翌朝、いつものカフェの奥まった席には、柔らかな朝日が差し込んでいた。麻衣子が店に入ると、霧島はすでにコーヒーを片手にスマホを見ており、その隣では天野が静かにノートパソコンを開いていた。「おはようございます、麻衣子さん」天野はいつもの穏やかな声で立ち上がり、さりげなく椅子を引く。「おはよう、天野君」麻衣子は微笑みながら腰を下ろした。そのときだった。椅子の横に置かれた天野のバッグの口から、一冊の分厚い本がわずかに覗いているのが見えた。『司法試験 短答式対策』見慣れないタイトルに、麻衣子の視線が止まる。だが天野本人は気づいていないようで、すぐにノートパソコンを開き、昨夜まとめた資料を差し出した。「弘人氏の資産移動履歴です。 時系列で整理しておきました」「……ありがとう」麻衣子は資料を受け取りながら、もう一度だけバッグの背表紙を見つめた。(まだ、続けていたのね……)以前、何気ない会話の中で、天野が司法試験を目指していたことを聞いたことがある。けれど彼は、それを誇らしげに語ったことがなかった。忙しい仕事の合間に、誰にも言わず勉強を続けている。昨夜もきっと、この資料をまとめたあとに参考書を開いていたのだろう。そう思った瞬間、胸の奥が小さく熱を帯びた。「……麻衣子さん?」不意に声をかけられ、麻衣子は我に返った。「あ、ごめんなさい。 少し考え事をしていたわ」「無理、しないでくださいね」天野はそれ以上踏み込まず、ただ穏やかに微笑む。その距離感が、麻衣子には不思議と心地よかった。霧島がコーヒーを置きながら、苦笑混じりに口を挟む。「天野、また寝てないだろ」「え?」「今朝三時にデータ送ってきたの、お前だからな」
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