LOGINかつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。 それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。 ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。 彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。 剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。 そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……
View More「はっ!せいっ!!やぁっ!!」
色めく花々が咲き誇る庭園。そこは一見して綺羅びやかな……しかしその実、ドロドロとした愛憎渦巻く女の園。年若き王の伴侶、妃の候補となる女性が集められた後宮の一画である。 そんな場所には似つかわしくない快活なかけ声が、広々とした庭園に響いていた。 「はっ!ふっ!!せぇいっ!!」 声の主……背中まである鮮やかな赤い髪を無造作に首の後ろで纏め、動きやすさ重視の簡素な服を着た少女は、掛け声を発しながら一心不乱に手にした木剣を振るっている。その格好はおよそ後宮住まいの女性とは思えないものだが、彼女は世話役の女官などではなく歴とした妃候補の一人である。 服装に惑わされず、よくよく見てみれば……やや幼さが残るものの、透き通るような碧い瞳が彩る凛とした美貌は、なるほど、妃候補と言うのも頷けるかもしれない。 そんな彼女に近付く数人の人影が。剣を振る少女の様子に眉を顰め、苦言を呈するべくやって来た他の妃候補たちだ。皆、少女よりも年上らしき妙齢の女性ばかり。 その中の一人が代表して声をかける。 「ちょっと、よろしいかしら?」 「はぁっ!!やぁっ!!」 「……もし?」 「つぇいっ!!てりゃあっ!!」 「っ!無視をするんじゃありません!!!」 声をかけた妃候補は、少女がこちらに全く気が付かない事に腹を立て、手にした扇を畳んで彼女に投げつける! 「っ!?ていっ!!」 カンッ! 自分に向かってきた扇を察知した少女は、木剣でそれを弾き返した。それは投げた主のもとに、投げた時よりも倍するほどのスピードで一直線に向かい…… 「痛っ!!?」 投じた手元に当たって庭園の芝生に落ちた。 「…………あれ?どうしたんですか?皆さんお揃いで」 流石に剣を振るうのを止めた少女は、集まっていた妃候補達に向き直って不思議そうに聞く。 「いつつ……どうした、じゃありません!!何で声をかけてるのに無視するのですか!!」 「あ、レジーナさん、すみません。私、剣の稽古で集中すると周りが見えなくなっちゃって……あ、殺気とか攻撃されれば、バッチリ気が付きますから大丈夫です!」 「誰もそんな事は心配してません!……いいですか、エステルさん。ここは後宮です。将来の妃や側室に相応しい女性となるべく、互いに研鑽を重ね高め合うところ。気品、礼節、教養……そういったものが求められる場所なのですよ。それなのに、あなたときたら……」 レジーナが、こんこんとエステルを諭す。しかし、当のエステルはあっけらかんと言い放った。 「はい!だから、毎日の稽古は欠かせませんよね!」 ……ぶちぃっ! 「キェーーッッ!!!」 どうにも話が通じないエステルに業を煮やしたレジーナは、頭を掻きむしりながら奇声を上げる! 「れ、レジーナ様!!お気を確かに!!」 「ご乱心!!レジーナ様ご乱心!!」 ……とても、気品がある女性たちのやり取りには見えなかった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 「……取り乱してしまい申し訳ありません」 「いえ~、お気になさらず」 「(イラッ……!)……ふぅ。まぁ、良いです。それにしても、何であなたみたいな人が選ばれたのか……不思議でなりません」 妃候補として後宮に入る事が出来るのは、厳選な審査のもと選ばれた女性だけ。容姿はもちろん、家柄、教養、人脈、人柄……様々な素養が最高レベルで求められるのである。 「あなた……どの家の出だったのかしら?」 「家?え~と……辺境のシモン村の……父さんは村の自警団団長をやりながら、母さんと一緒に畑仕事してますね。弟と妹が一人づつの3人きょうだいです!」 「……つまり、平民でいらっしゃる……と。その時点でありえないことなのですけど」 そもそも妃候補ともなれば、それは貴族家の女性から選ばれるのが普通だ。 歴代の王の中には平民から正妃を娶った者もいたらしいが……それはあくまでも例外中の例外。実際に、この後宮に入るための選抜試験のようなものがあるのだが、それは貴族家に対してのみ募集が通達されている。 そうなると、エステルがこの場にいるのは有りえないことになるのだが…… 「いや~、私も良く分からないんですよね。騎士の登用試験を受けに来たはずなのに。どういうわけか気が付いたらここにいたんですよ。あはは~」 「あはは~、じゃありません!!何でそんなにのんびりしてるんですか。……どうやら手違いがあったみたいですね。今からでも事情を話して……」 と、そこで側に控えていた年配の女官が話に加わる。 「失礼します。僭越ながら……エステル様は確かに手違いがあったようですが、それは選考者も認識されてるとの事です。その上で、エステル様が現在後宮に入られているのは正式に認められているのです」 「……何故、そんな事を?」 「それは私めには分かりかねますが……世の中には、ミスを認めたくない方が一定数いらっしゃるものと存じます」 ともすれば、暗に貴族批判をしてるようにも受け取れる。 どうやらこの女官は、方向性は異なるがエステル並みに神経が太いようだ。 「……随分とハッキリ言いますわね。まぁ、そう言うのは嫌いではありませんけど。ですが……エステルさんはそれで良いのですか?」 「いや~……どうせ私が選ばれる事なんてあり得ませんし。選ばれなくても、後宮を出る時にはお金をもらえるらしいですし。そしたら、また騎士登用試験を受ければ良いですし。まぁ、それまではのんびりしようかな~……って」 「……逞しいですね。平民の方というのは、皆さんエステルさんみたいな方なんですかね?」 「そうですよ~」 「いえ、エステル様はかなり特殊かと。とても神経が図太くていらっしゃいます」 躊躇いなく返事をするエステルに、歯に衣着せぬ物言いでツッコミを入れる女官。 「そうですか、安心しました」 「あはは~、レジーナさん辛辣ですね~」 ……何だかんだで、彼女たちは打ち解けているようにも見えた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 「…………ふっ、やはり面白い娘だな」 女たちの姦しいやりとりの様子を、じっと眺める男がいる。金の長髪を後で束ねた貴公子。エステルより少し年上だろうか。 彼の青い瞳は、興味深そうにじっ……と彼女を見つめていた。男子禁制の後宮の中あって、誰からも見咎められる事がないその男とは、即ち…… 「剣聖の娘……か。表向きは『手違い』と言ってるが……私のもとに来た以上、そう簡単に手放しはしない」 太陽のように眩しい笑顔を振りまく少女を眺めながら……彼は怪しい笑みを、その美しい相貌に浮かべるのだった。アランに案内されて王城見学をするエステル。中央庭園を後にした二人は、更に城の奥に進むが……「さて、ここからは一般人は入ることが出来ない場所だな」「え?入っていいんですか?」「ああ、大丈夫だ」アランは特に気にした風もなく、庭園から奥へと続く廊下を目指して歩いて行く。当然ながら行く先には見張りの衛兵が、一般人がこれ以上入ってこないように監視の目を光らせていた。しかし、アランは歩みを止めず堂々としたものだ。二人が近付くと、衛兵は静止させるべく動こうとしたが……アランの顔を確認すると再び定位置に戻って不動の体勢になった。「ご苦労」「「はっ!!」」アランが軽く手を上げて労いの言葉をかけると衛兵たちは、さっ……と敬礼する。「こんにちは〜!!」エステルが元気な挨拶をすると、少し驚いた表情になったが、無言を貫いてそのままの姿勢で二人が奥へと進むのを見届けるのだった。「えっと……アランさんって、もしかして偉い人なんですか?」「ん…………まぁ、気にするな」問われて彼は少し口籠って答えを濁す。素直なエステルは、「気にするな」と言われて、その言葉通りに気にしないことにした。エステル・ブレーンの思考回路は至ってシンプルなのである。さて、先程までは多くの一般人、観光客が周りにいたが、いま歩いている城内の廊下は閑散としたものだ。ときおり城の使用人らしき人とすれ違うが、誰も彼もアランを見ると邪魔ならないように脇に避けて、頭を下げて二人が通り過ぎるまでその場で待機するのだった。そんな光景を見てもエステルはもう気にしないで、キョロキョロと物珍しそうに城内の調度品などを眺めながら歩く。……素直すぎる娘である。そうやって暫く廊下を歩いていると、やがて二人は城の裏手から外に出て、先程の庭園と比べて倍ほどに広い美しい庭園にやって来た。「うわぁ……さっきよりも凄く広い!!お城の中にこんなに広い場所があるんですね!ここは何なのですか?」「ここは後宮だ。今は使われていないから、誰もいないが……手入れはされているから中々見応えがあるだろう?」アランが案内してきたのは、王城の最も奥まった場所にある後宮であった。先程の中央庭園とは異なる色鮮やかな花々が咲き誇り、中央部分には清らかな水を称える大きな池が。その周囲には後宮に住まう女性たちが語らうであろう|四阿《ガゼボ》が設けられ
「そう言えば、アランさんはお城に詳しいんですか?」今更な質問である。そうでなければ案内するなどと言わないだろう。だが、アランはそんなエステルのちょっと抜けた質問に、呆れることもなく答える。「まぁ、それなりにな。一般人よりは知ってると思うぞ」「へぇ~……じゃあ、王様に会ったこともあるんですか?」その何気ないエステルの質問に、アランはピクッ……となって、一瞬だけ反応が遅れる。「……いや、国王陛下には会ったことは無いな」「そっか~……王様って、強いんでしょう?私、お会いしたいんですよね~。出来れば手合わせなんかも!」「ははは!!国王陛下と手合わせか!!そいつはいいな……!!」彼女の無邪気な発言に、アランは可笑しそうに笑うが、それは馬鹿にしたような雰囲気ではなく、どこか嬉しそうなものだった。エステルもその雰囲気を察して、何だか自分も嬉しくなる。「えへへ~……でも、流石に難しいですよね」流石のエステルも、一国の王と手合わせすることが難しいのは理解しているようだ。……意外なことに。「さあ、どうだろうな……案外、願いが叶うかもしれないぞ?」「ホントですか!?」「はは、約束は出来ないがな。まぁ、勘というやつだ。……ああ、ほら見てみろ。中央庭園だ。ここまでは一般人も入ることが出来るな」まずアランが案内したのは、王城入り口から真っ直ぐ進んで突き当りにある、城内中央部の屋内庭園だった。彼が今説明した通り、ここまでは一般人も自由に立ち入ることができた。もともとは玄関ホールから先は立入禁止だったのだが、現国王になってから市民に開放されたのである。「うわぁ……キレイな花がたくさん!!」女子力皆無のエステルではあるが、キレイな花は好きである。 「それに美味しそう!!」……いや、やはり花より団子のようであった。「美味しそう……?」庭園の花々を見て「美味しそう」などと評したエステルに彼は訝しげな顔となる。「ほら、あれってプリュケスの実じゃないですか!!甘酸っぱくて美味しんですよ~!私、大好きなんです!」彼女が指差す先を見ると、なるほど……確かに幾つもの赤い実がなっている木があった。「ふむ……この実は食べられるのか?」二人はその木に近づいて、丁度剪定作業を行っていた庭師にアランが訪ねた。話しかけられた年配の庭師は振り向いてアランの顔を見ると……「
騎士団登用試験まで、あと数日となったある日。ここ数日、エステルとクレイは王都を散策して土地勘を養っていた。そして、本日は……「……本当に大丈夫か?」「大丈夫だって!!私は一度通った道は忘れないよ!」「……お前、一度行った場所なんか興味無いだろ」「シモンの民たる者、常に開拓者の精神を持たないと!」「言ってる事が矛盾してるのに気付いてくれ……」二人が何を話しているかといえば……クレイが今日は図書館に行ってみたい、と最初提案したのだが、全く興味がわかないエステルが「だったらそれぞれ単独行動にしよう!」……言い出したのだ。何かと小姑のようにうるさいクレイの目から離れて伸び伸びしたい……と思ったわけではない。……はず。「迷子になったら適当に彷徨くんじゃなくて、巡回の兵士とかに聞くんだぞ。宿の名前は分かってるな?」まるで小さな子供に言い聞かせる母親のように何度も確認するクレイ。「も〜う、分かってるって!!うるさいなぁ〜」……やはり、彼女も少しうるさいと思っていたようだった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆「ん〜……のびのび〜!ふ〜ふふんふん〜ふ〜……」クレイと別れたエステルは、賑わいを見せる街路をひとり歩いて行く。調子外れな鼻歌すら飛び出すほど開放感を感じているようだ。……散々クレイにおんぶに抱っこだった癖に、随分現金なものである。「さぁ〜て、どこに行こうかな〜。まだ行ってないのは……あっちの方かな?」早速、開拓者精神とやらを発揮することにしたらしい。複雑に入り組んだ街の街路を迷いなく進んでいくエステル。完全に直感で道を選んでいるが、エステル・シックスセンスがポンコツであることを彼女は自覚していない。果たしてどうなる事か……「あれ〜?随分人が少なくなったね……」暫く街を適当に歩いてたエステルだったが、あれほど賑やかだった喧騒がいつのまにか遠ざかっていた。周囲の建物も一つ一つが大きく、閑静な住宅街といった雰囲気だ。「何か、デニス様のお屋敷みたいなのがたくさんある……あんまり面白そうな場所じゃないかな?……ん?」キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていたエステルだったが……ふと、彼女は立ち止まってある一点を見つめた。どうやら何か彼女の興味を惹くものがあったようだ。「あれってもしかして……お城かな?」エルネ城は宿泊している宿
「陛下、何をご覧になられてるのです?」 王の執務室を訪れた宰相フレイは、王が何らかの書類をじっくり読んでいるのを見て問いかけた。 彼の主である若き王は、その資質、能力は申し分ないものの……些か不真面目なところがあり、普段の書類仕事は片手間でやることが多い。それでも能力があるので仕事はきっちりとこなすのだが。 だから、王がこのように集中しているというのはフレイから見れば珍しい光景だった。 「ん?……あぁ、ほら、昨日会った騎士志願の若者たちの話はしただろう?登用試験の出願書の写しを持ってこさせたんだ」 「あぁ、なるほど……それで、どのような者たちなのです?」 「二人とも、ニーデル辺境伯の推薦だな。あの地は強力な魔物が多いから……優れた戦士を多数輩出する土地柄だ。あの実力も、そう思えば納得できる」 「ニーデル辺境伯……デニス様ですか。あの御方の推薦ならば信頼できますね」 「ああ。だが、それだけじゃない」 「……?」 「少年の方は、至って普通の素性なんだがな……これを見てみろ」 そう言って王は、先程までじっくり見ていた資料をフレイに差し出す。彼は資料を受け取ると目を通し始めた。 「……名前はエステル。15歳、女性。出身はニーデル辺境伯領シモン村。シモン村自警団所属で、団の中では一番の実力者……ほぅ、少女の身で大したものだ。ですが陛下、他に特に変わったところは無さそうですが……」 「家族構成を見てみろ」 「家族構成?……父と母、妹と弟の五人家族。父の名はジスタル。母の名はエドナ…………えっ!?」 エステルの両親の名を確認したフレイは、目を見開いて驚愕の声を上げた。 「どうだ?面白かろう?」 「いや、面白かろう……じゃないですよ。よろしいのですか?」 「何が?」 「ジスタルとエドナと言えば、あの事件の……」 と、フレイは口籠る。どうやら彼はエステルの両親の事を知っているらしい。 彼らが王都にいたのはまだエステルが生まれる前……15年以上も前の事。国の重鎮……それも、まだ年若くもある王やフレイがエステルの両親を知っていると言うのは、いかなる理由によるものなのか。 「問題ないだろ。あの事件はとうに解決し、もはや過去のものだ。ましてや彼らの娘には関係ないことだろう」 「それはそうでしょうが…………陛下?何か企んでますよね?」 昨日の様





