Semua Bab 流産した日、夫は元カノに会いに行った: Bab 11 - Bab 20

21 Bab

第11話

それでも晴臣は諦めなかった。彼はついに、知人の協力のもとで詩音の行方を掴んだ。彼女は退院当日、官舎の近くで黒い車に乗ったのを目撃されていたそうだ。その車は特殊なナンバーをつけており、市街地を出たところで痕跡が途絶えた。特殊なナンバー。アクセス制限。晴臣の胸の中に、不吉な予感が深く澱む。彼は職務の権限を利用し、本来扱えないはずの機密データまで引き出して、車の行方を追跡しようとした。警告音が鳴り響いたのは、まさにその時だった。西区の特別管理区間の近くまで特定して、ほんのわずかな手がかりに触れた直後、晴臣のオフィスに誰かが飛び込んできた。やってきたのは、私服の冷徹な男たちと、晴臣の上司、そして監査部の面々だった。「佐伯隊長。あなたは特別保護情報に無断でアクセスしたため、事情聴取を行います。ご同行願います」尋問室の明かりは、突き刺すように白くまぶしい。晴臣は固い椅子に腰を下ろすと、向かい側には、冷徹な視線を向ける監査当局の人間が揃っていた。「佐伯隊長。なぜ規定を破り、特別保護情報の追跡を試みたんだ?誰の指示でそうしたんだ?目的はなんだ?」晴臣は背筋をまっすぐに伸ばした。青白い髭が伸び、頬はこけていたが、瞳の奥の執着は誰にも消せない。「誰かの指示を受けたからではありません。ただ、妻の詩音を探していただけです。妻は失踪しました。とある車に乗せられたからです。なんとしても、見つけ出さねばなりません」「『詩音』だと?」監査当局の人は視線を交わし、資料をめくった後、冷ややかに告げた。「君の妻の情報は現在トップレベルのアクセス制限がかかっている。それに、相手は失踪などしていない。すべては彼女自身の意志で行っている。君の行為はすでに組織の規則を乱しているんだ。態度を改め、真実を答えろ!」自分の意志でそうした。その言葉が、鋭利なナイフのように晴臣の心臓をえぐった。彼は跳ね起き、赤く充血した目で叫んだ。「どこにいるんですか?妻に会わせてください!一度だけでいいです!ちゃんと話し合いたいんです!」「佐伯!」晴臣の上司が怒りにまかせてデスクを叩く。「いい加減にしろ!情けない姿を見せるな!自己都合で、職務を濫用し、規律を破り、これまで培ってきたすべてをなげうつというのか!?失望したよ!」晴臣は上司を見つめ、大粒
Baca selengkapnya

第12話

管理官は晴臣を制止した。潤んだ瞳で卑屈なまでにすがる晴臣の姿を見て、管理官の胸は締め付けられた。若い頃から見てきた晴臣はいつも、血を流しても決して涙を見せない鉄の意志があると思われていたのだ。なのに今はこんなにもみすぼらしい姿を見せるなんて。「奥さんがどこにいるか、分からん」管理官は沈んだ声で、あがき続ける晴臣を力ずくで押さえ込んで言った。「ただ一つ言えるのは――奥さんの経歴は、極秘機関によって保護された。だからこれ以上消息を掴むことは不可なんだ。意味が分かるか?部隊に長くいた君なら、その重大さは分かるはずだろ!」そう言われ、晴臣の体から力が抜け、管理官の腕をつかんでいた手も、力なく滑り落ちた。極秘機関。自らの意志で。消息を掴むことは不可。その一語一語が鈍器のように、晴臣の精神を打ち付けた。失踪したわけでも、連れ去られたわけでもない。詩音自身が……離れることを決意したのだ。もう、彼女は自分を必要としていない。二人の過去も、もう要らない。詩音は、もう自分の手の届かない世界に行ってしまったのだ。自分には到底知り得ない、踏み込むことさえ許されない場所へ。管理官は力なく肩を落とした晴臣を叩き、疲れ果てた様子で言った。「佐伯。起きてしまったことは、もう取り返せない……だからもう引きずるな、真っ当に生きろ」それだけ言い残し、管理官は去った。晴臣だけが、冷たく静まり返った部屋で彫像のように立ち尽くしていた。どれほどの時が流れただろう。歯を食いしばりながら、彼はまるで死にゆく獣のような押し殺した嗚咽を漏らした。……3日後、怜奈がやってきた。病み上がりの体に鞭打ち、やつれた顔色で晴臣の部屋の前まで来ると、彼女はドアを激しく叩き続けた。「晴臣!ドアを開けて!私を見てよ!私こそあなたを必要としてるのよ、晴臣!詩音さんはもうあなたを捨てたのよ!あんな冷たくひどい女!あんな女のために、自分を追い詰めないで!私が間違ってた。謝るから。また前みたいにやり直そう?お互いに一番愛し合った時みたいに、また二人でやっていこうよ!」だが、部屋の中からは何の応答もなかった。すると、怜奈は焦り、怨念に満ちた声で泣き叫んだ。「晴臣、ドアを開けなさいよ!まだあの尻軽女に未練があるの?なにを吹き込まれたのよ?だって彼女と
Baca selengkapnya

第13話

怜奈は諦めきれなかった。彼女は晴臣を振り向かせようとメディアを操り、詩音が、「孤独に耐えかねて駆け落ちした」というデマを流し、彼女の評判を落とそうとした。だが、今回ばかりは晴臣の反応が早く、そして容赦なかった。彼はかつて、怜奈が詩音の救助実績を横取りした証拠を突き止め、詐欺の行いとして怜奈を起訴したのだ。それによって、他の事実調査も瞬く間に繰り広げられ、実績の詐称が明らかになっただけでなく、雪だるま式に学歴詐称や、公費横領など、数々の悪事が発覚した。確固たる証拠が揃い、怜奈にもはや逃げ場はなかった。怜奈は詐欺罪、横領罪など数々の罪で起訴され、司法の場へと送られた。初公判を控えたある日、彼女は晴臣に最期の面会を求めた。冷たいガラスの向こう側。囚人服姿で髪もボロボロに枯れた怜奈には、かつての愛らしさはどこにもなかった。彼女はガラス越しに、喉を絞り出すように泣き叫んだ。「晴臣!私が間違ってたの!助けて!あなたしか頼れる人がいないの!昔のよしみで手を貸してちょうだい!牢屋になんか入りたくない!やだ!」一方、晴臣はガラスの向こうで、静かに怜奈を見つめていた。その眼差しは至って平静としていて、まるで知らない他人を見ているかのようだった。「怜奈」と晴臣は静かに告げた。「俺の人生で最後悔していることは、幾度もお前を選び、俺を心から愛してくれた人を傷つけたことだ。今、報いを受けて俺は永遠に、詩音を失ってしまったんだ。だから、お前もまた、報いを受けるべきなんだ」晴臣はそう言い終えると、振り返ることなくその場を去った。怜奈はその場に崩れ落ち、大声で泣き叫んだが、今度こそ彼女に構ってくれる相手はもういないのだ。最終的に、怜奈には複数の罪で禁錮7年の判決が言い渡された。怜奈が収監される当日、空からは小雨が降っていた。晴臣は刑務所の高い塀の外に立っていた。傘もささず、頬を打つ冷たい雨をそのまま浴びていた。彼は顔を上げ、塀の上に張り巡らされた鉄条網を見つめた。その胸の内は、虚しさだけが残った。あの雪の日、もし怜奈の戻りを待つために3日間も立ち尽くしたりしなかったら。もし、最初に会ったのが怜奈ではなく、詩音だったら。すべては、別の道に進んでいただろうか?だが、この世に「もし」なんて存在しない。あるのは自
Baca selengkapnya

第14話

晴臣はその瞬間全身の血液が沸き立つように感じ、心臓が爆発しそうなほど激しく鼓動した。彼は望遠鏡を投げ捨て、獲物を見つけた豹のように、崖を転がるようにして駆け降りた。荒れた山道で、尖った石が手や顔を切り裂くが、彼は痛みすら感じていないようで、人生で最速の速度で森を抜け、溝を飛び越え、峠を下りカーブまで出ると、黒い車の進路をふさぐように両手を広げて立ちはだかった!キキーッ!耳をつんざくような急ブレーキの音に伴ってタイヤが地面を擦れて埃を巻き上げ、車は晴臣のわずか数十センチ前で停止した。すると、車のドアが開き、スーツ姿の男たちが無表情で降りてきた。晴臣はその冷たい路面に、膝からガクリと崩れ落ちた。だが、硬い小石に膝をぶつけた衝撃さえも、今の彼には感じられなかった。泥と血、そして汗にまみれた顔で頭を上げると、晴臣は鬼気迫る目つきで男たちを射抜いた。「お願いです……」枯れ果てた声で彼は懇願する。まるで絶望の中に残ったわずかな望みをつかみ取ろうとしているかのように。「一目だけでいいです。妻の無事が確認できたらすぐ去ります。決して妨害はしません……」だが、黒服の男たちは全く動じず、冷たく言い放った。「佐伯さん、直ちにここを離れてください。これは職務妨害に当たります。これ以上続けるなら、強硬手段を取らざるを得ません」しかし、そう言われても晴臣は警告など聞こえないかのように、ただそこに跪いていた。そして、震える手で、懐からナイフを取り出した。それを見て、黒服の男たちは即座に身構え、腰に手をかけた。一方そんな彼らを無視し、晴臣はナイフの刃先を自分の首筋の動脈に当てた。冷たい刃が肌に触れ、鳥肌が立った。「争うつもりはありません」晴臣の声は消え入りそうだが、揺るがない決意に満ちていた。「ただこれだけ聞かせてください。妻の詩音は、そこにいるのですか?」そう言って、彼は瞬き一つせず相手を見つめながら続けた。「そうなら、頷くだけでいいです。違ったらすぐ消えます」その言葉と同時に山風が唸りを上げて吹き抜け、埃を巻き上げた。男たちは互いに視線を交わし、顔を曇らせた。一人が耳のインカムに手を触れ、何かを早口で伝えた。しばらくした後、彼がインカムから手を放すと、その眼差しには憐れみのかけらもなく、ただ冷たい容赦なさだけが
Baca selengkapnya

第15話

そう言われ、晴臣は体全体が大きく震え、うつろな瞳にようやく人間らしい感情の揺らぎが戻った。管理官は彼のあまりに真っ青な顔色を見て、これで聞き入れてもらえたと察した。それから管理官は彼の肩から手を離すと、深く溜息をつき、疲れ切った声でこう言った。「上層部から最終勧告が出ている。選べる道は二つだ。一つ。明日の朝、大人しく俺と帰るんだ。そして反省文を書いてしっかり謹慎処分を受けろ。過去の功績、それに……現在の奥さんの身分を考慮して、お前のポジションは一旦保留してやろう。今後復帰できるかどうかはお前次第だ。二つ。ここに居座ったまま、即刻除籍となり、裁判にかけられ、一生監獄で過ごすことになる!」そこまで言って、管理官は晴臣を睨みつけた。「佐伯、よく考えろ!」山あいに吹き付ける風が、壊れた雨よけシートを激しく叩いている。晴臣は、まるで彫像のように立ち尽くした。長い、長い沈黙が続いた。ようやく晴臣はゆっくり顔をあげ、血走った目で管理官を見つめた。そして、掠れているが強い信念を込めた声で彼は聞き返した。「管理官……妻は、元気でやっているんでしょうか?」管理官は言葉を詰まらせた。その目に宿るあまりに切なる希望を見たくなくて、横を向いた。「わからん」管理官の声は重かった。「だが、あそこへ入った者にいいも悪いもない。すべての情報は開示されなくなっているのだからな」そっか、詩音の消息を知るすべはもうないのだ。その事実に、晴臣の体はわずかにぐらりと揺れた。彼は目を閉じ、再び開いた時には、荒れ狂っていた激情を押し殺し、そこにはただ深淵のような暗闇だけが残されていた。「帰ります」晴臣の声は、冷徹なまでに落ち着いていた。それには、管理官も驚きを隠せなかった。彼が意外に素直に言うことを聞いてくれると思わなかったから。そう思っていると、晴臣はさらに言葉を重ねた。一語一句、全身の力を絞り出すように彼は言った。「ただし、一つだけ伝えてほしいことがあります」彼は山の先を眺めた。その視線は険しい山々と、固く閉ざされた鉄門さえも射抜くかのようだった。「妻に関わる連中に伝えてください。俺は、彼女を捜し出すことを決して諦めないと。俺は俺のやり方で、堂々と彼女の前に立ちます。彼女は俺を不要と言っても、もう一生俺に会いたくないと
Baca selengkapnya

第16話

作戦室は死ぬほど静まり返り、重い息遣いだけが聞こえていた。隊長が引きつった面々の顔を一人ずつ見て言った。「我々のチームはここの港での待ち伏せを命じられている。作戦名は『バックホーム』だ。まず目標の画像を確認しろ」掲示板には、白黒の不鮮明な伝送写真が貼られていた。大雨で濡れたのか、画像はひどく歪んでいた。写真には研究用ガウンを着た若い女性が写っていた。黒いメガネをかけ、両手を縛られ、目隠しをされ、口はガムテープで塞がれていた。髪は乱れ、頬には擦り傷があるように見える。体は細く、か弱い。ピントも甘く、撮った角度も悪い。しかし、その画像を見た瞬間、晴臣は雷に撃たれたような衝撃を受けた。頭に血が駆け上がったかと思うと、次の瞬間には体中の血が凍りついた。彼は椅子を蹴りあげると耳障りな音が響く中、勢い良く立ち上がった。すると、全員の視線が晴臣に集まった。だが晴臣は気に留めなかった。彼はその写真を見つめて、瞳孔は大きく開き、息さえ忘れていた。デスクに置いた手は、指が食い込むほど強く握られ、爪で木が鳴っていた。写真がぼやけていようとも。やつれすぎて顎が鋭くなっていようとも。見慣れない黒縁メガネをかけていようとも。半分ほど顔が隠れ、血と汚れにまみれていようとも。彼はすぐに分かった。たとえどんなことがあろうとも、見違えるはずがない。あれは詩音だ。愛しの詩音なのだ。隊長は眉をひそめ、声を荒げた。「佐伯!座れ!」晴臣は動けなかった。体は石のように強張り、ただ胸を激しい上下させ、目には赤々とした充血が広がり、写真の中の詩音を彼はじっとみつめた。「佐伯!」隊長は口調を強めた。すると、晴臣はゆっくりと、まるで呪縛にでもかかったように椅子に戻った。だが、彼は背筋を真っ直ぐ伸ばしながら、体を震わせた。俯いてテーブルの上の自分の手を見た。握りしめられた手には、青筋が浮き出ている。隊長が作戦の詳細、人員配置、退避ルートを説明していく。だが晴臣の耳には何も入ってこない。激しく鼓動する胸の音が耳に響き渡る。理性という細い糸が今にも切れそうだった。「もし救出に失敗した場合は全てを破壊しろ。その時誰が実行する?」隊長の冷徹な声が、凍りついた沈黙を破った。隊員たちはうつむき、返事はなかった。破壊する
Baca selengkapnya

第17話

晴臣は中に飛び込むと、持っていたナイフで詩音の手首を縛っていた粗いロープを素早く切り落とした。それから彼は焦りながらも、細心の注意を払って彼女の口に貼られたテープを剥がし、目隠しの黒い布を解いてあげた。その際に、指先が詩音の冷え切った頬や首筋に触れてしまった。詩音はビクリと震えた。ずっと暗闇に覆われていたせいで、ライトの明かりや外の爆発による閃光を浴び、彼女は思わず目を細めた。そして、激しい咳が込み上げてきて、長くテープを貼られていたせいで、唇も荒れ、所々から血がにじんでいた。だが、おぼろげな視界が次第にはっきりとし、雨と返り血で狂気じみた形相をした男の顔を認識した瞬間、詩音の瞳孔はキュっと縮まった。驚愕、疑念、さらにはほんの一瞬見せた慌てぶりが、以前と変わらず清らかでありながら、どこか深みを増した彼女の瞳を掠めた。しかし次の瞬間、それらは氷のように鋭い切迫感に取って代わられた。「危ない!」詩音は叫んだ。長く声を殺していたせいか、喉が渇いて声はひどくかすれていた。詩音が声を上げるのとほぼ同時に、助手席で晴臣が気を失ったと思っていた犯人が、音もなく拳銃を構えた。その黒い銃口が、晴臣の背中を狙っていた。詩音の警告と、命に関わる危機感は同時に訪れた。晴臣は考えるより先に、体が反射的にとっさに向きを変え、自由になったばかりの詩音を全身で覆い、彼女を自分の胸と座席の間に囲い込んで守り抜こうとした。パーンッ!銃声が響いた。至近距離だった。晴臣の身体が激しく揺れる。背中に強烈な衝撃と、焼けつくような激痛が走った。銃弾が筋肉を裂き、骨を砕いて体内に入り込んでいく感触が生々しく伝わってきた。熱い液体が背中の制服を瞬時に濡らす。粘り気のある、焼けつくような熱さだ。「くっ……」と言葉を呑み込んだ呻きが、晴臣の食いしばった口から漏れた。しかし、詩音を抱きしめた腕の力は微塵も緩まず、むしろより強く彼女を抱きしめた。詩音の首元に顔を埋めて、彼の濃厚な血の匂いと共に熱い吐息が彼女の肌にかかった。「晴臣!」初めて、詩音の声が震えを伴った。車の外では、他の犯人たちが動揺を感じ取り、周囲に群がってくる。銃声と怒鳴り声がすぐ側まで迫った。晴臣は激しく顔を上げた。稲妻に照らされた彼の顔は真っ青で、額の青筋が浮き
Baca selengkapnya

第18話

そう言われ、詩音の晴臣を支える体が少し強張った。だが、彼女は振り向かず立ち止まらず、力なく倒れ込む晴臣の体をより一層強く支え直した。すると、晴臣の目からは、何の前触れもなく涙が溢れ出した。雨水と混じり合った顔の血とともに、滴り落ちていく。「申し訳ない……詩音……すまなかった……」晴臣は何度も支離滅裂に呟き、声は震えて途切れがちだった。「俺はとんでもないことをした……最低な人間だ……知らなかったんだ……本当に、何も知らずに……もし、あの時分かっていたら……」逃げ場のない子供のように泣きじゃくる晴臣は、溜め込んでいた後悔と苦悩、そして自分自身への嫌悪が堰を切ったように溢れ出した。それでも詩音は、最後まで彼に返事をすることはなかった。詩音は唇を引き結び、晴臣を支えたまま、飛び交う銃弾を避けて大きな瓦礫の陰へと身を寄せた。あと百メートル先に、仲間の姿がちらついている。合流地点までもう少しだった。希望は見えている。晴臣は荒い息を吐きながら、冷たい瓦礫の壁に背を預けた。出血と激痛で、彼は全身から力が抜けていくような寒さと震えを感じた。そして、彼は雨に打たれる詩音の横顔を見つめながら、卑屈で決して口には出せない、想いと心痛が再び込み上がってきた。「詩音……俺は……」彼はこれまでの過ちを謝りたかった。だからやり直したいと言いたかった。しかし、その言葉が喉まで出かかった瞬間、詩音の表情が急変した。研ぎ澄まされた彼女の鋭い眼差しは、隠れた薄暗い陰の一点に集中していた。闇に覆われた陰で、迂回して近づいてきた犯人が構えたばかりの銃が見えたのだ。その暗い銃口はイナズマの光に照らされて殺意を込めてギラリと反射した。その銃口は、他ならぬ詩音の眉間を狙い定めていた。まるで、時間が引き延ばされたかのような感覚だった。詩音の目線を追って、晴臣も敵の存在を認識した。距離が近すぎる。味方は他の敵に応戦中で、すぐには対応できない。すべてが瞬く間に起きた。瞬間的に、晴臣は残されたありったけの力を振り絞り、支えてくれていた詩音を突き飛ばした。だが、その押し出す一手が、彼の残る命を燃やし尽くした。突き飛ばされた詩音は、足がもつれて泥の中に倒れ込んだ。そして、突き飛ばした反動で、晴臣自身が瓦礫の外へ投げ出され、スナイパーに対
Baca selengkapnya

第19話

意識を取り戻すと、まず鼻につくのは消毒液の匂いを感じた。そして、全身を覆う包帯のせいで、どこもかしこも重く鈍い痛みが走った。晴臣は必死に目を開けた。しばらく視界がぼやけていたが、やがて焦点が合ってきた。「目が覚めましたか?」真面目な顔の看護師が歩み寄ってきた。手際よくベッドサイドのモニターや点滴のチューブを確認している。晴臣は口を開こうとした。しかし喉がひどく渇き、声が出ない。看護師が水にストローを差して、彼の口元に運んでくれた。数口飲むと、ようやく喉が潤った。「あの……俺が助けた女性の方は?」晴臣は力を振り絞って掠れた声で問いかけた。「あの方ならもう退院しましたよ」看護師は簡潔に答えた。「退院?」心臓が一瞬締め付けられたようで、彼は慌てて聞いた。「どこへ?怪我は?彼女は大丈夫だったのでしょうか?」「無事でした。怪我もあなたよりずっと軽かったので、すぐに迎えの方が来て彼女を引き取っていかれましたよ」そう言って看護師は畳みかけようとする晴臣を遮ると、サイドテーブルから茶封筒を差し出した。「これ、預かっています」すると、晴臣はポカンとしたまま、目の前に差し出される茶封筒を見て、思わずドキッとした。彼は震える手でそれを受け取った。ずっしりと手応えがあり、硬い箱のような形をしているようだ。ゆっくりと封を切ると、中から出てきたのは、レトロなレコーダーだった。それを見て、晴臣は指先の震えが止まらなかった。再生ボタンを押すと、カセットテープが回転する微かな音が響く。ノイズが数秒続いた後、胸をかき乱されるような、でも懐かしい詩音の声が聞こえてきた。間違いなく、詩音の声だ。「晴臣。これが私からあなたへの、最後のお別れよ」晴臣は息を飲んだ。そして冷たいレコーダーを強く握りしめた。「助けてくれてありがとう。でも、あそこで救ってほしくなかった。この任務についたときから、覚悟はしていた。危険を伴うものだって分かっていたから。あなたにも命を大事にして欲しかった。私のためにむやみに犠牲にして欲しくなかった」語り口は淡々としていた。しかしその一言一言が刃となって、晴臣の胸に深く刺さった。「私たち……あなたが杉原さんばかり選んでいたあの頃に、とっくに終わっていたよ。どんなに謝っても、よりを戻せない関係
Baca selengkapnya

第20話

傷が癒えると、晴臣は辞職届を出した。最も遠く、過酷で、危険な場所へ行くために。向かう先は世界でも紛争が絶えない、テロ組織が行き交う和平部隊の配属現場だった。そこは荒地に囲まれ、世間からも平和からも遠く離れ、常に危険と隣り合わせの場所なのだ。晴臣はわずかな私物をまとめると、使い古したレコーダーを幾重にも布で包み、肌身離さず持っていた。和平部隊での生活は、単調で残酷なまでに厳しいものだった。巡回、警備、紛争への介入や、得体の知れない病との戦いや厳しい環境と向き合う日々が続いた。だが晴臣は、すぐにここでも「化け物」と呼ばれるようになった。誰よりも長い巡回ルートを志願し、一番重い荷物を背負い、寝る間も惜しんで過酷な深夜の警備を買って出る。事があれば常に先頭に立ち、仲間をかばいながら現場を駆け回った。ある時とてつもない大地震が起きると、晴臣は救出隊を率いて先陣を切り、震災の渦中へと向かった。完全に崩壊した校舎の跡地で、5日間も休むことなく瓦礫を掘り返し、閉じ込められていた子供たち十数名を救出した。無理やり連れ出されたときには、晴臣は疲労の限界を超え、そのまま意識を失いショック状態に陥っていた。その後、彼も平和維持活動のため、紛争の絶えない極めて危険な地域へと次々派遣されていった。ある護送任務中に奇襲を受け、体中に銃弾を浴びたにもかかわらず、弾丸で蜂の巣になった車両を自ら操縦して包囲網を突破した。現地住民と傷ついた仲間を救出し、役目を終えて力尽きた時、その手にはまだ空になった銃が強く握られていた。こうして、10年という歳月が過ぎた。彼に贈られる勲章や表彰は数知れないほどになった。その勲章のどれもが彼が身を挺した結果を物語っていた。晴臣の地位はみるみる上がった。今や現地でも最も高い階級にある人物の一人となったが、それでも彼はその場を離れようとはしなかった。皆が知っていた。晴臣は英雄なのだと。ただ、誰も彼の笑顔を見たことがなかった。ただ、年末のお祝いの時だけ、晴臣は僅かな物資の中から思い出のつまみと酒を出して嗜むのだ。そんな時、彼は決まって傷だらけの水筒を手に取ると、外で南の闇夜を見つめて静かに酒を地に注ぐのだ。新しく配属された若い隊員が好奇心を抑えきれず、勇気を出して聞いた。「隊長、誰かを弔ってい
Baca selengkapnya
Sebelumnya
123
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status