All Chapters of 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた: Chapter 11 - Chapter 20

30 Chapters

第11話

手も頬も痛み、これ以上ないほど惨めな気持ちになった薛皎月は、涙をぽろぽろとこぼしながら、作りかけの刺繍を掴んで外へ走りでた。「皎月?」門のところで、薛皎月は薛遂川に出くわした。「自分が何にもできないくせに、よく泣けるわね!どうしてこんな馬鹿を産んでしまったのかしら!」周氏はなおも罵り続けている。薛皎月はもう聞いていられなくなり、兄に声をかける余裕もなく、涙をこらえて早足で逃げ去った。薛遂川は彼女の後ろ姿を見送り、中へ入りながら尋ねた。「どうしてまた喧嘩なんてしてるんだ?」周氏はただでさえ頭に血が上っていたため、彼に聞かれると、せきを切ったように不満をぶちまけた。「あのどうしようもないあなたの妹のせいよ!私があの子の将来のために色々考えてあげているというのに、あの子ときたらよそ者の肩ばかり持って!見てみなさい、もうすっかり靖王妃様なんて呼んで慕ってしまって。数日もすれば、喜んで下女にでもなり下がるんじゃないかしら!」「靖王妃」という言葉を聞いた薛遂川は眉を上げ、周氏のそばに座り、そっとその手を握る。「皎月はまだ幼くて、世間の道理がよく分かっていないんですよ。母上、そんなに腹を立てないでください。それより、あの靖王妃ですが……」彼は少し言葉を切り、口角を上げた。「俺が後で様子を見てきますよ。母上、通行札を貸していただけますか?」沈薬が暮らす院は警備が厳しく、通行札がなければ薛遂川は中に入れなかった。それに、無理に押し入ろうとすれば、護衛たちの手にある剣が、容赦無く彼に振り下ろされるだろう。周氏は眉をひそめた。「あなたがあの娘のところへ?何のために?そんなの許可しないわ!」だがこの数時間、沈薬のあの顔、あの細い腰が薛遂川の頭の中で何度も浮かんでは消え、すでに彼の心をむず痒くさせており、そう簡単に諦められるものではなかった。彼は根気よく周氏を説得する。「母上、靖王妃が挨拶に来ないのを腹立たしく思っているんでしょう?母上はこの家を取り仕切っているのだから、自分から会いに行くわけにはいきませんし、下男の者たちなんて、彼女は当然気にも留めていない。だから、俺が行くのが一番いいんです。安心してください。明日には間違いなく彼女が母上に挨拶に来ると、俺が保証しますから!」……髪を解き、簪や飾りを外した沈薬は、寝支度を終えて
Read more

第12話

沈薬がすぐさま助けを呼ぼうとしたが、薛遂川はそれを予測しており、二、三歩で彼女に駆け寄ると、沈薬の口を乱暴に塞いだ。「しーっ」薛遂川にとってこの手のことは日常茶飯事で、実に手慣れていた。「靖王妃、叫ばないで!人が来て、俺と二人きりでいるところを見られたら、皆に何を言われるかわからないでしょう。それに、まさかこのまま一生、名ばかりの王妃でいるつもりですか?」沈薬は抵抗したが、父や兄についてしばらく武術を習っていたとはいえ、やはり薛遂川という大人の男の力には敵わなかった。沈薬の抵抗を感じ取った薛遂川は少し呼吸を荒らげ、誘惑するような声を出す。「靖王妃、あなたはまだ男女の歓びを知らないから、そう嫌がるのです。でも、一度味わえば、これからは毎晩俺を求めるようになりますよ、ん?」薛遂川は顔を近づけ、ねっとりとした視線を沈薬の顔に落とした。沈薬が寝台の謝淵を見つめていることに気づくと、低く笑い声を上げる。「靖王妃、安心してください。靖王には分かりませんよ。名のある医者たちが何人も診察に来ましたが、全員が一生目覚めないと言っいてるんです。とっくの昔に廃人も同然になってしまったんですから」その時突然、反撃に出た沈薬。薛遂川の右足を思い切り踏みつける。薛遂川は痛みで、拘束の手をわずかに緩めた。沈薬は渾身の力で振りほどき、門の外に向かって大声で叫ぶ。「青雀!丘山!」ここから門の外までは距離があるため、彼らが駆けつけてくるまでには時間がかかる。沈薬は自分が薛遂川より速く走れないと分かっていた。だから彼女は部屋から逃げ出すことを諦め、そばにあった飾り棚へと急いで駆け寄った。棚には、重々しい剣が置かれている。丘山の話によれば、これは謝淵が軍を率いて戦う際に佩いていた剣らしい。沈薬は将軍家の娘だ。そうやすやすと人に虐げられたりはしない。薛遂川は可笑しそうに笑った。「靖王妃、本当に彼らを呼ぶおつもりですか?俺は、あなたが乱れた姿で俺の腕の中にいるのを他の者に見られたくありません……だから、大人しくしてください、ね?彼らが来ても下がらせて、靖王の寝台の前で楽しみましょうよ。靖王だって何も分からないし、私たち二人は快楽を味わえる……」「黙りなさい!」沈薬は怒鳴り、両手を使って鉄の剣を持ち上げた。昔、父や兄の剣を使ったことはあった
Read more

第13話

しかし、謝淵は薛遂川には見向きもせず、目を伏せた。すると、沈薬の滑らかな額に浮かぶ細かな汗の粒が見えた。「剣を私に?」それは問いかけるような口調だった。沈薬は「はい」と短く答えたが、色々なことが立て続けに起きたせいか、声が震える。それに気づいた謝淵は、眉をひそめた。沈薬の手から鉄の剣を受け取った謝淵。沈薬が両手を使っても持ち上げるのがやっとだったこの剣だが、謝淵の手に握られると、まるで重さがないかのように見えた。謝淵は薛遂川に目を向ける。謝淵は並外れて美しい顔立ちをしていたが、何百何千という血で血を洗う戦場の殺戮を潜り抜けてきたせいで、彼が纏う雰囲気は色濃い血の匂いを漂わせていた。加えて、高みから見下ろす姿は、まるで修羅のようであり、凄まじい殺気が辺り一面を覆い尽くす。薛遂川は直視することも恐れ多く、全身をこわばらせた。「先ほど、お前は何と言った?」謝淵がゆっくりと口を開いた。その声は低くも、驚くほど静かだった。薛遂川はすぐさま土下座をした。「靖王様、私が間違っていました!本当に申し訳ありません。これからは、もう絶対にこんなことはしま……」名医たちが謝淵を診に来ていた時、ほとんどの場合、薛遂川はその場に居合わせていた。だから、これだけ重傷の靖王は、おそらく一生目覚めることはないだろうと、彼らが何度も何度も口にするのをはっきりと聞いていたのだ。もしそうでなければ、今夜こんな真似ができるはずがない。幼い頃から、薛遂川は靖王、つまりこの従兄を心底恐れていた。なぜなら、彼が冷酷かつ無慈悲で、容赦のない人間であることを知っていたからだ。それなのに今夜、靖王の妻を慰み者にしようとしたところを、よりによって当の本人に見つかってしまうとは……「私はお前に質問しているんだ」謝淵が、薛遂川の言葉を遮る。「先ほど何と言ったんだ?」謝淵は手にした剣を反転させ、鋭い剣先を地面に突き立てた。「キン」という鋭い音が響く。薛遂川は体を震わせ、背中にも冷や汗をにじませながら、恐る恐る顔を上げた。「私が……先ほど申したのは……」謝淵の顔から感情は読み取れず、薛遂川が言葉を続けるのをただ待っているようだった。薛遂川は息を呑み、腹を括って言った。「私は、彼らが来ても下がらせて、靖王の寝台の前で楽し……」「その言
Read more

第14話

しかし、薛遂川に青雀を相手にしている余裕などなく、顔の汗を拭うとそのまま逃げ去っていった。異変を感じ取った青雀は、声を張り上げて尋ねる。「王妃様、ご無事ですか?」「王妃」という言葉を聞いた謝淵は、明らかに一瞬動きを止めた。剣を握り慣れているはずなのに、その瞬間、手にしていた剣が滑り落ちそうになる。沈薬は謝淵の方を振り返り、小さな声で言った。「彼らを入れてもいいですか?」しかし、謝淵はそれに肯定も否定もせず、代わりに一言口にした。「王妃?」尋ねるような、はたまた呼びかけるような、語尾が軽く上げられた。沈薬はたちまち顔を赤らめ、たまらなく恥ずかしそうに言った。「陛下が私に結婚相手を下賜してくださるとおっしゃって、誰に嫁ぎたいかと聞かれたものですから、私は……」「だから私に嫁いだ、と?」沈薬は気恥ずかしくも「はい」と答えたが、謝淵には心に決めた人がいることを思い出し、付け加えた。「でも大丈夫です。陛下からの下賜とはいえ、私たちはいつでも離縁できますから」「離縁した後は?」沈薬から少し離れた場所で、伏せ目がちに立っている謝淵。その瞳の奥の感情は読み取れない。「皇太子を探しに行くのか?」はっとした沈薬は、否定しようとした。しかし次の瞬間には、「ドン」という音がした。何と、謝淵が手にしていた剣を投げ捨てたのだ。沈薬は驚いた。謝淵はこの剣を妻のように大切にしており、特別な名前をつけるだけではなく、人を斬って血を浴びた後は、必ず手巾で隅々まで拭き清め、手入れには細心の注意を払っていると、聞いていたから。なのにどうして、こんな風に無造作に地面に放り投げたりしたのだろう?「沈薬」謝淵が沈薬を呼んだ。その声には少し疲労の色が混じり、かすれている。沈薬も謝淵を見つめた。「こっちへ来い」と、謝淵が言う。沈薬は大人しく近寄ったが、謝淵の顔色が青白いのを見て、思わず口を開いた。「殿下、もし……」すると、突然肩が重くなった。謝淵が寄りかかってきたのだ。沈薬の肩に乗せられた謝淵の頭。そして、沈薬には一定のリズムで続く彼の呼吸が聞こえてきた。しばらくしても、謝淵は何も言わなかった。「青雀!丘山!」沈薬は小さくため息をつき、顔を向けて門の外に向かって叫ぶ。「早く入ってきて!」……太医(宮廷の医
Read more

第15話

診察の後、王氏は処方箋に少し修正を加えた。沈薬は青雀に彼を見送らせ、丘山が身をかがめて、不器用ながらも丁寧に謝淵の布団の端を整えるのを見つめていた。沈薬はしばらく考え込んだ後、尋ねる。「丘山、あなたは靖王殿下のそばにどのくらいいるの?」丘山は正直に答えた。「私の父は禁軍(キングン)に属しておりまして、私は生まれてすぐに宮中に送られました。物心ついた頃からずっと靖王様のそばにおりますので、数えてみると……」彼が指を折って数える。「二十七、八年になりますかね?」沈薬は心が少しざわつき、顔を向けた。「それなら、靖王殿下のことなら何でも知っているのね」「ええ」「じゃあ、靖王様に心に決めた人がいるかどうかは知っている?」丘山は、明らかに言葉を詰まらせた。「王妃様……」彼がなぜ言い淀んだのか分かった沈薬は、笑って言う。「実は、靖王様に想い人がいることは前から聞いていたの。だから、私は気にしていないわ。じゃなきゃ、嫁いできたりしないでしょ?」そして穏やかに続けた。「今こんなことを言うのは、別に責め立てようというわけじゃないの。ただ、さっき太医殿が、度々靖王殿下に刺激を与えれば、また靖王殿下を目覚めさせられるかもしれないって言ったでしょう?それに、靖王様には美しい想い人がいて、日夜想い焦がれていると誰もが言ってる。もしその方を見つけ出して連れてくれば、靖王殿下も目を覚まされるかもしれないと思って」沈薬は丘山を見つめ、静かに言う。「だから心配しないで。その方が誰なのか教えてくれるかしら?すべては靖王殿下のためにね」寝台に横たわる謝淵は、手足に一切の力が入らず、ぴくりとも動かせなかった。まぶたさえ鉛のように感じられ、少しも持ち上げることができない。ただ意識だけは鮮明で、そばで交わされる声はずっと聞こえていた。だから、沈薬のその言葉も聞いていた。そして丘山が合点がいったように、「王妃様のおっしゃる通りですね!」と言うのも。謝淵は歯がゆくてたまらなかった。たった二言三言で丸め込まれるなんて。この馬鹿が。沈薬は再び尋ねた。「それで、靖王殿下の想い人は誰なの?」謝淵は思った。沈薬のように柔らかな声で穏やかに語りかけられれば、降参しない方が難しいかもしれない。全てを丘山のせいにもできないだろう。だが、丘山は頭
Read more

第16話

しかし、謝淵はふとある重大なことに疑問を抱いた。沈薬は休むと言ったが、どこで休むというのだ?謝淵はすぐにその答えを知ることになった。衣擦れの音が聞こえ、その音はだんだんと近づいてくる。誰かが寝台に上がり、軽くて柔らかい衣の布地が謝淵の鼻先を軽く掠め、清らかで淡い茉莉花の香りが漂ってきた。これは沈薬の香りだ。彼女は奥で横になるらしい。奥といっても、謝淵のすぐそばに……謝淵の呼吸が少し乱れた。昏睡状態が長すぎたせいか、それとも隣の花の香りが強すぎるせいか、謝淵はなかなか寝付けず、過去の様々なことを思い出し、さらには未来のことまで考えた。突然、自分の腰に何かが乗せられたのを謝淵は感じた。それはとても軽く、そして柔らかく……さらには、薄い錦の布団と衣越しに、微かな冷たさを伴っている。沈薬が熟睡して寝返りを打ち、腕を乗せてきたのだった。謝淵は息を止め、全身をこわばらせる。ますます眠れなくなった。……翌日。目を覚ました沈薬は、化粧台の前に座って青雀に言った。「今日は周叔母様に会いに行くから、気品溢れるような結い方にしてくれるかしら?」青雀は頷き、声をひそめた。「王妃様、後で薛様のこともお話しになりますか?」「もちろんよ」こちらの院は警備が厳しく、普通の者は通行札がなければ絶対に入れないことを、沈薬は知っていた。そしてその札は、周叔母しか持っていない。つまり、周叔母が薛遂川に渡さなければ、薛遂川は決して入ってこられなかったのだ。すると、何かを思い出した青雀が、袖から黄色い玉佩を取り出した。「王妃様、これを」沈薬は横目で見た。「これは何?」「昨晩、薛様が落としていかれた玉佩です。昨夜慌てて逃げていかれた時に、私が壁の隅で拾いました」沈薬は玉佩を受け取り、口角を上げる。「いいわね」身支度を終え、沈薬は青雀、銀朱、それに二人の女官を連れて晩香堂へ向かった。その頃、周氏は起きて髪を梳かし終わったばかりだった。ちょうど欠伸をしていたところへ、侍女が小走りで入ってきて、沈薬の訪問を告げる。周氏は眉を上げた。「まさか、遂川にこれほどのことができるなんて」昨夜、薛遂川が向こうから慌てふためいて逃げ帰ってきたと聞き、てっきり失敗したのだと思っていた。まさか、成し遂げていたとは。
Read more

第17話

周氏が用意していた言葉は口に出す間もなく、不意を突かれ逆に問われ、呆気にとられるしかなかった。「あなた……それは私に言っているの?年下の分際で、この私にそんな態度を?」若くも静かで冷ややかな沈薬の顔を前にし、周氏の胸中に怒りの炎が燃え上がる。「年下の分際で、目上の私にそんな無礼な口を利くなんて!嫁いできたばかりで、もうこれほど横柄な態度をとるようでは、この先靖王府で実権を握って、私や薛家の子供たちを全員追い出すつもりなんでしょう!」しかし、沈薬は反論せずただ尋ねた。「昨夜、あなたが薛遂川に通行札を渡したんですか?」周氏にとってそれは大したことではなかったので、鼻で笑って答える。「だとしたら、何だっていうの?この靖王府は私が管理しているんだから、誰に札を渡そうと私の勝手よ。なに?嫁いできて二日目で、もうここの権限を奪い取ろうって魂胆かしら?」沈薬は彼女をじっと見据えた。「ということは、薛遂川が靖王殿下を暗殺しようとしたのは、あなたの差し金ということですね?」周氏は自分の耳を疑った。「な、何ですって?」一拍遅れて事態を理解した周氏は、怒りで歯ぎしりをする。「暗殺だなんて誰が……あなた、実権を奪いたいからといって、私にそんな無実の罪を着せないでちょうだい!」沈薬は袖から黄色い玉佩を取り出し、周氏の目の前に放り投げた。「これに見覚えはありますか?」周氏のそばにいた侍女がしゃがみ込み、玉佩を拾い上げて手のひらに乗せ、周氏の目の前に差し出す。周氏がちらりと見た。「ただの玉佩じゃない。まあ、質は悪くないけれど」この数年靖王府で、周氏が目にしてきた上等な品は数え切れない。だから、彼女は一切気にせずに言った。「脅しが通じないからって、今度は物で釣ろうというの?」沈薬はそれを聞いて笑った。「周叔母様、夜が明けてもう随分経つのに、まだ寝ていらっしゃるんですか?」その言葉の皮肉に気付き、周叔母は眉を吊り上げた。「あなたね……」「よく見てください。これはあなたの息子、薛遂川の玉佩ですよ」沈薬は彼女の言葉を遮り、冷ややかに言い放つ。周氏はその黄色い玉佩をまじまじと見つめた。見れば見るほど見覚えがあった。裏返してみると、そこには「川」の文字が彫られていた。確かに薛遂川のものだ!周氏は内心焦り、思わず尋ねる。「これが……ど
Read more

第18話

これで、もう二度と無断で院に押し入ってくる者はいないだろう。沈薬はそれ以上何も言わず、背を向けて立ち去った。部屋の中の周氏は、一気に全身の力が抜け、長椅子に崩れ落ちた。手で触れてみると、額も顔も恐怖による冷や汗でびっしょりだった。たかが十七歳の小娘だというのに、これほどの威圧感があるとは!ほんの一瞬、まるで謝淵を相手にしているかのような錯覚を覚えたほどだ……控えていた侍女が茶を運んできた。「奥様、お気を確かに」周氏は受け取り、一口茶を口に含む。温かい茶を飲むと、周氏の頭は冷え、気持ちは少しだけ落ち着いた。あの沈家の娘、今日通行札を自分から奪ったということは、明日にはここの鍵まで奪いに来るに違いない。もし靖王府の実権を失えば、自分や子供たちの栄華が完全に終わってしまう!それは、だめだ……何もしないわけにはいかない!……薛遂川と周叔母の件を片付けた沈薬は、院に戻り再び帳簿に目を通し始める。空が暗くなる頃、ようやくすべて読み終えた。青雀が入ってきた。「王妃様、毎日こんなに根を詰めてはいけませんよ。本当に目を悪くしてしまいます」「もうこれからはしないわ。もう全部読み終わったから」沈薬は伸びをする。「それにしても、でたらめな帳簿ばかりだったわ。毎月入ってくる銀は多いのに、出ていく方はそれ以上。完全に赤字で、王府の貯蓄を切り崩している状態よ」青雀は鋏で余分な蝋燭の芯を切りながら、「あら」と声を上げた。「私たちの将軍府とよく似ていますね」沈薬も小さくため息をついた。「そうね」この数年、盛朝では常に大小の戦が絶えなかった。戦になれば、必ず死者が出る。負傷したり障害を負ったりして前線を退く将兵もいれば、戦死して、年老いた母親や乳飲み子など大勢の家族を残していく将兵もいる。朝廷から見舞金は出るものの、様々な理由により、必要な者の手元に届かなかったり、届いたとしても大半が中抜きされていたりした。このような状況は後を絶たず、完全に防ぐことはできなかったが、将兵やその遺族たちは支援を待つ余裕などなかった。だからこそ、父や兄はいつも将軍府の蓄えから彼らを援助していたのだ。どうやら、靖王府も同じらしい。「でも、そんな風に貯蓄を切り崩していては、いつまで持つか分かりませんね。まさか、王妃様の
Read more

第19話

もしかして、嫁いだ相手が謝景初であれば良かったとでも思ったのだろうか?でも、嫁いだ相手は自分だから、行かなくて正解だとでも?全く不愉快極まりない。少しして、沈薬が言った。「考えてもみて。父上も兄上も、叔父上たちも皆いないどころか、母上までも亡くなっているのよ。里帰りと言って、靖王殿下が私と一緒に帰ったとしても、そこにあるのはお堂いっぱいの位牌だけでしょ?」謝淵は再び呆気に取られた。青雀もそれを聞いて少し悲しくなった。「王妃様……」しかし、沈薬はあまり感傷的になりたくなかったので、にこっと笑って尋ねた。「青雀、如意餅を食べたくない?」青雀が一瞬動きを止め、目を輝かせる。「王妃様が作ってくださるんですか?」沈薬は笑みを浮かべ頷いた。これで青雀は悲しんでいるどころではなくなり、生唾をごくりと飲み込んだ。沈薬の父には二人の兄がいる。その二番目の兄は、名高い料理人の家に生まれた女性と結婚した。その女性、つまりは沈薬の伯母にあたるのだが、沈家に嫁いできた後もじっとしておられず、よく厨房に立っていた。そしてその料理の腕前が沈薬にも受け継がれたのだった。沈薬は才覚があったようで、師匠である叔母を凌ぐほどの腕前になり、彼女が作るものはどれもこれも絶品だった。以前、沈薬はいつも謝景初に食べ物を差し入れていて、様々な品や調理法を試す度に、出来上がるとまず青雀に味見をさせていた。その時、青雀はとても幸せだった。だが、婚約を賜ったあの宴以来、なぜか沈薬はずっと厨房に立っていない。「明日は私一人で将軍府へ帰って、父上や兄上、叔父上たちにお線香をあげてくるわ。今夜お菓子を作って、明日は位牌の前に供えるの。私が無事に嫁いで元気にしていると、彼らに伝えるためにね」沈薬の声はとても柔らかく、まるで三月に水面を撫でる春風のようだった。青雀も素直に頷いた。謝淵はそれを聞きながら、何とも言えない気持ちになった。しばらくすると、簡易的な厨房へ行っていた二人が戻ってきた。青雀はお腹いっぱいになるまで食べ、心から満足していた。口元の笑みを消すことができないまま沈薬の髪を解き、にこにこと言った。「王妃様、作っていただいた如意餅、本当に美味しかったです!王妃様のお菓子を食べたことがない人なんて、人生の半分を損していると言ってもいいくらいですよ
Read more

第20話

お堂に向かう道すがら、青雀が笑って言った。「瑞王世子様は、王妃様の手料理が大好きでしたよね」「そうね。ちょうど今日如意餅を持ってきたから、彼にも少し分けてあげようかしら」しかし、沈薬は内心不思議だった。どうして謝長宥が今日将軍府に?お堂で何をしているのだろう?そうこうしているうちに、お堂に着いた。少し薄暗いお堂の中に、沈薬はぼんやりと二つの人影を見た。どちらもはっきりとは見えなかったが、一つは謝長宥で、もう一つはおそらく彼の従者だろう。沈薬は微笑みを浮かべて足を踏み入れた。「長宥、あなたってたまに先読みでもできるんじゃないかって思うわ。私が今日、如意餅を作って持ってくるって知ってたの?」謝長宥が声の聞こえてくる方を振り向いた。「沈……」しかし、一瞬ためらい、言い直す。「叔母上」「いい子ね」沈薬は笑顔を深め、謝長宥の方を見た。口を開こうとしたが、謝長宥の隣にいる男の顔をはっきりと認識した瞬間、言葉が喉に詰まる。謝景初の姿は大半が暗闇に溶け込んでいたが、その顔は薄暗い中でも息を呑むほどに美しかった。沈薬は眉をひそめ、無意識に一歩後ずさりし、それからようやく作り笑いを浮かべた。その笑みは決して明るいものではなく、明らかに距離を置いたよそよそしいものだった。謝景初の胸の内に不快感が込み上げる。「皇太子殿下も来ていたのね」沈薬の口調は淡々としており、先ほど謝長宥に話しかけた時の親しげな様子とは打って変わっていた。まるで謝景初が赤の他人であるかのようだ。謝景初には理解できなかった。この女は一体どういうつもりだ?またこんな手段で、自分の気を引こうというのか?「そうだわ」沈薬はそばにいた青雀から食箱を受け取り、蓋を開けて謝長宥に差し出す。「食べてみる?」謝長宥は涙が出そうになった。今朝、謝長宥はまだ夢の中にいたのに、突然謝景初に布団から引きずり出され、将軍府へ線香をあげに行くと言われたのだ。幼い頃、謝長宥は沈将軍から武術を習って体を鍛えていたので、半ば弟子のようなものであり、断る理由はなかった。本当は朝食を食べてから出かけたかったのだが、謝景初が有無を言わさず謝長宥を馬車に押し込んだのだった。おかげで今、謝長宥はお腹が空いて背中とくっつきそうなのだ。沈薬の笑顔を見て、謝長宥は願っ
Read more
PREV
123
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status