結婚三周年の記念日、妊娠九ヶ月の私は、寒い夜に、中沢幸平(なかざわ こうへい)の家から何時間も閉め出された。体がすっかり冷えてしまい、お腹の張りはどんどん間隔を縮め、波のように押し寄せてきた。そんなとき、幸平からボイスメッセージが届いた。再生すると、彼の声に他の女の笑い声が重なって聞こえる。「ごめん、今日ちょっと遅くなる。祐希がさ、一度も夜景を見たことないって言うから」病院に運ばれる直前、私はスマホを覗いた。彼のSNSが、たったいま更新されている。窓辺に立つ渡部祐希(わたべ ゆき)、その背後には、街の華やかな夜景が広がっていた。キャプションには、こうある。【彼女と世界を見る】そのとき、私は病院で手術を待っていた。手術の同意書には、夫の署名が必要なのに、その欄は空っぽだった。午前三時、彼は別の女のベッドで目を覚まし、私に十万円を振り込んできた。そして、メッセージが届いた。【お疲れさま】私はそのお金をすぐに送り返すと、私は決意を固めた。何があっても、彼のそばから離れようと。……産科の医師が検査結果を受け取って、眉をひそめた。「一人で来たのですか?旦那さんは?」私は少し笑っただけで、くわしくは説明しなかった。「いないの、夫は」「今のあなたの状態じゃ、誰かがそばについていないとダメですよ」医師は報告書の数値を指さし、有無を言わせない口調で続けた。「血圧が高い、尿蛋白も出てる……重度の妊娠高血圧腎症ですよ。いつけいれんを起こしても、脳出血や常位胎盤早期剥離を起こしても、おかしくない状況です」「わかった。ありがとう、先生」診察室を出ると、スマホが震えた。祐希から写真が届いていた。祐希は私のネグリジェを着て、うちのソファにだらりともたれかかり、私が三年飼っている猫を抱いている。ネグリジェの肩ひもが片方ずり落ちているのに、直そうともせず、肩をむき出しにしたままだった。【舞子さん、このネグリジェすごく気持ちいいね。普段どうして全然着なかったの?】あのネグリジェは、結婚したときに幸平が買ってくれたものだ。ずっと着なかったのは、産後に体形が戻ってから着ようと思っていたからだ。私はその写真を長いこと見つめた。それから幸平にメッセージを送った。【離婚協議書、サイ
閱讀更多