All Chapters of フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜: Chapter 11 - Chapter 20

34 Chapters

episode10 「誰かいるはずだけど」

 とは言えだ。 着任当日とはいえ休むわけにはいかない。職務怠慢、私の頭の中の上官がそう叱責してくるのだ。脳内から中々出て行ってくれないこの声は、私が今までいち兵士として従って来た数々の上官の、その集合体のようなもの。なにせ幼少期は上官の暴力と暴言の記憶しかない。頭にこびりついた声が、すぐにでも任に就けと怒鳴る。 私はもう兵士ではないというのに。 移動距離を踏まえ休息する、そんな選択肢は初めから除外している。任地に迫る脅威は、疲労など考慮してくれない。この地において脅威が存在するかは不明だが、必要があるから私が配置されたのだろう。たとえ左遷であろうとも。この地を守護しなければならないという事実は変わらない。 ヤグラが出来次第という話だが、私がこの村ですべきことはただ一つ。守護だけだ。俯瞰出来なくとも、守護という職責は全う出来る。カルムへやってきた際、入り口を護っている者は見受けられなかった。自警団に番人の役割はないのか、それとも偶然いなかったのかは分からないが、ともかく。ヤグラが出来る間、私がその役目を担うことにする。もしカルムに本来の番人がいるなら、いずれ本人から言われるだろう。 思って、鎧を装備する。やはりひらひらとした洒落た洋服は動きづらく、釈然としない、何とも言えない感じだ。その点で言えば形容し難いずれが戻った感覚である。ただ、賜った鎧は性能面よりも造形美を重視したもので、鉄に厚みはなく防御面に不安要素がちらつく。全体的に青に塗装され、引きずりそうなほどの白いサーコートは、果たして本当に必要なのだろうか。しかし、これで戦えと言っているのだ。不良品というほどでもない。いずれ慣れるだろう。ぐっとガントレットを握り、部屋を見渡す。何もない、私が使うには少し広い部屋。持ってきたアタッシュケースと、鎧を収納していた入れ物だけが鎮座している。突如空き部屋に現れた、何日か限定の厄介者。 ロラの家は一人で住むには些か大きい、二階建ての家だった。二階といってもあるのは一部屋だけで、常日頃から使っていなかったという。ではなぜあるのかという話だが、それは私には関係のない話だ。私に関係あるのは、この二階の部屋を貸し与えられたということだけ。 鎧を装着し終えると、一階へ降りる。一段、また一段と足を
last updateLast Updated : 2026-07-25
Read more

episode11 「火は絶やさないようにね」

 返事はない。  代わりに風だけが答えるように通り過ぎていく。「その岩に隠れている方、もしいるのなら姿をお見せください」 もう一度、呼びかける。  連続して走るそよ風が、人による沈黙をより一層引き立てた。杞憂ならいい。しかしその岩はこの入り口という場所においてあまりに都合よく存在し、人が身を潜めるにはあまりにも都合のいい大きさだった。  あるいは、もし初めからそこに敵兵がいたら、という失敗を払拭したかったのかもしれない。物に気づかないというのは元兵士として、あまりに情けない失態である。  しばらく静寂が漂ったあと、背負った大剣を降ろす。そして固定していた帯革を外すと、引き抜けるように角度をつけて鞘ごと地に突き刺した。本来大剣に鞘は必要ないのだが、鞘を持ち込んだのは列車を経由して運ぶにあたっての安全性の考慮である。鞘はタイムラグにしかならない。戦場には抜き身で持っていくのが常識だ。なので、こうして引き抜ける時間が存在することは幸運と言える。  剣を引き抜いた金属音をしてなお、岩陰に反応はない。気にしすぎならばそれでいい。しかし、突然現れたあの岩を確認しない理由にはならないだろう。  自分の背丈よりも大きな剣、その柄を握る。そして両腿にぐっと力をいれ、勢いよく地面を蹴った。 剣先が岩へと突き刺さる。先端が岩へと突き刺さり、剣先が半分ほど喰い込んだ。「ひぇっ」 岩からは答える声があった。やはり、あの岩は誰かが身を隠すために置かれたのだろう。念のため確認しておいて良かった、そう安堵しながら力を込める。ただ、刃先はそれ以上前へ進まない。砕くつもりで刺突したが、どうやら折れてしまう前に断念したほうがよさそうだ。  引き抜くため岩に足を乗せる。「ちょっ、ちょっと待って!」 すると、岩陰に潜む者が慌てた風に姿を現した。声に含まれた焦燥感から、まさか攻撃されるとは思っていなかったことを感じさせる。茶色い外套を纏い、華奢だが四肢はほどよく引き締まっている。肩まで伸ばした栗色の髪と、切れ目の長い二重まぶた。腰に差された二本の短剣が、彼女も自警団なのだと主張していた。「セシル様ですか」
last updateLast Updated : 2026-07-29
Read more

episode12 「あなたが、今日来たっていう騎士かしら」

 静かで平穏な時間だ。何も起こらない、誰もやってこない、何も私を脅かさない。現状は。 まだ昼過ぎであるにも関わらず、周辺は食後のように落ち着いている。野草がこすれ合う音と、たまにやって来る小鳥の囀り。村の中では時折話し声が聞こえてくるが、自分の任には関係のないものだ。それこそ、木か石であるかのように。頭上では先ほどまで晴れていた空に、いつの間にか雲が湧き出ていた。それらは音を立てない代わりに森のほうから丘のほうへと絶え間なく走り続けている。 雲は絶え間なく現れては、次々に吹き流れていった。雲の流れが速いときは、天候が崩れる兆しだという。それでどうして天気が悪くなるのかなど知らないし、ましてや何故雲の流れが速くなるのかなど教わったことはない。ただ、上官の「雲の流れが速いから急げ」という言葉の後には必ず雨が降っていた。そのため、この辺りの天候は恐らく近い未来崩れるのだろう。 雨風程度ならば、特に支障はない。問題は、その強さだ。豪雨、強風、果ては台風。悪天候にまで至るなら、任の遂行だけではなく村事態に影響も出るだろう。それに乗じて盗賊等に侵略行為を受ける可能性もある。まあ、台風が来ているときに略奪行為をする賊など、それこそ雨風を防ぐことが出来る魔法使いか、あるいは略奪そのものを目的にしている者だと思うが。 そうして雲が少し陰りを見せ始めた後、私は一人の男性に声を掛けられた。曰く、自分は双剣の彼女の夫だと。入り口には彼女が立っているはずなのに、お前は何者なのだと。彼はちょうど今日、出稼ぎから村に戻ってきたらしい。村人である彼女の名前を知っているということは、少なくともカルムの者だと判断していいだろう。つまり私は、双剣の彼女にいいように利用されたのだと思う。帰ってくる夫を、家で出迎えるために。ただそれで諍いが回避されるのなら、利用されたことなど私には些事である。 夜が近くなってくると、自然に囲まれた風景が徐々に翳ってゆく。それと共に、外から帰る村人も頻繁になってくる。誰かが作業を終わらせると一斉に伝播していくのか、それとも明確にこれまでにしようという合図をするのか。それは分からないが、ともかく一斉にどこかから村人が舞い戻ってきた。 その中には昼間見かけた顔もあれば初見の顔もある。射手の彼は私を見つけ
last updateLast Updated : 2026-07-31
Read more

episode13 「いいえ、あなたがいるのはずっと仄暗い下のほう」

 変わらずに、昼間と同じようにきらきらと星屑がそこに光っていたからだ。「エメ・アヴィアージュ」 確かめるように、彼女は私の名前を復唱した。そうして何度か繰り返した後、何かに納得したかのように頷く。繰り返し私を呼称するその声に、心臓がどくりと跳ねた。どうしてか分からなくて、なぜ、なぜ、と囁き声が私の頭を掻き回す。 分からないことは放棄する。そう頭の中では決めているのに。引き寄せられるような、よく分からない感覚によって彼女のその瞳から視線を外すことが出来ない。「……何かしら」 その声でようやく自分を回復して、放り込まれた闇の中で火を得た気持ちになった。「申し訳ございません、エステル様の眼が……」 そこまで声に出して、しかしその先の言葉を飲み込む。彼女の声に、瞳に、何故引き寄せられたのか分からないのに、説明出来るわけがない。「……いえ、何でもございません」 乾燥した咽喉に唾を押しやる。先ほどの高鳴りはなんだったのだろう、そう思いながらも忘れたいがために彼女から目を背ける。 だが「そう」と言いながらも、彼女が私を不思議そうに見つめてくるのを感じた。紫水晶のように透き通った瞳が、こちらまで見徹そうと覗き込んでくる。私の挙動を不審に思っているようで、実際に私も彼女の立場なら同じようにするだろう。 しかし、どう続けるべきだったのかも、どう誤魔化したらよかったのかも分からず、私はただその風雨が過ぎるのを待つしか出来なかった。「聞いてもいいかしら」 急にそう問われ、急いで彼女の双眸へ視線を飛ばす。聡い上官を目の前にしたような、そんな感覚。「はい、なんでしょうか」 答えながら、自分は何を言われるのかを考える。彼女の顔を凝視したことだろうか、それともその後目逸らしたことか。フードを取れ、それだけは言われたくない言葉だ。この地で任に就く以上は、いずれ私の髪色が白だと発覚するのは避けられないだろう。ただ、せめて何日かは秘匿したい。そう考えると、足先に軽い戦きが足先に伝わってくるの
last updateLast Updated : 2026-08-02
Read more

episode14 *silencieux

 しかし、その羽ばたきはすぐにけたたましい鳴き声と変わった。正体不明の存在に捕まってしまったのだろう、何羽かの羽音が次々と消えていくことから、その獣は何体もいることが窺える。切り裂くような声はまるで、首を絞められて助けを呼んでいるかのような叫びだった。 断末魔はしばらく続き、やがて沈黙した。結局、逃げられたのは初めに飛び去った一羽だけのようだ。自然界において仕方ないとはいえ、何羽もの断末魔と捕食音が耳にこびりついてしまう。あまりいいものではない。 そして、捕食者の移動が始まる。素早く明確に、音は私へ近づいてきた。ランタンの灯りに誘われてやって来ているのだろうか。ランタンを地面に置いて、大剣を右脇に取り、剣先を後ろに下げる。私の太腿よりも太い刀身に、私よりも高い全長。だが振り抜ければ、害獣が何だろうが 始末出来るはずだ。 足音が増えていく。三頭くらいだろうか、思っていたよりはなんとかなりそうな頭数ではある。そうして、闇の中から蜃気楼のように獣は現れた。牡牛ほどの体躯に灰色の毛皮。一匹一匹が生粋の狩人たる存在で、口元は先ほどの梟を捕食した証である血でまみれている。それは巨大な狼だった。 魔獣とも言うべきその存在。これほどに巨大な獣が村周辺を彷徨いていることにも驚きだが、なによりこの脅威に対して注意喚起がまるでなかったことのほうが驚きだ。巨狼程度なら日常的な事、ということなのだろうか。 であれば、騎士である私がその巨狼程度を斃さないというわけにはいかない。力不足、村民にそのような評価を下されるだろう。狼にしては些か巨大な気がするが、問題ない。万が一アレらが文字通りの魔獣という存在で、魔的な能力を使用してこなければの話だが。だがその存在は、魔法と同じく衰退の道を辿っている。可能性を否定することは出来ないが、大きくはないはずだ。 ならば目の前の彼らは害獣という枠に属する存在だろう。その凶暴さと厄介さから、接するには危険と評された獣。騎士や兵は害獣から街を護る役目も兼任している。従って、私もその役目には倣わなくてはならない。 灯りにランタンを選んだのは正解だった。これから雨が降ろうかという天候に加え、狼は火に寄って来る獣だ。鎮火するまで居座り続けると言われており、狼
last updateLast Updated : 2026-08-04
Read more

episode15 *défense

 握り拳よりも小さい石ころだったが、今はこれで充分だ。それを察してか、巨狼はより体をこわばらせた。石の投擲が充分脅威であることを、狼という生き物は知っているのだ。 礫を投擲する機会は、一度しかない。もう一度石ころを拾おうものなら、そのときは明確な隙として襲い掛かって来るだろう。 そうしてしばらくの間、巨狼との眼が結びついたまま時間が流れた。正確には一分もなかったと思うが、その時間はもう少し長く感じられた。 距離にして両腕を広げた大人4人ほど。群れが来るまで、あまり時間はないはずだ。奇襲に転じられなかった時点で、優位性はないと言っていいだろう。思って、巨狼に向かって石礫を投げつける。 野生の獣の急所である、脚部への投擲。当然それに合わせて巨狼も回避行動を取り、一直線に投げた石は目じりへと当たって落ちた。野生という環境において最も嫌がるであろう、足の負傷。それを狙っての投石だったが、警戒している相手に攻撃が当たった、今はそれだけでいい。傷ついた巨狼は鳴き声をあげて飛び上がった。はっきりとした、巨狼の隙。石がもう少し大きければもっと大きな隙となっただろうが、そんなことは言ってはいられない。 怯んでいる巨狼目掛けて、護身用に持っていた短刀を放つ。左の眼球。先ほど石が当たった目尻の少し上、動かない相手にその投擲は容易だった。 眼球に短刀が突き刺さったことにより、空気を引き裂けるような悲鳴を上げる。同時に水が飛び散るように血が噴き出して、左目周辺は赤黒く染まった。 大剣の柄を握る。 手負いの獣相手に油断をしてはならない。目の前の個体の殺しどきは今なのだと、分かってはいても追い打ちに転じられないのはそういった謂れがあるからだった。生存に全身全霊の力を振り絞るのだ、容易に斃せるはずがない。 だがいまこのとき、この場面で斃さなければ、仲間の狼によって私は不利になる。目の前に迫る危機から、目を逸らし睨み合うことは出来ない。 刃先を後方にして、グリップを肩に乗せるような形で剣を構える。後は駆け、その頭に剣を振り下ろすだけ。 そう思った、そのときに。 傷ついた個体の後ろから新たに4匹の巨狼が、暗がりから影のように現れた。臓腑が焼けるような焦燥
last updateLast Updated : 2026-08-06
Read more

episode16 魔獣

 巨狼は私の首元しか見ていなかった。喰らい付こうと前のめりになったと同時、隠し持った最後の短刀、それを腹部に突き刺す。悲鳴が空気を引き裂く。そして痛みにより体を仰け反らしたのを見て、腹部を蹴り上げることで逃れることに成功する。 怯んだとはいえ、手元に武器がない以上はすぐにトドメはさせない。もう1匹もすぐそこまでやって来ていた。体当たりされたことで、大剣から少し離れてしまっている。再び手に取るには、目の前にいる手負いの巨狼を越えなければならない。だが眼前から脅威が迫っている以上、悩んでいる余裕はなかった。 ばねのように、膝を伸ばして跳び上がる。 跳躍先は痛みに食いしばる迫りくる巨狼。それを踏み台にして、己が武器の元へと躍る。体当たりされて手放してしまったため、剣は地に伏せっていた。拾い上げ、そして構える時間はない。迫りくる巨狼目掛け、柄頭を蹴り飛ばす。 咄嗟に出た行動だった。今まで剣を蹴って飛ばすなどやったことはなく、またやってみようだなんて思いもしなかった。もう何度受けたか分からない寄せによる圧力に、全うに斬るという攻撃では間に合わないと知覚し、躰が下した判断。考えるよりも先に体が動いた、自分を納得させるとしたらそのような言葉を用いるしかない。自分でも分からないことは説明出来ないからだ。 分からないならば放棄する他ない。 蹴り飛ばした大剣が、バリスタめいて巨狼の前胸部へと突き刺さる。前胸部を突くことはその皮下にある心臓を貫くことに直結しており、棒杭でも倒れるように草原の上にどさりと倒れ込む。だが、巨狼はなおも起き上がろうとした。私に報いるという意思、それだけで巨狼はその身を動かしている。 だが、違う。 初めに襲い掛かってきたのは狼たちのほうだ。村にとって脅威ではあるものの、やってこなければ駆除することはなかった。私はこの村を護らねばならないため、彼らを殺したに過ぎない。 起き上がろうとする巨狼を蹴り飛ばし、心臓を貫いた大剣を引き抜く。傷口は開放され、血がこんこんと湧き出てきた。草たちが赤く塗り潰される。血の海は巨狼の周囲に涯しもなく広がり、やがてその身をゆっくりと沈めていった。 残り二匹。 内一匹はもう私へ飛び掛かっていた。もう対
last updateLast Updated : 2026-08-08
Read more

episode17 「意外だな。騎士様も冗談が言えるのか」

 山のような輪郭が、徐々に姿を現わす。これほどの獣が棲み着いているなど、いよいよどうして忠告がなかったのか疑問に思う。否、普段は姿を見せないのかもしれない。それを私の運の無さか、それとも群れを殲滅したせいか呼び寄せてしまったのだろうか。 遠征の際に獣と戦闘した経験があったため、先ほどまではどうにかなっていた。しかし、流石に魔性の類いを目の前にするのは初めての経験だ。象ですら、これほどの体躯はないだろう。そもそも見上げるほどの巨体を誇る獣自体、完全に予想の範囲外である。しかしやって来てしまったものは仕方がない。ここで魔獣を斃さなければ、カルムへ侵攻されてしまう。当たり前の事実から目を逸らすことは出来ない。 果たしてそれは、狼と言っていいのか。 姿形は辛うじて狼の形をしているため、便宜上狼と呼称するが、私が知る狼とはあまりにかけ離れた巨体だ。先ほどまで応戦していた巨狼は、大きさこそ牛ほどの巨躯であったが、容姿や習性まで狼の特徴そのものであった。 しかし目の前のこれはなんだろう。巨大な顎は狼と呼ぶにはあまりに巨大で、鰐のそれに似ている。全身は黒い毛で覆われ、そびえ立つだけで山と向かい合っているような威圧感を感じた。最早災害とも言うべき存在。厄災には、人は塵ひとひらにも及ばない。果たして、私という生物は魔獣にとって障害とすら認知されてはいないだろう。ただその紅眼は、激しく私を見つめている。目の前に立っている何か。恐らくはその程度の存在。 双剣の彼女はこの魔獣まで予期して、火を勧めたわけではと思う。いくらなんでも、生まれ育っただろう村を蹂躙されてまで、私を追い出さんとするとは考えづらい。 目の前にいるものは生きているように見える。心臓を貫き、脳天を叩き割れることさえ出来れば斃せる可能性はある。なんにせよ、この先へ通すことは出来ない。 赤く光る魔獣の眼を、自分の眼で押し返す。眼光を瞳孔の中へとねじ込むように。そのまま魔獣と私は眼を合わせたまま、暫くの間動けなかった。視線を外した瞬間、即座に叩き伏せられるだろう。緊張感からか、空気が今にも罅割れを起こしそうなほど張りつめている。 時間だけが血液めいて流れていく。 そして、いつの間にか魔獣の全容がはっきりと視認出来るよう
last updateLast Updated : 2026-08-10
Read more

episode18 「そう、平気そうでなによりだわ」

 足場が崩れたような、そんな感覚に陥った。急いで頭を触って確認すると、確かにフードは取れている。先刻の戦闘によって取れ、それにしばらく気づいていなかったのだ。 さっとフードを被り直す。「……失礼いたしました」 偶然に不思議を見つけた子供のような好奇なあきれた顔つき。少なくとも、私には巨躯の彼の表情はそう見える。首都にいた頃に嫌というほど見た顔だった。そしてその後、決まって嫌悪したような顔つきへと変化するのだ。表情に出なくとも、玩んでいい物として認識するに決まっていた。 その前に、この場を後にする。嘲笑は聞こえないことにしたほうがいい。別に聞こえたところで何ということはないのだが、聞かないことに越したことはないだろう。 嗤いが、少しでも足を止めると、後ろから追いかけてきそうだと思った。巨躯の彼が何か言っているような気がするが、気にしてはならない。どうせ、珍獣を見たような感想に決まっている。村という決して広くないコミュニティだ。ロラの家へ戻り、休息を終えた頃には村中に広まっているだろう。 どうということはない。 コミュニケーションが円滑でないことは、今に始まったことではない。そもそも良い関係になることなど考えていない。例え村人にどう言われることになろうが、ここを護ることが出来ればいいのだ。私は、それでいい。 その足で村の中を進んでいくと、朝日が昇ったばかりの時刻だからか出会う住民もあまり多くない。少ないながらも話しかけてくる者もいたが、決まって昨夜は狼がうるさかったという話だった。 ロラの家へ入る。早朝という時間からあまり物音を立てないよう扉を開けたのだが、彼女は既に起床しており、家に入った途端に詰め寄られてしまった。「ちょっとちょっと騎士様、初日から朝帰り? しかもなんなのその傷!」 頬の傷指しているのだろう、私の顔を指差してそう言う。「入り口で警護をしていたもので。この傷はそのとき狼に」「狼!? 野生動物から負った怪我なんて絶対危ないやつじゃん! 治すからここに座って」 言いながら、作業台の椅子を何度か叩いてここへ座るよう示した。大した怪我では
last updateLast Updated : 2026-08-12
Read more

episode19 「やっぱりすごい綺麗だから」

 トントン、と階段を上ってくる音。「あっ、ダメだって騎士様。ちゃんと休まなきゃ」「ちょうど目覚めてしまいまして」 嘘ではない。「あれからまだ二時間くらいしか経ってないんだから、ちゃんと寝なきゃダメだよ」「眠くはないのです」「じゃあ横になって眼を瞑るだけでもいいからさ」 言われたとおり眼を閉じると、窓から差し込む光が瞼に赤く突き刺さる。瞼の内側は時間がそのままひっそりと止まってしまったかのような場所で、横になって眼を閉じているという状態から歌うたいのことを想起させた。「眠れそう?」「いいえ。申し訳ありません」 苦笑するのが聞こえた。何に対しての苦笑なのだろう、よく分からない。面白かったのか、笑われたのかすら。「そっか、じゃあ少し話さない? そのままでいいからさ」「忙しいのでは」「いいからいいから」 そう言ってロラは、自分の寝床に腰掛けた。正直に言えば、私と会話をしても面白くはないと思う。それに会話の引き出しも全くと言っていいほどない。しかし、ロラがそれで満足するというのなら、断固として拒否するという理由もない。 それから、時間は穏やかな風みたいに流れた。ロラは自分の話をしながら、時折私のことを聞いた。両親はもう幼少の頃に巨狼に襲われていないこと、それからずっとここで治癒師をしながら暮らしていること。こうして人と会話するのは単なる趣味で、別に仕方なく私の相手をしているわけはないらしい。 元来の性格なのだろうが、こうして明るく振る舞い聡く生きている。それだけで、私とは真逆の存在だ。私は分からないことが多く、なおかつ気の利いたことも言えない。兵士として拾われて、選択肢もなかったためそれだけしか知らないのだ。 結果的にそれが村の脅威の排除に繋がった。巨狼は幾年にも亘ってカルムを悩ませる存在だったらしく、夜にも関わらず村の火をほとんど消してしまうのはそういった理由からだという。過去に二度、一匹を一世代前に、もう一匹を自警団の者が討伐したというが、危険な存在のため基本的には寄ってこないよう最低限の灯りで夜を生きてきたらしい。私としては責務を果
last updateLast Updated : 2026-08-14
Read more
PREV
1234
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status