All Chapters of 義実家崩壊の原因は私を守る神です〜悪神に魅入られた花嫁〜: Chapter 1 - Chapter 8

8 Chapters

0.プロローグ

 雪荒ぶ道。 轍のついた路面の端で仁花《ニカ》は冷えていくサンダルの爪先を見詰めた。 眺めたところで仕方ないというのに、疲労と絶望で思わず顔を下に向けてしまう。 仁花は両手に大きなナイロン袋を提げ、ありったけの日本酒を持っていた。瓶の重なり合い割れてしまうのを見越し新聞紙を持参したが、あまりの重さに一度雪の上へ袋を下ろした。 普段温厚な義父はいつも仁花を可愛がり、気遣ってくれる。そんな義父の頼みとあっては断れないのだ。例え酒が人格を狂わすとしても、味方になりうるのは義父だけ。 今晩、酒を買いに行って来いと義父が言うもので家を出たが、仁花は義母に車を置いていけと言われ徒歩で三キロ先の個人商店まで出向く事になったのだ。『こんな深夜に店を開けてくれ、なんて……あんた頭どうなってんの〜 ? 』 中年の女は眠そうな目を擦りながら、適当に会計を済ませた。『あんた、歩きできたの ? だって、神代さんとこの嫁でしょ ?  あ〜、車は。そりゃペーパードライバーに雪道運転させるの怖いからでしょ ? お義母さん、心配なのよ』 言われた言葉に信用も信頼もない。 他人なのだから他人事。 そんなの当たり前だ。 仁花は真っ赤になった手を見詰め、指をハァっと温める。 闇の雪夜は猛烈な風の吹き流れる音から始まる。 そのうち耳が痛み、ザクザクという雪の感触が足から全身に響き、やがて自分の心音が脳を支配する。 ドクンドクンという頭の中身に感覚の無い爪先。 お洒落どころか服も買いに行く暇がない仁花にとって、この豪雪地帯は予想を遥かに超えた生活だった。「流石にサンダルしか持ってないのは、自分の責任かな」 気を取り直す。 口に出す事で自身の精神を保ちたかった。 前も後ろも小さな街灯がぽやんとしているだけで、目の前の大きな雪はどんどん肩に積もっていく。「ハァ……」 また下を向いてしまう。 もう限界だった。 このまま倒れてしまったらどうなるだろう。朝方、誰かが見つける頃には……。「駄目ね。そんな事は」 ナイロン袋を持ち上げてから、それに気付き全身の血の気が引いていくのを感じた。 雪の上に下ろした一升瓶の一部、雪の間から尖った石ころ頭を出していた。 認識するとすぐに襲ってくる酒の臭いと、先程までに無い袋の軽さ。 慌てて袋の中を覗こうとした時、今度は割れた
last updateLast Updated : 2026-05-01
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1.神代家

 いつも仁香は南の島の崖に立っている。 恋人と会うために。 場所は知らない。何しろ、自分は物心つく前に、庭の手入れの為だけに連れてこられた使用人なのだ。その庭のある豪邸の主人にも名前すら覚えて貰えない。そんな身分だ。 ある日、生活に色がついた。 花は美しく、海はどこまでも続くコバルトブルー。 地平線のスカイブルーがオレンジに変わる頃、仁香はドキンドキンと高鳴る胸を押えて、誰かを待つ。 庭木がガサガサっと揺れる。 振り返ると功一によく似た、身なりの良い青年が出てきて、仁香の細い腰を抱きめ、嬉しそうに笑いながら抱えあげる。 幸せだった。幸せな気持ちだった。 ──この夢は繰り返し見る夢の断片の一つだ。 目覚まし時計より早く目が覚める。ダブルベッドだと言うのに、いつからか仁香が隅に丸まって寝るようになっていた。(腰が痛い……) 諦めてベッドから出て着替える。ベッドでは功一がまだ寝ていた。 新婚生活が始まっても、功一の寝顔は交際を始めたばかりの頃と何も変わらない。 スらりとした眉に彫りの深い顔立ち。 その寝顔を見る度、仁香は自分にまだ愛があると安心する。まだ消えてはいないと。そう思わないと何かが壊れてしまいそうだった。 けれど、昨晩は酷い雪の中でも来てくれた功一。功一もまた、始まったばかりのこの義父母との同居生活の板挟みに苦しんでいるだけかもしれない。 そう思えば些細な事だと、しっかり前を向くのが今仁香にできる事。「さてと。今日のお弁当はミニメンチカツ ! 」 仁香はソッと音を立てないように二階の寝室を後にした。 □□□「すまん ! 仁香ちゃん ! 俺……またやっちまったか ? 」 仁香が弁当を詰めていた時に義父の佐喜男が顔を出した。暖簾を掻き分け、どうにも気まずそうな顔で仁香を伺う。「ふふ。大丈夫ですよ。ただの買い物ですし。いつもの量、切らしてるの気付いてたのに補充しなかったものだから……すみませんでした。 でも功一さんが途中で来てくれたので助かりました」「え……功一が ? そうか……珍しい事もあるものだ……。 最近は帰ってすぐ寝ちまうのになぁ〜」「ストレスでしょうね。ふふ、元々優しい人なので」「なにかいい事でもあったんかなぁ ? 」 佐喜男も功一の最近の変化に気付いていた。しかし、それが本当なら二人は上手く結婚生
last updateLast Updated : 2026-05-01
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2.前へ

 駅前でいつも功一と仁香は待ち合わせをした。 都会の冬はいつもビル風が強く、冷たくなった仁香の耳を功一は笑いながらポケットから出した手でぴっとりと触れて温めてくれた。 仁香は建築会社の事務員を、功一は不動産業の営業の端くれとして仕事上知り合いになった。 功一の仕事ぶりに仁香の上司や現場から多くの高評価がフィードバックとして上がってくる。土地が絡む話は大抵、揉めがちで大金を支払う者は企業、個人問わず神経質になりがちだ。 功一の勤めていた梅田不動産は先々代の社長が多くの土地を所有し莫大な資産を築いたが、その息子の代に変わると見る見る間に失速。 そこで頭角を現したのが功一だった。 仕事は順調。容姿端麗で愛想がいいのも理由だ。何よりアフターケアがしっかりしているのが好評で、売り終えた土地も問題がないか足を使って動くタイプだった。これがある一定層の古い人間にはとても受けがいいのだった。 社内での成績を讃えられ、梅田不動産会長から特別賞与が出たこともあった。 仁香が功一を交際しているのを知ると、周囲の女性たちは皆口々に羨ましいと言って祝福した。男性社員や友人からも、安心安全のお墨付きで、仁香の友人知人にも功一は快く付き合いに顔を出した。 その頃である。 功一の実家をリフォームする話が出た。「交際している女性はいるのか ? 」という佐喜男の連絡に、功一は「いる」と仁香の存在を明かすことになった。 佐喜男と友紀はリフォームか、立て直しか……または車庫の数や平屋にするかなど、まだまだ決めかねていた。そこで出た一つの話が「長男の功一が帰ってきてくれたら……」と言う望みだった。 功一には引きこもりの弟、塁がいる。塁が部屋から出ない生活に心配があった両親は、余計に悩んでいたのだ。 その話を漏らすと、梅田不動産の社長から、個人不動産屋のツテがあるから、もし地元に帰るなら転職先を用意出来る、という事。 そこからはトントン拍子だった。 功一が艶々のリングを持ち、仁香の手を握りしめた日もつい最近の事なのだ。「塁さん、朝食置いておくね」「はい……」 塁は完全な『引きこもり』という類ではない。自分の趣味であらばどこまででも出掛けるが、それ以外は友人も無く、高校卒業からずっとこの調子だ。資金は月に友紀から小遣いを貰い、他は持ち物を売ったり、買ったりの繰り返し。 
last updateLast Updated : 2026-05-01
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3.純白の鳥居

 部屋から部屋へ掃除機を犬のように連れて歩く。 友紀が自室からひょっこり顔を出すと、トイレへ向かった。 その間に掃除しろ、というサインなのだ。「ホイホイホイ〜」 さっさかさっさか。 作業だ。 これはただの掃除。家事だ。 そう思わないと心が病んでしまう気がして、小声で窓を開け埃を逃がす。(大丈夫。先月まではこの部屋に入れてもくれなかったんだから。考えれば自分の部屋を勝手に掃除されるっていう方も負担よね。 わたしも理解しなくちゃ……) カタン……「 ? 」 友紀が戻ったのか。 物音がした方を振り返る。 しかし友紀は一度トイレへ行ったはずだ。今の物音は足音や床の軋みではなかった。 ドスッ…… ! トットットッ…… 真上だ。 ぼんやりと間取りを思い出す。 一階はリビングとキッチン。和室が二つと佐喜男友紀の部屋。そこへトイレとバスルーム、脱衣所。 二階は一階より部屋数は多いものの一部屋一部屋が狭い。 塁の部屋は階段を上りすぐ目の前に。トイレやテラス、左奥が功一と仁香の部屋だ。 佐喜男と友紀のこの部屋の真上はちょうど左奥の大部屋だ。 知ってはいたが、物置だと聞いてからはそれで納得していた。この家の置物や食器類、絵画にわたって高価そうな物ばかりだからだ。 仁香がうっかり壊したりしたら、何を言われるか分からない。「動物…… ? 」 友紀を呼ぼうと廊下に出るが、既にトイレにはいないようだ鍵が空いていた。「どうしよう」 面倒なのは排泄物や爪の跡などがつかなければいいが……そもそも立ち入った事がないから置いてあるものすら分からない。 仕方なく、掃除機を連れてよろよろと二階へ上がった。 カリカリ…&h
last updateLast Updated : 2026-05-02
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4.静かな再会

 南の島の庭園はいつも緑が豊かで、雑草を残らず抜く作業も枝の剪定も苦にならなかった。先にいた同性の使用人達も皆、同じ身分で優しかった。 しかし自分には秘密があった。 いつも仕事が終わると各自、小屋へ戻り話したり水を飲んだり自由だ。その中で、いつもの景色を眺めに行くと嘘をついて自分だけ崖へ行く。 いつも自分が先に来ていて、ガサガサと茂みの音が鳴るのを待つ。 そして草木を掻き分けて現れた男は大きく手を伸ばし、自分をきつく抱きしめる。 背中越しに感じる温かさはいつもと変わらない。「待たせた」 二人は身を寄せ合い、愛を語り合う。いつもほんの少し。束の間の癒し。 彼は──島の領主の御子息。誰にも知られてはいけない。 二人は秘密の恋をしていた。 □□□ 気が付くと仁香は寝室のベッドで横になっていた。 ベッドの縁には功一が座って頭を抱えていた。「功一さん……」「ニカ……」 功一は迷子になった子供を見つけた母の様な、不安が吹き飛んだ様な笑みで仁香を見下ろす。 寝室は静まり返っていた。「大丈夫か ? 」「え、ええ」 まだ15:30──早退して帰ってきてくれたのか。 功一はスーツ姿のままだったが実に穏やかで、なんだかベッドの上でこんなに顔を合わせて会話をするのは久々だった。同居してからは夫婦の会話も筒抜けで、お互いを楽しむ時間など持つ気になれなかった。 果たして何週間ぶりだろうと胸がドキンと波打つ。 だが、現実は過酷だ。すぐに引き戻される。「 駄目だわ ! 夕飯 ! 準備しないと !  」 神代家の家事サイクル。それは『旅館と同じ動きをする』に尽きる。故に食事は17:00〜19:00。19:00には風呂が湧いてないといけない。洗濯に関しては朝に友紀と自分たちの物を、夕刻は佐喜男と美千花の作業服と園児の賢治君の洗濯が待っている。「20時だよ。 早退つい
last updateLast Updated : 2026-05-03
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5.掃除好きの憂鬱

 想定外か、予想通りか──朝起きると、家事は何もされていなかった。 佐喜男と友紀の食べた弁当の空が、乱雑にシンクへ置かれていた。「はぁ……」 思わずため息が出る。 しかし、早寝をしたせいか寝起きがよく、いつもより早い時間にスッキリ目を覚ました。今から炊飯をしても間に合うだろう。 キッチンのカウンターには弁当箱の入ったランチバッグが二つ。 一つは美千花の息子 賢治のものだ。中身を見て好き嫌いをチェック。嬉しいことに昨日も完食。少し嬉しくなる。 功一の弁当箱を開ける時、ふと手が止まった。「洗って……ある ? 」 綺麗な弁当箱。ソースの汚れや、衣の欠片一つ付いていない。そっと匂いを嗅ぐが、洗剤で洗った様子ではなく、軽く濯いであるようだった。 功一の事務所には簡易的なキッチンもあるから、食べ終えたあとに濯ぐ事は可能だ。だが、今まで一度もそんな事は無かった。「……」 ただの気遣いなら嬉しい。 食べていないのを隠すために流した……もしくはほかの女性の影……いや、そんな事ができる環境ではない。 この小さな町で、噂一つ無く愛人を持つことが可能な環境ではないのだ。近隣住民、町中が知り合いのようで、家族の耳に入らないはずもない。 だがもしも友紀の耳に入れば、仁香を捨ててその女とくっ付けとまで言いかねない気がするのだった。 綺麗に濯がれた弁当箱。 これが続くかどうかで話は変わる。 卵を取り出して冷蔵庫のドアを閉め、フライパンを取ろうと振り返ると──「ぅわっ ! 」 ──いつの間にか友紀が側へ立っていた。「お、お義母さん ! びっくりしました…… !  あの、昨日はすみませんでした」 仁香が謝ると、友紀は舐め回す勢いで仁香の全身を見回した。「お義母さん ?
last updateLast Updated : 2026-05-04
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6.それぞれの苦難

 洗い物を終え、早速掃除機を迎えに行くと窓の外に洗濯物が揺れているのが見えた。 適当に干された洗濯物。 友紀は家事の類が好きではない。功一は高校はスポーツによる寮生活、大学は一人暮らしと、友紀のものぐさは引き継がなかった。佐喜男がマメな分、友紀はそういう意味では釣り合いが取れた夫婦かもしれない。 皺を伸ばすことなく干された洗濯物を眺めながら、仁香も複雑な気持ちだった。 何せ仁香にはアイロンがけして仕上げろときかないからだ。自分のことは棚に上げ……と、言い出したところでキリがないのも事実。 父親は結婚をすると聞いて涙ながらに喜んでいたが、同居することに関しては心配をしていた。仁香の母親は心労で亡くなっていたからだ。忙しく、腕のいい庭師の父親は個人宅を極めるとそのままリゾート地まで手広く請け負い、家に帰らない日々が続いた。父方の祖父母と母親と仁香。四人で取り残された家は母親が精神を病み、床に伏せてからすぐ祖父母が亡くなり、全てのしがらみから開放された頃、母親も逝った。 同居が大変な事など最初から分かっていた事だ。 こんなものだと自分に言い聞かせる。 ふわふわと揺れる洗濯物の側、犬を連れたどこかの中年男性が、じっと洗濯物を見つめていた。「…… ? 」 その後も、通りかかった隣家の女性も目を丸くして洗濯物を見ながら通りすがる。「……まさか」 タオルの端からチラチラと見える薄布を見つけ、慌てて階段を駆け下りた。 廊下を走り、サンダルを履き薄氷を割りながら庭に出て洗濯物を確かめる。 寒い雪国の洗濯物は凍ってしまう。 しかし今日は例外に暖かい日だった。外に洗濯物を干してもいい天候だろう。 友紀もそう判断したはず。 しかし、そうであればわざわざ一番端に干し、通行人から見えるように吊るされた仁香のショーツやブラは意図的にやったとしか思えない。 ケバケバしく派手なものでは無いが、やはり他人に見られるには抵抗がある。 同居してから洗濯は仁香がし
last updateLast Updated : 2026-05-05
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7.遺影写真

 再び廊下に置きっぱなしにした掃除機を取りに戻る。 電気コードが無いと生きられないその相棒は何かの首が長い……或いは象のような鼻の長い動物のようだ。 持ち上げ、鳥居のある部屋へ向かおうとした時、そばのドアでカタカタと物音がした。 塁の部屋だ。「あ、そうだった……。 塁さん ! 昨日はお義父さんに連絡ありがとう」「……はい」 小さく返事だけが聞こえる。 白い鳥居の開かずの間に、姿の見えない義弟との会話。案外自然と馴染むものだ。「さぁ。やるわよ ! 」 開かずの間の取っ手に指を掛ける。 ザリ……ザリザリ…… 軋みながら開く、大きな引き戸。 正面に純白の鳥居。 朱色の絨毯に歪んだ社。 深く深呼吸をする。 空気に異常はない。「貧血だったのかな…… ? 変な匂いもしないし……たまたまよね。 それに謎の神様かぁ。悪いものなら、尚更ほったらかし出来ないし、このままじゃ可哀想だもんね」 仁香は掃除機のコードを刺そうとコンセントを探そうとして気付く。 ぽふ、ぽふ……。 雪のような分厚い埃の層。 朱色の絨毯が霞む程に降り積もってるのだが、昨日仁香が歩いた足跡が消えていた。 それどころか、助けに入ったはずの佐喜男と美千花の跡も無い。 真っ白に均等。埃の積もったふわふわの床だ。「……え……何故 ? 」 一緒に持ってきたスリッパをそっと埃の上に降ろす。 パフ……。「うわぁ。なんだか雪みたい……」 埃や煤は本来汚物なはずだ。しかしこの足跡ひと
last updateLast Updated : 2026-05-06
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