《攻略失敗後、死を望んだ私に攻略対象が狂い出す》全部章節:第 1 章 - 第 10 章

13 章節

第1話

【マスター、システム判定によりミッション失敗が確認されました。攻略に失敗したため、これより抹消処理を実行します】システムの声で、物陰から結婚式を盗み見ていた私――西園寺莉緒(さいおんじ りお)は我に返った。礼拝堂の中では、一条遥真(いちじょう はるま)と七瀬眞白(ななせ ましろ)が見つめ合って笑い、参列者たちの祝福の拍手に包まれながら口づけを交わしていた。これが、システムが私に用意してくれた最後のチャンスだった。けれど今となっては、それも失敗に終わったらしい。かつて私は、三歳児の体に入り込み、システムと契約を交わした。二十年以内に三人の攻略対象のうち誰か一人でも攻略できれば、元の世界へ戻れるという契約だった。けれど、二十年が過ぎた今、攻略できた相手は一人もいない。もしかすると、これがいちばんいい結末なのかもしれない。私はその場を離れ、大通りにかかる歩道橋へ向かった。システムの話では、攻略ミッションに失敗した場合、まず上位システムへ状況を報告し、それから私を抹消するらしい。橋の下を流れていく車を見下ろしていると、この二十年のあいだ、三人の攻略対象が私に向けてきた冷たい目ばかりが思い出された。彼らは皆、同じ一人の女――眞白のために、私へ容赦ない言葉を浴びせた。彼女は、この攻略世界で誰からも愛されるヒロインだ。彼女にはヒロイン補正があるから、攻略対象たちはどうしても彼女に惹かれてしまうのだと、システムは私を慰めていた。私は曇り空を見上げた。私はこの世界に迷い込んだ異物で、ヒロインを引き立てるための悪役令嬢。だから、こんな結末を迎えるしかなかったのだろうか。もういい。ここまで来て考えたところで、何も変わらない。どうせ私は死ぬのだから。私はふらふらと車道へ出た。誰にも気づかれないまま抹消されるくらいなら、いっそ無惨な死体を彼らに見せつけてやりたい。どれほど私を嫌っていても、最後くらいは、私を葬るしかなくなるはずだ。次の瞬間、耳をつんざくようなブレーキ音が響いた。聞き慣れた荒々しい声が飛んでくる。「莉緒、死ぬなら人目のないところで勝手に死ね。こんな場所で醜態をさらすな」顔を上げると、そこにいたのは西園寺蓮也(さいおんじ れんや)だった。この世界で、私の異父兄にあたる人だ。
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第2話

けれど、蓮也の次の言葉で、その淡い期待もあっけなく消えた。「何を勘違いしてる。お前を追ってきたわけじゃない。眞白に渡すアクセサリーを取りに戻っただけだ。たまたま、お前がこんなところで馬鹿な真似をしているのを見ただけだ。莉緒、いい加減にしろ。死ぬだの何だの騒げば、俺が構うとでも思ってるのか。同情を引こうとしても無駄だ」そんなふうに吐き捨てる蓮也を見て、私は笑うしかなかった。本当に私を心配して来てくれたのだと、少しでも思った自分が馬鹿みたいだった。また一人で、都合のいいほうに考えていただけだった。分かっていたはずだ。蓮也がどれほど眞白を想っているのか。報われないと知りながら、何年も彼女のそばにいたことも。それでも眞白が選んだのは、遥真だった。蓮也はそれを黙って受け入れ、彼女が別の男のもとへ嫁ぐ日まで見届けようとしている。それどころか、今日の式を完璧なものにするため、眞白のためにあれこれ奔走していた。本当に、どうしようもないくらい眞白が好きなのだ。もう、これ以上は耐えられなかった。私は蓮也に背を向け、一歩ずつガードレールへ近づいた。蓮也はまだ、私が気を引くために騒いでいるだけだと思っているのだろう。車にもたれたまま、冷えた声で言った。「死ぬなら早くしろ。後始末くらいはしてやる。俺をこれ以上付き合わせるな。眞白のところへ戻るのが遅れる」その言葉が、最後のひと押しになった。私はガードレールを越えた。川の水が一気に押し寄せ、目も鼻も耳も塞がれていく。息を吸おうとしても空気はなく、胸の奥が少しずつ苦しくなっていった。このまま私が消えたら、あの人たちは少しでも後悔するのだろうか。次の瞬間、私は水の中から引き上げられていた。息を整える間もなく、頬に鋭い痛みが走る。蓮也に、また叩かれたのだ。「お前、本気で死ぬ気だったのかよ!莉緒、俺がいいと言うまで、勝手に死ぬな!」蓮也はそう怒鳴りながら、私を岸へ引き上げた。「いいか。母さんは、お前をこんなところで死なせるために、苦労して産んだんじゃない」お母さんは、この世界でたった一人、私に優しくしてくれた人だった。けれど、そのお母さんはもういない。私にはもう、この世界に残る理由もなかった。そろそろ、ここを去るべきなのだろう。今
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第3話

家に戻った私は、よく切れそうな刃物を一本選んだ。ただ待っているだけなんて、もう嫌だった。どうせ死ぬのなら、このまま自分で終わらせてしまえばいい。家には私しかいない。誰かを巻き込む心配もない。ベッドに横になり、真っ白な天井を見上げた。刃物を握ったまま、私は思わず笑ってしまった。二十年もかけて、私はいったい何をしてきたのだろう。この世界で私は、ずっと攻略という名のゲームを続けてきた。長かったと言えば長かったのだろう。けれど振り返れば、あっという間に過ぎてしまった気もする。かといって、短かったと簡単に片づけられるほど、薄い時間でもなかった。母が再婚し、見知らぬ家で暮らすことになったあの頃、最初に私へ手を差し伸べてくれたのは蓮也だった。この世界にも、ようやく頼れる人ができた気がした。蓮也の前でなら少しくらいわがままを言っても許されるし、何かあれば彼がかばってくれる。そう思えるほど、私は彼を信じていた。だからこそ、その優しさに応えたかった。兄を慕う妹を演じるために、小学生の頃はお小遣いもおやつも我慢して、彼に限定フィギュアを買った。蓮也が裏で余計なことをして揉め事を起こしたときも、私は黙って後始末をした。夜中の三時に胃が痛いと言われれば、生理痛をこらえて薬を買いに行き、朝までつきっきりで看病した。新作の限定腕時計を欲しがったときも、夏休みのアルバイト代には一円も手をつけず、全部その時計に使った。そうして蓮也と支え合っているつもりだった私は、この関係だけは、誰からも愛されるヒロインにも奪えないはずだと思っていた。けれど、ヒロイン補正はやはり強い。攻略対象ですらない、物語の端にいるような蓮也まで、眞白に惹かれてしまったのだから。眞白が現れた途端、この世界でようやく見つけた私の居場所は、あっけなく消えてしまった。もう、どうでもいい。どうせ私の終わりは決まっている。今死ぬか、少し先に死ぬか。その違いでしかない。ためらう理由もなかった。私は手首に刃を滑らせた。赤い血が流れ出し、少しずつ体から力が抜けていく。視界がぼやけていく中、私はただ、このまま静かに終わりたかった。誰にも迷惑をかけないために。事件として扱われないよう、遺書も残しておいた。【これは、自分で選んだことです。どうか悲しま
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第4話

神様は、まだ私を楽にしてくれないらしい。やっと終わらせると決めたのに、どうしてこうも次から次へと邪魔が入るのだろう。胸の奥がざらついた。「眞白の結婚式に出ていたんじゃないの?こんなところで何をしているの」私は苛立ちを隠さず逸人を見た。今はただ、早く目の前から消えてほしかった。逸人は整った顔立ちをしていて、物腰も柔らかい。声はいつも落ち着いていて、女の子には優しく、礼儀も忘れない。誰が見ても、育ちのいい好青年だった。昔の私は、そんな彼に希望を託していた。彼なら、私をこの世界につなぎ止めてくれるかもしれない。そう思わせてくれたのは逸人だった。けれど結局、その希望を奪ったのも逸人だった。「式に出ていたら気が重くなったんだ。少し外の空気を吸って、気分を変えたかった。それだけだよ」私の問いが気に障ったのか、逸人の表情がかすかに強ばった。声も、さっきより冷えている。そうだった。彼も攻略対象の一人で、ヒロインを何より大切にする男なのだ。眞白のために進学まで諦め、彼女のそばにいるためだけにH市へ残った。今日は、その眞白の結婚式だ。沈んだ顔をしているのも当然だろう。「それで、何があったんだ。どうして死のうとした。まさか、私たちの気を引くためにこんなことをしたんじゃないだろうな。眞白の結婚式の日に騒ぎを起こせば、少しは構ってもらえるとでも思ったのか。莉緒、眞白がうつだと診断されたからって、君まで同じように振る舞う必要はない。そんなやり方で同情を引こうとしても、もう誰も信じないよ」昔の私なら、きっと傷ついていた。けれど今は、もう心が動かなかった。こんな言葉は、何度も聞かされてきたから。逸人はいつもそうだ。私が何をしても、眞白に張り合うための芝居だとしか見ない。結局、彼らは眞白の言葉なら何でも信じる。嫌っている私の痛みになど、最初から目を向ける気もない。私はもう、言い返す気にもなれなかった。立ち上がり、今度こそ誰にも邪魔されず、静かに死ねる場所を探そうとした。いつものように言い返しもせず、妙に落ち着いている私に、逸人は初めて不安を覚えたらしい。彼はためらわず私の手首をつかみ、そのまま蓮也の家へ連れていった。それから蓮也に電話を入れ、すぐ戻ってきて私から目を離すなと告げた。蓮也
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第5話

私がそう言った瞬間、眞白の顔色が目に見えて変わった。蓮也たちも、わずかに目を見開く。「莉緒、どうしてそんな嘘を言うの?今日は、私にとって人生でいちばん幸せな日なのに……また私を傷つけたいの?」眞白の頬を、涙がぽろぽろと伝っていく。その姿だけで、周りの同情を誘うには十分だった。またこれだ。彼女はいつもこうやって、彼らの視線も同情も奪っていく。「いい加減にしろ、莉緒」真っ先に声を荒げたのは蓮也だった。「よくそんなことが言えるな。眞白を傷つけておいて、今度は被害者ぶるつもりか。謝れ。今すぐ眞白に」逸人も不快そうに眉をひそめた。「莉緒、もうやめろ。今ならまだ間に合う。ちゃんと謝れば、眞白だってこれ以上責めたりしない」遥真に至っては、私に一言かけることすらしなかった。ただ眞白のそばに寄り添い、彼女を落ち着かせるように声をかけている。さすが、誰からも愛されるヒロインだ。眞白が口にしたことなら、どんなにおかしな話でも、彼らは迷わず信じる。一方で私は、どれだけ証拠を並べても、悪意のある嘘だと決めつけられるだけだった。その場にいる全員が、今すぐ私に消えてほしいとでも言いたげな顔をしていた。それを見た瞬間、私はもう何も言う気がなくなった。この世界で二十年も生きてきて、初めて心の底から疲れたと思った。生き残るために、私はずっと必死だった。相手に合わせて言葉を選び、望まれる役を演じ、攻略のためなら何だってしてきた。けれど今になって、そのすべてが急に馬鹿らしく思えた。ここまでして守るほどの命だったのだろうか。どうせ、もうすぐ終わるのに。彼らと言い争うつもりはなかった。誰にも邪魔されず、静かにこの世界を離れたいだけだった。背を向けて出ていこうとしたのに、彼らは私の前に立ちはだかり、行かせようとしなかった。「行かせるわけないだろ。外に出たら、今度は何を言いふらして眞白を傷つけるか分からないからな」蓮也は嫌悪を隠さず、私をにらみつけた。「お前が余計なことをしないように、ここにいろ。どこにも行くな。俺と逸人で交代して見張る。これ以上、眞白を傷つけられると思うな」そうして蓮也はここに残り、逸人と交代で私を見張ることになった。遥真は眞白と一緒に戻り、式の後始末を続けることになっ
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第6話

翌日、私は蓮也と逸人に病院へ連れていかれ、全身の検査を受けさせられた。検査結果を手にした蓮也の手が、かすかに震えていた。まさか。そんなはずがない。莉緒が重度のうつ病だなんて、蓮也にはどうしても信じられないようだった。かつての私は、攻略ミッションの過酷さに何度も心が折れそうになった。それでも人前では、いつも明るく笑っていた。けれど誰にも見せないところで、心はとっくに限界を迎えていた。こっそり診察を受けて初めて、私はいわゆる微笑みうつ病になっているのだと知った。そのことは、逸人も知っていた。それなのに逸人は、私が人を使って眞白を襲わせたという彼女の言葉を信じ、私が病気のふりをして同情を引こうとしているのだと決めつけた。私は病室のベッドに力なく横たわっていた。最後に水や食べ物を口にしてから、もう十二時間が過ぎていた。蓮也は無理やり私の口をこじ開け、粥を食べさせようとした。けれど私は、迷わずすべて吐き出した。蓮也は辛抱強い人間ではない。何度食べさせようとしても私が飲み込まないのを見て、苛立ちを隠さずに言った。「そんなに食べたくないなら、どこまで耐えられるか見ててやるよ」蓮也が腹を立てたまま病室を出ていくと、今度は逸人がやって来た。やっと訪れた静けさを邪魔するように、珍しく根気よく私をなだめようとしてくる。けれど逸人の言葉は、何一つ耳に入ってこなかった。私はただ、空っぽの目で窓の外の景色を見つめていた。「莉緒、そんなことで私たちの気を引けると思うな。きついことを言うようだが、君が死んだところで、悲しむ人間なんて誰もいない」その言葉にだけ、私は反応した。逸人の手をつかむ。「じゃあ、死なせてよ。もう私に構わないで。私はただ、あなたたちから逃げたいだけなの。どうして放っておいてくれないの?」「今度は何のつもりだ?」病室の外には、いつの間にか遥真が立っていた。彼は怒りを露わにして、私をにらみつけていた。「莉緒、そうやって俺たちを脅すのはやめろって、前にも言ったよな」そう言って遥真は、そばに置いてあった果物ナイフを手に取り、ベッドの上に放り投げた。「本当に死ぬ度胸があるなら、やってみろよ。ほら、ナイフならここにある。死ねるもんなら死んでみろ」彼らはみんな、同じことを言う。私が本気で死ねるはず
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第7話

遥真は私の顔をつかみ、無理やり自分のほうを向かせた。「莉緒、そんな顔をするな。目を開けて、ちゃんと俺を見ろ。また俺の気を引きたくて、医者まで買収して診断結果をいじらせたんじゃないのか?答えろよ」そのとき初めて、自分の存在がここまで滑稽なものに思えた。彼らはいつもそうだ。どんなことをしても、最後には自分たちが悪くないことにしてしまう。初めて誤解されたとき、私は必死だった。弁解して、証拠をかき集めて、ただ自分の潔白を証明したかった。けれど説明すればするほど、彼らはますます私を疑った。そのうち、濡れ衣を着せられることにも、汚名をかぶせられることにも慣れてしまった。それでも私が何の反応も返さずにいると、遥真は拳を握りしめ、怒りをこらえきれない様子で病院を出ていった。逸人は、私が病院にいるならひとまず大丈夫だと思ったのか、そのまま遥真のあとを追って出ていった。ちょうどいい。これでやっと静かにいられる。午後、私は退院して家に戻った。目を閉じて、システムが戻ってくるのを静かに待つつもりだった。そのとき、新しく雇った家政婦がドアを開けて入ってきた。彼女は緊張した様子で手をもじもじさせながら、人のよさそうな顔で言った。「食事、できています。温かいうちに召し上がってください」今の私は、食事をする気になどまったくなれなかった。だから正直に言った。「今はお腹が空いていないんです。先に食べていてください」彼女は慌てて手を振った。「いえ、あの……お兄さまから、必ず食べてもらうようにと言われていまして」その目に浮かぶ戸惑いを見て、これも彼女の仕事なのだと分かった。だから、こんなことで彼女に腹を立てるつもりはなかった。「先に食べてください。お腹が空いたら、こちらから言います。兄には私から説明しておきますから」そう言うと、家政婦はいっそう困ったような顔をした。私が病気だと聞いているせいで、下手に刺激するのも怖いのだろう。「お兄さまに言われたんです。今日、あなたが食事を取らなかったら、私は辞めさせられるって……」蓮也はいつもそうだ。自分の思い通りにするためなら、平気で他人を巻き込む。家政婦を困らせるわけにもいかず、私は彼女の頼みを聞くことにした。ちょうどそのとき、蓮也が入ってきた。弱りきった私の顔を見る
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第8話

耳元で風がごうごうと鳴っていた。次の瞬間、ドン、という鈍い音とともに、体が救助用のエアマットに受け止められた。頭がくらくらして、視界がぼやける。気づけば私は、人だかりに囲まれていた。たまたま車で近くを通っていた遥真は、飛び降りたのが私だと分かるなり、人垣を押しのけるようにして駆け寄り、私の名前を呼んだ。昔は、誰かが自ら命を絶ったと聞くたび、人が死ぬのは案外あっけないことなのだと思っていた。けれどいざ自分の番になってみると、死ぬことさえ、こんなにも難しいのだと思い知らされた。あれほど高い場所から落ちたのに、下にはエアマットが敷かれていた。結局、私は軽い脳震盪だけで済んでしまった。今回ばかりは、蓮也も本気で怒った。すぐにH市で一番大きい精神科病院を手配し、私を入院させると言い出した。逸人もそれに賛成した。私をこのまま外に出しておくわけにはいかない、そう思ったのだろう。遥真はといえば、うんざりしたように私を見るだけで、もう言葉をかける気もないようだった。私が病気だと知ったとき、彼らは一瞬だけ私を哀れんだ。けれどそんなものは、すぐに消えた。今は前と同じように、いや、前よりももっと私を疎ましがっている。私の心は、もうとっくに傷つき慣れていた。濡れ衣を着せられただけで泣きながら必死に訴えていた、あの頃の私とは違う。今では、悪者にされることにもすっかり慣れてしまった。私はどうにかして、この場から逃げ出せないかと考えた。けれど彼らは、それすら許してくれなかった。交代で私を見張り、逃げる隙を少しも与えない。彼らはろくに口も利かず、ただ時間になると食事を取らせようとした。逆らったところで無駄だった。食べなければ点滴を打たれ、ただ生かされるだけだ。体が少しでも戻ると、すぐに精神科病院への入院が決まった。そこに入れば、自由なんてなくなる。私は自由でいることだけは好きだった。あんな場所に閉じ込められるくらいなら、今ここで死んだほうがましだった。だから私は、初めて自分から折れた。病院のベッドの上で、まだ動く左手を伸ばし、蓮也の服の裾をつかむ。すがるように、私は口を開いた。「兄さん、お願い。医者にお金を渡して、診断を書き換えてもらったのは私なの。私は病気じゃない。だから精神科には入れないで。お願い」その言
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第9話

ここに入れられて一週間ほど経ったころ、眞白が私の前に現れた。彼女は適当な理由をつけて看護師に席を外させると、ハイヒールの音を響かせながら私に近づいてきた。その目には、隠しきれない勝ち誇った色が浮かんでいる。「ここ、つらいでしょう?死にたいのに、死ぬことさえ許されないんだもの。教えてあげる。あなたがここでこんな目に遭ってるの、全部私があの人たちに吹き込んだからなの。あなたのためだって言ったら、あっさり信じてくれたわ」私はもう、こういうことには慣れていた。眞白はいつもそうだ。私が追い詰められて、惨めな姿をさらすのを見たがる。けれど思ったような反応が返ってこなかったのが気に入らなかったのか、眞白は不満そうに私の髪をつかんだ。「私がどれだけあなたを妬んでいたか、分かる?元の世界では幸せな家庭があって、私が好きだった人まであなたを好きになった。私のことなんて、見向きもしなかったのに」一瞬、頭が追いつかなかった。元の世界のことを知っている人間なんて、私以外にいるはずがない。眞白は、どこでそれを知ったのだろう。考えられる理由は、一つしかなかった。彼女も私と同じ、この世界に入り込んだ外来者で、攻略ゲームの参加者なのだ。私の反応を見て、眞白は満足そうに声を上げて笑った。「本当のことを教えてあげる。あのときあなたが事故で死んだのは、偶然じゃないの。私がそうなるように仕向けたのよ。まさか私まで、あんな男に殺されるとは思わなかったけどね。私たちは同じ参加者。あなたの攻略対象は、私にとっても攻略対象なの。システムに言われたわ。この世界には外来者が二人いる。でも、最後まで残れるのは一人だけだって。だから、少しだけ手を回したの。そうしたら、あの人たちは簡単にあなたを疑って、勝手に離れていった。私のミッションも、もうすぐ終わるわ」そのときになって、ようやく眞白の顔に見覚えがあることに気づいた。彼女は、父の隠し子だったあの子にひどく似ていた。父がその子を家に連れてきた日のことを覚えている。家族は誰も、彼女を歓迎しなかった。学校でも、誰かが彼女の生い立ちをばらし、それから彼女はいじめられるようになった。父は彼女を家に迎え入れたものの、相変わらず私をかわいがっていた。おまけに私は、ずっと好きだった人とも付き合うことになっ
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第10話

そう思った瞬間、胸の奥にどす黒い感情が広がった。「いじめられていたあなたを助けたのに、最後に返ってくるのがこれなの?」眞白は鼻で笑うと、私の髪をつかんで引き寄せた。「私が望んであなたに助けてもらったとでも思ってるの?生まれが違えば、私はもっと上に行けた。あなたたちに見下ろされる側じゃなくて、見下ろす側に立てたのよ」そういうことだったのか。私のしたことは、彼女にとって救いでも何でもなかった。むしろ、彼女の邪魔をしただけだったのだ。けれど私は、彼女の生まれを理由に憎んだことなど一度もない。父の隠し子として現れた彼女に思うところがなかったとは言わない。それでも、私を死に追いやっていい理由になどなるはずがなかった。「そんなに嫌だったなら、最初から突き放してくれればよかったのに。私は、あなたが誰の子かなんてことで恨んだことはない。母にも、あなたまで責めるのは違うって言った。学校に通えるようにしたのだって、私なりに助けたつもりだった。それなのに、どうして私が恨まれなきゃいけないの?」けれど眞白は、私の言葉など聞いていなかった。勝ち誇った顔で、私は一生ここから出られないのだと、一方的に言い続けた。悔しいけれど、彼女の思いどおりだった。私はこの場所で同じ日を繰り返し、次に何をすればいいのかも分からなくなっていた。それから何日が過ぎたのかも分からない。気づけば、考えることさえおっくうになっていた。そんなとき、どこか見覚えのある青年が看護師に席を外させた。彼は部屋の扉を開けると、私を連れ出し、そのままここから逃がしてくれた。長く閉じ込められていたせいか、外に出てもすぐには現実感が戻らなかった。私はようやく、目の前にいる男が神崎夏輝(かんざき なつき)だと気づいた。彼と知り合ったのは、大学に入ってからだった。当時の私は、夏輝が女慣れしていて、恋人もよく変わるタイプだと聞いていた。なら攻略しやすいだろうと思い、攻略対象に選んだ。あの頃の私は、弱くて守ってあげたくなるような女の子を演じて、夏輝に近づいた。けれど実際に向き合ってみると、彼は思っていたよりずっと手強かった。彼はいつも眞白を優先し、私との約束も平気ですっぽかした。だから私は途中で彼を諦め、遥真を選んだ。こうして久しぶりに彼を見ると、あの頃のことがず
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