Todos los capítulos de フロムホライゾン 〜水天と白いレイス〜: Capítulo 1 - Capítulo 10

10 Capítulos

prologue ~意思なき幽霊~

 妻と子供だけは助けて欲しい。 首元に剣を突き付けられてなお、敵国の王はそう言った。 敗戦国の王がその代償に妻や娘を要求されることはよくある話だ。そうすることで、国は生きながらえるのだから。 だから、王がその命を賭してまで親族を見逃してくれと言ったその言葉の意味が一瞬理解出来なかった。 言葉を咀嚼して。 そういえば、ああ。王には息子がいたと思い出す。 なるほど、それならこの国はまだ生きる。 だがしかし、私にどうこう出来る権利はない。 剣を振りかざすと、王は抵抗の意思は見せず真っすぐに私を見つめていた。 どうしてかは分からないが、その翡翠色の目はどこか私を見据えているように感じて、気持ちが悪い。 首を刎ねる。 抵抗はない。 頭部はりんごのように転げ落ちて、その体は力なく崩れ落ちた。 転がった頭へ目を向けると、その双眸はぴったりと私の瞳を見つめていた。 じっと、私を見ている。 これまで切り捨ててきた者達の目からはそんなこと、微塵も感じなかったのに。 それなのに、この王は死してなお私をその瞳に捕らえている。 気持ち悪い。 じっと私のことを見据えている王の首も、そして見つめられていると感じている私自身も。 不明瞭な事は不快だ。 どう対応すべきなのか、分からないから。 なので、この感情はいったん忘れよう。今は、この王の首を以て戦争を終わらせることのほうが重要である。 そうだ。 それに比べたら、私の感情など些細な事だ。 そう脳内で完結させて、王の髪の毛を掴み持ち上げる。 戦争はその瞬間に終わりを告げた。 戦場にいた人間全員が、構えていた武器を下ろす。 味方は歓声を、敵は悲嘆の声を。 私は、特に何も思わなかった。 戦いが終わった。 ただ、それだけだと。 ……。 「簡潔な報告だ、エメ・アヴィアージュ。それで、何か弁明はあるか」 「ありません」 弁明という言葉の意味を咀嚼しながら、なぜ管制室に呼ばれるに至ったのかを顧みる。 数年に渡り続いた隣国との戦争は、敵国の王が討ち取られたことにより終息を迎えた。元はといえば領土の問題、ちょうど間に位置する一つの町がどちらの国に属するのか、町長の話にも耳を貸さずに始めた事。そもそもこちらの国の領土ではあったのだが、維持や資金援助など一切の関与をせずに放置していたところ、隣国がそ
last updateÚltima actualización : 2026-06-05
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episode1 「向かいの席は空いているかしら」

 足の底から鉄槌で打ち上げてくるような硬い響きが、車両を包みこんだ。途端、列車は景色を搔き消すような勢いで轟々と走り出す。私を見送る者はおらず、昨夜同胞達に首都を離れるという話をしたがあまり興味がないという風だった。どうでもよいのだろう。窓から望める風景が、まるで一枚絵のように忙しなく変わっていく。風を切りながら全快速で走っているそれは、煤を溶かしたようなどす黒い空気を吐きながら隣町へと向かっている。丸一日掛けて、首都から四つの町を巡らんとしているその昼汽車。人数はまばらで、これから増えたり減ったりするのだろう。閑散とした車内で、走行する鼓動を感じながら、私は終着駅へと向かうためこの列車に乗っていた。向かい合わせになった席で一人、窓際に。空いている席はいくつかあるため、家族や仲間などでなければわざわざ対面に座ろうなどと思う者はいないだろう。座られても上手い受け答えは持ち合わせていないため困るのだが、大剣を隣に座る私を見てそれでも座ってくる者がいるのなら、それはよほどの変わり者に違いない。  列車に乗った経験がないわけではない。しかしその全てが戦場へ向かうための乗車で、窓の外を見るのは大まかな地形を把握するもので、決して風景を感じるためではなかった。なので、景色を楽しむという感覚がどういったものなのか、よく分からない。万が一に備え、見えた地形がどんなものだったのか記憶しなければならないのではないか、そんな風に思えてくる。その土地に戦意は感じられないにも関わらず、鎧すら身に着けていないのに。  白いブラウスに、緑のロングスカート。騎士という身分で行くからにはそれ相応の華美な装いで、という私には理解出来ない言い様で着させられた服である。普段鋼鉄と肌着しか身に着けない私にはとても不釣り合いで、むずがゆい。短刀すら貫通する、布地の衣服。不安が喉元を締め付けてきて、苦しい。防具のない移動というのは、こんなに私を翳らせるのかと。マントのフードを深く被り直すくらいでは拭いきれないくらいの影が、雨雲めいて広がる。なので、別のことを考えて紛らわせることにしよう。そう考えて、列車に揺られながらゆっくりと思考を巡らせる。  私がそれまで暮らしていたフリストレール国、その首都ルユ。大した記憶はないが、それでも二十年過ごした場所だ。去ることに何も思わないかと言えば、それは嘘になる。別に愛
last updateÚltima actualización : 2026-06-05
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episode2 「そうやって、後ろから罵倒するだけなら」

 白いシャツに茶色のロングベスト、短く切りそろえられた茶髪に無精ひげを生やしたその男。フリストレールの市民だろうか、彼女の髪を見るなり露骨に顔を歪めた。白髪はこの国はおいて侮蔑の対象である。 その昔、フリストレールという国はとある北国に歴史的敗戦をした。そこから建て直し今に至るわけだが、その北国の民というのが銀色の髪を持っていたのである。かくして白銀は嫌悪され、国内においてその髪色は排他された。別にこの歴史のことを学んだわけではない。ただ私が差別される理由として学んだだけ。私がこの国にいられるのは孤児だからであり、それでも敵意は変わらずに向けられてきた。もはや私にはただの雑音に等しいが、彼女はどうだろう。 焦点を合わせるように何度か瞬きをする。「幽霊?」 分からないという風に彼女は聞き返した。自分のことを幽霊だと言ってくる赤の他人に、思考の針が狂わされているのだろう。幽霊だと誹ってくるということは、まだ列車は首都に近い位置を走っている。ということは、彼女は首都から一つ先の駅から乗ってきたということか。「はっ、観光客か?」 そう毒の針を含ませながら、彼女の長い髪を掴んだ。「……随分と、この国の歓迎は野蛮なのね」 その口調には、明らかに不愉快そうな心持ちが滲んでいた。「いいか、その髪色をこの国で見せるな。無事に帰りたいのならな!」 短刀を一突きするような大胆に物言いと共に、自分の目の前に顔を引き寄せるためぐっと力を籠める。が、彼女の頭部は動かない。それどころか、その表情には冷たい落ち着きが広がりっており涼しげですらあった。 まるで「何かしたか」 そう言わんばかりに。「動かない……?」 男は鳥のように目を見開いた。全く予想していなかったという面もち。私も心の内側に小さな波が立つ。淑女と思っていた彼女が、まさか男に引っ張られてなお動かない身体の持ち主だとは。 行き場のない苛立ちに、男は手の甲に筋が出来るほど拳を作っていた。「お待ちください。彼女は観光の方です、それ以上は…&hel
last updateÚltima actualización : 2026-07-09
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episode3 「ホントに来たんだ」

 彼女が降りた駅からさらに列車に揺られること四時間。そこから駅を離れ三十分。早朝の始発駅に乗ったにも関わらず、すでに時刻は昼を過ぎていた。付近には家などなく、ただ田園に囲まれた未舗装の畦道が続く。ところどころ顔を覗わせる野花や蝶が郊外の雰囲気を漂わせる。戦場としてはたびたびこういった自然豊かな場所へ訪れる経験はあったが、そもそも戦以外で王都以外を訪れる機会がなかった私は、なんとなく気が落ち着かない。木立や背の高い野草に隠れて、斥候や狙撃手が隠れているのではないだろうか、そんな感覚がある。来た経験のない場所であるため、警戒心を巡らせると共に周囲の状況は常に心内で整理していこう。 列車を降りてから四十五分ほど歩いたが、ひと一人見当たらない。同じ国に住んでいるというのに、どこか異邦人のような孤独さを感じる。その中を、がしゃりがしゃりという金属が揺れる音。私が持ってきた大荷物が揺れる音だ。騎士という称号を賜るにあたり、それ相応の鎧を授かることになった。今は洋服を着ているため鎧は入れ物に入れ、背負うことでそれを持ち運んでいる。それに加え日用品を入れたアタッシュケース。当初は最低限の物だけの予定だったが、必要のない華美な洋服を何着も持たされてしまったため、こちらもなかなかの重量になってしまった。最早訓練の域だろう。これからカルム辿り着くまでどれくらい時間を要するのかは不明だが、余計な体力を使うことだけは分かる。 そして鎧の入れ物に括り付けられた大剣。身軽とは正反対の武装だが、今まで影響を感じたことはない。一振りさえすれば勝負を決定づけることが出来るのだ、これほど簡単な武器はない。今の私が身軽かというと、また別の話だが。 村の騎士という任務にどれほどの戦闘力が必要なのか分からないため、一介の兵士である私が持ち出せる物は可能な限り持ち込んだつもりだ。村に隊を組んで攻め込んでくるようなことがなければ、十分に制圧が可能だろう。 自分の所持品をいま一度確かめ終えると、外套のフードを直しながら周囲を見渡した。敵意も、そして装備の不備もない。先ほどから一向に変わらない草原だけがそこにある。 装備を担いだまま長距離を移動する経験は、これまでに何度もあった。流石に雨の中湿地帯を行く任務には及ばないが、この長い長い畦道を
last updateÚltima actualización : 2026-07-11
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episode4 「この村は騎士に用なんてねぇんだよ」

「ここが村長の家だよ」「感謝致します」 彼女に感謝の念を示すのは至極真っ当のことである。見知らぬ私に声を掛け、さらには案内までしてもらった。ロラがいなければ、村を延々と彷徨っていただろう。「いいよ、こういうのお互い様だし」 そう言いながら、家の扉をこつこつと叩く。 何か厚意を受け取ったなら、それ相応に報わなければならないのではないか。少なくとも、首都ルユではそんな成り立ちだったはず。だとするなら、私もそれに則り恩を返すべきなのだろう。ただ生憎、提供出来るものが戦闘力しかないため、その恩返しはしばらく先の話になると思うが。 思いながら、家から現れた女性と会釈を交わす。ロラと親しげに会話しているところを見ると、どうやら親しい間柄らしい。「騎士様、遙々ようこそおいでくださいました。あいにく主人は留守にしておりまして」「そうですか。奥様、どちらへ行かれたか教えて頂いてもよろしいでしょうか」「もうじき帰ってくると思いますので、家の中でお待ちください」 そう言って彼女は深くお辞儀した。頬から離れたもみあげが、力なく垂れる。村長の妻というには些か若い、娘と言っていい奥方だった。三つ編みにした髪を左肩に流し、しめっぽい瞳を輝かせている。肌の艶も良く、首筋の皺も少ない。 それに比較的茶髪が多く見られた中、金髪というのは珍しかった。どこか近隣から嫁いできたのだろうか。 最も、国内を見ればそれほど珍しい髪色ではない。素性の分からない私の白い髪よりよっぽど鮮明で綺麗な色だ。「騎士様? どうかしたの」 奥様の風貌を見つめていた私にロラが呼びかけた。「いえ、村長の奥様というにはお若いなと思いまして」「あら、お世辞がお上手なのですね。騎士様」 そう言いながら、きちんと整った薄い唇が優しい笑みを作る。世辞など言えないので正直に言ったつもりなのだが、一歩引いた態度で微笑むところを見るに慎ましい女性なのだろう。「若いよねぇ。でもこう見えて、オレリアさんは村長と三つしか違わないんだから」「ちょっと、ロラ……
last updateÚltima actualización : 2026-07-13
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episode5 「だが信用したわけじゃない」

「ちょっとちょっと、待ってよ二人共」 再びロラが私たちの間に入る。だが、今回ばかりは仲裁に入る意味がないと思う。私が実力の表明を提案し、彼はそれを受け入れた。事が進むだけで解決へ向かうのだ、終わる気配のない話し合いよりよっぽど合理的である。 「ロラ、これが一番早い解決手段です。どうか許してください」 「いやいや見過ごせないよ、喧嘩は駄目だって」 「騎士も俺もそれで納得してるんだ、口を挟まないでくれロラ」 「いやでも」そう言ってロラは口をつぐんだ。吐きたい言葉があったのだろうが、最終的に諦めて飲み込んだという風だった。奥様は気が気でなさそうに胸の前で手を組んでいる。口を挟む余裕がないのだろう、なんとかして戦闘は阻止しようと口を挟んでいたロラとは違い割と小心者なのかもしれない。 経緯に聞き耳を立てていたのか、広場には既にまばらに村人が円を描くように集まっていた。 「見たところ射手のようですが、武器は使用しますか」 「ナイフがあるからそれを使う。安心しろ、寸止めしてやる」 ある程度の距離を取って向かい合うと、その瞬間から独特な雰囲気が辺りを支配し始める。こうして向かい合って一対一の決闘をするのは初めてだった。 「そっちこそ、その背中のデカブツは使うのか」 「いいえ」 手加減すると思われたのか、彼は不機嫌そうに舌打ちした。決して手を抜くわけでない。殺すために戦うわけではないのだ、であれば背中の大剣を抜く必要はないだろう。彼の実力が分からないとは言え、抜いてしまうと最悪の場合殺してしまいかねない。 「先手は譲ってやるよ」 「いえ、お構いなく」 「そうかい」そう呟きながら彼は腰に差してあったナイフを抜くと、中段に構えた。それと同時に、周囲を取り囲んでいる村人たちのざわめきが落ち着きを取り戻していく。 彼の疾走が始まる。 しなやかな、なかなかに速度のある疾走だ。 一瞬で私の目の前まで距離を詰めると、そのまま首筋目掛けて刃を突き出す。急所を突くことに躊躇のない、狩人のような一撃。私はそれを左に体を傾けることで躱すが、間髪入れずに右足が顔目掛けて飛んでくる。 「鎮め!」 否。 それは手のひらで防御する。専門的な鍛錬を受けていないにも関わらず、今まで村を守ってきた一人という実績に偽りない練度だ。すぐさま足を戻すと
last updateÚltima actualización : 2026-07-14
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episode6 「だがな、オレらにだって意地がある」

「じゃあ遠慮なくいくぞ」 どうぞ、そう返事する必要はないだろう。なぜなら私が返答するその前に、拳による攻撃が振るわれていたのだから。振るうと同時に巻き起こった風の音が、受け止めるのではなく避けたほうが得策だと知覚させる。 振るわれた拳を屈んで避けると、辺りに烈風が吹きすさんだ。斧でも振るわれたような一撃は、当たれば骨くらいは砕かれるだろう。体幹から、射手の彼のような体崩しが通る相手でもない。 すぐさま放たれる第二打目。私の顔面を狙って的確に穿たれた膝蹴りを、真上へ跳びあがることで躱す。着地点は突き出されたままの彼の肩。一般的な体格の人間では着地するには狭すぎるため不向きな場所だが、恰幅の良い彼の肩であれば着地点として機能する。そのまま顔面へ蹴りを叩き込むと、ゆらゆらと水の上を漂うようによろめいた。鼻から血が口から顎を伝って石畳の地面を汚す。「ってえな畜生」 なんとか足取りを取り戻した彼は憎々しげにそう呟いた。滴る鼻血を手で拭うと、いま一度拳を握り構えの姿勢を取る。どうやら彼の灯火はまだ消えていないらしい。「一応降参を推奨しますが」「するわけねぇだろ」 そうだろうとは予想していた。両足を据えて立ち、負傷らしい負傷は鼻からの出血のみ。私も同じ立場であれば、問題なく戦闘を続行するだろう。 踏み込むと同時に飛んでくる大振りの左フック。相変わらずに顔面を狙ってくるところを見るに、精度は衰えていない。おぼつかない足取りから復帰した一撃としては、誇っていい練度と精神力だ。惜しい点を挙げるとすれば、大振りになったことで点ではなく線の攻撃になったところか。前への攻撃よりも横への攻撃は軌道が読みやすく、回避しやすい。 そうやって一打目の拳を避けると、すぐさま彼は右腕での攻撃動作へ移行する。下から突き上げる、私の顔を狙ったアッパーカットはしかし、彼のサイドへ移動することで躱す。そして拳を下からえぐって鳩尾に入れた。硬い壁を殴りつけたような感触。支えをなくした巨躯の彼の体は、前のめりになり崩れ落ちそうになるが、なんとか片足を付き出すことで踏ん張った。彼の腹筋が強固なのも要因の内の一つだろうが、恐らく倒れなかったのは彼の意地によるものだろう。
last updateÚltima actualización : 2026-07-17
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episode7 「別にお前らが要らなくなったわけじゃねぇ」

 その前に。 拳が全力で放たれるより前に、疾走を開始した。攻撃を躱してその隙を狙う。当初はその方針でいたが、そもそも全力で拳を放つに至らせなければいいのではないかと。彼の全力の一撃は大振りである。振るうにはどうしても時間を要し、且つ軌道も読みやすい。ならこちらから距離を詰めて拳を放つタイミングも縛ることが出来れば、優位性を持てるはずだ。「何ぃ……?」 実際に私から動いたことに効果はあった。彼の中では自分から攻め入ることを想定していただろう。その程度で狼狽えるわけではないだろうが、腰を据えた全力の一撃。それを以て攻め入る前に私から距離を詰められてしまったことで、それに対応せざるを得なくなってしまった。 反撃の一撃は分かりやすい顔面への拳だった。カウンターとしては定番の部位。相手の勢いを利用するに当たって、顔面への一撃ほど強力な返しはない。返された威力によっては、戦闘不能にすら出来る。間違えなく、彼の腕力で顔へカウンターが決まれば私は気を失うだろう。 ただ、それは成功していればの話だ。カウンターされる部位は分かりきっている。私の顔へ放たれた左拳は、その威力を発揮する前に潰させてもらう。「なんだと!?」 私が痛みに対して鈍いことに加え、攻撃される部位が分かりきっていたからこそ出来たことだった。その表情からは明らかに混乱が見え、予想の範囲外だったことが窺える。ざわざわと林が揺れるように雑多な言葉が周囲に渦巻いた。 放たれた拳を、そのまま鷲掴みにして受け止める。掌から感じられるひりつきがその代償。ざわめくほど特別なことをしたわけではない。できることを行った、ただそれだけだ。 拳を掴むことで一瞬だけ生じた隙を見計らい、彼の体に背負うような形で懐に潜り込むと、投げ技でそのまま地面に叩きつけた。抵抗がなかったからこそ、出来た投げである。大木が折れたかのような地鳴り。地面が石畳なことも要因だろう。叩きつけられた彼はその痛みで悶え、今度こそ致命的な隙を生んだ。ただ、仰向けになっているとはいえ油断はできない。怯んでいる間に、彼の両肘を押さえる。もしその腕で掴まれたならば、私の腕など簡単に折られてしまうだろう。そうなる前に、先に丸太の
last updateÚltima actualización : 2026-07-19
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episode8 「痛くねぇのか、それ」

「私の顔に何か」 「痛くねぇのか、それ」  負傷した覚えはないし、よく分からなかった。「痛い、とは?」 「ここ、血ィ出てるぞ」 そう言って村長は自分の頬を指差した。言われたとおりに頬を拭うと、手の甲には血が付いていた。それは花びらの一片程度の量に過ぎなかったが、私の頭の中に失敗という稲妻が走るには充分の量。 痛みなどなかったため、気がつかなかった。一体いつ、負った傷だろう。刃物のようだが、巨躯の彼の拳でも掠れば頬は切れる。彼らの攻撃は全て防いだつもりでいたが、実際はどちらかの一撃に私は捉えられていた。もし彼らがきちんとした得物で私を攻撃していたのなら、致命傷に至っていてもおかしくはない負傷箇所である。「……失礼致しました」 もう一度、頬を拭う。「そんなんじゃ止まらねぇだろ。おいロラはどこだ」  村長がその姿を探すように周囲を見渡すと、射手の彼を介抱するためどこかへ行っていたロラがどこからか姿を現した。私を見て一瞬顔を顰めるが、恐らくその理由は先ほど射手の彼を倒した際に言ったことと同じだろう。一連の巨躯の彼との戦闘。 やりすぎ。意識を失うまでやるなんて。 今回もそうしなければ終わらなかったからそうした。もう一度同じことを言われても、分かり合うことはないだろう。そのため、考えるのはこれきりにしよう。「ああ、頬切っちゃったんだね」 私の顔を見るなり、柔和な表情でそう言う。「そのようです。しかし掠り傷ですので」 「だめだめ、感染症とか怖いんだから」 言って、左腕を前に突き出して掌を翳した。 途端、ロラの左手が翡翠色に輝き出して私の出血による熱を瞬く間に消失させる。出血が止まったのだろう。それは紛れもなく、衰退しつつある「魔法」と称される奇跡そのものだった。「これは、魔法……?」 思わず、そう漏らしてしまった。 魔法はこの世では衰退しつつあるという
last updateÚltima actualización : 2026-07-21
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episode9 「それはきっとね、あの子が素敵な人だからだよ」

「あの」 論争の中にツブテを投じる。「外敵を払うのが役目だと仰いましたが」「あ? あ、あぁ」 まさか横から口を挟まれるとは思ってもいなかったらしく、村長は一瞬思考が停止したようだった。「任務に着くことが出来なければ、困るのです。私は」 追い返されても帰るところがない。 そう言おうとした、そのとき。 図ったかのようなタイミングで、それは聞こえてきた。「歌、でしょうか……?」 それは満潮めいた歌声で、収集のつかないその場を突如飲み込むように満たしていく。波濤のように押し寄せる低い耳ざわりのよい声は、ぴりぴりとした神経を一瞬のうちに波にさらってしまった。「あぁ、そういやそんな時間か」 呟くような声で村長が云った。気づけば私以外皆、同じ場所を見つめている。木造で組まれたヤグラだった。恐らく、外敵の襲来を感知するために造られたものだろう。しかし今それは、一人の女性が歌うためだけに使用されている。「昼時になるとさ、あの子が歌うことになってるんだよ」 後ろからロラが教えてくれた。私は芸術には疎いが、この歌が素晴らしいものだということだけは分かる。 私も含め、皆がその歌に聞き入っていた。歌はどうやら愛する者に出会えた喜びを唄ったもののようで、心と身を委ねたくなるように安らぎを与えてくれる。経験のない感覚だった。 やがて歌が終わると、歌い手はしばらくヤグラの上に立ち尽くしていた。距離があるためあまりはっきりとは見えないが、どうやら背中まで伸ばした、黒髪を持つ女性。清廉な顔つきで、それでいて手付かずの雪のような飾り気のなさ。黒髪はフリストレールでは見ない髪色で、恐らくどこか遠くからやって来たのだろう。兵士時代に見た覚えがあるのだが、どこの国で見たのかは忘れてしまった。 じっと見つめていると、どうしてか少女が煌めいて見える。冬に見上げる夜空のように、星屑が彼女の周囲をまるで舞うように輝いているのだ。視線が吸い寄せられる。幻覚でも見ているのだろうか。それにしてはその光だけがやけに鮮明だった。もし私の体に異変が起きていて、それ
last updateÚltima actualización : 2026-07-23
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