「自然に湿ったのではありません」 私はマリウスへ向き直った。「あの絵の裏だけが湿っていました。あの状態を保つには、誰かが何度も触れたはずです。絵の設置や手入れに関わった者を集めてください」 マリウスはすぐに動いた。王宮から絵が届いた時に付き添ってきた額装係、設置を手伝った者、数日前に額の状態を見に来た補助の者。呼び集められた数人が、庭へ続く回廊に並ぶ。 私は一人ずつ見た。顔の青ざめ方、手の位置、視線の行き先。怯える者は多い。けれど、知らない毒に怯えている者と、見られたくないものを隠している者では、目が動く先が違う。 エレーヌは少し離れたところに立っていた。彼女は私でもアウルでもなく、絵の下にあった小卓を運び出す使用人を見ている。天板の端に残った小さな輪染みへ、目が止まった。まるで、そこに何かがあったと知っているように。 だが、彼女の手に湿った道具はない。水差しは盆の上に置かれたままで、蓋も開いていなかった。 その時、額装係の一人が庭の方へ半歩動いた。王宮から派遣された者だと名乗っていた中年の男だった。彼は革袋を胸の前に抱え、その口を指で押さえている。中身を落としたくないというより、中を見られたくない手つきだった。視線は布に包まれた絵の表ではなく、裏側が置かれている位置へ向いている。 昨日の小卓の輪染み。今朝の水差し。絵の裏だけの湿り。そして、革袋を押さえる指。「アウル」 私は男から目を離さず、彼の名だけを呼んだ。 それだけで、アウルは動いた。護衛が左右から男の腕を押さえる。男は一瞬遅れて逃げようとしたが、足がもつれ、革袋が床に落ちた。中から湿った布片、小さな陶器の瓶、毛先の黒ずんだ短い刷毛が転がる。瓶の口から、談話室で嗅いだものより濃いカビ臭さが立ち上がった。「これは何だ」 アウルが問うと、男は喉を鳴らした。目は私ではなく、回廊の奥を探している。誰かの助けを待つ人間の目だった。「私は、手入れを頼まれただけです。裏を乾かすな、と。絵を長持ちさせるためだと聞かされました。湿らせておけばいい、それだけだと」「誰に頼まれた」
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