《後宮の鳥籠、朱き翼を隠して》全部章節:第 11 章 - 第 16 章

16 章節

第十一話 華の下に轟く影

昨晩の暗殺未遂事件による緊迫した空気のまま迎えた、収穫祭の翌日。  後宮の大庭園にて、女人たちが集めたキノコ狩りの成果に対する授与式が執り行われていた。 ​ 後宮は男子禁制の聖域。かしこまる者たちの中に一般的な男子の姿はなく、控えているのは後宮専属の宦官たちと侍女のみ。  正面の玉座には、後宮の絶対的な支配者として君臨する皇后殿下が座し、そのさらに奥――薄い絹の簾(すだれ)の向こう側には、皇帝陛下が静かに事の始末を見守っていた。 ​ 皇后殿下の手によって妃嬪(ひひん)たちへ順に労いの言葉と褒美が授けられる中、最も多くのキノコを収穫した者として名が呼ばれたのは――延明宮(えんめいきゅう)所属の『朱璃(しゅり)』であった。 ​ 朱璃がその場に膝をつくと、玉座の皇后が悠然とした、しかし冷ややかな声を響かせた。 ​「九等嬪・朱璃。そなたの知識は、倭国の姫の名に相応しく立派であった。よってそなたには、これを授ける。」 ​ 恭しく捧げ持たれたのは、後宮の厨房を管理する『御厨(みくりや)の技師資格』の札。一見すると誉れ高く見えて、実質は「姫の身分でありながら、厨房の下働きのと同等」と暗に侮辱する、皇后らしい冷酷な品であった。 ​「……ありがたき幸せにございます。」 ​ 朱璃が深く頭を下げると、その横に控えていた魏淑妃(ぎしゅくひ)が、扇子で口元を隠しながら甲高い笑い声を上げた。 ​「あら、さすが自然豊かなところで育った姫様だこと。皇后様の慈悲に感謝するのよ? ――ふふ、私からも、延明宮の主である鳳得妃(ほうとくひ)様の顔を立ててあげるために贈り物を渡すわ。ほらこれよ。」 ​ 淑妃の侍女が不気味な笑みを浮かべ、朱璃の前に差し出したのは、埃をかぶった正体不明の古びた木箱であった。中から何とも言えぬ嫌な気配が漂うそれを目にして、淑妃は目を細めて囁く。 ​「貴女なら使えるのではなくて? ……クスッ。」 ​ 得妃の名を引き合いに出しつつ、怪しげなガラクタを押し付ける露骨な嫌がらせ。周囲の妃たちが忍び笑いを漏らす中、朱璃は眉一つ動かさず、静かに拝礼した。 ​「……淑妃様のお心遣い、恐悦至極にございます。」 ​    * ​ 延明宮へ戻るや否や、爆発したのは鳳 麗華(レイファ)様であった。 ​「なによあの女たち! 皇后様まで朱
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第十二話 悪意の箱と、甘き茶の香

東の空がうっすらと白み始め、朝靄(あさもや)が後宮を静かに包み込む頃。  自室の窓から音もなく滑り込むように着地した朱璃(しゅり)は、黒装束の紐を解こうとして――部屋の隅で静かに自分を待っていた人物と目が合った。 ​「……また、行かれていたのですか、朱璃様。」 ​ 朱璃の一番の理解者であり、彼女が抱える『裏の仕事』を知る数少ない存在――春蘭(しゅんらん)であった。  安堵と心配が入り混じった眼差しで見つめられ、朱璃は苦笑いを浮かべながら黒衣を静かに畳む。 ​「ええ……少し、夜の散歩にね。心配をかけてごめんなさい、春蘭。」 「まったくです。瑛凱(エイガイ)殿下もお人使いが荒いのですから……。お怪我はありませんか?」 ​ 慣れた手つきで朱璃の羽織を預かり、身なりを整える手伝いをする春蘭。朱璃にとって、この部屋は後宮の中で唯一、重い兜を脱ぎ捨てられる穏やかな場所であった。 ​ その時、パタンとノックもそこそこに勢いよく扉が開いた。 ​「朱璃様〜! お目覚めですかー?」 ​ 湯気の立つお盆を持った小鈴(シャオリン)が、元気な声と共にひょっこりと顔を覗かせる。だが次の瞬間、春蘭がビシッと表情を引き締め、小鈴に向き直った。 ​「小鈴! 朱璃様の部屋に許可もなく勝手に入ってはいけませんと、いつも言っているでしょう。きちんとお返事を待ってからお入りしなさい。」 「あっ…ご、ごめんなさい! 朱璃様がお目覚めかと思ってついうっかり……。」 ​ 春蘭に窘(たしな)められ、お盆を持ったまま肩をすぼめて縮こまる小鈴。朱璃の危険な役目を知らない無邪気な妹分だ。そんな二人のやり取りを、朱璃は可笑しそうに目を細めながら、ふっと柔らかく微笑んだ。 ​「構わないわよ、春蘭。小鈴、温かいお料理を届けてくれてありがとう。入っておいで。」 「ありがとうございます!朱璃様は優しいですね!」 「こら、朱璃様がお優しいからといって甘えてはダメですよ。」 「えーでも……それより春蘭、 ちょうどよかった!朝ご飯みんなの分持ってきたから一緒に食べよう!」 「もう……私の話を聞きなさい、小鈴。」 ​ 呆れつつもどこか嬉しそうな春蘭と、えへへとお盆を運ぶ小鈴。二人の賑やかなやり取りに、朱璃の胸の奥はじんわりと温かくなるのだった。 ​    * ​ 温かい朝食を終えた後、朱璃たちは昨
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第十三話 悪意の茶会と、咲き誇る才能

後宮という場所は、一筋の風よりも早く噂が駆け巡る場所である。 ​「ねえ、聞いた? 九等嬪の倭国の姫様が、ご自分で茶会を開かれるんですって」 「まあ……! 御厨の下働きとして召し出されたお立場ですのに、身の程知らずなことですこと。どうせ大恥をかいて終わりですわ。」 ​ 絢爛豪華な宮の陰では、位の高い妃たちが扇の影でクスクスと意地悪な嘲笑を漏らしていた。  だがその一方で、日頃から朱璃(しゅり)の優しさに触れてきた下位の宮女や侍女たちの間では、まるで違う会話が交わされていた。 ​「朱璃様がお茶会を!? 収穫祭のときのお料理も本当に美味しかったもの、どんなお茶を出してくださるのかしら!」 「お優しくてお美しい朱璃様のお茶会だもの、私とっても楽しみだわ!」 ​ そんな交錯する噂が延明宮(えんめいきゅう)の耳にも届き、真っ先に怒りを爆発させたのは麗華(レイファ)様と小鈴(シャオリン)だった。 ​「キーッ! 何よあいつら、好き勝手言っちゃって! 朱璃の素晴らしさを何一つ分かっていないくせに!」 「そうですとも! 朱璃様をバカにするなんて許せません!」 ​ ぷんぷんと肩をいからせる二人に対し、渦中の朱璃はといえば――。 ​「ふふ、噂になるのは良いことですわ。それだけ皆様が関心を持ってくださっているということですもの。」 ​ どこ吹く風で穏やかに微笑みながら、優雅な手つきで茶葉の蒸し加減を確かめているのだった。 ​    * ​ そして迎えた茶会当日。延明宮の美しく手入れされた庭園には、色とりどりの華やかな衣装を身にまとった妃嬪たちが集まっていた。  魏淑妃(ぎしゅくひ)は  (ふん、侍女に命じてそこらの雑草と……あの毒草を適当に詰め込ませただけの箱よ。あんなゴミ同然の代物で、一体どんな無様な茶会が開かれるのかしら) と、品のない笑みを浮かべて朱璃を眺めていた。 ​ だが、会場の空気が一変したのは、最高権力者である皇后が姿を現した時だった。 ​「――皇后殿下、お成り。」 ​重々しい声と共に進み出た皇后の隣には、予期せぬ人物が佇んでいた。高貴な絹の衣装を纏い、どこか物憂げな眼差しを浮かべた青年――第3王子・泰然(タイゼン)殿下である。 ​「え……っ、なぜ泰然殿下がここに……!?」 「男子のお立ち入りが許されないお茶会に、なぜ王家の方が……?
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第十四話 波紋と召喚の兆し

​「母上! あのような素晴らしいお茶や菓子を作れる朱璃殿が、なぜ九等嬪のままなのですか!? 父上もです! お二人はあの方の凄さを何もお分かりになっておられません!」 ​ 茶会が明けた翌日。皇后の宮には、興奮冷めやらぬ第3王子・泰然(タイゼン)殿下の叫び声が響き渡っていた。 ​「た、泰然……! なにを大声で言い出すのです、おやめなさい!」 「やめません! 私は……私は幼い頃から、倭国の朱璃殿が自分の婚約者になると聞いてずっと楽しみにしておりました! それなのに、いざ後宮へお迎えしてみれば九等嬪の雑用扱いだなんて、あまりに酷すぎます! なぜ私の大切な方をそのような扱いにされるのですか!?」 ​ 真っ直ぐな瞳に涙を浮かべんばかりにして、幼い頃からの憧れの姫への情熱と怒りを親にぶつける泰然殿下。  まさか自分の息子からそこまで痛烈に問い詰められるとは思ってもいなかった皇后は、動揺を隠せない。 ​(くっ……よりによって、この子があの倭国の姫にここまで執着していたなんて……!) ​ 朱璃をハメようと意地悪く罠を仕掛けたはずが、かえって大事な息子の反抗期を引き起こし、隠していた不遇な扱いまで暴露されてしまったのだ。皇后は焦りを隠すように扇を固く握りしめ、厳しく言葉を返した。 ​「泰然、口を慎みなさい! どのような経緯があろうとも、一度後宮に入宮した者はすべて皇帝陛下の妃なのです。あなたが口を挟むことではありません!」 「ですが――っ!」 「泰然、貴方っ!」 「よい、皇妃。」 ​ 親子の激しい喧嘩を制したのは、それまで静観していた皇帝の重厚な声だった。  皇帝はあごに手を当て、どこか感心したように泰然を見つめる。 ​「ふむ……。そういえば倭国の九等嬪は、元はお前の婚約者として召し出された姫であったな。……泰然がそこまで熱弁を振るうほどのお茶と菓子か。一度、私も味わってみたいものだな」 ​「あ、えっと……父上……!」 「陛下……!?」 ​ 息子の一途な怒りと、それによって「朱璃」という存在に強い興味を抱いた皇帝。  皇后は自らの罠が完全に裏目に出て、息子にも夫にも朱璃の存在感を植え付けてしまったことに、ぐぬぬと唇を噛み締めて歯噛みするしかなかった。 ​ さらに泰然殿下は、その日、同年代の幼い貴族や家臣たちにも 「朱璃殿の『くず餅』と茶は世界一な
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第十五話 皇帝の謁見

前夜の極秘の密会を無事に終え、朝を迎えた朱璃(しゅり)。  主である麗華(レイファ)様の元へ向かうと、案の定、麗華様は昨日の貴妃・賢妃との会話を思い出しては、気分が落ち着かないかのようにソワソワしていた。 ​「もうっ! 今日もあの二人のお姉さま方に朱璃を連れ回されたらどうしましょう。……朱璃は私の延明宮の九等嬪なのですからね!」 「ふふ、麗華様。そんなに怒られず、どうぞお気を鎮めてくださいませ。」 ​ 朱璃はくすりと微笑みながら、湯気の立ち上る淹れたてのお茶を麗華様の杯へと静かに注ぐ。  香り高いお茶の匂いが部屋に広がる中、朱璃は言葉を続けた。 ​「貴妃様と賢妃様お2人ともお茶の伝統や薬効に関心をお持ちなだけですわ。」 「そんなこと絶対にないわ! あの二人も朱璃の魅力に気づいたのよ。……絶対そうよ……!」 ​ お茶を受け取りつつも、「私の朱璃」が他のお姉さま方に奪われてしまうかもしれない焦りから、キッと目を巡らせておこる麗華様。  そんな主の横で、専属侍女の翠蘭(スイラン)が 「まあまあ、麗華様……。朱璃様が他宮のお方からも高く評価されるのは、私共にとっても大変誇らしいことでございますよ。」 と苦笑しながら優しく宥めた。   ​ そんな賑やかな朝のひとときを打ち破るように、宮の外から重々しい足音が近づいてきた。  現れたのは、皇帝直属の太監(たいかん)――侍従長であった。 ​「――九等嬪・朱璃に、皇帝陛下より勅命である!」 ​ 太監の甲高い声が響き渡り、一瞬で延明宮の空気が凍りついた。小鈴(シャオリン)はガタガタと震え出す。 ​「此度の茶会の噂、陛下の耳にも届いておられる。『泰然(タイゼン)王子を感銘せしめた倭国の茶と菓子を、直ちに御前(ごぜん)にて披露せよ』とのこと。急ぎ道具を整え、謁見の間へ参られたい。」 ​「えぇっ……。皇帝陛下からのお呼び出しですか!?」 ​ 驚く小鈴を余所に、パッと扇子を広げた麗華様は、待ってましたと言わんばかりに誇らしげに胸を張った。 ​「ふふん、当然ですわ! 朱璃の淹れるお茶やお菓子が世界一なのですから、皇帝陛下がお聞きつけになるのも時間の問題でしたのよ! ほら見なさい、私の朱璃が認められたのですわ!」 ​ パッと扇子を広げて自慢げに胸を張る麗華様。周りの若手侍女たちも 「そうですとも!
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第十六話 破格の沙汰

皇帝の重々しい一言が落ちた謁見の間。 息を呑むような静寂と張り詰めた空気の中、皇帝はそれ以上多くを語ることなく、静かに手元の杯を置いた。​「……見事であった。下がってよい。」「はっ。身に余る光栄にございます。失礼致します。」​ 朱璃(しゅり)は静かに平伏すると、一切の乱れを見せない洗練された動作で立ち上がり、謁見の間を辞した。 その背中を見送りながら、玉座の横に座る皇后は(ふん……別に褒めそやされたわけでもない。ただ一言、気まぐれに言葉を賜っただけではないか)と、胸を撫でおろしつつ冷ややかな鼻笑いを漏らすのだった。​    *​​「朱璃! どうだったの!?」「朱璃様! お咎めはございませんでしたか!?」​ 延明宮(えんめいきゅう)へ戻るなり、待たされていた麗華(レイファ)様をはじめ、小鈴(シャオリン)や翠蘭(スイラン)たちが一斉に駆け寄ってきて朱璃を取り囲んだ。口々に問い詰めてくる皆に、朱璃が困ったように微笑みながら「『見事であった、下がってよい。』とのお言葉をいただきました。」と経緯を話すと、麗華様はほっと胸を撫でおろし、パッと扇子を広げた。​「……まあいいわ! 何も咎められず、皇帝陛下にお茶を召し上がっていただけただけでも上出来ですもの! よく頑張ったわね、朱璃!」​ そこへ、侍女頭の桂花(ケイカ)が呆れたようにパンパンと手を叩きながら間に入ってきた。​「これこれ、みなさん。朱璃様がお困りですよ。お聞きしたい気持ちは分かりますが、無事に戻られたのですから少し休ませて差しあげなさい。」​ 桂花に窘められ、「はーい……」と散っていく侍女たち。そんな賑やかで和やかな時間を過ごし、その日は何事もなく平和に過ぎていった。​    *​ ――翌朝。 朱璃が朝の支度をしながら、小鈴や春蘭(シュンラン)と昨日の謁見の思い出話をしていたときのことである。​ バタバタバタッ! と廊下を激しい足音が駆け抜けてきた。​「し、朱璃様! 大変です、お客様がお見えです! 急いでお越しください!」​ 息を切らした侍女が飛び込んでくるなり叫んだ。 何事かと驚きつつも急いで支度を整え、朱璃たちが広間へと向かうと――そこではすでに麗華様がいつになくキリッとした表情で侍女たちにテキパキと指示を出している姿があった。​「早く茶の準備をしなさい!
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