新居へと急いだ。傍らにいる桜空は口を閉ざしたまま、やがて目元を赤く染め、頬を伝うようにポロポロと涙をこぼし始めた。彼女はチラチラと海翔の反応を窺っていたが、彼が心ここにあらずといった様子なのを見て取るや否や、すぐさま声を詰まらせて泣きじゃくり出した。「全部私のせいだよね。私が帰国したばかりで住むところがなくて、汐音さんがどうしても私を家に泊めるのを嫌がったから……先輩を困らせて、あの新居に泊めてもらうことになっちゃったんだもん。後で私、汐音さんに謝る。叩かれても絶対に避けないよ。二人が元通りに仲直りして、私のせいで別れるなんてことにならないなら、私はどうなってもいい……」桜空が一人でこれだけまくし立てたというのに、海翔は上の空でただの一瞥もくれようとしない。それに焦った彼女は、無理やりさらに涙を絞り出した。そして自らの手を振り上げ、自分の頬を二度、思いきり平手打ちした。パァンという甲高い乾いた音が、遠くへ飛んでいた海翔の意識を引き戻した。彼女の頬に浮かび上がった真っ赤な手形を見るなり、彼は血相を変え、痛々しげな表情で彼女の手を握りしめ、慰めにかかった。「言っただろ、心配しなくていいって。汐音が手出しなんかできるわけないし、俺がついているんだ。彼女に俺に逆らうような度胸なんてありはしないよ。お前は俺の可愛い後輩なんだ、俺がお前の面倒を見るのは当然のことだろ。だいたい、たかが家一つくらいでガタガタ騒ぐようなことじゃない。だから大船に乗ったつもりでいなさい。彼女にはもう部屋を掃除させておいたから、帰ったらもう片付ける必要もないぞ。彼女はチョロいんだ。後で適当に甘い顔でも見せて機嫌を取ってやれば、すぐに元通りさ」そう言ってから、海翔はふと口ごもり、彼女が投稿した手を繋いでペアリングを見せびらかすインスタの件を思い出し、声を低めた。「そうだ、あのインスタの投稿、もう消したか?写真は記念に撮るだけでインスタには上げないって約束だっただろ。ルール違反だぞ」それを聞いた桜空は、伏せた瞳の奥に一瞬だけ冷ややかな光を宿らせた。あの投稿は、彼女が周到に計算し尽くした上でアップしたものだ。そう簡単に消してたまるか。だが、海翔に釘を刺された以上、従わないわけにはいかない。彼女は渋々、彼の
続きを読む
第8話
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、桜空が無理やり涙を絞り出すよりも早く、目の前の固く閉ざされたドアが内側から唐突に開いた。振り返った二人は、その場で呆然と立ち尽くした。ドアを開けたのは、筋骨隆々の男だった。片手にはダンベルを提げている。彼はトレーニングを邪魔されたことに苛立ちを隠せない様子で睨みつけた。「さっきから俺の家の鍵をこじ開けようとしてたのは、お前らか?」それを聞いた桜空はビクッとして一歩後ずさり、海翔の背後に隠れた。海翔は虚勢を張り、冷徹な声を絞り出す。「お前は誰だ?なぜ俺の家にいる?汐音が差し向けたのか?彼女はどこだ、今すぐ出てこさせろ!でないと、俺は彼女と本気で別れてもいいんだぞ!」男は鼻で笑うと、手にしていたダンベルを背後の床へと無造作に放り投げた。ドスンという重い音に震え上がり、桜空は海翔の腕をきつく掴んだ。海翔は痛みに奥歯を噛み締めたが、必死に平静を装う。男は少し考えると、こう言った。「お前は前の持ち主の知り合いか。あの人なら、もうこの家を俺に売ったぜ。今、この家の主は俺だ。筋トレの邪魔だから、さっさと帰ってくれ」そう言ってドアを閉めようとする。だが、海翔は全く信じようとせず、鼻で笑って言い放った。「汐音がこの家を売るはずがない。あれは一年以上もかけてようやく見つけた最高の物件なんだぞ。しかも新居として用意したものだ。そう簡単に手放すわけがない。お前、嘘をついてるな。汐音からいくらもらった?グルになって俺を騙そうって魂胆か?いいか、俺は忙しいんだ。こんな茶番に付き合う暇はない。さっさと汐音を出せ!」男は呆れたように二人を見ると、ポケットからスマホを取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。桜空はすかさず海翔を持ち上げる。「先輩、すごい!一目で演技だって見抜くなんて。私、全然分からなかった」海翔は得意満面で答えた。「見てろ。汐音が姿を見せたら、この家をお前に譲らせてやる。ついでに、お前のためにプロジェクトもいくつか回してやろう。プロジェクトさえ握っていれば、お前も会社で確固たる地位を築ける。もう誰も文句は言えなくなるさ」得意気になっている二人は、大男が発信した先が110番であることなど知る由もなかった。通話を終えると、男は低い声で言った。
続きを読む
第9話
桜空は顔面を蒼白にしていた。明らかに先ほどの電話のやり取りが耳に入っていたのだ。彼女が我に返る間も与えず、海翔は彼女の腕を引いてタクシーに押し込み、急いで会社へと向かった。桜空は緊張のあまりどうしていいか分からず、ただひたすらに両手をぎゅっと握りしめている。それを見た海翔は、彼女の手を取って優しく慰めた。「怖がるな、俺がいる。お前には指一本触れさせやしないさ。たかが小さなプロジェクト一つだ。最悪、いくらか賠償金でも払ってやれば済む話だ。あいつらも大した波風は立てられないさ。それに、汐音がいるじゃないか。彼女が全部上手く処理してくれる」桜空はその言葉を聞いて、これまで彼女がやらかした不始末をすべて私が尻拭いしてきたことを思い出した。胸の内の不安は瞬く間に霧散した。車が会社の前に停まると、海翔は降りるなり、入り口に何台もの黒塗りのワンボックスカーが停まっているのを目にした。彼は気を取り直し、すぐさま上の階へ向かった。桜空もそれに小走りで続く。「社長が来ました、これで助かります!」受付の社員が二人の姿を認めるなり、オフィスの中に向かって叫んだ。騒然としていたフロアは、その一言で水を打ったように静まり返る。取引先の責任者は海翔がやって来たのを見るや否や、傍らにあった湯飲みを鷲掴みにし、彼に向かって容赦なく投げつけた。煮えたぎるような熱い茶が彼の足元にぶちまけられ、ふくらはぎが瞬く間に赤く腫れ上がった。周囲から一斉に悲鳴が上がる。海翔は痛みに拳を強く握り締めながらも、必死に愛想笑いを浮かべて取引先に向き直った。「プロジェクトの件は伺っております。すべては私の管理不足のせいで、このような不手際を招いてしまいました。どうかご安心ください、今回のプロジェクトにおける損失はすべて弊社で負担いたします。賠償金も後日、御社の口座へ一括でお振り込みいたしますので……この対応でご納得いただけますでしょうか?」取引先はさらに怒鳴り散らそうと息を巻いていたが、相手が思いのほか物分かりが良く、ここまでの条件を出されては、これ以上突っぱねるのも具合が悪かった。彼は鼻を鳴らして吐き捨てた。「今回は運が良かったな。大した損害にならなかったからいいものの、もしそうでなければ、お前の会社を相手取って身包み剥いでやるところだっ
続きを読む
第10話
そう言って、彼は冷酷な視線を健太に向けた。健太はその言葉を聞いて、背筋を伝う冷や汗でシャツをぐっしょりと濡らし、ひどく狼狽した顔を見せた。「社長、私のような一介の管理職にそんな莫大な損失を被れるわけがありません!私には養うべき老親と小さな子供がいるんです。家財をすべて売り払って身ぐるみ剥がされたとしても、到底穴埋めできる額ではありません!」そう言いながら、彼は震える手で額に浮かんだ汗を拭った。「責任が取れないと言うなら、さっさと汐音の機嫌を取って連れ戻してこい!さもなければ、この損失は人事部の連中で頭割りにして払ってもらうからな!」海翔はそう言い捨てると、大股で外へ向かって歩き出した。桜空は健太をちらりと一瞥し、すぐに海翔の背中を追う。その場に残された社員たちは顔を見合わせ、一体何が起きているのか状況が呑み込めずに呆然としていた。桜空は海翔に追いつくと、彼の手を引いて心配そうに声をかけた。「先輩、もう怒らないで。きっと汐音さんはただの当てつけだよ。長年この会社に尽くしてきたんだもん、そう簡単に辞められるわけないじゃない」怒りで頭に血が上っていた海翔だったが、その言葉を聞いて、混乱していた思考がスッと晴れた。「……お前の言う通りだ。汐音はプロジェクトを何より重んじる人間だ。そう簡単に会社を辞めるはずがない。俺も頭に血が上って、冷静さを欠いていたようだ。やっぱりお前は大局が見えているな。お前がいなければ、いつまで腹を立てていたか分からない。今すぐ家に戻ろう。彼女は絶対に家にいるはずだ。会社のことは後回しにして、まずはあの新居の件にケリをつけるのが先だ」桜空は笑って頷いた。その表情には得意げな色が浮かんでいた。会社を出た途端、彼のスマホが突然鳴り響いた。相手が私だと思い込んだ彼は、即座に電話に出て、問い詰める言葉を口にする間もなく、電話の向こうから焦った声が飛び込んできた。「社長、情報が入りました。雪代さんはすでに他社に入社した可能性が高いです!しかも、今A市に到着していて、向こうの責任者と食事をしているようです!」健太は早口でまくし立てた。彼は、以前うちの会社と取引のあった責任者のインスタを見て、私とその責任者が会食している投稿を見つけたのだ。それで慌てて海翔に電話をかけてきた。しかし、
続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status