《剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ》全部章節:第 111 章 - 第 120 章

142 章節

第111話 三者三様

「姉さん……」エドナが姉と再会した翌日のこと。もうすぐ昼という時間になっても、彼女は部屋の中でぼんやりとしていた。昨日は結局、部屋に戻っても混乱のあまりろくに眠れず、明け方になってようやく……と、起きたのはついさっきのことだ。そのタイミングで使用人がやって来て着替えさせられたのだが、その時も彼女はぼんやりとして心ここにあらずと言った様子であった。「はぁ……これからどうしようかしら……?」姉自身がこの状況を受け入れて……むしろ望んでここにいるのなら、自分はどうすれば良いのか?このままここにいては、いずれは自分自身が王に求められるのも時間の問題だろう。そうなる前に何らかの行動を起こしたい……と、彼女は考えるが、どうにも考えがまとまらない。「……でもあの人、別に姉さんのこと好きなわけじゃないよね?姉さんは救ってあげたいなんて言ってたけど……や、やっぱりそういうのって良くないと思う」昨晩二人が何をしていたかに思い至って、彼女は顔を赤らめる。二人ともお互いだけを見つめて愛し合っているなら、口を出す事はできない。しかし、バルドは多くの女性を集めて手当たり次第に手を出している……彼女にとってそれは、不誠実で許せない事である。彼が王で、世継ぎを残す責務がある……なんてことは彼女にとっては関係のないこと。不幸な出来事に同情する点があるのだとしてもだ。「……うん。やっぱり姉さんを担いででもここを出たほうがいいわね。もしバルド王が姉さんだけを……と言うなら、私は何も言えないけど」そう彼女は決断する。なにはともあれ、こんな状況がまともであるはずがない。姉もどこか感情的になってると思うので、いったん落ち着いて欲しいという思いもある。「っと、その前に……ジスタルの様子も確認したいわね」姉のために王に直訴して囚われてしまったという彼の事も、何とかしなければと彼女は思う。彼と会うたびについ憎まれ口をたたいてしまうが、それが照れ隠しであることを彼女は自覚してるだろうか?少なからず恋心を抱いてる事も。彼女にとって大切な人の一人なのだから、当然このまま放って置くという選択肢はあり得ない。しかし彼女は知らない。その彼も同じ気持ちを抱いているが故に、既に行動を開始したと言うことを…… ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆数日ぶりに牢を出たジスタルは、物陰に身を潜めながら
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第112話 剣聖、騎士の矜持を説く

エドナ、ジスタル、リアーナ……そしてバルド。それぞれの想いを抱きながら、それぞれが行動する。そしてついに……彼らは運命の邂逅を果たすことになる。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆「と、止まれ!!」「なんで出てきたジスタル!!今度こそ罪に問われるぞ!?」「というか、どうやって外に……!?」デニスと別れ、地下牢から出て息を潜めながら行動していたジスタルだが……すぐに巡回の兵に見つかってしまう。そして瞬く間に多くの兵や騎士たちが集結し、彼の行く手に立ちはだかった。「やれやれ……早々に見つかってしまうとは、俺もツイてないな。……すみません先輩方、俺は陛下ともう一度お話したいんで、ちょっとそこを通してもらえませんかね?」彼はため息を零してから、気軽な口調でそう告げる。だが彼の目的が王である事を聞いた騎士たちは、即座に臨戦態勢となって身構えた。ジスタルはしかし、それに焦りを見せる様子もなく悠然と歩を進める。その足取りはあくまでも自然だ。当然それを止めるべく騎士たちは幾重にも彼を取り囲むのだが……「くっ……」「な、なんというプレッシャーだ……」「これが『剣聖』の力だというのか……」一見して何気ない表情と足取りで進むジスタルであるが、その身体から揺らめく炎にも似たプレッシャーが立ち昇っている。それは、『闘気』とか『剣気』……あるいは単に『氣』と呼ばれる、極限まで鍛えられた強者が放つ生命エネルギーだ。騎士たちはそれに気圧され、ジスタルのゆったりとした歩みに合わせて囲みを維持しながらもジリジリと後退る。しかし彼らとて王国騎士の精鋭だ。その誇りにかけて、恐れ慄き萎縮する身体に活を入れる。そして。「はぁーーっっ!!」「せいやーーーっっ!!」「うぉーーっっ!!」数人の騎士が裂帛の気合を放ちながら、四方から同時にジスタルに斬りかかった。そこに同僚に対する手加減など一切なく、多対一であることを躊躇う様子もない。圧倒的な実力差を肌で感じた彼らにとって、それほど余裕がないということだろう。そして、その結果……「……?」「えっ……」「……は?」ジスタルに斬りかかった騎士たちの口から、呆けたような声が漏る。そして……甲高い金属音が響き渡った。「ば、馬鹿な……」「剣を……|斬り落とした《・・・・・・》だと!?」攻撃に加わった騎士たちだけでなく、ジス
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第113話 相見える

ジスタルはその歩みを止めない。そして周りにいた騎士たちも……彼の言葉に心を揺さぶられ未だ迷いながらも、ジスタルの移動に合わせつつ囲みは解かない。そんな奇妙な集団が、後宮の方へと向かっていくのだ。「……さっきの言葉は俺の本心には違いないですけど、こんなバカな真似をする奴は俺だけで十分ですよ」思い出したように、そしてまるで釘を刺すように彼は言う。実際のところ彼は他の誰かを巻き込む事は本意ではない。「師匠が犠牲になるってんですか!?」「師匠はやめろって、ディラック。……犠牲なんてそんな大層なもんじゃないさ。さっきは偉そうに騎士の矜持なんて語ったけどな……まあそれも嘘じゃないが、結局のところ俺も自分の感情を優先させただけの話だ」最初に王に進言したときも、彼は努めて冷静であった。しかし、エドナが後宮に連れてこられたかもしれないと聞いたとき……彼は無意識の内に行動していた。そして遅ればせながら、彼女が自分にとってどれほど大きな存在なのかを自覚したのだ。やがて彼ら奇妙な集団は後宮の手前までやって来た。警備の騎士たちが厳重に人の出入りに目を光らせていたが、いったい何事かと驚きをあらわにする。しかしそれも一瞬のことで、優秀な彼らは直ぐに自分たちの職務を思い出しジスタルの行く手を阻もうとする。だが、それよりも先に……「これは何事か?……ジスタル、なぜお前がここにいる?」後宮の方から、その主であるバルド王がジスタルの前に現れた。咎めるような言葉だが、やはりそこには感情の色が見られない。あくまでも淡々と語りかけるのみ。そして王の登場により、一部の騎士たちは素早く王の護衛に付き、そうでない者は膝をついて頭を垂れ臣下の礼を取る。だが、ジスタルは膝をついたものの、視線は真っ直ぐに王に向ける。「答えよ。なぜ俺の許しもなしに出てきたのだ。次は投獄だけでは済まされぬぞ」王はやはり淡々と……しかし有無を言わせぬような鋭い言葉をジスタルに浴びせる。ジスタルはそれに対して何事かを答えようとした。だが……もう口にしかけていたそれをいったん飲み込んで、暫し考える素振りを見せてから……その場の誰もが予想しなかった言葉を返す。「陛下、最近身体を動かされてますか?」「……は?」最近のバルドにしては非常に珍しいことに、一瞬何を言われたのか理解できなかった彼はキョトンとした表情で気の抜けた
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第114話 剣聖、王と剣を交える

エドナは自室を出て人目を忍びながら後宮の外を目指す。ジスタルが囚われているという地下牢の場所は見当もつかないが、とにかく城内の怪しい場所を片っ端から探るつもりだ。もちろん彼女とて、そうそう上手く事が運ぶとは思っておらず、場合によっては荒事も覚悟しているのだが……彼女の目的はあっさりと果たされることになる。それも、完全に予想外の方向で。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆「じ、ジスタル!?それに……王様も?な、何をやってるの?」後宮の建物の前にある庭園に何やら人集りが出来ていて、木立の陰からその様子を見ようとしていたエドナ。王以外の男性は立ち入ることが出来ないと聞いていたはずなのに、どう見ても騎士らしき男たちが多数集まっているのを不審に思い、よくよく目を凝らしてみると……その中心には、これから救出しようと考えていた、その当の本人が何故かバルド王と対峙しているではないか。全く予想していなかった光景に、彼女は隠れていたことも忘れて思わず叫び声を上げてしまうのだった。騎士たちが一斉に彼女の方を振り向くが、ジスタルもバルドもお互いに視線を外さない。いや、むしろエドナの声が引き金となって……ガィンッ!!!一瞬で間合いを詰めた二人が交錯し、激しく剣を打ち合わせる音が響き渡る。そして、それが戦闘開始の合図となり、凄まじい剣戟の応酬が始まった。「ちょっとあんた!!いったい何がどうなってるの!?」エドナは|観客《ギャラリー》と化している騎士の集団に近づくと、自分と歳が近そうな少年……ディラックの首根っこを捕まえて問いただす。「う、うわ!?あ、アンタこそなんなんだ!?」突如現れた少女に詰め寄られ、その剣幕に彼は慌てふためく。「私はジスタルの友人よ!!それよりも、なんでアイツが王様と戦ってるの!?っていうか何で誰も止めないの!?騎士でしょ、アンタたち!!」「力強っ!?お、落ち着けって!!あれは別に本気で……いや、本気は本気だろうけど……手合わせだよ!!て・あ・わ・せっ!!バルド陛下からも手出し無用って言われてんだよ!!」一見して華奢な少女とは思えぬほどの馬鹿力で揺さぶられながら、ディラックは何とかそう返した。それで少しは冷静に……なった訳でも無いが、エドナは呆れたように呟く。「何よ、それ……」「多くの言葉を重ねるより、互いに剣を交えたほうが分かりあえる
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第115話 王の目覚め

剣聖と王の戦いは全くの互角。その決着はいつ訪れるのか、周りで見守る騎士たちには全く予想がつかなかった。しかし、果てしなく続くと錯覚しそうになるその戦いにも、明らかな変化が現れる。それは決着が近いことを意味していた。「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」「ふぅ〜〜…………」バルド王の荒い呼吸、そしてジスタルが息を整える音が聞こえる。息をもつかせぬ激しい戦いを経てから、今はお互いに間合いをとって足を止めたところだ。一見互角に見えた戦いも、今の二人の様子を見ればどちらが優勢なのか一目で分かるだろう。「……そろそろ終わりですかね?」「……あぁ、次が最後の一撃だ。覚悟せよ」「ええ……受けて立ちましょう」その二人の言葉に、騎士たちは緊張感を高める。その静寂の中では、誰かがゴクリと生唾を飲んだ音すら聞こえてくるようだ。ディラックに詰め寄って騒いでいたエドナも、いつの間にか静かになって二人の戦いの行方に集中していた。そして二人の闘気が高まると、彼らの周りの空気が陽炎のようになって揺らめく。それは、およそ手合わせレベルの戦いなどで見せるようなものではないだろう。しかし互いに構えを取ると、その闘気の炎はむしろ収束に転じ、その場は再び静謐な空気を取り戻した。呼吸にして一拍、二拍……構えからの予備動作なしで、二人同時に神速の踏み込みから必殺の一撃を放つ。果たして、その場の騎士たちのうち何人がその動きを視認出来ただろうか?ディラックはそのうちの一人であり、そしてエドナも……ジスタルの剣が僅かに速く翻り、バルドの剣を絡め取るようにして弾き飛ばす瞬間を目撃する。そして……ギィンッ………!と、刹那の遅れで音が聞こえてくるのだった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………」バルドは地面に膝を着いて荒い呼吸をする。そして彼の右手は、剣を弾かれた衝撃による痺れで震えていた。「勝負あり……ですね。どうでした?久しぶりに身体を動かして……」先程までの張り詰めた空気を払うように、ジスタルは穏やかな声でバルドに声をかけようとした。しかし彼の言葉はその途中で飲み込まれてしまう。何故なら……「陛下!!」悲痛そうな叫び声をあげながらバルドに近づく者がいたから。周りにいた騎士たちの何人かはそれを止めようとしたが、彼女が後宮の寵姫である事に気付いて
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第116話 むかし話の終わり

「……さて、随分と昔話が長くなってしまったわね。ともかく、これがかつて私達が関わった事件よ」かつてあった事件の詳細を、当事者の視点から|姪《レジーナ》に語ったエドナとジスタル。思いのほか長くなったその話も一区切りついたのか、彼女はほっと一息ついて言った。彼女たちの話を総括すると……かつての『事件』とは、エル=ノイア神殿の聖女たちが行方不明となったことに端を発し、最終的には前王バルドが王位を退く事で決着した。ジスタルに諭された彼は、王族の地位を捨てて出奔した自分の弟……つまり、現王アルドの父に王位を譲るため捜索を命じたのだ。それはまた別の話であり、ジスタルもエドナもその経緯の詳細は知らないが……最終的にバルドが王位を退いたのち、長らくの空位を経て前王弟の息子であるアルドがつい最近になって王位に就いたという事だ。様々な思惑と事情が複雑に絡み合った話だが……結局のところ、根底にあるのは王の後継者問題であり、その意味ではよくある話でもあった、と言えなくもない。そして、それで話はおしまい……という雰囲気のエドナであったのだが。「いや、まだ肝心なところが残ってるだろ」と、夫ジスタルは突っ込みを入れた。そしてレジーナも彼の言葉に頷きながら、まだ気になっていた事を聞く。「……当時の大神官はどうなったのでしょうか?それに、母は……」「う……」レジーナの問に、エドナは露骨に顔をしかめてうめき声を漏らした。そんな妻の様子を見て、ジスタルは苦笑しながら彼女に代わって答える。「まあ、本人的には黒歴史か。……神殿は文字通りの聖域だ。だから王国騎士団としても手出しはなかなかできなかったんだが。結論を言えば……コイツが無茶苦茶したお陰で、大神官ミゲルとヤツに協力していた一部の神殿上層部の悪事は暴かれることになった」「…………」ジスタルの言葉に、エドナは黙って明後日の方向に視線を反らし、レジーナは目を丸くした。先程までの話でも、目の前にいる淑女然とした雰囲気の叔母の姿と、彼女の過去の行動が結びつかなかったレジーナである。そしてジスタルが更に語った話によれば。後宮から解放されたエドナたち姉妹や他の聖女たちはエル=ノイア神殿に帰ったものの、当然ながら上層部に不信感を抱いていた。もちろんエドナも、大神官ミゲルの悪行を何としても白日のもとに晒して断罪すべきと考えていた。しかし
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第117話 急転直下

ジスタルとエドナが王都に到着し、レジーナに過去の話を聞かせていたころ。神殿の地下で囚われの身となっているエステルは、相変わらず暇を持て余していた。「う〜、ひま〜……なんか暇すぎて何ヶ月も経った感じがする〜」それは全くもって彼女の気のせいである。作戦を開始してからまだ数日も経ってないのだから。……ともかく。彼女はその場でできる自己鍛錬くらいしかやることがなく、少しずつ鬱憤が溜まってきていた。時折アルドと会話する事で気が紛れるのが唯一の救いか。だが。一気に事態が動き出す……その時が近いことを、彼女はまだ知らなかった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆エステルの両親が王都に来ているらしい事を知ったアルドは、どうやってエステルの後宮入りと潜入捜査のことを説明しようか……と、執務室で頭を悩ませていた。特に後宮入りに関しては、かつての『事件』の事もあって良い感情は持たれないと思われる。最終的にはエステルとの仲を認めてもらいたい彼としては、両親の心象というのは非常に重要だろう。せめて今回の事件を解決して、エステルが自分の側にいれば説明もしやすかったのだが……と、彼はタイミングの悪さを嘆きたくもなる。そんなふうに彼が頭を抱えていると、執務室の扉がノックされた。「入れ」「失礼します」やって来たのはディセフだった。捜査協力のため神殿に赴いていたはずの彼がここに来たということは……「何か捜査に進展があったのか?」「はい、実は…………」まるで誰かに聞かれるのを警戒するように、ディセフは声を落として報告する。「……ふむ……ほう…………なに!?……それは確かなのか?」「はい。ここに来る前に証言記録をフレイに聞かせました。『嘘は無い』と」「そうか、でかしたぞ!よし、その情報をもとに作戦を練り直すぞ。ディセフ、今から騎士団員を呼集して……」ディセフがもたらした情報にアルドは歓喜し、より具体的な作戦を立てるために騎士団重鎮たちの招集を命じようとした。しかしその言葉は途中で止まる。なぜなら、ちょうどそのタイミングでエステルからの『念話』が届いたからだ。その声はこれまでののんびりしたものと異なり、緊迫したものだった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆特に動きもなく、退屈を通り越して僅かに苛立ちさえ覚え始めていたエステル。……彼女の辞書にある『忍耐』とい
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第118話 行動開始

監禁されていた部屋から連れ出されたエステルたちは、仮面の男たちに前後を挟まれながら地下通路を進む。やはり迷路のように複雑な道となっていて、何度も曲がり角や分岐点を経て進んでいく。エステルはしっかり道順を記憶しているが、他の者では初見ではなかなか一度では覚えきれるものではないだろう。(方角的には……だんだんと北に向かってるのかな?)彼女の並外れた感覚によれば、何度も方向を変えながらも徐々に北へ向っているらしい。やがて曲がり角や分岐点は無くなって、ただひたすらに真っ直ぐな道を進むようになった。監禁部屋を出てから既に一時間以上は経過していた。『……けっこう遠くまで来たと思います。この分だと、王都の外に出るのかも……』『おそらく、そうだろう』エステルは自身が得た情報をアルドに逐一報告している。そして報告を受けたアルドは、その情報と|地下遺跡の地図《・・・・・・・》を照らし合わせながら配下の者たちに指示を飛ばしていた。それによって、地上ではエステルたちを追うようにクレイやギデオンたち先行部隊が動いている。「……どう見る?フレイ」「向かっている先でオークション会場となりそうな広い場所は……ここですかね。幸い、その付近に地上から出入りできる場所があるようです」アルドに意見を聞かれたフレイは、そう言って地図上の一点を指し示す。なお、彼は文官なので軍事・治安関連は門外漢のはずであるが、アルドに請われ参謀役を引き受けている。そして彼が示したところには確かに広い空間が描かれており、大人数が集まるのに適していると思われた。「古代の劇場跡地……とあるな。しかし、これほどのものが王都の地下に人知れず埋もれていたなどとは……俄には信じ難い」神殿地下に通じる秘密の通路の存在にも驚かされたものだが、それすらほんの一部であることに彼は驚嘆する。「エルネア王国建国以前も、ここは既に大きな街だったとのことですからね。そしてエル=ノイア神殿も……。情報提供者によれば、この地図は代々の大神官が引き継いできた資料から写したということです。女神様がまだ地上におられた時代に築かれた都市の遺構……いわば聖域ですね」「……だとすれば、ますます罰当たりなことだ」エル=ノイア神殿はエルネア王国よりも長い歴史を持っている。今フレイが言った通り、神話の時代から今に至るまで存在しているのだ。故に、
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第119話 聖域の森

果てしなく続くかのように思えた地下通路。神殿地下に連れてこられた時とは、また違った雰囲気のそれ。いったいいつの時代のものなのか……石壁の所々が崩れていたり、完全に崩落して塞がれている箇所があったりするのが、いっそう不安を煽る。湿気がこもり|黴《かび》臭い地下施設……いや、その規模からすれば地下都市と言っても過言ではないだろう。いかにも廃墟と言った風情ではあるが、ところどころ真新しい補強の跡も見られ、少なくともそれらが施されている通路は現役で使用されていることが分かる。そもそも、そうでなくては魔道具と思しき照明が完備されてることも無いだろう。そんな怪しげな場所を、不気味な仮面の男たちに囲まれながら不安と緊張の面持ちで進む少女たち。一歩、また一歩と。もう後戻りはできず、ただ破滅と絶望に向かうだけ……少女たちの誰もが、まるで処刑台に向かうかのような|暗澹《あんたん》たる気分となっていた。ただ一人だけ、そんな負の感情とは無縁の者がいる。「ね〜ね〜、まだ着かないの〜?もう一時間以上も歩いたと思うんだけど〜。あと、お腹すいた」悲壮な空気感などどこ吹く風。我らがエステルはとことんブレない。彼女はついでとばかりに空腹を訴えるが、食事は移動する少し前に出されて食べたばかりである。そんな彼女の揺るぎなさは、絶望の縁にある少女たちが、ギリギリで精神の均衡を保つための最後の拠り所になっているのかも知れない。彼女の態度はそれを狙った上でのもの……ではなく、完全に素が出てるだけだ。そして他の少女たちとは明らかに毛色が異なるエステルに仮面の男たちは無言を貫いているものの、どこか戸惑いや呆れが混じったような空気だ。もちろん、そんな空気を読むような彼女ではない。何とも奇妙で微妙な雰囲気の集団は、一人を除いて黙々と進んでいく。ここに至るまでに幾つかの道が合流し、その都度道幅が広がって、既に王都の目抜き通り程にもなっていた。やがて緩やかな下り坂となり、更に数十メートルほど進んだところで大きな扉が現れる。仮面の男の一人がその扉を叩くと、向こう側からくぐもった声が聞こえ、何らかの言葉が交わされた。そのやり取りは他の少女たちにはよく聞こえなかったが、超高性能エステル・イヤーはしっかりと言葉を拾う。(意味のよくわからない言葉の羅列……たぶん、合言葉かな?)エステルの想像通りそれは合言葉だ
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第120話 オークション会場

国王アルド自らが率いる部隊は聖域の森を奥へ奥へと進んでいく。特に腕のたつ騎士たちで構成された、およそ30名ほどの小隊である。そんな精鋭部隊に組み込まれたクレイだったが、彼はある懸念を抱いていた。「……陛下」「ん?どうした、クレイ?」クレイの呼びかけに、アルドは進軍のペースはそのままに聞き返す。そしてクレイは、自らの懸念を口にした。「いえ、その……今更なんですが、俺やギデオンはまだ入団したばかりで……部隊行動の訓練も受けてないわけですが」それには隣で聞いていたギデオンも頷いている。至極当たり前の懸念だろう。「あぁ、なるほど。まあそうだな……お前たちはあまり連携などは気にせず、遊撃で各個撃破を狙ってくれればいい。お前たちの腕なら足を引っ張ることもないだろうしな。……しかし、クレイは自警団所属だったのだろう?集団戦闘もある程度は慣れてるのではないか?」シモン村自警団に所属していたというクレイの経歴を思い出し、アルドは逆に聞き返した。「まあそうなんですけど……魔物相手とは勝手が違うかな、と」「ふむ……確かにそうかもしれんが、お前たちの働きには期待している。しっかり頼むぞ」「「はっ!」」王に期待されていると言われれば、それに応えられるよう力を尽くすのみ。クレイとギデオンは改めて気を引き締める。やがてアルドの部隊は、比較的形が残っている廃墟の前までやってきた。大部分が地中に埋もれ、苔むし、森の木々の根っこに覆われているが、何箇所か中に入れる場所があるようだ。「ここからエステルたちのところに……?」「この地図が正確なものであるならな」『情報提供者』とやらから入手したという地下遺跡の地図の写しは、更にその|写し《コピー》が作られ、各部隊長に渡されていた。そのうちの一つ確認しながら、アルドはクレイの呟きに応える。その地図には王都や周辺部の主要施設との位置関係も記されていて、記載に誤りがなければ彼らが目の前にしている廃墟……古代の劇場跡の中に入れるはずである。「斥候隊は内部を把握するために先行しろ。奴等と鉢合わせしないように慎重にな。エステルの報告を待って判断をするので、他の者たちはそれまでは待機だ。突入時は何人か後詰で地上に残す。今のうちに人員選定しておけ」「「「はっ!!」」」アルドの指示を受けた騎士たちは声を抑えつつ応答し、突入の準備を始めた
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