滝澤光洋(たきざわ みつひろ)は、妊娠中の秘書である森田響子(もりた きょうこ)を連れて、私が経営するオートクチュールのウェディングドレス店へやってきた。応接室では、彼の友人たちがひそかに賭けをしていた。響子が何着目のドレスを試着したところで、私が取り乱すか――という賭けだ。けれど、彼女が最後の一着に試着するまで、私は手にしたメジャーで、ただ正確に採寸を続けていた。「光洋さん、奥さんが響子さんにじかにサイズを測ってるぜ。あれ、いくらなんでも我慢強すぎる」光洋はソファにもたれかかり、タバコの灰を軽くはらった。「あいつは子どもが産めない体でな。俺が養ってやってるだけだ。今のうちに、ここのルールに慣れさせておかないと。将来、俺の息子の世話すらできなくなったら困るからな」私はメジャーをしまい、仕立て代の請求書を差し出した。「おめでとう。サイズはぴったり。内金、二千万」光洋は、二千万円の小切手を一枚、さりげなく放ってよこした。「サインしろ。響子はいま妊娠中で気が立っていて、どうしても妻っていう立場が欲しいんだ。とりあえず離婚だ。財産分与なしでな。子どもが生まれたら、またお前を迎え入れてやる」私はためらわずに署名した。そして、その二千万円の小切手を、粉々に破り捨てた。ソファに凭れかかっていた光洋の体が、一瞬でピンと張り詰めた。彼の視線は、紙の屑をじっと睨みつけている。口元に浮かんでいた笑みが、ゆっくりと消えていった。光洋の友人、吉岡尚文(よしおか なおふみ)が隣のソファで脚を組み、嘲笑を漏らす。「奈央さんの気を引くための小細工、いくらなんでも安っぽすぎるよ。光洋さんがせっかくチャンスをくれたのに、こんなつまらない真似をして。自分の立場をわきまえたらどうだ」光洋は冷たい表情で立ち上がり、革靴で床の紙の屑を踏みにじった。そして私の前まで来ると、見下ろすように立つ。「伊東奈央(いとう なお)、調子に乗るなよ。ここにあるものは全部、俺が金を出したんだ。そんな取り澄ました顔するな」私は無表情のまま、怒りに燃える彼の瞳を静かに見返した。彼が何より嫌うのが、こんな私の無反応な態度だった。光洋は勢いよく振り返り、ホールに並ぶ数十着のオートクチュールのウェディングドレスを指さした。「これらを全部叩
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