捨てられた銀髪令嬢は、狼王の唯一の番になる のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 13

13 チャプター

第11話 黒狼は、人の姿へ戻る

 鳥の声が聞こえた。 セレナはゆっくりと瞼を開けると最初に見えたのは、土に覆われた木の根だった。太く絡み合った根の隙間から朝の光が差し込み、夜の森を満たしていた闇は薄い青へ変わっている。 朝——そう気づいた瞬間、セレナは小さく息を吸った。 生きている。魔物の森で、夜を越した――いいえ、一人ではなかった。 毒矢を受けた黒狼がいたはずだ。血の匂いに引き寄せられた魔物から逃れるため、二人で巨木の空洞へ身を隠した。 疲れ果てたセレナは、黒狼の温もりに寄り添うようにして眠った。 その温かさは、まだすぐ近くにある。 セレナは顔を上げ、そして、息を止める。 隣に、黒狼はいなかったのだ。 代わりに、見知らぬ青年が横たわっている。黒い髪が肩にかかり、長い睫毛の奥に閉じられた目。高い鼻梁と血の気の薄い唇。だが、何よりも目を引いたのは、黒髪の間から覗く狼の耳だった。 黒い狼の耳。そして、腰のあたりには黒い尾——人間ではない。獣人だ。 セレナは遅れて理解した。自分は知らぬ青年に寄り添うように眠っていたのだと。「……っ!」 慌てて身体を起こす。腕の傷が痛んだが、それどころではない。 セレナは巨木の根に背をぶつけながら距離を取り、胸元の薬草袋を抱えた。 青年の瞼が動き、次の瞬間、金色の瞳が開いた。 それは、昨夜黒狼が見せたものと同じ瞳だった。鋭く、深く、闇の中でも光を失わなかった金色。 きっと、この青年があの黒狼なのだ。「――目が覚めたか」 低く掠れた声で、声をかけてきた。 青年は上体を起こそうとして、わずかに眉をひそめる。 左肩には、セレナが巻いた布が残っており、それは夜会用のドレスの袖を裂いたみすぼらしい包帯は、人の姿になった事で少し緩んでいる。「あ……動かないでください!」 セレナは反射的に言った。 「毒がまだ抜けていないかもしれません!傷も開きます!」 言ってから、慌てて口を閉じる。 相手は獣人——それも、黒狼の姿になれるほどの力を持つ者。 青年はセレナをじっと見た。「……自分の傷は放っておいて、俺の心配か?」 セレナは、そこでようやく自分の右腕を見た。 服の布で押さえてはいるが、血は乾いて硬くなり、痛みも残っている。「これは、大したことではありませんから……」「大したことかどうかは、俺が見て決める」 まるでそれは、
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第12話 少なくとも、そこでは生贄とは呼ばせない

「帰る場所がないなら、俺の国へ来い」 差し出された手を、セレナは見つめていた。 それは、大きな手だった。 昨夜、黒狼の姿で牙を向けた相手と同じ存在だとは思えないほど、人の形をした手。 けれど、その手には確かな力がある。掴めば、きっと引き上げてくれる――そう思える手だった。 けれど、セレナはすぐに動けなかった。 レグルスの国である獣人国ヴァルグレイヴ。 魔物の森のさらに奥にある、人間の王国とは違う国。 そこは、人間を信用していない獣人たちが暮らす場所——そんな場所へ、人間である自分が行ってよいのだろうか。「……ですが、私は人間です」 ようやく口にできたのは、そんな言葉だった。 レグルスは眉一つ動かさない。「そんなの……見れば分かる」「獣人の皆様に、ご迷惑をおかけするかもしれません」「それは俺が決めることだ」 短い返事だったが、迷いはない。セレナは胸元の薬草袋を握りしめた。「ですが……」「……まだ何かあるのか?」  苛立っているような声にセレナは肩を震わせ、怒らせてしまったのだと思い、すぐに視線を伏せる。「その……申し訳ございません」「……」 レグルスは黙ったままセレネに視線を向けている。 責められるのでは、と思い、セレナはますます身を縮こまらせた。 けれど、次に聞こえたのは大きなため息だった。「俺は別に怒っているわけではない」「……はい」「怯えるなと言っても、無理だろうな」 レグルスは言いづらそうに言葉を切った。 命令する事には慣れていても、相手を安心させる言葉には慣れていない。そんな風に見えた。 セレナは恐る恐る顔を上げてみると、金色の瞳は鋭いのだが、そこにセレナを傷つけようとする色はなく、ただ不機嫌そうだった。 まるで、セレナが自分を当然のように低く扱うことが気に入らないと言いたげに。「その……私には、何もありませんよ?」  セレナは小さく言った。 口にしてしまえば、胸の奥に沈んでいた言葉が次々と溢れてくる。「私は、公爵家からも王家からも捨てられましたので……」 そのように言いながら、彼女は灰色の布の端を握る。 昨夜までセレナは王太子の婚約者であり、エヴァレット公爵家の長女だった。 けれど、それらはすべて取り上げられた。 婚約者という立場も、公爵令嬢としての価値も、家族から名を呼ばれ
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第13話 獣人国ヴァルグレイヴ

  森の奥へ進むにつれて、空気が少しずつ変わっていった。 はじめは、セレナを呑み込もうとするような暗い森だった。 湿った土の匂いや木々の隙間から漂う濁った魔力、そしてどこかで息を潜める魔物の気配。 けれど、レグルスの後ろを歩いているうちに、その荒々しさが少しずつ薄れていくように感じたのは気のせいだろうか? 木々は相変わらず高く、枝葉は空を覆っているが、昨夜のような息苦しさはなかった。 風が通り、葉が揺れ、どこか遠くで水の流れる音が聞こえる。 魔物の気配も完全に消えたわけではないが、近づいてはこない。森そのものがレグルスを避けているようにも見えた。 セレナは、前を歩く彼の背中を見つめる。 彼の左肩にはまだ傷がある。 毒も抜けきってはいないはずなのに、それでも、レグルスの歩みに弱さはなかった。 黒髪の間から覗く狼の耳が時折かすかに動いて周囲の音を拾い、長い尾も森の気配に合わせるように静かに揺れている。 彼は一度も振り返らない——けれど、セレナの歩幅に合わせるように、速すぎない速度で進んでいた。 それに気づくたび、セレナはどうしてよいか分からなくなる。 そもそも彼女自身、気遣われることに慣れていない。 置いていかれないように必死で歩くことや、足手まといにならないよう黙って耐えることなら、ずっとしてきた。 けれど、誰かが自分の歩く速さに合わせてくれることには、慣れていなかった。「……疲れたか?」  前を向いたまま、レグルスが言った。セレナは慌てて首を横に振る。「いいえ。大丈夫です」「疲れたなら声をかけてくれ、いいな?」「……はい」 それは叱責ではなく命令のような言葉に聞こえた。 セレナは少しだけ戸惑いながらも頷くしかない。 疲れていないと言えば、これまでならそれで誰も気にしなかった。 倒れたとしても、体が弱いからだ、役に立たないからだと責められるだけだった。 けれど、どうやらレグルスは違うらしい——大丈夫ではないと判断すれば、セレナの返事に関係なく足を止めるつもりなのだ。 森の中をさらに進むと、空気に混じる匂いが変わった。 何かの煙の匂いと、焼いた木の匂い。 どこかで煮炊きしているような、温かな匂い――それは、人の暮らしの匂いだった。 セレナは思わず足を止めそうになったが、魔物の森の奥に、本当に国がある——書物
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