あと数えるほどの時間で、私の首は石畳に落ちる。誰ひとり殺してなどいないのに。 大聖堂の鐘が朝を割って鳴った。膝をつかされた処刑台の板から、冷えた震えが体の芯まで這い上がってくる。その震えが恐怖なのか寒さなのか、もう自分でも分からなかった。 夜の湿り気を残した石畳には、早くから集まった人々の靴跡が黒く重なっていた。広場を囲む窓からは何人もの顔が覗き、祈りの声に混じって、私の名が低く囁かれる。ステラート侯爵令嬢、殺人犯、神に見捨てられた女。その言葉はざわめきに溶けても、耳の奥に冷たく残った。 両手首は後ろで縛られていた。縄の下で指先は冷えきり、動かそうとしても爪の先がかすかに震えるだけだった。審問の夜から着替えることも許されなかった白いドレスは裾が汚れ、銀の髪も肩のあたりで乱れている。母が生きていたなら、この姿をどれほど悲しんだだろうと思いかけて、私はすぐに考えるのをやめた。 今ここで私のために悲しんでくれる人がいるのかどうか、確かめる勇気はなかった。「アストレア・ステラート」 神官の声が、石の広場の上をまっすぐに渡った。大聖堂の正面階段に立つ彼の祭服は、白地に金の刺繍が施され、袖口から覗く指先まで清められているように見えた。背後には聖印を掲げる助祭たちが並び、香炉から上がる煙が、朝の冷たい空気の中で薄くほどけている。礼拝堂で嗅ぐはずの香の匂いは、この朝だけは喉に貼りつく苦いものに変わっていた。「そなたは神前において裁かれた。主の御心はすでに示されている」 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がゆっくり冷えていった。私は誰も殺していないと、審問の間で何度も訴えた。冷たい石室で声が掠れても、知らないものは知らないと答え続けた。けれど神判が下されたあとでは、触れた覚えのない品は凶器となり、見たこともない血痕は罪の印となった。私の弁明だけが、神の前で見苦しい言い逃れとして退けられた。 広場の前列には、貴族たちのための囲いが設けられていた。黒い柵の向こうに、見慣れた茶色の髪がある。セドリック・ドラクロワ。幼い頃から私を知り、婚約の日には少し緊張した指で私の手を取った人。その人が今、私の婚約者としてではなく、証人のひとりとして立っていた。「ドラクロワ公爵家嫡男、セドリック・ドラクロワ」 神官が名を呼ぶと、セドリックは静かに一歩前へ出た。上等な濃灰の外套の裾が石段
Last Updated : 2026-06-03 Read more