All Chapters of 天才召喚魔術師で王女の私は、完全に自己都合で勇者様を召喚します: Chapter 11 - Chapter 20

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11話:ギルドデート?

 燦然と降り注ぐ陽気と、耳を震わせる賑やかで活気のある人混み。 石畳の街道の左右には所狭しと露店が立ち並び、香ばしく焼かれた肉や新鮮な野菜、瑞々しい果物の香りが鼻腔をくすぐる。 商人たちの張りのある野太い呼び込みの声が、至る所から響き渡っていた。『というわけで、さっさと買い物にいくわよ!』『どういう脈絡だよ……。ふぁあ、眠ぃ』 私はリヒトを引き連れて、王都の城下町、その中心部へと足を運んでいた。 このガルムス王国は大陸の中央に位置することから、近隣諸国からも多種多様な人種と物流が集まる、まさにこの大陸の心臓部だ。 地方や異国からの珍しい物資が、日々大量に流れ込んでくる。『あなたの着替えも、最低限の日用品も装備も必要でしょう? 一応お城の備品でも揃うけれど、あんな格式張った豪奢な装いじゃ、いざという時に動きにくくて話にならないわ』『だから、〝あなた〟じゃなくて〝リヒト〟と呼べって言ってるだろ』 なぜこの男は、頑なに名前にこだわるのか。 ……絶対に呼んであげないけれどね。 なんだか気恥ずかしいし、負けたような気がして癪に障る。『というか、アイン……様。なんで突然、髪が金髪になってるんだ?』 昨夜のミケとポチの恐怖が頭をよぎったのか、それとも胸に刻まれた呪わしい刻印の作用か。 皮肉混じりの「王女様」という呼び方を途中で言い淀み、不器用な「様」付けに落ち着いたリヒトが、私の容姿の〝激変〟に眉をひそめてツッコミを入れてきた。 私は足を止め、ふっと慈悲深い聖女のような笑みを貼り付けて応じる。『わたくし、一応はこれでも王女ですので。街へ降りるための変装に決まっているでしょう。 これは最高級の繊維で編まれた魔術的なカツラよ。私の本来の銀髪は……この国じゃ、悪目立ちしすぎるの』 ただでさえ不吉の象徴として忌み嫌われている髪だ。 街中で晒せば、暴動が起きかねない。 それに、一応は第十王女。 兄姉たちは私がどこで野垂れ死のうが関心すらないだろうけれど、余計な火種は避けるに限る。 この大陸において、純粋な銀髪を持つ人間は存在しない。 基本的にはブロンドか茶系、あるいは赤毛が一般的だ。 第二王女アリエルの鮮烈な赤髪も珍しくはあるけれど、完全に排斥されるような色彩ではないのだ。『あぁ、なるほどな、変装か。どおりで格好も、随分とラフなわけだ』
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12話:大地の精霊

 冒険者ギルド総合本部に出出向いた私。 リヒトの衣服をはじめとする当面の必需品を一通り買い揃え、ついでに二階のテラス席で美味な地方料理の昼食までしっかりと楽しんでしまった。 これは断じてデートなどではない。 ただの投資効率を高めるための事前懇親であると、胸の内でヤキモキしながら言い訳を繰り返しつつ、私たちは飲食フロアからさらに上の階層へと足を止めることなく進んでいた。『おい。この仕立て、生地の中に防護術式が編み込まれていて防弾衣並みに頑丈だって話だったが……。  正直、怪しさしかないぞ。俺は騙されてないか?』 リヒトは、先ほど購入したばかりの、対物理・対魔術の二重付与が施された衣服へとすでに着替えていた。 と言っても、元の世界で彼が着ていた地味な配色の衣服から、少し上質な革製の細身のパンツとシャツ、そして漆黒のロングコートへと変わっただけだ。 ……いや、シルエットがほとんど変わっていないじゃない。    プロデューサーとしての私は少しだけ物足りなさを覚えてしまう。 『防弾衣っていうか、向こうの基準で言うなら、銃弾と砲撃が飛び交う最前線の戦地を、鼻歌交じりで快適に散歩できるくらいの防御性能はあるわよ?』『そんな物騒な場所、絶対に散歩したくはねぇが……。まぁ、アイン様がそう言うなら、本当にそうなんだろうな』『……っ、なによその、妙に全幅の信頼を置いてますみたいな空気は』  いちいち、本当にこの男はいちいち、私の防壁を無自覚に揺るがさないと気が済まないのかしら。 不意に心臓に悪い態度を取るのを、本気でやめていただきたい。 『で? 今度はどこへ行くんだ? もう買い揃える物なんてないだろう』『ここに足を運んだのなら、〝あの子〟に顔を見せておかないと、後からどれほど激しい執念で詰め寄られるか分かったものじゃないのよ』『あの子……? ──』 「マイ、マスターっ!!!!」  建物の最上階である三階。 ここまで来ると、一般の冒険者たちの喧騒は完全に遮断され、静謐な通路の先には豪奢な一枚板の扉が佇んでいるだけだった。 その扉が、私の接近をあらかじめ察知していたかのように勢いよく開き、中から鮮烈なエメラルドグリーンの髪をふんわりとしたアシンメトリーに整えた、おそろしく愛らしい子犬のような美少年が飛び出してきた。 無機質でどこか人形めいた翡翠
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13話:魔力カスカス事案

 ギルド本部の三階は、ノンノンの広大な執務室兼、彼のプライベート空間になっていた。 私たちは重厚な革張りのソファに腰を下ろし、対面に向き合っている。 ちなみに、私の右隣にはノンノンが完全にへばり付いている状態だ。 『嗚呼、マスター……。マスターの清廉な匂い、マスターの圧倒的な存在感……っ!   満たされていく……ワタシのコアの最深部が、マスターの魔力で満たされていくのを感じる……ノン』  ガッツリと私の腰に抱きついたノンノンは、ゴーレムとは言っても、大地の高位精霊が神域の技術で造り出した肉体だ。 質感も、造形もそこらの高貴な美少女以上の完成度を誇る「愛らしい美少年」なのだから、客観的に見ればひどく破廉恥な状況になっているのだけれど。 私はとうの昔に慣れっこなので完全にスルーを決め込む。 対するリヒトは、元いた世界の倫理観が邪魔をするのか、あるいはそれ以上のドロドロとした不快感が勝るのか、その群青の瞳が私の腰に回されたノンノンの腕を射殺さんばかりに鋭く睨みつけていた。 『……おい、アイン様。そいつを今すぐ俺によこせ』『……、あなたが何を怒っているのか知らないけれど、嫌よ。こんなに愛らしいノンノンを飢えた獣みたいな状態のあなたに渡せるわけがない』『マスター、ワタシ、あの人の目が怖いです』『ほら! これ以上ノンノンを威嚇しないで。子犬みたいに震えちゃって、かわいそうに』『——っち テメェ、さっきまでと態度が違うだろ?』『なにがでしょうか? ワタシは害虫人族男のような野蛮極まりない相手と関わり合いにはなりたくありません——いい加減、本気で消滅させますよ?』『あ? 今小声でなって言った? もっかいはっきり言ってみろ』 いきり立つリヒトを私はジッと睨み強制的に黙らせた。『——わかったよ。ただ、俺は……例え見た目ガキでも、不用意にアイン様へ触れさせたくないだけで……、一応姫を守るのが勇者の役目だろ?』『——っ!? な、なにを、それは、そうだけどっ』 『! マスターの心拍数に異常を検知。やはり害虫は滅します!!』  予想以上にリヒトの不機嫌な独占欲を目の当たりにして、私の心臓がまたしてもバックバクと狂ったように跳ね上がる。脳内で大パニックを起こしながら悶え転がる私の様子に異常を感じたノンノンが再び迎撃モードに移行。『ストップ、ノンノンも、
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14話:コクライ

 ノンノンが、私を庇うように一歩前へ出た。 ここまで露骨に殺気を滲ませる姿を見るのは、随分久しぶりだった。 ——つまり、それほど危険な存在が、今まさに呼び出されようとしている。『強情なやつだな。……いい加減、出てこい』 リヒトは術式へ片手を添えたまま、低く吐き捨てる。 額には汗が滲み、その周囲では膨大な魔力が暴風のように荒れ狂っていた。 魔力回路を通じ、精霊の根源そのものを無理やり引きずり出しているのだ。 召喚術師である私には分かる。今リヒトが行っているのは、常軌を逸した力技だった。 次の瞬間。 轟音と共に、術式から漆黒の雷が噴き上がる。世界そのものが闇に呑まれたかと錯覚するほどの黒。 空気が震え、肌が焼けるように軋んだ。 一際激しい雷鳴が収束していく。 その中心の、床の罅割れの上に現れたのは——ツンツンと激しく跳ねた漆黒の髪を持つ、おそろしく顔の整った少年……。 全長わずか十センチメートルほど。手のひらにすっぽりと収まってしまうほどの極小サイズなのに、衣服というよりは黒い雷そのものを身に纏い、不遜でヤンチャな空気を全身から放っている美少年だった。(見た目は、ピカリンや受肉前のノンノンと同じような感じだけど……というか吊り目の黒猫みたいでちょっと可愛いかも?) 勝ち気な黄金色の瞳が、ギラギラと室内の私たちを値踏みするように見下ろしている。(——おいおい、どんな凄まじい奴がオレ様を呼び出したのかと思えば……) 小さな身体から発せられた声音は、脳内に直接響いてくる。 リヒトの反応を見るに同じく目の前の小さな美少年の言葉が聞こえているのだろう。『……聞こえる。こいつが何言ってるか、頭の中に直接意味が流れ込んでくるぞ』『ひとまずは成功と言ってよさそうね。今からその子と契約すれば、こちらの世界の言語もその子を通して理解できるようになるわ』 私がホッと胸を撫で下ろした、その瞬間だった。 小さな美少年の精霊は、自分を引っ張り出したリヒトを一瞥すると、露骨にゴミを見るかのような冷たい視線を向けた。(あぁ? なんだオマエ。 オレ様を引きずり出すための『呼び鈴』の分際で、偉そうに驚いてんじゃねぇよ。 ……ちっ、魔力はスッカスカだし、魂の器も空洞みたいじゃねぇか。最悪だぜ!!)『……おい、未来のご主人様に向かってスッカスカだの空洞だの
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15話:護衛依頼

 リヒトがコクライの説得——もとい、調教? を始めてから小一時間。『従うか?』(あーー!!っもう!! しつこいんだよオマエ!! 何回同じやりとり——シビレバビビっ!?)『しつこいのはお前だろうが……、いい加減従え』(ぐぬぬっ! オレ様はあの銀髪——ヒギギッ!?)『却下だ』 まだまだ終わりそうにない不毛なやりとりを横目に、三杯目の紅茶を飲み干したところで私は静かに立ち上がった。 「ノンノン、私は先に帰るわ——精霊とのアレコレとか、言語学習のフォローも、お願い」「マスター、了解しました」  これ以上付き合ってられない、とばかりに背を向けて歩き出す私。  実際あれだけ精霊を手玉にとれているのだから後は時間の問題でしょう。 後ろから、困ったようなリヒトの声が追いかけてきた。 『……すぐ追いかける、あんまり一人でうろうろするなよ?』「……なんのつもりか知らないけど、余計なお世話よ」  振り返ることなく溢した言葉はリヒトに理解される事なく、私は足早にギルドの執務室を後にした。 *** 私がギルドの扉をくぐり、その場を後にしようとした、まさにその時だった。 「待ってください、サクラさーんっ!」  私の背後から必死の形相で追いかけてきたニーナが、バタバタと足音を立てて立ち塞がる。 その手には、封蝋が施された重厚な羊皮紙の巻物が握られていた。 「もう……本当に、これだけは受け取ってください! ギルドとしても、このクエストだけは放置できないんです。どうか、サクラさんのその……慈悲深い心でっ!」  彼女は半ば泣きつきながら、私の胸元に強引にその巻物を押し付けてくる。 断固拒否しようとした私だが、ニーナの瞳があまりに必死で、迅速な解決を求めているのが伝ってきた。 そして何より――その依頼書に刻印された『王家直属の調査印』が、私の視界に毒のように飛び込んできた。 「……何よこれ。ただの護衛依頼じゃないわね?」  私が巻物を広げると、そこには夜会の標的となる貴族の名前と、何の目的か律儀に高級な紙にしたためられた犯行予告文。 ふと、標的の貴族の名前が目に止まった。 「これを見れば、サクラさんも興味を持ってくれるかと……っ。 報酬の倍増は保証します! どうか、このクエストを『受理』という形だけでもっ!」  彼女は私にクエストカウンターの承
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16話:双刃の魔剣士

 ギルド本部でニーナから強引に押し付けられた緊急クエスト。 人助けをする気など毛頭ない。 けれど、護衛対象である『ロドリゲス子爵』の名は、後々私がこの国で自由な王女としての権利を保ち、優雅に暮らすための『駒』として、非常に魅力的な利権を含んでいた。 彼は表舞台では大人しい保守派の老人だが、裏では王都の隠密な物流ルートを牛耳っている。 彼を恩義で縛り、その強力な経済基盤を味方につけておけば、他の兄姉たちの派閥に理不尽に権利を脅かされることなく、私の自由を担保する絶好の政治的カードになるのだ。 すべては、私自身の自己都合のために。 ——けれど、私の気分は少しばかり波立っていた。 先ほど、去り際のリヒトの態度が妙に私の中をざわつかせる。 一人でうろうろするなって? 何様のつもりよ……、実力だって私の方が上、そもそも異世界に来たばかりで右も左もわからないアイツに心配される道理なんて——。(心配、されて、たのよね……なのに、なんで私イライラして? っ、そもそも!アイツが私を心配する必要もないし、烏滸がましいわ!! これも『刻印』のバグね、きっと) 他人と深く関わるつもりも、内面を踏み荒らされるつもりもないのに、あの言葉が妙に胸の奥でざわついて離れない。 私の調子を狂わせてばかりの男に対する、割り切れない不機嫌さが胸の奥で燻っていた。 *** 数時間後。私は見知った貴族相手という事もあり、顔を隠す仮面と外套を纏い、高ランク冒険者『サクラ』として依頼主であるロドリゲス子爵の前に姿を現した。 彼との間で正式な挨拶と任務の確認を事務的に済ませると、私は「姿を隠して周囲を警戒する」というサクラとしての警護方針を告げ、老子爵の承諾を得てから、走り出した馬車の天蓋へと音もなく身を潜めた。 天蓋の上で一人、退屈極まる護衛の時間をやり過ごす。 ロドリゲスは私がどこか近くで見守っていることは知っているはずだが、まさか、防音の甘い馬車の天蓋のすぐ上で自分の呟きを聞かれているとは思ってもみないのだろう。 やがて、小窓から漏れ聞こえてくる老貴族の独白が、静寂な夜の空気に溶けて私の耳に届いた。「まさか、あのアイン王女様が勇者召喚を成功させるとはな……。やはり、あのお方こそが正当なる血脈、王の器なのだ……」 馬車の中で、ロドリゲスは一人、熱を帯びた声で震えていた。
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17話:戦闘訓練

 ギルド本部での騒動から数日。 大々的な勇者のお披露目の儀や、軍事会議への強制参加など。 色々と煩わしく多忙な日々は巡っているが、特に私の状況が劇的に好転した訳ではない。 強いて言うなら、私の台頭を警戒する兄姉たちの対応が、以前にも増して冷淡なものに変わってきた事くらいだ。 リヒトとコクライは、なんだかんだと上手くやっている。 常にリヒトの肩の辺りをパタパタと飛び回っているコクライとは、相変わらず口を開けば子生意気な発言ばかりして、リヒトが反論してと騒がしい感じである。「それじゃあ、今日はあなた達の連携確認を兼ねた戦闘訓練を行うけれど。準備はいいかしら?」 王都から数キロほど離れた荒野。 人の往来が一切ない、荒れ果てた大地に私たちは立っていた。(ハッハァ!! ようやく暴れられるぜぇ!! 複数の町をまとめて焼き払うのか? それとも国ごと更地に変えるかっ——っが、やめろ! リヒト! 冗談っ、アバババババ) 手のひらサイズでツンツン髪のコクライが、私の目の前で威勢よく黒い電撃を散らした瞬間、背後から伸びてきたリヒトの大きな手に、またしても無造作に鷲掴みにされて短い手足をジタバタと暴れさせていた。『ったく、いい加減その物騒な発想をしまえ。俺らはアイン様専属の勇者だぞ?俺らの一挙手一投足全てはアイン様に捧げるべく、俺とアイン様の間には主従を超えた深い深い——』「ただの取引相手よ。この男は召喚の代価として、この世界ならではの強力な武器を携えて元の世界へ帰る。私は、勇者という大義名分を利用して王族としての立場を確立させる。それだけのことよ」 相変わらず何を考えているかわからない。 リヒトの軽薄な態度がどこまで本気なのか測れない。 いや、そもそも全部嘘ね。 今、妙に好意的な態度を見せるのも、すべては従属刻印のバグのせいなのだから。 リヒトは相変わらず日本語で喋っているけれど、コクライとの契約により感覚を共有したため、私の話すこの世界の言語は無条件で完全に理解できるようになっている。 簡単な受け答えができる程度には、裏で必死に言語の勉強もしているみたいだけれど。『相変わらず素直じゃないな、アイン様。ところで、この豪勢な剣がその報酬って訳じゃないよな? 正直使いにくいんだよこれ、無駄に眩しいし、重いし』「素直どころか、そもそもあなたには一欠片だ
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18話:第八王子の懇願

 真っ白な転移の視界に鮮やかな色彩が戻れば、そこは見慣れた私の離宮の私室だった。「到着、と。 ……はぁ、なんだか疲れたわ。ぽん太、ありがとう。また呼ぶけれど、それまで休んでいてちょうだい」「キィッ」 短く愛らしい鳴き声を返したぽん太が、フッと虚空へ溶けるように消えていく。 空間転移——前世の常識からすれば、あまりにも超常的で便利な魔術だ。 行ったことのない場所へは跳べないという制約こそあるものの、そんなものは常識の範疇であり、ぽん太の持つ能力の驚異的な価値をいささかも損ねるものではない。 実際、魔術という不可思議な概念が満ち溢れているこの異世界だが、馴染んでしまえば案外普通というか、想像していたほどの「万能」というわけでもなかった。「少し、休憩ね……」 贅沢な弾力を持つ天蓋付きのベッドに腰掛ければ、柔らかな反発が私を優しく包み込む。 この肌触りも、前世の記憶にあるものと大差ない。 いや、前世の私の部屋にあった狭いシングルベッドとは雲泥の差だが、あるべき場所にはありそうな、調度品の一つに過ぎないのだ。 食べ物も、文化も、特に致命的な違和感はない。 日常生活を支えていた前世の科学技術が、そのまま魔術というエネルギーにシフトしただけ、という感覚だった。 細かい利便性を言えば、インフラの整っていた前世の方が圧倒的に勝っているが。 だが、生活する分には困らない。 電気もガスもないが、魔術の灯火は夜を照らし、蛇口をひねれば温かな湯が出る。 風の魔術を応用した『魔道具』を使えば一瞬で髪は乾くし、その気になれば空だって飛べる。 ——もっとも、飛行魔術は一部の限定的な才を持つ者か、私のように「手段」を持つ者に限られるけれど。「……退屈だわ」 ただ一つ。この世界には、決定的に娯楽が欠如している。 かつて貪るように消費していたゲーム、漫画、アニメ、ドラマ。 そして、それらすべてを内包していた電子の文明。 掌の上の小さな画面がもたらしていた、あの果てしない娯楽の海。 それらが存在しないということこそが、私にとって何よりの不自由だった。 先ほどの転移にしても、確かに便利ではあるし、一個人が容易に所有できる技術ではない。 私の使役する『転移コウモリ』は世界でも超絶な希少価値を誇る魔獣であり、普通は捕獲して使役するなどという発想にすら至らない
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19話:ハイスペック勇者

 この場にいるはずのない、あまりにも聞き慣れた男の声。 私は全身の毛が逆立つような衝撃に、弾かれたように背後を振り向いた。 同時に、恐怖に顔を白くしたアルフレッドお兄様が、あろうことか私の背中に隠れるようにして後ろから覗き込んでくる。 ——仮にも王族で、しかも一応兄が妹を盾に隠れるのは如何なものかしら。 そんな内心の毒づきさえ、次の瞬間の光栄によって消し飛んだ。 視線の先——ついさっきまで私が微睡んでいた天蓋付きのベッドが、モゴモゴと怪しげに蠢いている。 直後、豪奢なシルクのシーツが勢いよく撥ね除けられ、そこから一人の男が姿を現した。 「ぷはっ! やっとあの骨の地獄から生還できたぞ……! よぅ、アイン様? サプライズは成功したか?」  全身傷だらけで、衣服はボロ布のように裂け、もはや裸同然の格好をしたリヒトが、悪戯っぽく白い歯を見せて笑っていた。 なぜ、ここにリヒトがいるのか。……いや、考えるまでもない。 彼の影に潜む黒い思惑の気配——コクライの仕業だ。 この際、彼の言葉が酷く流暢なこちらの言語になっている驚きすら、今は後回しにするしかなかった。 最悪の状況だ。 「ゆう、勇者……様? 勇者様がなぜ、そのような……破廉恥な格好で、アインのベッドから……。まさか、お前たち、既に——」  アルフレッドお兄様の顔から完全に血の気が引き、哀れなほどに唇を震わせている。  私は即座に、彼の言葉を遮った。 「いたしていません! 断じて、何一つ、指一本たりとも! そのような不埒な事実はありませんわ!!」  声音に冷徹な魔力を乗せ、真っ直ぐに兄の瞳を射すくめる。 「あ、ああ、わかった……。信じる、信じるよ、アイン……」  お兄様は凄まじい勢いで視線を泳がせながら、チラチラとリヒトの無駄に引き締まった半裸の肉体を気にしている。 ——だめだわ、この男、一ミリも信じていない。 婚姻を控えた王族の乙女が、自身の私室のベッドに、半裸の異性を囲っている。 この事実だけでも、この世界の厳格な社交界の常識に照らし合わせれば一発でアウトだ。 最悪の場合、王室の不名誉として幽閉、あるいは永久追放すらあり得る。 「なぁ、あんたがアイン様の兄貴か? 俺は一応勇者だが、それ以上にアイン様とは『召喚』という深い、血よりも濃い絆で心も身体も結ばれて——ゴフゥッ!?
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20話:承諾

「お兄様? 起きてください、お兄様」「んぁ……? ここは……アイン? はっ! 勇者様は!?」 私の、どこまでも柔らかく慈愛に満ちた声に目を覚ましたアルフレッドお兄様は、意識を取り戻すと同時にガバッとその場で飛び起き、 狼狽した様子で周囲に視線を巡らせた。 だが、今の彼の視界には、穏やかな笑みを湛える美しい妹の姿以外、何も映っていないはずだ。「勇者……様、が……?」「何のことですか? お兄様」 お兄様の背後、ベッドの上でのたうち回っている、シルクのシーツを幾重にも巻き付けられた人型の「す巻き」など、決して視界に入ってはいない。「い、いや……なんでもない、な」 底の知れない穏やかな笑みを浮かべたまま佇む私を見て、流石に察してくれたのだろう。 アルフレッドお兄様はそれ以上何も追及することなく、引きつった笑みを浮かべて私だけを見つめていた。それ以外の余計なものには一切視線を向けない、という明確な意思表示を伴って。「ところでお兄様? 先ほどのお話ですけれど」「ん? ああ、いや、やはり兄として、妹に縋るなどというのはあまりに――」「お受けいたしますわ」「へ?」 静かに即答して完璧な笑顔を向けた私に、アルフレッドお兄様はポカンと間の抜けた声を漏らした。「お兄様の危機ですもの。私にできることがあるのなら、喜んでお役に立ちたいですわ。 勿論、私だけでは戦場では力不足ですから、勇者様に同行してもらうという形で……。 お父様には私の方からお話を通しておきますわね。『勇者としての見聞を広める目的』と、今後のために『功績を立てる好機』だと説明すれば、きっと納得してくださるでしょう」 ――だから、後のことは分かるわね? そう無言の圧力を込めて微笑みかける私に、お兄様はゴクリと緊張に喉を鳴らした。「僕としてはこれ以上ない有り難い話だが……ただでさえ戦況は最悪だ。 そんな泥沼の状況に勇者様を送り込んで、もしものことがあれば……。 勇者様を召喚したという威光は、予想以上に我が国の貴族たちにも多大な影響を及ぼしている。 国王や上層部が、そんな貴重な人材をみすみす危険な場所に送り出すだろうか」 ……最初から勇者の武力をアテにして私を頼ってきたのでしょうに。 もしかして本当に、私個人に助けてもらうつもりだったのかしら?  だとしたら、この人の中での私
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