世界的な科学者だった父が拉致され、三日後、川辺で遺体となって見つかった。私はお通夜の祭壇の前で、一晩中ひざまずいていた。弁護士の夫、一条恒一(いちじょう こういち)は目を赤くしながら言った。「必ず犯人を見つけて、お義父さんの仇を取るよ」だが葬儀の後。彼のオフィスで、彼が支援している女子学生の橘詩音(たちばな しおん)の声を聞いてしまった。「恒一さん……私、教授に授業で恥をかかされて……少し脅かすだけのつもりだったんです。まさか本当に殺されるなんて……私、捕まりたくありません……」恒一はため息をつく。「お前は軽率すぎた。だが、白石教授にも非はあった。この件は俺が処理する。ただ……美月には悪いが」その瞬間、頭が真っ白になった。私は怒りを押し殺し、静かにその場を離れた。彼は知らない。彼の脚を治す薬は、全部で八回分ある。最初の七回は毒性成分。最後の一回と組み合わさることで、本当の治療薬になる。だが今、その薬を完成できる唯一の人間は――彼らに殺された。……スマホが鳴る。私は無視して部屋に入った。私を見ると、恒一は通話を切り、一枚の書類を差し出した。「犯人は見つかった。サインしてくれ」私は書類を見て、胸が痛んだ。数時間前まで「仇を討つ」と言っていた男が。今は真犯人を庇い、適当な替え玉を用意している。「末期がん患者が世間を恨んで父を殺した?本気で言ってるの?」私を見ている恒一は、わずかに目を逸らした。「すぐ受け入れられないのは分かる。だが事実だ。お義父さんも、安らかに眠れないままでは不本意だろう?」――サインをしてはいけない。そうしたら、父は本当に浮かばれなくなるのだ。私はその場で書類を破り捨て、詩音を見る。「橘さん。父が拉致される直前、最後に電話したのはあなたよね?」詩音は顔を強張らせ、助けを求めるように恒一を見た。「もういい!」恒一は詩音を背中に庇い、私を睨む。「美月、いい加減にしろ。犯人は逮捕された。判決も出てる。運が悪かったんだよ。お前の父親は」私は目を赤くして詰め寄った。「あなたの脚を治すために、父は何か月も研究室にこもってたのよ!少しは良心が痛まないの!?」すると詩音が前に出た。「白石先生が亡くなったのは、恒一さんのせいじゃありません
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