前世で私を踏み躙った夫、今世は私が捨てる番 のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 10

10 チャプター

第1話

私・柴田陽菜(しばた ひな)は、ある危険な特殊任務で3発もの銃弾を浴びた谷口泰誠(たにぐち たいせい)を、命がけで背負って帰還した。すると、上層部である父の柴田克哉(しばた かつや)が幹部権限と私の重傷の診断書を使って、「責任を取れ」と彼に私との結婚を強要したため、泰誠は私を妻に迎えるしかなかった。私たちが夫婦として過ごした10年間、泰誠が私に触れることは一度もなかった。私はずっと、彼は生まれつき淡白な人なのだと思っていた。しかし、泰誠の初恋の相手・武田光希(たけだ みつき)が死の間際、真実を口にした。泰誠が銃撃されたあの日、光希もまた戦場にいて、決して彼を見捨てたわけではなかったのだと。そして同時に、私が泰誠に12年間想いを寄せていたことも、偶然彼に知られてしまった。泰誠は私を心の底から憎んだ。父の権力を盾に結婚を迫り、彼ら二人を引き裂いた女だと。離婚後、泰誠はあらゆる手段で父を追い詰め、ついには捜査情報の偽造および漏洩の罪まで仕立て上げ父を陥れた。追い詰められた父は、ビルから身を投げ、その後、私も精神病院へ送られた。私が死を迎える間際、泰誠はひどく嫌悪に満ちた目で私を見下ろして言った。「お前も、お前の父親も、この歪んだ愛の報いを受けるべきなんだ。もし来世があったとしても、二度と俺を助けるな。反吐がでる」再び目を覚ますと、私は泰誠をあの危険な特殊任務の現場から連れ帰り、彼がまだ昏睡状態に陥っているその時に戻っていた。私は病室から急いで立ち去り、外で戸惑っていた光希に声をかける。「中に入ったら?彼が待っているわ」すぐに病室の外まで、泰誠の歓喜に満ちた声がはっきりと聞こえてきた。私は冷たい壁にもたれかかり、大量の血が滲み出す肋骨の傷口をそっと手で押さえる。だが、血は止めることができても、胸の奥底の激痛が和らぐことは少しもなかった。すると、怒りを露わにした父が歩み寄ってきて、歯痒そうに私の体を支えながら言う。「谷口くんを助け出すために、お前は肋骨を3本も折り、さらには左腕を粉砕骨折したんだぞ。なのに、なぜあいつのそばにいない?それどころか、他の女を中に入れるなんて、どういうつもりだ!あの馬鹿野郎、目覚めたばっかだっていうのに、死に急ぐみたいにベッドを飛び出して、あの女を抱きしめやがった。あい
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第2話

泰誠の視線には、私を見定めるような疑念が混じっていた。その瞬間、私は理解した。泰誠はきっと、私がわざと怪我の痛みを大げさにアピールして、彼の同情を引こうとしていると考えているのだ。松葉杖を握る手に無意識に力が入り、胸の奥底からじわじわと苦い痛みが込み上げてくる。泰誠は私のことを、そんな手段を選ばない女だと思っているのか?私は淡々と説明する。「医者からできるだけ介護士をつけずに、リハビリをすべきだって言われているの。だから、介護士には夜だけ来てもらってるんだ」それでも泰誠の顔は、依然として氷のように冷たいまま。見かねた光希が彼を睨みつけ、見舞いの品を私のベッドのそばに置いた。「陽菜さん、泰誠を助け出してくれて本当にありがとう。私と彼は何年も前に別れたんだけど、ずっと彼のことを気にしてて。でも、どうしても会いに行く勇気が出なかったの。だからあの時、病室の外で陽菜さんが中へ入るように言ってくれなかったら、私と泰誠は一生結ばれることはなかったと思う。だって、あの日、泰誠が病室でプロポーズしてくれたんだもの。陽菜さん、早く怪我を治してね。退院したら、恋のキューピッドになってくれた陽菜さんに食事をご馳走するから!」光希は私に向かって可愛らしくウィンクをしながら、右手に光るその指輪を見せつけてきた。サファイアの指輪。とても精巧な作りだ。これは、私が前世で嵌めていた結婚指輪。そして、私たちが入籍した日、泰誠がローテーブルに放り投げたもの。サイズが合わなかったにもかかわらず、私はそれを死ぬまで身につけた。しかし、光希の指にはまるでオーダーメイドで作ったかのようにぴったりとはまっている。どうやら、この指輪の本当の主は、光希だったらしい。目頭が少し熱くなるのを感じながら、私は静かに微笑んだ。「ええ、必ず」……入院中のこの2ヶ月間、光希は頻繁に私の見舞いに訪れた。彼女はお喋り好きで、一度話し始めると止まらなくなるタイプだった。光希の話で初めて知ったのだが、あの泰誠にも、雨の中をわざわざ恋人を迎えに行き、貴重な時間を無駄にしてまで一緒にアイロンビーズや落書きで遊び、流れ星に向かって願い事をするような子供じみた真似まで付き合う面があるということを。光希が泰誠の話をする時、いつもその目はキラキラと輝いてい
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第3話

私は荷物を抱えると、できるだけ淡々とした声で答える。「違うわ。異動するのは怪我の療養が必要だから。あの二人とは何の関係もないよ。泰誠さんと光希さんはとてもお似合いでしょ?私と彼の間に恋愛感情なんてないんだから、勝手な推測はやめて」みんなは私を抱きしめ、別れを惜しむ言葉をしばらくの間かけ続けてくれた。振り返った瞬間、泰誠が背後に立っていることに気がついた。彼は重苦しい視線で私を見つめている。私はすぐに泰誠と交わった視線を外し、彼を避けるようにして歩き出そうとした。しかし泰誠は追いかけてきて、助手席のドアを力強く開けて言った。「乗れ。送って行く」「大丈夫。タクシーで帰るから」すると、泰誠はさらに視線を険しくし、私が誤解するのを恐れるかのように、即座に言い訳をした。「光希に頼まれたんだ。あいつはお前を心配している。俺はただ、光希の頼みを聞いてるだけだ」光希の名前を出されてしまえば、これ以上拒否する理由もない。赤信号で停車するたび、泰誠は横目で私の表情を窺っていた。私の顔から、いつもとは違う何かを読み取ろうとしているかのようだ。まあ、以前の私なら泰誠と一緒にいる時、話題を捻り出すのに必死だったからだろう。傷の具合を尋ねたり、彼と光希の関係に探りを入れたり。だが今日の私は何も喋らず、車内は呼吸の音すら聞こえるほど静まり返っていた。だから私の方から口を開いてみる。「聞きたいことがあるなら、直接聞いてくれば?」泰誠のハンドルを握る手には力が込められ、顎のラインがきゅっと強張った。「相棒を替えた件だが、お前が本心から光希のためを思ってやったのだと信じたい。だから、陰で態度を変えて、つまらない小細工をするのはやめろよ。俺はお前にそういう気は全くないから」泰誠の目には隠すことのない嫌悪感が浮かんでおり、私は一瞬言葉を失った。そうか。泰誠は私が好意を寄せていることに、とっくの昔に気づいていたのか。ただ、何も気づいていないふりをしてやり過ごしていただけらしい。私はふっと笑みをこぼした。それはそうだ、泰誠ほど狡猾で計算高い人間が、私の気持ちに気づかないはずがないではないか。「勘違いしないで。私の方こそ、あなたに何の感情もないから。私たちの間にあるのは、ただの相棒としての情だけ」すると、泰誠
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第4話

私は光希の腹部を優しく撫でながら、微笑んで答えた。「もちろん。婚姻届はいつ出すの?入籍の日に、お祝いも兼ねて一緒にご飯でも食べようよ」泰誠がふと顔を上げ、ほんの一瞬、信じられないというような怪訝な視線を私に向けた。しかし、光希は顔いっぱいに幸せを溢れさせ、言葉を続けた。「もう泰誠が職場への結婚報告を終わらせてくれたから、このウェディングフォトの撮影が終わったら、そのまま婚姻届を出しに行くつもり!そうだ、陽菜さん!赤ちゃんが生まれる前に一緒に写真を撮らない?陽菜さんには名付け親になってもらうんだし、これからはもう家族みたいなもんでしょ?」「もちろん」私が光希のそばに立つと、泰誠も横へ並んだ。カメラマンが機材を構え、フラッシュが焚かれると、その瞬間が写真に収められた。光希は嬉しそうに撮ったばかりの写真を確認したが、すぐに顔色を変え、少しぎこちない視線を泰誠へ向けた。私が写真を見ようとすると、光希はそれをさっとポケットに隠し、引きつった笑顔で言う。「もう一枚撮ろう。ちょっと写りが悪かったみたい」光希の顔色が優れないのを見て、私は少し気になり、身を乗り出して写真を確認しようとした。すると突然、光希が後ずさりし、自分のドレスの裾を踏んで転倒してしまったのだ。泰誠は目にも留まらぬ速さで光希を抱き留め、焦った声で尋ねた。「大丈夫か?」そして、氷のように冷酷な目を私へと向ける。「お前、わざとやったのか?光希は妊娠しているんだぞ。俺でさえ細心の注意を払って接しているのに、なんでそんな気を使えないんだよ!光希やお腹の子に何かあったら、絶対に許さないからな」泰誠は怒りで首まで真っ赤にし、光希の体をきつく抱え込みながら、光希に何か起こるのではないかとひどく怯えているようだった。光希は泰誠の胸元に顔を埋め、くぐもった声で言った。「陽菜さんを責めないで。私が自分で裾を踏んで転んだだけだから」しかし、泰誠が鋭い声で反論する。「こいつが無理に近づいてきたからだろ?でなければ、お前が避けようとして転ぶはずがない」泰誠は再び、警告するように私を睨みつけた。「お前が何を企んでいるかは知らないけど、汚い真似はやめろよ。光希に何かあれば、真っ先にお前の父親を血祭りにしてやるからな」泰誠はもともと、感情
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第5話

そして、私自身すら気づかないうちに、肋骨の傷口が再び開いてしまっていた。湊は血のにじんだ私の傷口を見ると、これ以上泰誠と関わり合う気はないようで、私の腕を支えながら尋ねた。「歩けるか?車に救急箱があるから、そこで傷の手当てをしよう」私も微笑んで頷く。「うん、歩けると思う。こんなの、ちょっとしたかすり傷だから」「よし、じゃあ行こう」湊は決してそれ以上の一線を越えるような真似はせず、ただ私を支えるためにそっと腕を差し出してくれただけだった。だがそれが、彼と関係を深めてもいいと思えた理由になった。湊は決して私のためという言い訳で、私に何かを強要したりはしない。泰誠はその場でしばらく呆然と立ち尽くしていたが、すぐに追いかけてきた。私を見るその目には、驚愕の色が浮かんでいる。「こいつはお前の彼氏なのか?付き合っているのか?」私は眉をひそめ、少し取り乱している泰誠を見た。なぜ彼がこんな風になってしまったのか、理解できなかった。私はすでに泰誠と距離を置き、彼の人生から完全に身を引き、10年間想い続けてきた気持ちすら捨て去ったというのに。なぜ泰誠は突然、別人のようになってしまったのだろうか?「泰誠さん」私は泰誠が理性を立て直すことを願い、静かに、そして重々しい声で彼を呼んだ。だが泰誠は完全に理性を失ったかのように、私の手首を乱暴に掴み、私と湊を無理やり引き離した。「いくら俺への当てつけだからって、適当な男を捕まえて俺を怒らせようとするのはやめろ。この世界で、俺以上にお前を理解し、お前にふさわしい人間なんていないんだ」私はその言葉に、微かな違和感を覚えた。前世の泰誠なら、絶対にそんなことは口にしなかったはずなのに。私はふと、特殊部隊を去る日に泰誠が言った「過去のことは、過去のこととして終わらせろ」という言葉を思い出した。まさか、泰誠も前世の記憶を持ってやり直しているのか?湊の顔は氷のように冷たく、泰誠を見るその目には明らかな軽蔑の色が浮かんでいた。「一体どんな立場で、そんなことを?婚約者がいる身でありながら、ここで陽菜の所有権を主張するなんて、滑稽だと思いませんか?僕の記憶が正しければ、あなたと陽菜はただの3年来の相棒に過ぎません。しかもその間、あなたは陽菜にひどい扱いをし、何度も相棒の交代を
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第6話

前世で、カフェで泰誠と光希が一緒にいるところに居合わせ、私が怒りに任せて問い詰めたあの時と全く同じだ。光希が必死に弁解する横で、泰誠は私に対してただの一言も弁明しようとはしなかった。今生では、ただ立場が逆転しただけ。湊が先に立って私を庇う。「谷口さんが狂ったようにわめいているだけで、陽菜には一切関係ありませんから」光希に誤解されるのを恐れて、湊は私を自分の背後に庇ってくれた。光希は目を赤くして頷き、泰誠のそばに歩み寄って彼の手を握ると、私を見て言った。「分かってる。陽菜さんと泰誠にそんな関係がないって信じてるから。泰誠は……ただ、相棒としての情が捨てきれなくて、少し過保護になっているだけだと思う」泰誠は光希を見つめ、何かを言おうとするかのように唇を動かす。しかし、光希は引きつった笑みを浮かべ、慌てて彼の言葉を遮った。「カメラマンが待ってるから、まずは戻ろう。それに、午後2時には役所へ婚姻届を出しに行かなきゃいけないし。陽菜さん、私たちはこれで失礼するね」泰誠は光希に手を引かれるまま、連れ去られていった。光希の背中を見つめながら、私は何も言葉を発することができなかった。湊が先に口を開いた。「まずは車に行って、傷の手当てをしよう」車内でも、湊は泰誠のあの狂気じみた言葉について何も尋ねることなく、ただ静かに傷薬を塗り、ガーゼを貼ってくれた。私はたまらなくなり、湊に尋ねた。「泰誠さんのあの狂った言葉について、何も聞きたくないの?湊、こんなことを言ったら私も狂っていると思われるかもしれないけど、彼の言っていたことは……」「君と彼の間に何があったのか、知りたくない」湊は初めて強硬な態度で私の言葉を遮った。彼が顔を上げた時、その目にはうっすらと涙が浮かんでいることに私は気づいた。「陽菜、僕だって嫉妬する。谷口さんの言葉が真実か嘘かはどうでもいい。でも、あいつが君に見せたあの態度だけで、嫉妬でどうにかなりそうなんだ。どうして僕は、もっと早く君のそばに現れることができなかったのかって。君とあいつの過去なんて知りたくない。僕は、自分の目に見えるものだけを信じる。君はもうあいつを愛していないし、心を開いて僕を愛そうとしてくれている。それだけで十分だから」私は一瞬呆然としたが、突如として一粒の涙が頬を伝い落
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第7話

前に会ったのは1ヶ月前だが、光希は明らかに痩せこけ、ひどく憔悴しており、生きる気力すら失っているように見えた。そんな彼女は私に向かって微笑み、こう言った。「座って、陽菜さん。時間を取らせてごめんなさい。彼氏さんと、本当に仲が良さそうね」私も軽く笑って答える。「気にしないで。家にいても暇なだけだから。何だか少し具合が悪そうだけど、大丈夫?」すると、光希は唇を噛み締め、無意識に手で腹部を撫でた。「私、泰誠と別れたの。子供も……もういないんだ」私は言葉を失い、慰める言葉がすぐには見つからなかった。光希は無理に笑みを作ったが、まるで全身の力を使い果たしているかのように見える。「本当は、こうなることなんてずっと前から分かってたの。復縁した後も、泰誠は夜中によくあなたのインスタを見ていたし、特殊部隊の同僚にもあなたのことを聞いていたから。それに、あなたが自ら相棒の解消を申し出たと知って、泰誠はすごく怒ってた。私があなたに何か吹き込んだんじゃないかって、問い詰められたことすらあったんだよ。だからその時、泰誠が変わってしまったことには気づいていた。ただ、私が諦めきれなかっただけで……」光希の涙がポロポロと料理にこぼれ落ちるのを見て、私は胸が痛んだ。まるで、かつて泰誠に見捨てられ、家の食卓に座って日が暮れるまで彼を待ち続けていた自分自身の姿を見ているようだったから。私は静かに声をかけた。「泣かないで。彼はそこまでして泣く価値のある男じゃないんだから」光希はしゃくり上げながら言った。「あのね、今日ここに来たのは、一つだけ聞きたいことがあったからなの。泰誠が前に言ってた、前世がどうとかいう話は本当なの?」私は俯き、長い沈黙のあとで静かに答える。「うん、本当」すると、光希は再び笑ったのだが、その笑みにはいくばくかの自嘲の色が混じっていた。「つまり、泰誠は最初から私を愛してなんていなかったのね。彼が愛していたのはあなたで、ただ彼自身がそれに気づいていなかっただけ……」何と言えばいいのか分からなかった私は、俯くことしかできなかった。泰誠は私を愛しているのだろうか?それは、私には分からない。では、彼は光希を愛していたのか?それも、私には分からない。沈黙している私に、光希はバッグの中から一枚の写真を取り出してテーブルに置い
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第8話

私は書類を置いて外へ出ると、そこには何やら薬の入った袋を提げた泰誠が立っていた。「友人が薬とか栄養剤を送ってくれたんだが、俺よりお前の方が必要かなと思って持ってきたんだ。今、少し話せるかな?」私は一瞬ためらったが、光希の言葉を思い出し、泰誠とは一度きちんと話し合っておいた方がいいと考え直した。「入って」泰誠は私のオフィスをぐるりと見回し、机の上に飾ってあった私と湊のツーショット写真に視線を留める。それは、付き合い始めた日に撮ったものだった。泰誠はその写真をじっと見つめ続けていたが、急に我に返り、私に尋ねてきた。「お前たち……付き合っているのか?」「うん。最近は婚約の話も進めている」私は堂々と答えた。それに、湊の話をする時には、自然と笑みが浮かんでくる。「湊は気が早くて、ずっと私を実家に連れて行こうとするの。何なら、24時間ずっと一緒にいたがるくらい。うちの父も湊をとても気に入っているわ」泰誠は拳をきつく握りしめ、顎を強張らせた。そして、長い沈黙のあとにようやく口を開く。「でも、お前たちは合わないと思う。お前は愛していない男と一生を添い遂げるつもりか?陽菜、お前は昔言っていたよな。たとえ孤独に死んでいくとしても、愛していない人間に縛り付けられ、最後には互いに憎み合うような結末になるよりはマシだって」私は泰誠の真剣な顔を見て、自分が本当にそんなことを言ったかどうか、少し考えを巡らせた。しかし、少し考えてみても何も思い出せなかった。「そんなことを言った?覚えていないよ。昔のことは、もうほとんど忘れちゃったから。それに、一生に一人しか愛せないなんて、誰が決めたの?」泰誠は唇を噛み締めたまま黙り込んでしまった。そうなっては、何を考えているのか分からない。しばらくして、私の方から話を切り出してみた。「光希さんが私に会いに来て、あなたたちのことを色々と話してくれたよ」泰誠はそれを聞くや否や、無意識に光希との関係を否定しようと、焦った声で言った。「あいつは、何て言っいたんだ?それに、あいつと子供を作る気なんてなかった。それに、流れてしまったのも、単なる事故なんだよ。信じないかもしれないけど、俺は光希と結婚しようなどとは一度も思っていなかった。俺はもう、あいつに恋愛感情なんて抱いていない。陽菜、俺
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第9話

前世の陽菜は、サイズの合わない指輪を指にはめ、自分に向かって微笑みながらこう言っていた。「サイズが合わなくても平気。だって、最初からすべてがぴったりな人なんていないでしょ?だから私たちもゆっくりいきましょう、泰誠さん。あなたが私を愛してくれる日まで、私ずっと待ってるから」前世、泰誠はそんな陽菜が心底嫌だった。しかし生まれ変わって、陽菜が次第に自分から遠ざかっていく中、その記憶が何度も何度も脳裏に蘇るようになった。泰誠は陽菜が自分から遠ざかっていくことが、これ以上耐えられなかったし、陽菜が他の男と結ばれることなど、絶対に受け入れられなかった。だから、薬を持ってくるなど見え透いた口実を作り、陽菜に会いに来たのだ。しかし、陽菜はもう前世の彼女とは別人だった。永遠に自分が家に帰ってくるのを待ち続けるような陽菜は、もうどこにもいない。彼女の口から出るのは他の男の話ばかりで、前世で恋敵として扱っていた光希の話をする時でさえ、完全に他人の立場で擁護するような口ぶりだなんて。陽菜はもう自分など愛していないのだ。泰誠は、巨大な手で心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥り、息ができないほどの痛みに襲われた。目を赤くし、声を詰まらせて言う。「陽菜。俺はただ答えが欲しいだけなんだよ。あの男のどこが、俺よりいいっていうんだ?何十年も俺のことを思っててくれたんじゃないのか?なのに、俺への想いを捨ててまで、あいつと一緒になる理由は一体何だよ!」……その日、泰誠は警備員につまみ出された。彼の問いに、私は何一つ答えなかった。前世、泰誠は私の父を追い詰め、死に追いやったことを忘れたのだろうか?私は永遠に忘れることはない。私と湊の関係は、きっとネットでよく言われる「運命の人」なのだと思う。なぜなら全てが流れるように自然に進み、そこにはわずかな障害すら存在しなかったのだから。6月末、柴田家と藤堂家の両家の顔合わせが行われた。湊の両親は私をとても気に入ってくれ、食事の席では藤堂家に代々伝わる家宝まで私に譲ってくれた。父は私の手を握りながら、泣いたり笑ったりと忙しくしながらも、湊に向かってこう言った。「娘は、俺が手塩にかけて育てた宝物なんだ。もし娘を泣かせるようなことがあれば、特殊部隊の連中を引き連れてでも君の家に乗り込むから
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第10話

泰誠は私に会うことを恐れ、私と話す勇気を持てなかったらしい。私たちは分かっていたのだ。前世での父の事件に一度でも触れてしまえば、二人の間にある表面上の関係すら、もう保てなくなるということを……結婚式の日、特殊部隊の元同僚たちも皆集まってくれた。だから泰誠も、正式に招待されていた。彼は黒のジャケットを身に纏い、とてもきっちりとしている。そしてそれは、私が泰誠と初めて出会った時に彼が着ていた服だった。まさか、今になってそれを着ている姿を見るとは思いもしなかった。私と湊がグラスを手にして特殊部隊の同僚たちのテーブルへ挨拶に向かった時、泰誠が立ち上がった。だが、その手にはグラスがない。「陽菜、俺は……」テーブルの全員の視線が泰誠に集まると、誰かが慌てて彼の腕を引っ張った。今日のめでたい席をぶち壊すようなことを言うのではないかと恐れたのだろう。「泰誠さんは今日お酒が飲めないらしいから、俺たちが代わりに飲もうぜ!」私は泰誠をちらりと見たが、特に何も言わなかった。挨拶回りが終わった後、元同僚の一人が、なぜあの時泰誠を止めたのかを教えてくれた。実は、2ヶ月も前に泰誠は特殊部隊を辞職していたらしい。しかも、誰の引き留めにも耳を貸さず、自分の将来を犠牲にしてでも過去の過ちを償うのだと頑なに言い張ったそうだ。同僚が一体どんな罪を犯したのかと尋ねると、泰誠は前世の出来事を持ち出し、皆を心底震え上がらせた。一時は、私が結婚すると知って気が狂ったのだと思われていたようだった。そして、今日来る前、泰誠が特殊部隊に配属されたばかりの頃の服を着て、「今日が最後のチャンスだから、賭けてみたい」と口走るのを聞いて、同僚たちは警戒したとのこと。「陽菜さんはもう結婚したっていうのに、あいつが略奪でもする気かと思ってさ。こっちは、まじでヒヤヒヤしたんだから。だから、すぐさま俺たちは、今日一日はあいつから絶対に目を離さないようにしようなって決めたんだよ。この結婚式を台無しにしないようにって!」私はそんな彼らを笑い飛ばした。「もし泰誠さんが発狂しても、うちの旦那が皆の前で彼をつまみ出してくれるから大丈夫」そう言った矢先、控室の外から声が聞こえてきた。「陽菜さん!藤堂さんが谷口を追い出したよ!」私と元同僚は顔を見合わせ、慌ててドアを開けて外
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