Masukいつも仁香は南の島の崖に立っている。
恋人と会うために。 場所は知らない。何しろ、自分は物心つく前に、庭の手入れの為だけに連れてこられた使用人なのだ。その庭のある豪邸の主人にも名前すら覚えて貰えない。そんな身分だ。 ある日、生活に色がついた。 花は美しく、海はどこまでも続くコバルトブルー。 地平線のスカイブルーがオレンジに変わる頃、仁香はドキンドキンと高鳴る胸を押えて、誰かを待つ。 庭木がガサガサっと揺れる。 振り返ると功一によく似た、身なりの良い青年が出てきて、仁香の細い腰を抱きめ、嬉しそうに笑いながら抱えあげる。 幸せだった。幸せな気持ちだった。──この夢は繰り返し見る夢の断片の一つだ。
目覚まし時計より早く目が覚める。ダブルベッドだと言うのに、いつからか仁香が隅に丸まって寝るようになっていた。
(腰が痛い……)
諦めてベッドから出て着替える。ベッドでは功一がまだ寝ていた。
新婚生活が始まっても、功一の寝顔は交際を始めたばかりの頃と何も変わらない。
スらりとした眉に彫りの深い顔立ち。 その寝顔を見る度、仁香は自分にまだ愛があると安心する。まだ消えてはいないと。そう思わないと何かが壊れてしまいそうだった。 けれど、昨晩は酷い雪の中でも来てくれた功一。功一もまた、始まったばかりのこの義父母との同居生活の板挟みに苦しんでいるだけかもしれない。 そう思えば些細な事だと、しっかり前を向くのが今仁香にできる事。「さてと。今日のお弁当はミニメンチカツ ! 」
仁香はソッと音を立てないように二階の寝室を後にした。
□□□
「すまん ! 仁香ちゃん ! 俺……またやっちまったか ? 」
仁香が弁当を詰めていた時に義父の佐喜男が顔を出した。暖簾を掻き分け、どうにも気まずそうな顔で仁香を伺う。
「ふふ。大丈夫ですよ。ただの買い物ですし。いつもの量、切らしてるの気付いてたのに補充しなかったものだから……すみませんでした。
でも功一さんが途中で来てくれたので助かりました」「え……功一が ? そうか……珍しい事もあるものだ……。
最近は帰ってすぐ寝ちまうのになぁ〜」「ストレスでしょうね。ふふ、元々優しい人なので」
「なにかいい事でもあったんかなぁ ? 」
佐喜男も功一の最近の変化に気付いていた。しかし、それが本当なら二人は上手く結婚生活をしているのだと考える。
「どうでしょう ? ここに来てから塞ぎ込みがちでしたしね」
功一は都会の大手不動産屋の営業でとてつもない成績を残し、たちまちエリートコースとなり、そのまま重役に……とはならなかった。
長男であるという理由でこの家の改装に合わせて同居となったのだ。 現在はその業績を知った個人経営の同業者に拾われた訳だが、何かと勝手が違い悪戦苦闘している。「無理に消防団にいれたのがわるかったんかなぁ ? それとも祭りの連盟か ?
ここじゃ成人男性は入るのが当たり前だからなぁ」仁香はそれに対しては何も言えなかった。田舎の横の繋がりは、仁香から見てもとても面倒そうに思えていた。おそらく功一もだ。
「そうだ、お義母さんは部屋ですか ? 」
「あー、化粧してたよ」
「ありがとうございます」
仁香は洗濯を終えたエコバッグを手に取ると、しっかり乾いているのを確認しシワひとつなく畳む。
廊下へ出ると、空気が重い。
いや、仁香がそう感じるだけなのだが、この新しいはずの家の空気がずっしりと息が詰まるような苦しさがあるのだった。「お義母さん、おはようございます」
ノックをすると、不機嫌そうな返事だけ。
ソッと襖を開ける。「昨日はこのエコバッグありがとうございました」
畳まれたエコバッグを一瞥した義母の友紀は、鏡に向き直った。
「はぁ ? それわたしのじゃないよ」
「え ? 功一さんはお義母さんのだと……」
「そんな趣味の悪いバッグ持たないわよ。だいたい、わたしはスーパーで買い物なんかしないもの」
「そ、そうでしたか。失礼しました」
仁香は襖を閉めると、もう一度エコバッグを広げてみる。
白地に青い犬のプリントがされていた。
見た事のないキャラクターだなと、仁香はまた畳むと、キッチンの収納棚に入れたのだった。「おかしいわ。でもわたしのものではないし……功一さんの物かしら ? そんな感じは無かったけどなぁ」
そう言いながら、ある事に気付く。
テーブルに置いておいた弁当が無くなっているのだ。 毎朝、功一には手渡ししていたはずなのだが。時計を見るが、まだ出勤時間より少し早い。朝食はそのままだった。「……雪もあるし……そうだよね。いつもより早出よね……」
行ってきますの一言も無いのかと、少し切なさが過ぎる。
今日はたまたまだと言い聞かせる。自分だって義母の部屋へ行っていたのだから、探しても見当たらず出ていったのかもしれない。 きっとそうだと信じたて、朝食はラップをかけた。「昼にでも食べようかな」
洗い物を始めると今度はドタドタと廊下を走る音が近付いてくる。
キッチン横の柱を掴み、仁香に泣きそうな顔を向ける若い女性。神代家の元に農業実習生として住んでいる美千花だ。
保育園児を抱える一人親の美千花にとって、神代家の離れに居住していることも、食事が出るのも有難い環境だった。 更には、食事の提供は食材ではない。「大丈夫。ちゃんと作ってあるよ」
「はぁ〜 ! 焦ったァ〜。いつも賢治のお弁当ありがとうー」
保育園への登園は弁当持参である。美千花達の食事も仁香の役割だった。
「美千花さん、実はお願いがあって」
「何なに ? 」
「お義母さんがどうしても雪道に運転はやめた方がいいって……」
「あ〜、ペーパードライバーなんだっけ ? んー。心配なのかもね」
「それで今日の夕方なんだけど、時間があったらスーパーまで……」
「あ〜、今日はちょっと予定があるの。きゅうり屋さんのバイトくんがね、どうしても会えないかって」
「あ、あぁ。そうなんだ」
「うん。まー、でも。このままでも仕方ないし、運転しちゃえば ?
もしくは……塁くんにお願いするとか。あいつ、本とかは自分で運転して買いに行くらしいじゃん」「塁さんは、まだ話したことなくて」
この家にはまだ一人、住人がいる。功一の弟、塁である。年子だが功一とは正反対なのか、部屋から出ない……出れない男であった。
「あたしも全然、週一くらいに顔をチラッと見かけるくらい」
「うん。無理はさせられないかな。
そうだよね。自分で運転しようかな」「そうしなよ。車、わざわざ買ったんでしょ ?
じゃ、弁当ありがと。今日から山向こうの方のハウスだから、雪掻き面倒くさいわ〜。行ってきまーす」「気をつけてね」
慣れない家事に、突然の義父母との同居。更に今まで見たことのない大雪に、農作業者が多い近隣環境。
仁香はまだ、新婚二ヶ月である。
「こんな場所に呼び出しやがって ! 」 功一が草木を掻き分けて進んでくると仁香も美羽も既に準備済みだった。 納屋の前に並ぶ供物に周辺を囲う紙垂の付いた縄。「クソ ! 」 一歩踏み込んでしまった功一の靴は地面にズブズブと飲まれていく。「逃げられません。納屋の中に呪術が……まさかこんな場所にあるなんて」 功一の祭壇は納屋の中にあった枯れ井戸の奥底に確認された。「功一さん、この土地を売ってどうするつもりだったの ?」 功一は無言でそっぽを向く。「おそらく、井戸を潰さない事を言い付けて売るつもりだったのだろうね」 井戸は古来より塞いではいけないものだ。恐らく守られるだろう。「でも今日までだ。わたしが責任持って護摩焚きする。 異界の悪神とは今日これまで」 美羽が大きな壺の蓋を開ける。「それでも仁香さんに礼を言うのね。貴方達を無の世界に放り込んだりしないそうよ。 そしてこの壺に二人を封印したらわたしが持ち帰る。 一生分の祈祷料を払ってでも、佐喜男さんや塁さんに呪いが降りかからないようにとね。配慮したのよ。貴方も神代家も、仁香さんには感謝しなさい」 やがて美羽の経が始まった。 一瞬、仁香と変貌した功一の視線が絡んだ。「糞女ぁぁぁっ」 ルシウスだったものから視線を逸らすと、仁香も美羽の側で手を合わせ始めたのだった。 □□□□□□ 雪解け水が流れる川の上。 高速道路へ向かう大きな橋の手前のスペースにて、塁の運転で来た佐喜男と友紀が二人を見送りに来た。 仁香と功一は再び都心部へ戻り、別居を決めた。 本来仁香の家へ婿へ入るべきと美羽に言われたが、塁にもしもの事があったらと、功一は事情を理解したあとも首を縦には振らなかった。「近いうち、お伺いしたいから……仁香さん、お父様に予定を聞いていただけるかしら」 友紀の様子はまさに憑き物が落
美羽は経を止めると、ゆっくりと仁香の方へ向き直る。 感覚か雰囲気か。 仁香と美羽の視線が合う。けれど互いに先程までと違った空気が張り詰める。「あんたが……あぁ、あんたがそうかい……」 美羽の唇から漏れる声は何故かとてもしゃがれていた。「俺ぁ、ちゃんとここに造ったんだぁ」「まさか。あなたは……」「ん。功一が産まれた時になぁ。俺がここを造ったんだぁ。 引戸の奴には随分止められたけど、悪神等を封じ込めるにはこの世界の神仏では無理だから」「功一さんのお祖父さん !! でも……それなら男性が短命という噂は…… ? 」「祭壇を造ってから止まっただろう ? もともとは悪神親子の呪いのせいで、一族は呪われてた。 別な次元ってのは存在するんだ。自分たちと同じ魂の構造で。ルシウスと父親は……ガルンと言ったか、向こうの世界で魂を封じ込められ、行き場を彷徨いやがて自分たちと同じ構造の魂がいるこの世界へ目を付けやってきた」「お祖父さんは何故、気付かれたのですか ? 」「もともと引戸んとこは口寄せができる爺様がいてなぁ。神代家に忠告はしていたのさ。 たまたま俺が建てただけで、親族は皆、神代家に憑く悪神の存在を耳にしてはいたんだ。 しかし、この大きな家がそういった行動を許さんで。 俺が祭壇を建てたときは本当に反対されたな」 神代家に憑くルシウスと領主。その存在が悪神とされ歴代当主の寿命を奪ってきた。「じゃあ、やっぱり祭壇を撤去したらまた神代家の寿命は……」「そうだな。また呪いが始まるだろうな。 だがな、巡り巡ってようやくあんたが神代家へやってきた。功一にとってはあんたと一緒にいるのが一番いいんだろうな。 だからね。本当の祭壇を見つけたら、この住職さんに焚
「では二階に」 仁香が美羽を誘導しようとすると、美羽がスッと片手を上げて制する。「ごめんなさい。暫く無言になるわね。 あと、美佳はどっか行ってて」「もう。ごめんね。じゃあわたしこっちにいていい ? 」 そう言い美佳はリビングの窓辺の椅子を指した。「はい。大丈夫。あ、よかったらカウンターのお菓子でも」「ありがと♡」 仁香が振り返った頃には既に美羽は階段下からジッと一点を見上げるように固まっていた。「……ああ、そう。じゃあいいけれど」 何やら独り言を呟き仁香へ向き直る。「こういうのってさ。抜き打ちで来ないとバレちゃうんだよね」「でも、誰にも言ってないのに…… ? 」「昨日、電話は部屋でしたんでしょう ? 」 確かに連絡を取ったときは寝室にいた。「あの時、功一さんも一緒にいたわ。寝てたけど……それは大丈夫ですか ? 」「それはその子がどうにかしてくれたみたい」 そう言い、仁香の足元を美羽がいう。しかし、仁香には何も見えないのだ。「多分、たぬきかなぁ…… ? 野生動物を保護した事無い ? 」 仁香には確かに覚えがあった。「父親の仕事の関係で。たぬき……引き取ったことがあります。 凄い。どうして分かるんですか ? 」 仁香の質問に美羽は難しそうな顔をして語った。「この子はずっと仁香さんに憑いてた良い子なんだけど、あの祭壇をきっかけに力をつけたのね。物音を聞いたことない ? 足音とか」「そういえば、祭壇を見つけた日も物音が……昨日も」「今回の事は無責任に聞こえるかもしれないけど、前世の関わりの中で今世で回避できなかったイベントみたいなものなの。深く落ち込まないで」「はい……」
「ルシウス様、大丈夫なのですか ? 」「ルシウス様 !! 」 庭にいた女たちが屋敷から出てきたルシウスに群がった。ルシウスはすっかり血に塗れたシャツを脱ぎ捨て、普段は袖を通さない法衣に身を包んでいた。「ルシウス様、太陽神に選ばれたと聞きました。おめでとうございます。 ところで。その……ミレアという私の友人を見掛けませんでしたか?」「ああ、君は確かいつも彼女とペアを組んでいた娘だね。 これから行くところにいるはずさ。一緒に来るかい?」「はい ! お邪魔でなければ」 他の奴隷たちの羨む視線を振り切り二人は門を出る。「あの、ミレアは敷地の外には行かないと思いますが」「君は知ってるんだろ ? ミレアはアスターといるよ 」「そうですよね。ルシウス様にはバレちゃいますよね」「君、名前は ? 」「エリーです」「そうか。エリー。さあ、あの丘の上だ」 ルシウスはすぐ門から出て岸壁沿いにある小さな遺跡を指した。 海から吹き上がる潮風で風化した、形の崩れた物だ。背丈ほどある大きなリング状の祭壇だったが、崩落してからは太陽神の祀りは街中で行われるようになった。 街中で太陽神を民衆が拝むのとは違い、まさにここは本殿だ。 岸壁からは広大なコバルトブルーの海が見え、大きな夕日が沈む直前だった。「太陽神の遺跡……」 エリーは辺りを見渡すと不思議そうにルシウスを見上げた。「二人はどこに?」 ルシウスもまたエリーを見下ろした。 ボロを着ていてもしっかり結ばれた服の袖、まとめられた髪。そしてその表情は無邪気さはなく、明らかにルシウスに警戒心を顕にしていた。「大人しくしていろ」 突然、笑みの消えたルシウスにエリーは素早く反応した。 ガギィ!!「クソッ ! 何様のつもりだ !? 」 エリーは隠し持っていた鉄の棒で、ルシウ
朝起きると何やら一階が騒がしい。 昨日と同じく、佐喜男が騒ぐ声。それともう一つ。 事務的な口調で話す男の声。「仁香さん……」 美千花が不安そうに仁香に寄ってきた。「犯人……。馬宮って人と身分証盗んだ人、見つかったんですって」「え ? じゃあ何に騒いでるの ? 」「相手が雇いのホームレスの方みたいで……。口座のお金、使いまくったとか」「え、でもそれは返すように警察のほうで……」「うーん。無理じゃない ? そうなると、あのホームレスに財産がないと。無いものはないって感じでさ。泣き寝入りコースだよ」「そんな……」 そのうち制服を着た警官に連れられ、佐喜男と友紀は署へ同行して行った。「わたしももう行かなきゃ。仁香さん、お弁当ありがとう。 行ってきまーす」「いってらっしゃい」 神代家から人が消える。「ほんとに一人になっちゃった……あ、違うか」 塁は自室にいるはずだ。「折角だけど美佳さんが来る前に内職は終わらせて置かないと」 茶菓子があるのを確認したあと祭壇の部屋へと戻る。「え ?! 」 端に寄せてあった段ボールの山が動いていた。 荒らされたと言うよりは、並べられた感じで、仁香は恐る恐る箱の中身を確認した。「…… !? 」 終わっている。 すべての作業、一週間分の中身のセロハンの包みから箱詰めまですべてが済んでいた。「……」 思わず祭壇を見上げる。 昨晩、この部屋に来てから、トイレと入浴以外は空けていないのだ。 神がかり的力でもない限りは無理な作業量だ。 領主の男はそんなことはしないだろう。
「会食に来ないからどうしたのかと思ってたら、警察沙汰になってたぁ !? 」「強盗が奪った物がなんなのかわからなかったんです。功一さんから直近の契約の流れを見てまさかと確認しましたら……」「功一 ! お前の先輩だったんだよな ? 」 功一の顔は仁香からは見えない。しかし、どこか功一は他人事のように「まぁ、そうだな」などとあやふやな返事を返すのみだ。「ひ、被害届は出しましたんで ! 」 竹田が佐喜男をなだめようとするが、収まらない 。無理もない。 太陽電設という感謝もダミー。馬宮という男の存在しか分からない状況だった。「そもそも権利書だけでは売買は成立しません ! 本人の同意書から身分証明書、印鑑証明、全てないと ! 」「俺、それを既に功一に渡してんだよ ! 」「えぇっ !!? 」 ここでようやく、竹田はそばで正座したまま呑気に出された茶を啜る功一を愕然と見上げた。「こ、功一くん…… ! つい先週のお客様だろ ? そんな急ぎ早で契約をするなんて…… ! 」「前の職場では契約はスピード命でしたし。 馬宮先輩もまともそうに見えたので、すっかり……。しかもまさか強盗に入るなんて」「強盗に入ったのが馬宮っての本人で契約に関するものをとりもどせればいいが、これが特殊詐欺だと流石に……細分化されて追いようがないかもしれません」「いや、冷静に考えて。ここの土地を買ったなら持ち主を辿ればいいだけだ。そこから遡ればいいだけで」 そこで竹田が疑わしい目で功一を見始めた。「お父さんの実印やらなんやら……なんで借りる必要あったんだ ? 書類だけで済むものを、なんでうちに持ってきた ? 」「最近多忙でしたので、スキマ時間にやろうかと」「それは通じないだろ 。 佐喜男さん、その土地。最近見に行かれましたか ? 」
想定外か、予想通りか──朝起きると、家事は何もされていなかった。 佐喜男と友紀の食べた弁当の空が、乱雑にシンクへ置かれていた。「はぁ……」 思わずため息が出る。 しかし、早寝をしたせいか寝起きがよく、いつもより早い時間にスッキリ目を覚ました。今から炊飯をしても間に合うだろう。 キッチンのカウンターには弁当箱の入ったランチバッグが二つ。 一つは美千花の息子 賢治のものだ。中身を見て好き嫌いをチェック。嬉しいことに昨日も完食。少し嬉しくなる。 功一の弁
部屋から部屋へ掃除機を犬のように連れて歩く。 友紀が自室からひょっこり顔を出すと、トイレへ向かった。 その間に掃除しろ、というサインなのだ。「ホイホイホイ〜」 さっさかさっさか。 作業だ。 これはただの掃除。家事だ。 そう思わないと心が病んでしまう気がして、小声で窓を開け埃を逃がす。(大丈夫。先月まではこの部屋に入れてもくれなかったんだから。考えれば自分の部屋を勝手に掃除されるっていう方も負担よね。 わたしも理解しなくちゃ……)
駅前でいつも功一と仁香は待ち合わせをした。 都会の冬はいつもビル風が強く、冷たくなった仁香の耳を功一は笑いながらポケットから出した手でぴっとりと触れて温めてくれた。 仁香は建築会社の事務員を、功一は不動産業の営業の端くれとして仕事上知り合いになった。 功一の仕事ぶりに仁香の上司や現場から多くの高評価がフィードバックとして上がってくる。土地が絡む話は大抵、揉めがちで大金を支払う者は企業、個人問わず神経質になりがちだ。 功一の勤めていた梅田不動産は先々代の社長が多くの土地を所有し莫大な資産を築いたが、その息子の代に変わると見る見る間に失速。 そこで頭角を現したのが功一だった。 仕事
雪荒ぶ道。 轍のついた路面の端で仁花《ニカ》は冷えていくサンダルの爪先を見詰めた。 眺めたところで仕方ないというのに、疲労と絶望で思わず顔を下に向けてしまう。 仁花は両手に大きなナイロン袋を提げ、ありったけの日本酒を持っていた。瓶の重なり合い割れてしまうのを見越し新聞紙を持参したが、あまりの重さに一度雪の上へ袋を下ろした。 普段温厚な義父はいつも仁花を可愛がり、気遣ってくれる。そんな義父の頼みとあっては断れないのだ。例え酒が人格を狂わすとしても、味方になりうるのは義父だけ。 今晩、酒を買いに行って来いと義父が言うもので家を出たが、仁花は義母に車を置いていけと言われ徒歩で三キロ先の







