翌々日の午後、アウルが差し出した一枚の控えに、私はしばらく指を置いたまま動けなかった。 場所は、旧館の書庫に近い小さな控え室だった。厚い扉の向こうでは人の気配が遠く、窓から差し込む光は斜めに床を渡って、机の上に置かれた紙片の端を白く照らしている。そこには、花屋の控えから写された名と、貸し邸へ出入りした者の特徴、それからモンフォール伯爵家へ納められた香油の受け取り記録が並んでいた。「この名……リディア」 声に出した途端、胸の奥が冷えた。 その女の名は、セドリックが人目を避けて会っていた相手の一人として、すでに私たちの手元にあった。けれど、その時点ではただの断片にすぎなかった。宝飾商の控えに残っていた頭文字。花屋の帳面に伏せられていた受取人。深夜に貸し邸へ届けられた花束の行き先。それらを、アウルがさらに辿ったのだろう。紙には、私の知らない筆跡で補われた名前があった。「モンフォール伯爵家の侍女だ」 アウルの声は低かった。 私は息を止めた。窓の外で馬車の車輪が遠く軋んだが、その音すらすぐに遠のいた。セドリックが人目を避けて会っていた女の一人。その名が、ロザリー夫人に仕える侍女の名として紙の上に現れている。 今まで別々に見えていたものが、リディアという名の上で近づいていく。セドリックの不実。貸し邸へ届けられた花束。夫人の身支度に触れられる手。そして、前の人生で夫人が倒れた夜の記憶。「夫人の身支度を、その侍女が?」「任されているらしい。髪を梳くのも、夜の香油も、彼女の役目だ」 アウルが短く答えた。私は机の上の紙片を見つめたまま、指先に力を込める。まだ物証はない。リディアが香油に何かを混ぜたところを見た者もいない。けれど、セドリックの女の影と、ロザリー夫人の死へ届き得る手が、同じ場所に重なりかけている。 アウルは、別の紙を一枚だけ脇へ滑らせた。最初からそれを出すつもりでいたのか、それとも私がそこへ辿り着くのを待っていたのかは分からない。紙には、モンフォール家の支払い控えの写しが細かい文字で並んでいた。「動機になりそうなものならある」「何?」「夫人の私用金から、小さな支出がいくつか消えている。侍女の管理に任されていた分だ。額は大きくない。だからこそ、見過ごされてきたのかもしれない」 私は紙へ視線を落とした。数枚の支払い控え。香油や手袋、細いレースの
Terakhir Diperbarui : 2026-06-06 Baca selengkapnya