朔弥の書斎には夜通し明かりが灯り、モニターには探偵から送られてきた最新の報告が表示されていた。琴音の行方は、まだ掴めていない。きのこスープが入った鍋を手にした紗良は、書斎の外に立っていた。中から漏れてくる溜息を聞き、きつく鍋の取手を握り締める。使用人たちまでもが、朔弥が紗良のことを全く愛していないと陰で噂していた。このまま黙っているわけにはいかない。寝室に戻り、紗良は引き出しの奥から細工した妊娠検査薬を取り出した。何としてでも朔弥の関心を引き戻さなければ。紗良は鏡の前で何度も練習を繰り返した。母親になる女の喜びを、瞳の揺れひとつに至るまで。翌日の朝食の時、紗良はわざとらしく妊娠検査薬を朔弥の目の前に落とした。朔弥は彼女をちらりと見て、それから目線を下げ、落ちたものが何かを確認する。その途端、彼の眉間に皺がよった。紗良はわざと焦るような声を出し、拾い上げた。「ごめんなさい、もう少し落ち着いてから伝えるつもりだったんだけど……私……赤ちゃんができたみたい」その場の空気が凍りついた。朔弥が顔を上げる。その瞳には期待など微塵もなく、あるのは冷え切った嫌悪だけだった。ずっと男女の営みなどなかったのに、どうして妊娠などするというのか?朔弥は氷のような声で言い放った。「産婦人科の診断書はあるのか?今すぐ全部見せてみろ」紗良の笑みが引きつる。「まだ病院へは……でも、この妊娠検査薬の結果で確定だと思う」「なら、今すぐ一緒に病院に行くぞ」朔弥はナイフとフォークを置き、淡々と言った。「今から運転手に車を用意させる。30分後に出発だ」拒絶など許されない。その瞳からは、琴音を見ていた時のような温かな瞳は消え、今や紗良の偽りをも見抜く冷徹さしか感じられなかった。ツンとするような消毒液の臭いが充満している、病院の廊下。診察室から戻った医師は、検査報告書を持って事務的に告げた。「奥さんは、妊娠されておりません」紗良の顔からみるみる血の気が引いていく。朔弥は検査報告書をひったくると、関節が白くなるほど拳を強く握り締め、足早に廊下の奥へと向かった。「朔弥!」紗良がその背中に叫ぶ。だが、朔弥はもう二度と振り返ることはなかった。無理やり自分たちの新居に作り変えた屋敷に戻った紗良は、まだ言い訳を続けようとした
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