その問いかけは、静かな水面に石を投げ込んだかのように、怜の心に波紋を広げた。記憶の奥底に追いやって忘れたはずの出来事が、堰を切ったように蘇ってくる。高校時代、遥の少年のようなショートヘア。自分に近づくためにバスケットボール部に入り、毎日汗だくになってコートを走っていた彼女の姿。自分が試合中に怪我をした時、遥は自分よりも慌てて、すぐに氷嚢を買ってきてくれた。帰ってきた彼女の膝は擦りむけ血がにじんでいたが、本人は気にも留めず、ひたすらに心配してくれていた。「怜、大丈夫?とりあえずこれで冷やして」後に視力を失い、人生で最も深い絶望にいた時。汐里は海外に逃げ出したが、遥だけはずっと自分のそばで支え続けてくれた。本を読んでくれたり、散歩に付き合ってくれたり。自分が日常生活を取り戻すために、根気よく寄り添ってくれた遥。一度、すべてが嫌になり、物を投げつけて暴れたことがある。その時の遥は静かにそれらを拾い集め、抱きしめてくれた。声は震えていたが、それでも意志の強さを感じさせる響きで、彼女は言った。「怜、大丈夫。私がずっとそばにいるから。きっと元のあなたに戻れるよ」結婚生活が始まってからもそうだった。遥はいつも家を温かく心地よい場所にしてくれた。自分の好物を知り、毎日違った料理を並べてくれた。仕事で帰りが遅くなっても、彼女は必ず玄関の明かりをつけて、湯気の立つ温かいご飯を用意して待っていてくれた。「怜……?」汐里の泣き声が、はっと怜を現実に引き戻す。「今何を考えてたの?離婚を迷ってたんじゃないの?」怜は慌てて汐里に向き直り、彼女を腕の中に抱きしめた。鼻腔をくすぐる、怜にとって馴染み深い香水の匂い。甘いホワイトピーチの香りは、かつて遥が纏っていた清潔なジャスミンの香りとは対照的だった。突然、遥がよく自分のスーツのポケットにジャスミンティーのティーバッグを入れてくれたことを思い出す。「気分が落ち着くから」と言って。出発前にはいつも、そのほのかな香りが漂っていた。だが、そんな懐かしさも、目の前にいる汐里を見た瞬間、全て消えていった。「何を考えていたかって……」怜は汐里の頭にキスを落とす。「明日、すぐ弁護士を呼んで、離婚の準備を進めようってことだよ」「本当に?でも、お父さんとお母さんには……」「心配いらない」怜は声を潜め、
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