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All Chapters of 呼吸が出来る場所: Chapter 21 - Chapter 30

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9-1

 金山の予告より早く、陽翔のデスクは納品された。「うわあ! 実物になると、なんか感慨深いです!」「ありゃ……、小泉くん、この天板……」「わざわざ頼んで、この木目が出るようにしてもらったんです! うわあ! 本当にデザイン画通りの木目だ! すごいや!」 手放しで喜び、デスクの周りをグルグルしながら、細部まで指定通りなことに感嘆する陽翔を余所に、草野は大和の顔を見る。「部長、わざとですか?」「なにが? だって、草野くんだって、デザイン一緒に検討したじゃない」「……まぁ、良いですけどね」 草野は肩をすくめ、自分の仕事に戻っていった。 陽翔はその会話に全く気付いていなかった。「さて、小泉くん。最初の大きな仕事をこなしたから、きみにも本当の仕事をそろそろ回そうか?」「はいっ!」「最初のうちは、僕のサポートをしてください」「どんなことをしますか?」「僕らの仕事は、お客様のぼんやりしたイメージから、具体的にどんなデザインの家具を欲しがっているかを一緒に考えたりするのがメインなんだ」「デザイナーが、家具をデザインして売り出すんじゃないんですか?」「材料の木材を見て、オリジナルの家具を作り上げる……みたいなの? それは金山さんたちの仕事だね。そっちが良いなら、金山さんに頼んであげるよ?」「えっ……?」「もっとも、工房に入る前に、筋トレしてこいって言われちゃうかもだけど……」 陽翔は自分の腕を見た。「金山さんの二の腕、小泉くんの太ももより太そうだったもんねぇ」「ですよね……」「まぁ、冗談はこれくらいにして。じゃあ、僕が今、担当している仕事を見せるね」 大和は自分のパソコンの画面を開き、仕事の詳細を語り始めた。
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9-2

 オフィスに、笠原が顔を出す。「陽翔! 先日の納品、絶賛だったよ!」「え、本当?!」 笠原が、客から回収した納品後の〝アンケート〟用紙を差し出した。「〝高齢の母が、大変使いやすいと言ってました。年齢と共に背が縮んでつらそうだったのが、今は楽しそうに衣服を選んでいます〟だって!」 ミスギ家具に転職して数ヶ月。 未だ立ち位置は〝サポート〟だが、大和は案件のデザインを、いくつも陽翔に回してくれる。 もちろん、大和に入念なチェックをされるし、駄目出しも多い。 だがそれも「小泉くんの案は奇抜で面白いけど、ちょっと地に足ついてないね」と言った柔らかい指摘であり、実際にそれを使ったら、なにがどう問題になるのかを丁寧に教えてくれる。 それを最も痛感したのは、陽翔の処女作である〝デスク〟だった。 季節をまたぎ、梅雨時になってしばらくして。 陽翔は自分のデスクが、微妙に使いづらいと感じ始めた。「どうしたの?」 ノートパソコンの置き位置を何度も変えている陽翔に、大和が声を掛けてくれた。「なんか、安定しなくて。キーボードを叩くと、ガタガタ音がするんです」「ああ、それは天板が歪んだからだね」「……えっ?」 意味がわからなかった。 ミスギ家具の、しかも金山親方を始め工房の職人が手掛けた一点ものの家具に、歪みが出るなどと、考えもしなかったからだ。「小泉くん。金山さんに、このデスク注文した時に、木目をどうしても出したいってお願いしたの、覚えてる?」「はい」「こういう、年輪が波打ってるように見える柄をどうしても……ってお願いした時に、金山さんが困った顔したことは?」「あ、そういえば……」「うん。あれはね、この木目を出すと、後々歪みが出やすくなるから、困ったなって顔だったんだよ」「え……、ええっ! じゃあ、なんであの時……」
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10-1

「小泉くん」「はい?」「帰らないの?」 顔を上げると、オフィスには大和と陽翔しか居なかった。「えっ? あれっ?」「本当にきみ、集中すると周りが見えなくなるタイプだよね」 ふはは……と、面白そうに大和が笑う。「す……、すみません……」「いや、ごめんね、笑って。……でも、あんまり熱心で真っ直ぐだから、心配になっちゃうな」「いえ……、本当に……。すみませんでした……」「謝る必要はないよ? 悪い事をしてたわけじゃないんだから」「僕……。実は、これで以前も失敗したことがあって……」「失敗?」「根を詰め過ぎて、残業しているオフィスで突発ヒートしちゃったことがあるんです」「それは……、大変だったね。……誰かにひどいこと、されたのかい?」 陽翔は── その何の気なしの一言で、当時、周囲に囁かれた陰口がフラッシュバックした。「あっ……、えっ?! ごめん! なんか、僕、嫌なことを思い出させちゃった?」 大和が狼狽え、慌てふためきながら、草野のデスクに置かれていたティッシュボックスを持ってきたことで、陽翔は自分がボロボロ泣いていることに気がつく。「す……、すみません……。僕……、そんな……別にヒート事故とかにはなってなくて……」 大和に申し訳ないと思いながらも、陽翔の涙は止まらなかった。
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10-2

 大和は、陽翔が泣き止むまで待った。「すみません、本当に。……僕、別にヒートの所為でアルファに強姦されたとか、そういうのは無いんです。……ただ、救急車騒ぎになってしまったから、僕が突発ヒートしちゃったの、周りにバレちゃって……」 グズグズと鼻をすすり、ティッシュで拭う陽翔を見やり、大和は大きく溜息をつく。 その様子から、陽翔が周囲の理解のない態度を〝ひどいこと〟と理解していないのが、見て取れたからだ。「うーん、突発ヒートって、はっきりした原因はわからないらしいけど。でもオメガの体は繊細だからね」「でも、社会人として、恥ずかしいです」「あのね、小泉くん。確かに体調管理は、個人がすべき大事なことだよ。でもね、きみみたいに真面目で一所懸命な子が、サボりたくて具合が悪くなってるなんて、思うほうがどうかしてるよ?」「……普通のヒートでも、一週間も休んで周囲に迷惑掛けますし……」 陽翔の答えに、大和は微かな苛立ちを覚える。「確かに、そこで実務のしわ寄せを食うベータの社員は、文句を言うだろう。だけど、オメガが繊細で、周期的にヒートがくるって分かってて、業務を調整できないのは、上司が無能なんじゃないかな?」「……えっ?」 陽翔は、ぽかんとした顔を向けてきた。 そこで大和は、自分の苛立ちが〝陽翔の元上司〟に対するものだと気付く。 この可愛らしい外見とは裏腹に、才能の塊のような輝く魂を、疲弊させ、追い詰めたアルファに、腹が立っているのだ。「だって、それって分かってることでしょ? オメガが周期的に休むのは、自然の理なんだし。ストレスを掛けたら、突発ヒートを起こす可能性があるって、管理職ならリスクとして知っておくべき……どころか、当然それに対する手配もしておかなきゃいけない立場でしょ?」「でも……、そんなことをしたら……。他の社員に
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10-3

「や……、ありえませんよ!」「あっははっ! 神谷くん、可哀想に。全然気付いてもらえてないんだ」「ちょ……、待ってください。どっからそういう話になったんです?」「だってそうでしょう? オメガの提案は上層部にウケが悪い……って、きみがそう思ってるんじゃなくて、その彼が教えてくれたんじゃないの?」「そうですね」「僕がもしその神谷くんの立場で、きみに全く興味がなかったとしよう」「はい」「出世がしたいと思っていたら、採用される可能性が皆無の〝オメガの企画〟に目を通す必要はないよね?」「……えっ? ……でも、部下の出した企画をチェックして、まとめたりするのが仕事……ですよね?」「ベータの企画の場合、アルファが〝良し〟とすれば通るけど、オメガの提案は、オメガが考えたって時点で取り合ってもらえないって分かってるなら、見る必要なくない?」「……ああ、そうか……。……でも、神谷は見てたってことですよね?」「つまり、きみ自身に興味があるから、きみの企画に全部目を通していたってことだよ?」「えっ? ……あ、……そう……なのか……?」「きみの才能を見極めて、きみをなんとか上層部にアピールしたくて……なんて。普通にきみを特別に想ってなかったら、しないでしょう?」 大和は思わず、笑ってしまった。 神谷というアルファが、どれほど陽翔に執着を覚えていたのか、会ったこともない自分ですら想像が出来るのに。 当の陽翔は、毛の筋ほども気付いていないのだ。 むしろ、神谷が哀れにすら思える。「アルファにとって、オメガって宝物のような存在だ……って言うのは、ウチの社長の持論な
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11-1

 その日、陽翔は大和と共に車で移動していた。 リノベーションを頼んできた家を、訪問するためである。「大幅なリノベですよね」「旦那さんが定年退職されたのを期に、生活動線が不便になっちゃった家を調整したいんだって」 二人が乗る車の後ろから、金山と助手の乗ったトラックがついてきている。「婚礼家具に、ダイニングテーブル。リペアする家具もたくさんありますね」「画像を見ただけでも、すごく良い家具ばかりだから。手入れして長く使ってもらえると思うと、嬉しいよね」「金山さんのトラックで、乗り切るかな……?」「無理して乗せる必要はないよ。大事な品物だからね」「力仕事ですよね」「僕も親方みたいなアルファだったら、あっちの仕事したかったよ?」 意外な発言に、陽翔はびっくりした。「そうなんですか?」「だって、あっちのほうが楽しそうじゃない? 一枚板からオリジナルの家具を作るのも楽しそうだし。デザインの仕事も嫌いじゃないけど、あっちのほうが物を作ってるって実感出来るでしょ」「なるほど」 陽翔はシートに背中を預け、運転する大和の横顔をちらと見た。 突発ヒートを神谷に助けてもらったあと、退院して出勤する朝は、ヒートを見られた恥ずかしさがあった。 しかし、あの時はむしろ、謝罪に行くのに勇気と怒りのほうが大きかった。 大和にその話をして、泣いた顔を見られた翌日のほうが、よほど恥ずかしくて出勤したくなかったぐらいだ。 だが、大和は翌日、何事もなかったかのように「おはよう」と言ってくれた。(高梨さんといると、呼吸をするのが楽なんだよな……) 肩に力も入らない。 余分な見栄も張らずにいられる。 なにより、仕事が楽しい。(でも、この人、アルファなんだよな……) それも、不思議な気がした。「どうしたの? あ、もしかして寝癖治ってない?」「いえ! 寝癖はありま
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11-2

 リノベーションを依頼された家は、郊外にある平屋建ての古風な家屋だった。「うわ、立派な家だなぁ」「アルファなら、これぐらいのお家が建てられるお年頃のカップルだからね」「そうなんですか?」「定年退職を期にリノベーションって言ったでしょ? 経済が活性化して、働けばお金になる時代に働き盛りだった人だよ。ちょっと目端の利くアルファなら、そんな時代が長く続かないことを見越して、ちゃんと人生計画してたんじゃない?」 インターホンを押すと、小柄な男性が出迎えに出てくる。 首に巻かれたチョーカーに、オメガだと気付いた。(アルファオメガのつがいカップルだったんだ! てっきりベータのご夫妻だと思ってた……) 陽翔は驚きを隠すように、深々とお辞儀をして誤魔化す。「お待ちしておりました、どうぞ」 どやどやと入っていく金山たちを通し、陽翔は大和の裾を引いた。「あの、つがいカップルのかただったんですか?」「片山茂さんと、隆志さんってお名前だったでしょ? 見なかった?」「あ……、苗字しか確認してなかった……」「ふふ、気をつけてね」 笑って、大和は先に行ってしまう。 慌てて陽翔は、後を追った。 実際に家具を運び出す金山たちは、アルファの茂氏に案内され── 方向性を話し合う陽翔と大和は、庭の見える和室へと通された。「あの、パートナーの方はご一緒されなくて良いんですか?」「大丈夫です。リノベーションの決定権は、僕にありますから」 相応の年輪が刻まれているが、隆志は上品で綺麗なオメガ男性だ。「綺麗なお庭ですね」「どうしても実のなる木が植えたいと言って、りんごにしたんです」「りんごの花って、白くて綺麗ですよね。……えっと、このお部屋。今は客間のようですが、お客様が多いんですか?」「うちの亭主が現役だった頃は、頻繁に部下を連れ帰ったりしましたけど。今後は
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11-3

 しばらくすると、金山と茂が部屋に顔を出した。「高梨さん、こっちは荷物積んだんで、戻りますよ」「はい、御苦労様」 金山の差し出した預り証を受け取った茂は、それを隆志に差し出した。「じゃ、俺はちょっと……」「はい、どうぞ」 陽翔たちにペコッと頭を下げ、茂はそのまま庭に出てしまう。「えっ? あの、リノベーションの話、全然聞かないんでいいんですか?」「いいんです。あの人は、本当にこういうの興味がないから」「あ、僕はちょっと、お庭を拝見させていただきますね」 そこで大和が立ち上がった。(あ、高梨部長、茂さんのリサーチに行ってくれたんだ……) 庭に降りた茂を追うようにして、大和が席を外したことで、陽翔は察する。「今回のリノベーション。彼から僕へのプレゼントなんです」「そうなんですか? なら余計に一緒に話を聞かなくてよかったのかなぁ? それとか、むしろ、全部仕上げてからのプレゼントとか……」「そんなことしたら、僕は怒りますよ」「え……? そうなんですか?」 きょとんとなった陽翔を見て、隆志は声を上げて笑う。「だって、自分の居場所を他人に作られても、面白くもなんともないでしょう?」「あ、そうか……」「オメガの社会進出が……と、どれだけ謳われたところで、社会の常識が〝オメガは受け身〟ってなってるから、なかなか変われないよね」 抑圧された会社で嫌な目にあってきたはずだが、いつのまにか自分自身もまたその〝常識〟に飲まれていたのだ……と、陽翔は気付いた。「あの、隆志さんはずいぶんその……」「主導権を持ってる風に見える?」「あ、はい……」「茂さんもね、若い頃はギラギラしたアルファだったよ? 
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12-1

 片山家のリノベーションは、着々と進んでいた。 持ち帰った家具は、金山と相談の上、現状維持で歪みやきしみを修正するだけに留めるものと、大和と陽翔によってリペアで再デザインされたものに分ける。 そして、屋敷内の部屋の再配置も、綿密なやり取りによって施工日も決まった。「小泉くん。片山さん家のキッチンなんだけどね」 陽翔の傍に立った大和が、珍しく話を切り出しにくそうな顔で声を掛けてきた。「はい」「きみの提案した、アイランドキッチンをやめてダイニングテーブルを置く案、隆志さんが気に入って採用ってことになったでしょ?」「はい」「隆志さんが、マドカのシステムキッチンを選んだから、納品時に立ち会いがあるんだけど、きみ、やめておく?」「え……、やめる……とは?」「だから。当日の立ち会い、僕だけで済ませてもいいよって話。マドカの人と顔を合わせたくないなら、無理に合わせる必要ないから」 それが、大和の気遣いであることに気付き、陽翔は慌てて首を左右に振った。「や……、行きますよ! だって、高梨さんがメインだけど、僕も担当です! それに、マドカの納品って言ったって、あそこの社員全員と顔馴染みだったわけでもないですし!」「そう? うん、それなら……まぁ……。わかった」「高梨さん!」「ん……?」「僕が言うのも生意気かもですけど、ちょっと過保護だと思います」「あ〜、うん。ごめんね」 ははっと笑って、大和は自分のデスクに戻っていった。 陽翔は手元の資料を見ると、付箋のついたシステムキッチンに〝ふたりのサイズで、ひとつのキッチン〟のキャッチコピーが見える。(あ、これ……。隆志さん、これ選んでくれたんだ!) 大和に〝搾取〟と指摘されはしたが、自分の提案を取り入れた商品だ。 複雑だが、少し嬉しい。(
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12-2

 片山家に、家具を納品に行く日。 前回同様に、陽翔は大和と乗用車で前を、金山と職人が家具を積載したトラックで後ろからついてくる。 家の前には、隆志が待っていた。「リノベーションしてる途中も、何度か足を運ばせてもらったけど。家具が入ると思うとウキウキするね」 車から降りたところで、軽く挨拶を交わすのもそこそこに、隆志が弾んだ声で言う。「仮住まいにご不便ありませんか?」「全然! リノベーション中の仮住まいまで紹介してくれて、至れり尽くせりだよね」「ご満足いただけているようなら、なによりです」 鍵を開けてもらって、屋内に入る。「わあ、いい感じになってますね!」「でしょう? 小泉くんが提案してくれた間取り、暮らし始めた時のイメージが沸いてくるから。引っ越してくるの、すごく楽しみなんだ」 建物全体の施工は、終わっていた。 最初に案内された客間は、和室から洋室へと変わり、縁側がインナーテラスに作り変えられている。「以前の和室の窓だと、格子があったけど。サッシに変えてもらったから、りんごが一望できるんだよね」「部屋も明るくなりましたか?」「うん。インナーテラスになって、ちょっと広くなったし」「施主さん、家具の置き位置を確認してくれ」「あ、はーい」 金山が声を掛けてきて、隆志は「ごめんね」と言って、そちらに行ってしまった。「失礼します。システムキッチンの納品に参りました」 玄関から、声がした。 その声に、陽翔はぎくりと体が強張る。「小泉くん、どうしたの?」 陽翔の様子に気付いて、大和が声を掛けてきた。「え……、いえ……」(まさか……。だって、神谷は企画部のスーパーバイザーだ。外になんか、出ないはず……) 気持ちを奮い起こし、大和と共に玄関へ向かう。「ミスギ家具、リノベーション担当の
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